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ピエロ・デッラ・フランチェスカとミトラ教、グノーシス主義等

20180324 FB

 

ピエロ・デッラ・フランチェスカ 「鞭打ち」(ドゥカーレ宮 蔵)

 

 

musey.netより

 

 

ピエロ・デッラ・フランチェスカの謎 Il Mistero di Piero della Francesca

 

とても面白いblogをみつけて、フランチェスカの関連記事を読ませていただいた。

 

このピエロ デラ フランチェスカのblog記事は、研究熱心で面白かった!

関連記事も読ませていただいた。

 

 

画家フランチェスカ自身はもちろん、絵の構図上の主役たち、ジョバンニ・バッチ(エリート聖職者で人文主義者)とヒゲのベッサリオン枢機卿といった登場人物であり仲間たち、つまりは画家及びこれらの人物がみなローマ教皇側からみれば秘密結社とは言わないまでも異教徒もしくは異端キリスト教徒だ、とは、しかしこのblogの書き手さんは想像もしておられない(したくもない)ためか?、推論に四苦八苦されていた。

 

 

 

ベッサリオン枢機卿——これはblogの書き手さんが紹介されているギンスブルグのフランチェスカに関する研究著書にて宣教上重要な役割を果たすと書かれているとされるバルナバ=聖書の登場人物、相当でもあるかも知れない。そしてこの人物の語りと説得の内容=キリストの鞭打ち が、画面左構図、という解釈があるらしい。

 

※調べると、ネオプラトニズムの知識人で正教会からカトリック改宗者。のちにニカエア大司教。

この人物の下に知識人が集まりアカデミアが形成され、盛期ルネサンスの立役者となるとのこと。

 

 

異端———わたしはそう直感したが。(私自身は無宗教者だが...)

みながそういう思想信条の持ち主でローマ教皇権力にアンチし信念を貫きつつもつつも同時にそれを見抜かれないよう秘匿的に生きなければならなかったと理解すれば、すべてがストンと腑におちる。

 

 

ベッサリオン枢機卿

*…https://ja.m.wikipedia.org/wiki/ヨハンネス・ベッサリオン 

*…https://kotobank.jp/word/ベッサリオン-129571 

 

(皇帝ヨアンネス8世によってニカエア大主教に任じられ,フェラーラ・フィレンツェ公会議(1438‐39)に参加,教会合同賛成派として活躍,そのためコンスタンティノープルの教会関係者の不興を買った。)

 

*…別のサイトによると、コンスタンティノープル陥落を機に東ローマ帝国関連の書物が散逸するのを恐れたことから図書館の創始者にもなったそう。

 

 

そのまえにどこかで、(このベッサリオンのように)二股髭をしたものは異教徒で禁欲主義者である、という記事を読んだ。。どこのサイトだったかなぁ

 

 

ギンスブルグによると ベッサリオン枢機卿、とされる男 について。。


これって、鞭打ちで後ろ向いてる人物でもあるのじゃないか。だとすると何を意味するか。

いずれにしても
左側の鞭打ち構図では、自分の信条正義のがわが鞭打たれ、右の主役構図ではその逆(反面教師とせよ、という訓告)、か、でもなければほんとうに(東西統一のためには?)「イエス」キリストが鞭打たれるのさえかまわない流派であることを告白する(とくにミトラ教徒であれば、自分たちが乗っ取られた側なのだから)というのがわたしの理解。

 

枢機卿にあたる説得男の足=立場は両方にかかっている。扇の転換点。


異教徒=境域が軸足!

 

その逆、の示唆(立場がいつ・どう逆転して、正教徒/異教徒の逆転が起こるやもしれぬ)。それが絵の、受取人への 説得内容だった、ということになるか。


 

するとこの絵の受取人は、主役級の構図(右側)中、真ん中の人物[説得されている人物でこの時はもう統治の失敗から殺害に合って死んでいる*]を弟に持つウルビーノ公ということか。

 

*...領民の生活や統治領内の芸術家、文化に貢献する者の立場信条をおろそかにし、弟同様ローマ教皇と癒着関係に入れば、命が危なかろう、という示唆警告?

しかしわたしの何となくの印象では、ウルビーノ公自身は問題意識の欠如していた弟とは違い、また別々に生活していたとあれば、もとより画家らと同じ立場の側(同じ宗教信条の信者とまではわからないが)である、人間の尊厳を軽んじない人物、と映らなくもないが。それでも文化経済の拠点コンスタンティノープルが陥落したぶん、さまざまな良心の自由と考えを持つ領民の生活と文化的保障を柔軟に行い、安易にローマ教皇に擦り寄り散財することなきよう、というのがこの絵の寓意(送り手への直接的意味としては)とでもいうべきものなのか。

 

1453がコンスタンティノープル陥落、なのだから、この絵の製作年からしても[★付記 180529...私の手持ちの、古い美術通史本では1453-54頃?となっていたのだが、先ほどあるサイトをのぞいたら、1455-60年に制作、とある。これで確定であるとすれば、コンスタンチノープルが陥落したのち、今後の自分と仲間たちの対策と教訓を得るため、またその訓告を暗示するため描かれたのである]これを話し合っている、ということは絶対に考えるべき。。

 

 

ヨハンネス8世(ビザンツ帝国最後の王)

 

ウルビーノ公は、おなじ仲間だったのかまでは微妙か。。落ちやすい良心的な説得対象だったのかも知れないが、もしかすると彼も同じ教徒だったかもしれない。腹違いの殺された弟とはちがって。(成り上がり指向?)

