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錯綜・破綻手前の表現(expression of complication)——R Schumann & F Chopin

FB 過去の今日

 

2015年10月17日 12:40 ·

 

 

ソコロフとラローチャでフモレスクをきいた。そこで考えたこと、またソコロフについて考えていたことがあり調べたら当たっていた点とそこから更に思いついたことはツイッターに記。


それにしてもショパンとシューマンの天才性のちがいを見込んで、なおシューマンの天才を私自身感じるにつけても、ショパンのことを「諸君脱帽したまえ、天才だ」と紹介した、——ともするとその異形さ、狂気にのみ焦点が当てられがちな——シューマンの、心と価値観、思考の広さ,多様性への開け を感じる。

こういう面はかの丸山真男にも通じなかった点みたいだ。(彼はショパンのみを認めている)

 

 

これらは典型的な、シューマンの思考の質について参考となるよい例ではないか

https://www.youtube.com/watch?v=wcS32WnEFiI
https://www.youtube.com/watch?v=L4wDzdGO09Q

 

※Saint-Saënsは、このことについてもしかしたらすごく良く考えていたかも知れない

 

Horowitz- Chopin Piano Sonata No. 2 Op.35 (4/4)- Finale: Presto


 

 

 

Martha Argerich Schumann's Piano Sonata No. 2 in G minor Op. 22, IV…

1

 

表現における、錯乱と錯綜との区別。それらの問題を各々、己の価値体系と歴史の吸収力、また表現力とで果たし、

以て尚、音楽上で片づけられる問題と片付かない問題の両方を抱えつづけたものたちの苦悩と、その時々の解決法。

解決に見いだされる、自発性の秩序感の相違。

 

 

以下は Op22(Psonata nr2)にも通じる、情況と自己という表現——「錯綜」という表情における同作曲家独自の一つの理解ともいえようが

ノヴェレッテンにおけるシューマンの、調性拡張〜崩壊問題にもまさしく絡んでいくであろう、時代の曲がり角を迎えていた様式感への問題意識。

 

8:06-8:54↓ (繰り返される、ひとつの錯綜状態にかんする様式感。これを簡単に異形とか狂気の問題として片づけられるのか...)

 

https://www.youtube.com/watch?v=xJh65eZQCeU

 

 

ZACHARIAS plays SCHUMANN Novelette No 8 Op.21/8 (1992)

 

※これも余談だが、Saint-Saënsはこの曲を案外聞き込んでいたのではないか...。。

 

 

 

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