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AI 人工知能について——認識論(哲学)とジャーナリズムからの視座

11月8日 16:35

 

FB投稿より 一昨日の分

 

 

 

 

一昨日〜昨日にかけ、友達が今仕事でAIにもかかわる建築関係の?研究発表をすると言っていた。

私はAIには半分期待、半分不安と疑心暗鬼(というのはAI技術そのものと技術者に対するそれもさることながら、より多くはこれに連動してしまう世の中の動きの狡辛さ・愚昧さへの予感、にある。つまり、喫緊には失業問題などの連鎖だが、もうひとつは、ここのところ目覚ましい躍進を遂げているAI技術を、ダークに利用してやろう、という動きをするはずのもの——ざっくりいって経済と政治。それも、実業・実務から遠い質のものの動き笑)——に対する警戒感と、技術者ら自身によるそれらへの対処が万全なのかという側面への不安なのだった)という感じであった。

 

が、いつもよく週末に拝聴していた神保哲生氏のVideonewsに、これまで数回人工知能の巻は出てきており、それなりに面白く聞いていた。
それらに講師として登場したことのある、

 

  1. 新井紀子女史(AIには恐れず備えよ)
  2. 栗原聡氏(映画が描く人工知能と人間のこれからの関係)、
  3. 松尾豊氏(人工知能が閻魔大王になる日)

 

を見ていたので、その友達にも見せてみた。
そして紹介しながら、自分ももう一度聞きなおしていた。

 

自分自身、人工頭脳関係のvideonewsを見ていた当時(2016〜最近)は、感心する要素が、殆ど何も知らなかった頃に比し思いがけず増えたとはいえ、さりとて不安や疑念を払拭できた、というわけでもなかった。


やはり技術者の内輪で閉じた発想をもっと超えて、現実的政治経済への対処をしてほしい、という欲求を増さざるをえなかった(そうでなければ,気鋭のジャーナリストの神保氏がこのような回を設けることもなかろう)が、尚、もう一度全部聞いてみた。

 

そのうちの主にどれに触発されたのかはわからないが、ともかく友達は、これ(ら?)で語られていた内容から、いいヒントを得た!、と言って 残業し締め切りギリギリだった研究論文を書きなおしたよ、という...。

紹介がてら私自身ももう一度聞きなおしつつ、哲学の認識論や存在論にもろにかかってくる面があるからおもれーよ、とは言い添えてはおいた。
そうなのだ...。
記号論からシニフィアン-シニフィエ構図など哲学の認識論や、存在論的な発想が、AI研究と似ている所がある、というより実のところもっと直に!、影響を与えることによって、人工知能分野に飛躍的な発展を遂げさせたのではないだろうか——ちょうど、昨今の物理学が、宇宙理論において、場と波動理論・トポロジーを応用することで、いわば発想の転換を得つつ飛躍した、のと同様に——と予感した。

 

それで友達に、どこがおもしろかったの。deep learningのところ?ときくと、まさにそこだという...。うーみゅ。。。

それでためしに、眠い目をこすりこすり、枕もとのiPadminiをオンにし、わけても一番それを感じさせやすかった松尾氏の、より専門的な雰囲気の講演の録画を、ひとつ見つけて、聞いてみた。(↑コレ)

そうしたら冒頭近くでさっそく、ソシュール理論の記号論、シニフィアンとシニフィエ構図について直に語っているではないか。。。
しかもそこには、これまで人間からAIへ詰め込むべきデータの捉え方の不行き届きを気づかせる、現象学の 現前(露顕)-退隠 の関係構図と、これを応用しつつAIに教え込むトポロジックな展開図解説まで、出して解説していた。

おそらくこのことは、コンピュータが表現(欲求、また表現力)を獲得することにつながる。

 

ん〜。。。すこし面白くなってきたし、
《どうせ来てしまう世の中なら》(しかし、ほんとうに応用すべきか、どのように・どこまで応用すべきか、等人間学的・社会学的視野も絡むところで、市民はどうしてここに参加させてもらえなかったの?という気持ちはあるものの 爆)
悲観してとらえるより、ポジティブに向き合おう、という気持ちにはなってきた...。


それには、コンピュータが主体性を持つ、ということが今後はありうる⁈、これへの期待も重なる。

 

この場合、人間を凌駕することへの不安もありつつも、同時に政界や経済界が、技術者に、AIに征服欲をインプットしろなどと言ってもロボットのがわで自律的自発的にそう言うことを企む連中を裏切ることも不可能ではなくなり、AI独自の解釈によってかくたる隠微な唆惑に魂を売ることなく本命のミッション遂行をなし、かつ技術者は誰も責任を追わなくてすむことになる、

などということがありうるかもしれない…。

 

ひとは 自分以外の人間に職や社会的立処を奪われることを怖れるが、ある意味人間が不在になって人工知能にとって代わられてもその不幸は同じである。
まして気弱な自分が、こうした不確定要因の渦巻く世の中の動きを一々不安がるのは当たり前なのだが、なんとか乗り越えて、面白い時代に生きる体験としてこれからを捉えてみようと、心もとなくも思ってみる...。苦笑)

 

 

| Rei八ヶ岳高原2 | 19:03 | comments(0) | trackbacks(0) | twitter-reiのHOME | - | - |
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