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ヴォルケンシュタインのこと、その後継-周辺としての ロマーヌス、ランタン そしてデュファイ、ジョスカン、またパレストリーナへの発展性

NAXOS music library にて la Reverdie 楽団による 下記の録音で知った14C末-15C初頭(ケルト旋法が、この録音のように吹奏楽や、あるいはゴシックハープにより演奏された時代)の音楽。

そしてオスワルト フォン ヴォルケンシュタインのこと。

 

面白い録音に出会う。

 

『女の島 - ケルトの女性たちが中世に響かせたこだま』

http://ml.naxos.jp/album/A311

 

この半年〜一年のずっと、ケルトの旋法とその発展の究極形としてのパレストリーナ時代の到来、という風な軸で西洋音楽の基礎を把握したいと思っていた。

そしてその継承発展期の発端として、15C初期〜前半を捉え、今はまだ(デュファイやバンショワと比し)それほど知られていない H de ランタンや、学生時代に唱った A ロマーヌスの作品(written in praise of Tommaso Mocenigo, who was elected doge of Venice in 1414——ほぼリディア旋法。所々機能和声的)などに、もっと光が当たり、彼らを含んでパレストリーナ時代へと収斂・結集して行かれないかと思っていた。

 

が、 もしかするとかなり優れた、そのための契機——ビザンツ風な残響の多いオケゲム門下と すでにそれを排しつつあり、のちのパレストリーナを予告する地中海的な明るさを帯びていたランタン、ロマーヌス、クロストフォロデモンテらの流れとの 両方を生み出しうる、音楽史の契機、もしくは分岐のつなぎ目——として、予告的に重要な役割を果たすのかもしれないミンネジンガーの名残めいた人物、オスワルト フォン ヴォルケンシュタイン に遭遇。(海外では既に話題になっている?)

 

 

Wolkenstein (* 1377?-1445)

 

https://en.wikipedia.org/wiki/Oswald_von_Wolkenstein

 

ミンネジンガーの名残のような生き方

early 15thへの架け橋...!

 

できるだけ、当時のヴェネチアを彷彿とさせる吹奏楽版である、上記リンクNAXOSで聞かれたいが、無理であれば下のyoutubeで聞かれたい。

 

Ave mutter kuniginne (Ave, mater, o Maria)

https://www.youtube.com/watch?v=Pn2cfRXH15c

 

この音楽の質。語法...。 驚愕。

やっぱりもうこれは Antonius Romanus (fl. 1400 – 1432)  Hugo de Lantins (fl. 1420–1430)  Cristoforo de Monte (fl. 1383-1437) らと、《ほぼ》完全に同じ語法になりつつある...。

おまけにこの人物の、じつに興味深い 放浪の生涯!!!

チロル国境〜黒海周辺——トルコ、ペルシャの方まで彷徨。またフランス イタリアへ。

 

※この la Reverdie による録音では、ケルト説話が吟遊詩人たちによって歌い継がれた世紀の名残の濃厚な時代なため、トリスタン物語にかんするハープを伴う歌なども収録されている。

 

その中でのヴォルケンシュタイン Oswald von Wolkenstein の存在、である。。

 

 

他方彼にはこのような、どちらかというと暗い側面もある。もちろん旋法の選び方によって明-暗 変化する面も大きいが、これを利用し旋律が受肉した世界の諸々のニュアンスがおもしろいのである(Es Fügt Sich)

 

 

https://www.youtube.com/watch?v=_o0AUCwHzt8

 

これはケルトハープ(ゴシックハープ)と独唱なだけの作品であるが、(謂わば短調であり、しかもより重要なことには)、これの延長線上にあるのは、四度五度を基軸としつつ伸縮しゆらぐ平行和声である。それはビザンツ的である。基本的にデュファイ、バンショワの流れである(彼らにももちろん幅があるが。それは最後尾、付記にも後述。)

 

両者(両面を知り語るもの)。イスラムと15C前期ヨーロッパ(辺境線。このころはまだエオリア旋法・イオニア旋法はないが)の「つなぎ」目、というと、オケゲム(門下)につながるのだろうか... オケゲムはもう近代(機能和声上調性)でいう長調支配の多い気がするが... 

