Entry: main  << >>

ピエロ・デッラ・フランチェスカとミトラ教、グノーシス主義等 その2(長谷川等伯、運慶などへ)

この記事は、前記事のつづきです▶ http://reicahier.jugem.jp/?eid=79

 

 

3月にピエロデッラフランチェスカについて考えてから2か月も過ぎてしまった。

 

ピエロ・デッラ・フランチェスカから入る世界史。

 

20180528

 

友人に参考書を戴いて笑)、苦手だった世界史をざざっとよみ始めているけれど、

ピエロ・デッラ・フランチェスカ(とその仲間たち おそらく アルビジョア-カタリ派)

の思想において

ともかく 政治(統治模索性)性と宗教性はフランチェスカにおいて一つになって感じる。

 

http://redrb.heteml.jp/naganoart/nagano_art_06.html

 

この絵で気になるのは、 慈悲の聖母を見上げるフランチェスコ自身の隣、黒いマスクをしたままの男である...。

ひとつの資料によると、フラアンジェリコ(キリストの嘲笑 Cristo deriso)においてキリストに唾を吐く男の援用というか、ある種向こうを張っているのかもしれない...。

http://www.salvastyle.com/menu_renaissance/angelico.html

このサイト様の11番目の画像( http://www.salvastyle.com/menu_renaissance/angelico.html )

 

が、たしかにそうした延用ではあるにせよ、ではなぜそのように危うい挑発的なモティーフを避けず、むしろより黙秘的隠匿的な形であえて提起するのか。そういう画家の態度なり動機が、非常に鑑賞者の何かをそそる処がある。フランチェスカにはそういう個性が、そのきわめて理知的な構築性のうらで————おそらくは彼の宗教観や公共空間における主体定立の「秘義的-敢行的」流儀から生じるのであろう————必然的にある。

(もしかするとフラアンジェリコでさえそちらの立場からの表現だったりして...)

 

このモティフも、およそ宗教というものはそういう運命にありがちかもしれないが————(「こんにち」では異端扱いされているフランチェスカらから見たときの)キリスト教の基盤やら権威の危うさを提起しているようにも感じられる。

 

https://core.ac.uk/download/pdf/67687059.pdf

あとこれも面白い。※しかしこうしたものの、より自然なポーズはプラクシテレスによるサテュロス像にある。。

 

という具合に、ちょっとおもしろいサイトを覗いてはいちいち触れていたら、切りがなくなるので一言だけ。じつは自分は、もう古い出版となったが、コンパクトな美術通史のような本を一冊持っており、詳しいことはわからないがざっと俯瞰程度はできるようになっていた。それでフランチェスカのことも、深入りはつゆぞしないながら、この画風が何とはなしにだが近代の世紀末芸術や象徴主義へと通じていくのでないか、と思っていた。理由はよくわからない...。が、錬金術的?に秘密めいた態度————ギリシア・ローマ的合理性とオリエンタリズムのこうした不思議な同居————というものが、やがて退廃的に世の中に受容されるときには、世紀末的にもしくは精神分析的な意匠を以て再現されるだろう、という予感かもしれない。 あとでふれること ヘルメスとミトラ教 というサイト、またミトラス像(牡牛を倒すミトラスの像 力動性量感流動性と運慶、など)

 

ところでフランチェスカは、自身、ヘラクレスを描いている。

hercules piero de francesca

 

wikiより ピエロ・デッラ・フランチェスカ ヘラクレス

 

その描写をみると、「鞭打ち」において主題となる、画面右半分に、立つ3人の真ん中の男。これをまるでヘラクレス、風に描いている...ように見えなくもない。(フランチェスカについて書かれた、最初に紹介したblogの書き手さんによると、ウルビーノ公の腹違いの男(=殺害された前ウルビーノ公)の子息)談義中も上の空に構え、あまり思慮に富んでいなさげに。

 

やはり前にも考えたように、「鞭打ち」に帰って考えるならば、分割された画面の左右を逆説 復讐の教訓『柔軟と鷹揚さ無き支配——(正統派として異端を)迫害し制する者——は策謀され滅ぼされる  攻め滅ぼした側も明日は我が身。』 等)として描いている。ように思えてくる...。であるから画面右の主題の三人は、コンスタンチノープルが陥落した(東西統一がくじかれた)のち、キリストの鞭打ちを過去の時間軸として教訓にするなら、(われわれの宗教と宗派は)今度どのような宗教と人間と社会のありようを模索すべきかを話し合っている、ということになるのではないか

