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シューマンにおけるベートーヴェン

2015年 FB 過去の今日(6/11)より

 

 

LvB sym3英雄とsym4(これは元素が同じだ)の緩徐楽章がどれだけシューマンに影響をあたえ得たか。

 

弦楽四重奏(五重奏)など。

 

ことにつよく sym 3,4,7(=8)はシューマン的視線でひとつにつながっている。(4と7、3と7はつながると私自身以前から断片的に思ったりしていたが、シューマンの後ろ盾を感じるとつながりがつよまる)

 

sym4 ゼフィーヌゼフィーヌのところの旋律の波など テレーズともきこえるがこれはナポレオンの妻の名だ

 

それとベートーヴェンの、ピアノソナタなどはおろかシンフォニーにおいても恋愛感情につながっていく音を敏感に感じとり、

シューマン自身の耳と心で自分の音楽へと肉化しているのがわかる

 

 それでもベートーヴェンの音楽はやはり政治的感受性と精神、状況論的思考なしにはとても作れないのがわかる

 

(このこともシューマンは感じとっている)

 

英雄の三楽章もシューマンの心の中にそうとう深くまで凄絶に入り込んでいる  ライン sym3 に反映している

 

 

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補記

 

2015 5/12

 

クロイツェルソナタの最終楽章開始の動機性は移調を要するがエロイカ行進曲と全く同じである。

このことからしても、マーラーが巨人でこの2つ(ともに全曲)を背後に同時進行させていたのは必然性がある。

がマーラーがこれに気づきやすかったのはシューマン(の認識)を研究しているからなおさらなのではないか。

 

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ピエロ・デッラ・フランチェスカとミトラ教、グノーシス主義等 その2(長谷川等伯、運慶などへ)

この記事は、前記事のつづきです▶ http://reicahier.jugem.jp/?eid=79

 

 

3月にピエロデッラフランチェスカについて考えてから2か月も過ぎてしまった。

 

ピエロ・デッラ・フランチェスカから入る世界史。

 

20180528

 

友人に参考書を戴いて笑)、苦手だった世界史をざざっとよみ始めているけれど、

ピエロ・デッラ・フランチェスカ(とその仲間たち おそらく アルビジョア-カタリ派)

の思想において

ともかく 政治(統治模索性)性と宗教性はフランチェスカにおいて一つになって感じる。

 

http://redrb.heteml.jp/naganoart/nagano_art_06.html

 

この絵で気になるのは、 慈悲の聖母を見上げるフランチェスコ自身の隣、黒いマスクをしたままの男である...。

ひとつの資料によると、フラアンジェリコ(キリストの嘲笑 Cristo deriso)においてキリストに唾を吐く男の援用というか、ある種向こうを張っているのかもしれない...。

http://www.salvastyle.com/menu_renaissance/angelico.html

このサイト様の11番目の画像( http://www.salvastyle.com/menu_renaissance/angelico.html )

 

が、たしかにそうした延用ではあるにせよ、ではなぜそのように危うい挑発的なモティーフを避けず、むしろより黙秘的隠匿的な形であえて提起するのか。そういう画家の態度なり動機が、非常に鑑賞者の何かをそそる処がある。フランチェスカにはそういう個性が、そのきわめて理知的な構築性のうらで————おそらくは彼の宗教観や公共空間における主体定立の「秘義的-敢行的」流儀から生じるのであろう————必然的にある。

(もしかするとフラアンジェリコでさえそちらの立場からの表現だったりして...)

