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フォルクレという存在

(Kさんのところの雑談にあえて書かなかったこと 2016’12/31 FBにて )

 

フォルクレ(Antoine Forqueray)の存在がないと、音楽は近代に移行しない(機能和声へ到着する必然性を持たない)

 

[かくてラモー(Rameau)の到来を待つ...!?]

 

 

 

※この日はじめて、1,2曲聞いてみて、抱いた感想。

 

作品例

https://www.youtube.com/watch?v=mzyEQg3T6E8

 

 

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【追記】

FB友さんのあげていた、ヘンデルの鍵盤楽器用作品に触れた感想

 

一連のヘンデル(鍵盤)、面白く拝聴した。(じっくりとはきけていないが)。

 

やはり リュリ、クープラン、フォルクレ、ラモーという系譜から統合的に聞いていく必要を感じる。

それとベートーヴェンを基軸にした場合、此処から振りかえってとらえるヘンデルの含蓄を、

ヘンデルとしてのある種の完結性と、ヴィヴァルディ-ヘンデルという流儀の両面からとらえることができるかなと

| Rei八ヶ岳高原2 | 12:29 | comments(0) | trackbacks(0) | twitter-reiのHOME | - | - |
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