 

 

ヴォルケンシュタインののちの時代に目を移して言うと、

 

(チコーニアから)ランタン、ロマーヌスら15Cヨーロッパ-地中海派は、こちらの道——オケゲム——への暗示性が高いといえるのか。だが、低音部の処理についての明るさ、呪詛性のなさ、バタくさくなさ などは、ある意味オケゲム(門下)を予め通り越している面がある気がするのである...。(含!:旋法上の問題以外の声部と旋律処理)

(だから、前もってパレストリーナを想起させもするのである...)

 

 

デュファイはランタンを知っていた。(Wikiより)

であればパレストリーナが遡行しランタンら当時のヴェネチア音楽を知った可能性も高まるのか。

 

ロマーヌス、クリストフォロデモンテまでをばたとえ知っていなくとも、彼(ランタン)は、きっと知っていたろう!

ロマーヌス、デモンテ、いずれにせよたいへんな夭折であるが...。ランタンに関しては、その活躍期間の短さにも拘らず父親?の仕事も引き継いでいる分、音楽史上に残る痕跡は幾分拡張するのかもしれない。ウィキによればアイソリズムをより導入したのは父親?より革新的であるらしい。

 

注)ロマーヌスはついここ数年で英語版Wikiに登場した(それまではなかった)記憶がある。クリストフォロデモンテは、今でもWikiが見つからない...

la Rreverdie 楽団の着眼の画期性が見込まれるだろう。

ちなみに、 la Rreverdie による他の録音 (※下記参照) において、チコーニア後継・周辺としてであろうか ランタン、ロマーヌス、クリストフォロデモンテの音楽が、終止名でおなじみのランディーニや、パドヴァの音楽とともに収録されており、これも画期的であると思われる。

ここにはロマーヌスの Ducalis sedes Stirps Mocenigo が収録されており自分にとっては再会が感動的であった...。

また最後の曲のクロストフォロデモンテの音楽では吹奏楽器のみならず鐘も使用されており、儀式や祝祭の場でのパーカッションの役割を遡行するにも興味をそそられる。

参考資料)http://ml.naxos.jp/album/A387

 

 

Hugo de Lantins (fl. 1420–1430)

https://en.wikipedia.org/wiki/Hugo_de_Lantins

https://ja.wikipedia.org/wiki/ユゴー・ド・ランタン

 

Antonius Romanus (fl. 1400 – 1432)

https://en.wikipedia.org/wiki/Antonius_Romanus

quotation----------

彼の音楽は1412年に死亡したJohannes Ciconia(ヨハネス・シコニア ※チコーニアのこと)の影響を強く受けているよう…。 また、Antoniusの後期活動の大部分でイタリアにいた若いGuillaume Dufayにも影響を与えているようです。 ————from Wiki "Antonius Romanus"

 

※たしかに、https://www.youtube.com/watch?v=8d4kpl_X79U&index=17&list=PLEEA380053369A0E0 などをきくと、シコニアのこの曲とロマーヌスのモチェニゴ(1414)とはかなりの類似点があり、創作の決定的動機になっていると思わざるを得ない♪

-------------------

 

ここで、Palestrinaのある曲——Missa Benedicta es à6 を思い出そうと思う。

 

https://www.youtube.com/watch?v=l-UZKRSA-C0

Missa Benedicta es à6 Palestrina

 

 

この曲↑をtwitterで紹介していた方が追記されるには、パレストリーナがジョスカン(Josquin Des Prez; Josquin des Prés, Josquin des Pres, Josquin Desprez 1450/1455? - 1521)の或る音楽( motet Benedicta es caelorum Regina)に触れた後の曲、とあり

保守的とされるパレストリーナが、他方自分以前の音楽を収集研究し(彼の当時の地位からすれば当然のことであろう)、自身の音楽の幅を広げようともしていたことがうかがえる。

 

ところで、ジョスカンはオケゲム門下。

デュファイはランタンを知っていた、のであるならば、パレストリーナが遡行し、自身の音楽の自然な発展形として結びつけやすい音楽に出会ったろう音楽は、ジョスカンやデュファイのみならず、ひょっとすると(ジョスカンやデュファイを介し)若干先んずるランタンやロマーヌス(つまりチコーニア後継・周辺としてのもうすこし別な流れ、よりヨーロッパ-地中海的な流れ)への探究にも及び、以て自己自身の糧・より手堅い礎としたのではないだろうか、という推測が生じてくる。