 

このモティフも、およそ宗教というものはそういう運命にありがちかもしれないが————(「こんにち」では異端扱いされているフランチェスカらから見たときの)キリスト教の基盤やら権威の危うさを提起しているようにも感じられる。

 

https://core.ac.uk/download/pdf/67687059.pdf

あとこれも面白い。※しかしこうしたものの、より自然なポーズはプラクシテレスによるサテュロス像にある。。

 

という具合に、ちょっとおもしろいサイトを覗いてはいちいち触れていたら、切りがなくなるので一言だけ。じつは自分は、もう古い出版となったが、コンパクトな美術通史のような本を一冊持っており、詳しいことはわからないがざっと俯瞰程度はできるようになっていた。それでフランチェスカのことも、深入りはつゆぞしないながら、この画風が何とはなしにだが近代の世紀末芸術や象徴主義へと通じていくのでないか、と思っていた。理由はよくわからない...。が、錬金術的?に秘密めいた態度————ギリシア・ローマ的合理性とオリエンタリズムのこうした不思議な同居————というものが、やがて退廃的に世の中に受容されるときには、世紀末的にもしくは精神分析的な意匠を以て再現されるだろう、という予感かもしれない。 あとでふれること ヘルメスとミトラ教 というサイト、またミトラス像(牡牛を倒すミトラスの像 力動性量感流動性と運慶、など)

 

ところでフランチェスカは、自身、ヘラクレスを描いている。

hercules piero de francesca

 

wikiより ピエロ・デッラ・フランチェスカ ヘラクレス

 

その描写をみると、「鞭打ち」において主題となる、画面右半分に、立つ3人の真ん中の男。これをまるでヘラクレス、風に描いている...ように見えなくもない。(フランチェスカについて書かれた、最初に紹介したblogの書き手さんによると、ウルビーノ公の腹違いの男(=殺害された前ウルビーノ公)の子息)談義中も上の空に構え、あまり思慮に富んでいなさげに。

 

やはり前にも考えたように、「鞭打ち」に帰って考えるならば、分割された画面の左右を逆説 復讐の教訓『柔軟と鷹揚さ無き支配——(正統派として異端を)迫害し制する者——は策謀され滅ぼされる  攻め滅ぼした側も明日は我が身。』 等)として描いている。ように思えてくる...。であるから画面右の主題の三人は、コンスタンチノープルが陥落した(東西統一がくじかれた)のち、キリストの鞭打ちを過去の時間軸として教訓にするなら、(われわれの宗教と宗派は)今度どのような宗教と人間と社会のありようを模索すべきかを話し合っている、ということになるのではないか

 

 

 

 

信仰-宗教(学)と政治学の合一理念(民主制、原始共和制? 原始キリスト教)を古代ギリシャ、他文明と仏教等他宗教、グノーシス主義)→これを吸収し・把握し返したルネッサンス期を再考期とらえうる。 ルネッサンスとはあらためて 主体(sub←人の権威にではなく、ただ神のみに対する / ject-ive)= 生身の「人間」としてのめざめ。

その表現と暗号としての芸術、芸術史。

 

補記 主体(sub←※人の権威にではなく、ただ神のみに対する / ject-ive)= 生身の「人間」としてのめざめ。 について。

 

※...よりグノーシス寄りにいうと、《人間に》内在する!神的霊的なもの。イデア。

 

二元論的な霊性イデアについて

[ただ、ここには同時にグノーシスやゾロアスタ、マニ教等二元論の限界といえば限界であるのであって、

●善と悪を、なぜ善と悪と判断するのか、

●神霊的なものは 人間の側に!<内在>するのである、と判断するのか、

 

の<根拠>に たとえば仏教で言う 内在即超越(としての超倫理的倫理)、善悪判断根拠そのものを左右する Etwas mehr があるはずの点に言及しない。シャボン玉の膜のような、(内在 即)超越。

そこに善の神(神、また人の中の神・霊・イデアを見出す時 総合的善の側とともにあろうとする超越的霊性の根元)をなぜ見ないのか、という点は保留の感がつねに残る。

非弁証法的精神。もしくは弁証法の冒険の非透徹。

 

また、**肉の否定におけるある種の狭量さ]

 

**肉の否定における狭量さ ↑ 物質(肉)と霊を切り離したまま放置する。非統合化。 肉「欲」はしばしば悪(支配)を伴うが、肉 は霊と別々でなく 霊性を具現するものであること、霊性のゆくえを先触・暗示し、あるいはこれと交信伝達し合い、場合によっては霊性の質を高めうる点についての言及のないこと。