 

 

 

 

信仰-宗教(学)と政治学の合一理念(民主制、原始共和制? 原始キリスト教)を古代ギリシャ、他文明と仏教等他宗教、グノーシス主義)→これを吸収し・把握し返したルネッサンス期を再考期とらえうる。 ルネッサンスとはあらためて 主体(sub←人の権威にではなく、ただ神のみに対する / ject-ive)= 生身の「人間」としてのめざめ。

その表現と暗号としての芸術、芸術史。

 

補記 主体(sub←※人の権威にではなく、ただ神のみに対する / ject-ive)= 生身の「人間」としてのめざめ。 について。

 

※...よりグノーシス寄りにいうと、《人間に》内在する!神的霊的なもの。イデア。

 

二元論的な霊性イデアについて

[ただ、ここには同時にグノーシスやゾロアスタ、マニ教等二元論の限界といえば限界であるのであって、

●善と悪を、なぜ善と悪と判断するのか、

●神霊的なものは 人間の側に!<内在>するのである、と判断するのか、

 

の<根拠>に たとえば仏教で言う 内在即超越(としての超倫理的倫理)、善悪判断根拠そのものを左右する Etwas mehr があるはずの点に言及しない。シャボン玉の膜のような、(内在 即)超越。

そこに善の神(神、また人の中の神・霊・イデアを見出す時 総合的善の側とともにあろうとする超越的霊性の根元)をなぜ見ないのか、という点は保留の感がつねに残る。

非弁証法的精神。もしくは弁証法の冒険の非透徹。

 

また、**肉の否定におけるある種の狭量さ]

 

**肉の否定における狭量さ ↑ 物質(肉)と霊を切り離したまま放置する。非統合化。 肉「欲」はしばしば悪(支配)を伴うが、肉 は霊と別々でなく 霊性を具現するものであること、霊性のゆくえを先触・暗示し、あるいはこれと交信伝達し合い、場合によっては霊性の質を高めうる点についての言及のないこと。

 

 

ということで私自身はグノーシスや二元論的宗教観宇宙観そのものにたいしては、100パーセント賛同するものではありませんが...。すくなくとも宗教(を必要とする人間)『という位相そのもの』からは。

 

 

 

--------------------------------------------

※について 180605 FBより

補記

 

内在即超越 の視点の、二元論における希薄?について

 

この事象を、裏側の観点から述べておく。


ところで、では そもそも超越などという——超越「者」はもちろんのこと——ものを、逆に認めることができるのだろうか、と問うてみる。


A-非Aの関係において、非AがAに対してある種の超越性を帯びていることはあるが、それ自身を超越性とは呼ばない(まして超越者などとは)。またAと非Aを(それ自身がある運動性、位相のずれなどを施されることによって、)非Aがそれ自身Aの知覚、認識を成り立たせる条件——図のための「地」性——を有していたものであったが、今では同一地平上に相対する対立条件もしくは交換(交替)要素となるに至った(勿論相互にある種の不可分性を帯びながら)、といった、運動的展開のもとに、Aと非Aを成り立たせる、さらなる「地」・位相が(それ自身はそれ自身をものがたらぬ仕方で)はからずも措えられて——われわれの当座の知覚と認識はあくまでA-非A関係そのものに注がれたままでいる際——いる、そのときその「地」のことを、超越というのであろうか、といえば、そうでもない。

超越とは、凡そそのようなある種の作用であり、たえずそのような「作用が働く」という事態であり、また(認識への)働きかけである、といえるのだろうか。

だが同時にそのような、たえず ずらされ遅らされる、機序によって、それ(=みえざる地)を<それ>(=地の存在、または地の存在すること)として気づく、気づかされつつ則する、そのようなある種の作用を、成り立たせているものが、全面的にわれわれ(相対者)の「外がわにある」のみだったなら、運動そのものが起こりえないし、作用<として>成り立ちもしない。われわれ自身がその端緒を(つねに不完全な形で)一つの状況における[受動的]能動者として負っており、その作用のあらわれを出現・溢出させているのでなければならない。その限りにおいて、その作用は別段、われわれにとって「超越性」ではないかにみえる。しかしわれわれが "個人的"に不完全な、or欠損した「能動者」として、その作用の現出に貢献し、立ち合おうと合うまいと、そのような作用が相対者である誰かが何らかの形で行いさえすれば、かならずそのように出現・溢出するのだという「成り立ち」そのものは、何ら瑕を負わない。
たまたまそれに この”自分という”相対者が立ち合ったかどうかという問題のみである。
——それでも他ならぬこの自分にとっての自分への真理の現出と受肉作用こそが、すべてであり、これを誰も奪うことができぬ、というのも絶対的に保障さるべき条件(そうしてしかこの作用の現実性(真理)を”知りえない”という意味において)なのだが...。