 

blogの書き手さんが参考資料にした書物の著者ギンスブルグによれば、画面右側、主題三人の内の真ん中の人物——説教されていても上の空——は、ウルビーノ公の腹違いの、殺された前ウルビーノ公の息子とのこと

 

 

ところで blogの書き手さんも言われるように
鞭打たれるキリストのうしろの柱上にある、古代異教風の像、というのは、ミトラ(ス)教、ゾロアスタ→マニ教あたりかなあ。しかし「形姿は」ギリシャ彫像風なので——それだからこそヘレニズムなのであろうが——、アポロン像あたりか。

(古代ギリシャも P della フランチェスカ当時のキリスト教会・ローマ教皇にすれば異教な訳だ)よく右手を上げている。ヘルメス!像もだ(すべてのヘルメス像がではないが、左手を上げているのがある)。

 

あるいは、アウグストゥス(カピトリーニ美術館所蔵)にもクリソツ。

http://blog.livedoor.jp/tullysworldsouvenir/tag/トラヤヌス?p=3 さんによる画像

世界史の旅 探訪記と歴史グッズ


 

アウグストゥス、帝政ローマ。古代ローマ初皇帝


 ↑

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/アウグストゥス

アウグストゥス - Wikipedia

宗教と統治の理念、などについてもよく考える宗派であれば、アウグストゥスを図像学上描き入れるのもありなのかもしれない。

だから画家と、かれらの仲間の信ずる教義も、結局このながれなのだろう。。たしかにその影響の広汎さ、東・西欧両義的意匠の獲得においてミトラ(ス)教はありうる。
鞭打ちの玉座にすわるのがビザンツ皇帝ヨハネス8世という推論は東方(緩やかな他民族他教徒支配の態度)に肯定的なら、ただしいとおもう。

 

もしかしてフランチェスカ、ミロス島のポセイドンを真似たのかも。鞭打ち(鞭打つ側)の像として。

 

 https://plaza.rakuten.co.jp/rakutin1944/2009/  さんによる画像

画像に含まれている可能性があるもの:1人以上、立ってる(複数の人)


 

つまり、鞭打ってる人間の方がポセイドンの後ろ姿で、それを見下ろす、古代異教風の像とは、アポロンはたまたヘルメス!? か、はたまたアウグストゥス。。。


何れにしてもいかにもミロス島風(エーゲorミノア文明的な柱、壁模様など)の熟達のほうは、弟子?バルドヴィネッティらが受け継いでいる!

 

古代ギリシャは、エーゲ文明より後。。凹 じゃあ、それより前は。。。メソポタミアか、古代エジプト?

と、やっぱり異教風とは、(原始)ミトラ教、ゾロアスター教あたりになるのか...

つまりこの、鞭打たれつつも光輝しているキリストの上にある像は、東西越境的な原始性と同時にこれまた普遍的理知性を帯びるものの象徴という訳であろうか。

 

 

 

この記事を書くとき、まずひょっとして(世界史は得意でないものの... フランチェスカって)アルビジョア派-カタリ派かしら、と目ぼしを(正しいかは別として)つけた事を書いておくと良い気がする。

が何故だっけ。...

画家がフランチェスカという名であることと、ジョットの系譜からフランシスコ派であればスコラ哲学等理知的な古典性と禁欲的匂いと彼の弟子(バルドヴィネッティ)からも来る東洋性かな。すると異端かもと。

 

 

ついでのことだが Arnolfini heresy(異端)でも調べたら
 

そのアルノルフィーニが、フランチェスコの絵の中(復活したキリストの下で顔を覆っている!——ああ。あれか♪)にいる?という別の論文があった。。。

キリストの復活 ピエロ・デッラ・フランチェスカ

 

https://www.musey.net/7394 から

 

 

▶アルノルフィーニ(夫妻像 byヤン・ファン・エイク)

絵の中に様々な図像学と不思議な工夫がほどこされ、ことに握手が普通のそれと違うことから、異端でないかと話題になっていた...

 

まあそれはこの際良いとして...

 

Wikiでのカタリ派 記述によると

https://ja.wikipedia.org/wiki/カタリ派

 

ドイツに現れた というもの...カタリ派という名前は「清浄なもの」を意味するギリシア語の「カタロス」に由来している。名称が初めて記録にあらわれるのは、1181年にケルンで記されたシェーナウのエックベルトの「このころドイツにカタロスがあらわれた」

とのこと。

 

 

ダーミアノ教会??

https://www.travel.co.jp/guide/article/23665/

聖地巡礼・伊「ヴェルナ修道院」聖フランチェスコが聖痕を受けたトスカーナ…

TRAVEL.CO.JP

 

あの、鞭打ちのうしろの像は? クノッスス宮殿の時代?

 https://ja.m.wikipedia.org/wiki/クノッソス

クノッソス - Wikipedia


 

弟子の描いた絵画的な素材がある↑


ギリシャでありつつオリエンタル。

 

ミトラ教 https://ja.m.wikipedia.org/wiki/ミトラ教

WIKIPEDIA


 

 

 

 https://m.youtube.com/watch?v=1SMmH4YlUlk

La flagellazione di Piero della Francesca - tratto da Il libro di arte e immagine

 

 

 

 

長いビザンツ帝国の終焉と、ヨーロッパルネサンス、遠近法の確立とのリンク。。。ある種の必然性?

 

人間としての目覚め。主体性、他者性尊重=距離と関係性の問題。遠近法。

 

マニ教(非殺傷、グノーシス、仏教に近い?) → カタリ派 https://ja.m.wikipedia.org/wiki/カタリ派

 

カタリ派 - Wikipedia

 

 

 

 

 ↓ 托鉢修道会(フランチェスコ派もある)https://ja.m.wikipedia.org/wiki/托鉢修道会

托鉢修道会 - Wikipedia

 

 

https://www.kaho.biz/safavi.html

KAHO.BIZ サファヴィー朝

 

 

この記事のつづき▶ http://reicahier.jugem.jp/?eid=80

 

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