ペルシャ的、というよりはもうすこし、呪詛的要素の排された、もしくは後々バグパイプのような楽器に代替されうるのであろう通奏低音を含めた低音語法の、極めて少ない、正統的キリスト教的音楽に近しい流れ。ケルト色(旋法)をうまく踏襲しつつもヴェネチア的な明るさの側面を利用し音楽的透明度を高め、以てポリフォニーとして完成する流れ。である...。

 

とするならば、ヴォルケンシュタインのような音楽家は、民間伝承曲と作曲家の創作音楽の仲介役も果たしつつ、地理的にもヨーロッパのチロル地方を中心に辺境地帯という辺境地帯をくまなく移動したことから、グレゴリオ聖歌を中世的に踏襲し(ケルト旋法を生かす術を駆使し)つつ、のちのキリスト教的音楽を純化発展させる伝手をほうぼうに示唆し、優れたつなぎ役を果たしていたのではないだろうか。

尤も、彼の用いる音階を、太鼓などを用いた彼の作品などを通して聞くと、直後へのヨーロッパへの影響のみならず、近代(マーラーなど)への影響までも、考えたくなるのだが!この声楽部分が、交響曲であったとすると、など。また無論、声楽分野においてもである...。

 

 

今日はここまで。

 

15C前半の宗教音楽、ことに当時のヴェネチアの音楽に関しては、また別の機会に、何度か触れたいと思っている。

 

*--*--*--*--*--*--*--*--*

付記 5/31

メモ書き

 

http://ml.naxos.jp/album/A317

『イタリアへの道(ラ・レヴェルディ)』

 

 

アントニウス・デ・チヴィターテ・アウストリエ (Antonius de Civitate Austrie)

 

この人物の当作品は、ロマーヌス、ランタン路線にきわめて近いもの。(トレチェント音楽末期を引き継ぐ?初期クアトロトーセント 15C初頭から前半とみるべきであろうな...。)

ああ、あったあった。Wikiが。

 

Antonio da Cividale (also Antonius de Civitate Austrie) ( fl. 1392-1421) 

https://en.wikipedia.org/wiki/Antonio_da_Cividale

 

やはり15Cの頭である。

Quattrocento encompasses the artistic styles of the late Middle Ages (most notably International Gothic) and the early Renaissance.

 

 

パレストリーナを頂点とする場合の、あるべきキリスト教音楽について目指していく明るさに、はやくもつながる。

 

またベルトラメ・フェラギュ(Beltrame Feragut)もそうであると聞こえる。「はしり」なのか? Wikiは?

 

https://en.wikipedia.org/wiki/Beltrame_Feragut

Beltrame Feragut or Bertrand d'Avignon (Avignon  fl.  1385-1450) 

 

おお!ただ、French Avignon である...。こういうところが西欧の面白さ。(のちに、Victoriaがスペインに生まれながら、まるで古いシャンソンのつくり手でもあるような音楽の側面を有つように)

 

 

他方、デュファイを見ると

彼の、「喜べビザンツ帝国の妃」は、デュファイのわりに、また題名のわりには、ビザンツ色は少なく、ややロマーヌス、ランタン、クリストフォロ...(トレチェント音楽末期を引き継ぎつつアイソリズム,or緩いアイソリズムを導入した初期クアトロトーセント)路線。 (※デュファイの音楽の幅)

 

そして、「天はほめたたえ喜び踊れ」はこれからのポリフォニーの夜明け的な感じである。

デュファイにしては、4度平行和声などビザンツ的ながらもキリスト教らしさをすでに探り始める?

 

「おおイスパニアの後裔、おおイスパニアの星」の場合には吹奏楽が入り、イスラミックな短調色彩には寄りつつも、かなりランタンやロマーヌス(モチェニゴ/Ducalis sedes Stirps Mocenigo)的。

 

 

※いったい、当時何がキリスト教的であろうかと、かれらは異民族の跋扈する地理と歴史の渦中で問い、判断していたのか。

これへの解答の起点が15C前半(主にヴェネチア)に、特に集約的にある気がする(パレストリーナへの道)。

オケゲム(門下)を必ずや?媒介・通過するにしても!

 

だから 私はロマーヌス、ランタン路線(初期クアトロトーセントの、ごく短い時代)にこだわるのだろうな。

 

===============

他の参照 リンク

https://r5.quicca.com/~steiner/novalisnova/music/facemusic/fm130514.html

http://www.alisonvardy.com/harp-history.html

http://marienishiyama.com/使用楽器/ゴシック・ハープ/

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