それはともかくとして。
しかしその現前・溢出が、その端緒と動機付けと跳ね返りというものとしてしか、この主体(たち)には体験できぬ、というその事実・事態とはいったい何なのか。
それほどにまでわれわれ一人ひとりは、相対者(準=透明、畢竟不透明な存在)にしかすぎぬというのは?
また、それに対してあるであろう、絶対的、というものへの触手とはまた何なのか、それを想定するというわれわれとは何なのか。
われわれが絶対者(すべてを完括し完結しているもの)ではないということ、歴史性(運動性を受動的-能動的に余儀なくされて?!いるところの)を背負わされている——喜びや驚愕や嘆きとともに——というのは、やはり「根源性」のみならず「超越性」に何らか由来するもの、由来することを知るものでなくして何であるか

 

ということになってくるように、私にはやはり思われる...。

 

以上、余談

 

-------------------------------------

 

 

 

ヘレニズム文化とアレクサンダー大遠征、東方へのヘレニズムの浸透

 

 

http://dic.nicovideo.jp/t/a/グノーシス主義 

ニコニコ大百科 DIC.NICOVIDEO.JP

 

 

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/グノーシス主義

 

グノーシス主義 - Wikipedia

 

 

フランチェスカにおける女性像(聖母、シバの女王の一群など)は、男性のギリシアローマ性に比し、より露骨に、東方ミトラ教的-弥勒菩薩的、である。。。

 

 

補筆 補足資料

 

マニ教(東方ミトラ教)と長谷川等伯とフランチェスカ(ヴェネツィアーノ〜バルドヴィネッティの系譜、初期ルネサンスフィレンツェ派・ウンブリア派----宗教的にはアルビジョア派 カタリ派)

 

http://hirohabe.cocolog-nifty.com/tiger/2010/09/post-22bf.html

マニ教「宇宙図」が日本にあった!: 風来香 HIROHABE.COCOLOG-NIFTY.COM

 

https://heibay.exblog.jp/18002624/

 

ミトラ教9- キリスト教との関係 | 虚空界摩訶不思議 by heibay HEIBAY.EXBLOG.JP

http://chitonitose.com/lessons/wh/wh_lessons4.html

No.4 イラン人の王国 CHITONITOSE.COM 法隆寺 獅子狩文錦とササン朝 (ゾロアスター教マニ教)

 

 

こうしてみると、日本の始まりからもとはといえばミトラ(ス)教由来の世界観に我が国も接している。安土桃山〜江戸時代の画家もまた、その可能性が高いかもしれない。

 

 

 

 

https://ogawakeiic.exblog.jp/13655098/

 

ミトラか、弥勒か、朱舜水。 | 彩遊記 OGAWAKEIIC.EXBLOG.JP

 

-----------------------------

 

明 清 辮髪

 

ミトラ ——明(ミトラ教における光の国)王朝

 

辮髪——古くはテュルク王朝にもあったらしい。トルコ系。もしかするとこの人(フランチェスカの「鞭打ち」における画面右端

ジョバンニ・バッチとされる人物)はトルコ系の血が入っているのをフランチェスカは知っていて、ちょっと遊んだかも。

 

何故 辮髪 を気にするかというと、ジョバンニバッチとされる人物(「鞭打ち」の右端男性像)が、背景処理の効果?で、まるで辮髪『のように見える』から。なぜこんな不自然なことをしたのか。故意ではないのかと思えたから。

 

ふつう辮髪=清王朝、と思いがちだが

元(モンゴル帝国)時代からも強要があったらしいから、明より前にあったようだ。

 

あとはフランチェスカの時代と照合してみるとよい。

 

フランチェスカ 1412-1492

元 1271-1368

明(ミトラ 弥勒教 の国)1368-1644

 

フランチェスカの時代は明王朝となる

 

 

cf)長谷川等伯 1539-1610

 

※等伯はフランチェスカやバルドヴィネッティの絵をミトラ教として隠れキリシタンに見せられたか。

 

 

ブレラの祭壇画のマリアや、聖木の礼拝 におけるシバの女王、慈悲の聖母のえがき方が、東方ミトラ=弥勒菩薩的なフランチェスカ...。

 

☆このころまだ西欧キリスト教の絵画自体、またそもそも作法、素材自体が総じてオリエンタル(由来)ではあるが!

 

それにしても

フランチェスカの生きた時代 初期ルネッサンスと、弥勒ミトラ=明の国の相関を考えるのは面白い。

 

それと 西洋ルネサンス期であるが

ゾロアスター教由来と思しき?「鞭打ち」において鞭打たれるキリストの、上にある像

(事実 形姿上はこの像がドナテッロの影響下でのフランチェスカ自身のヘラクレス的処理であるとして)、

であれば

あとはドナテッロの周辺環境・時代と、当時の西洋圏へのゾロアスター教の影響である。

 

 

https://bit.ly/2GZpeIg

近世ヨーロッパの思想と社会 BOOKS.GOOGLE.CO.JP  

↑ アルベルティによるゾロアスタ教の研究云々

 

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/レオン・バッティスタ・アルベルティ

 

レオン・バッティスタ・アルベルティ - Wikipedia

 

https://desireart.exblog.jp/20339352/#20339352_1

 

『ピエロ・デラ・ フランチェスカはアルベルティの研究を学んで立体測定法の理論を学んでいたといわれています。』

!!!!

 

 

ピエロ・デラ・フランチェスカ『キリストの鞭打ち』『セニガリアの聖母』

|… DESIREART.EXBLOG.JP

 

https://ogawakeiic.exblog.jp/13655098/

 

湯島聖堂と弥勒教ミトラ教

 

 

そういえば

↓運慶作の毘沙門天=多聞天も、(ミトラ→)ゾロアスター教由来——火性、炎性——を感じる...。

 

http://adcculture.com/journalist/shiratori-49/

 

3つの国立博物館で「日本のお宝」饗宴 | ADC文化通信 ADCCULTURE.COM

 

 

根元的な威力を感じさせる作風を見ると、運慶はひょっとして古代アーリア的なもの=ミトラ教 (たとえば「牡牛を屠るミトラ」の力動性、ベクトル描出、量感)ーゾロアスター教まで遡って作品を作ったのではないか。。 とすら感じられてくる。。

 

が、どうやってか。法隆寺の所蔵品や寺の雰囲気を見て何かを感じたのか。。

奈良東大寺において僧 実忠とゾロアスター教由来性について何かを把握したのか。。

 

諸処の寺の立像からスタティックでないあらゆる要素 流線、火性や多角的力動を自分のものにしたのか。。

 

http://blog.livedoor.jp/bfr4cadg/archives/1389070.html

 

面白夢工房 : 仏像の起源 BLOG.LIVEDOOR.JP 

 

 

等伯の大涅槃図(本法寺所蔵)や、作者不詳?の非文化財指定美術品↓などにも、ミトラ教?マニ教っぽい○○○文様(日本のものの場合、円形・弧状配置ではないが)曼荼羅にもつながる何かが...。

 

https://bit.ly/2LG0U1H

 

江戸時代の涅槃図など公開/京都・醍醐寺で15日から | 四国新聞社 SHIKOKU-NP.CO.JP 

 

 

この記事関連の前記事▶ http://reicahier.jugem.jp/?eid=79

 

 

| Rei八ヶ岳高原2 | 11:02 | comments(0) | trackbacks(0) | twitter-reiのHOME | - | - |
Comment








Trackback

Calendar

   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 
<< August 2018 >>

当BLOGの目次

-------▼「目次」------

目次誘導
電子出版予定 コピー禁止
メモ書き記事では、かならずしも論証例示は多くなし
ReiのMain Photo blogへ誘導LINK

Profile


Rei

soundcloud

Reiのtwitter-HOME

Archives

Category

Favourite

Reiko Suzuki

バナーを作成

Search

Link

Feed

Others

-Powered by Jugem-

Mobile

qrcode

Recommend