 

 

ということで私自身はグノーシスや二元論的宗教観宇宙観そのものにたいしては、100パーセント賛同するものではありませんが...。すくなくとも宗教(を必要とする人間)『という位相そのもの』からは。

 

 

 

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※について 180605 FBより

補記

 

内在即超越 の視点の、二元論における希薄?について

 

この事象を、裏側の観点から述べておく。


ところで、では そもそも超越などという——超越「者」はもちろんのこと——ものを、逆に認めることができるのだろうか、と問うてみる。


A-非Aの関係において、非AがAに対してある種の超越性を帯びていることはあるが、それ自身を超越性とは呼ばない(まして超越者などとは)。またAと非Aを(それ自身がある運動性、位相のずれなどを施されることによって、)非Aがそれ自身Aの知覚、認識を成り立たせる条件——図のための「地」性——を有していたものであったが、今では同一地平上に相対する対立条件もしくは交換(交替)要素となるに至った(勿論相互にある種の不可分性を帯びながら)、といった、運動的展開のもとに、Aと非Aを成り立たせる、さらなる「地」・位相が(それ自身はそれ自身をものがたらぬ仕方で)はからずも措えられて——われわれの当座の知覚と認識はあくまでA-非A関係そのものに注がれたままでいる際——いる、そのときその「地」のことを、超越というのであろうか、といえば、そうでもない。

超越とは、凡そそのようなある種の作用であり、たえずそのような「作用が働く」という事態であり、また(認識への)働きかけである、といえるのだろうか。

だが同時にそのような、たえず ずらされ遅らされる、機序によって、それ(=みえざる地)を<それ>(=地の存在、または地の存在すること)として気づく、気づかされつつ則する、そのようなある種の作用を、成り立たせているものが、全面的にわれわれ(相対者)の「外がわにある」のみだったなら、運動そのものが起こりえないし、作用<として>成り立ちもしない。われわれ自身がその端緒を(つねに不完全な形で)一つの状況における[受動的]能動者として負っており、その作用のあらわれを出現・溢出させているのでなければならない。その限りにおいて、その作用は別段、われわれにとって「超越性」ではないかにみえる。しかしわれわれが "個人的"に不完全な、or欠損した「能動者」として、その作用の現出に貢献し、立ち合おうと合うまいと、そのような作用が相対者である誰かが何らかの形で行いさえすれば、かならずそのように出現・溢出するのだという「成り立ち」そのものは、何ら瑕を負わない。
たまたまそれに この”自分という”相対者が立ち合ったかどうかという問題のみである。
——それでも他ならぬこの自分にとっての自分への真理の現出と受肉作用こそが、すべてであり、これを誰も奪うことができぬ、というのも絶対的に保障さるべき条件(そうしてしかこの作用の現実性(真理)を”知りえない”という意味において)なのだが...。

それはともかくとして。
しかしその現前・溢出が、その端緒と動機付けと跳ね返りというものとしてしか、この主体(たち)には体験できぬ、というその事実・事態とはいったい何なのか。
それほどにまでわれわれ一人ひとりは、相対者(準=透明、畢竟不透明な存在)にしかすぎぬというのは?
また、それに対してあるであろう、絶対的、というものへの触手とはまた何なのか、それを想定するというわれわれとは何なのか。
われわれが絶対者(すべてを完括し完結しているもの)ではないということ、歴史性(運動性を受動的-能動的に余儀なくされて?!いるところの)を背負わされている——喜びや驚愕や嘆きとともに——というのは、やはり「根源性」のみならず「超越性」に何らか由来するもの、由来することを知るものでなくして何であるか

 

ということになってくるように、私にはやはり思われる...。

 

以上、余談

 

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ヘレニズム文化とアレクサンダー大遠征、東方へのヘレニズムの浸透

 

 

http://dic.nicovideo.jp/t/a/グノーシス主義 

ニコニコ大百科 DIC.NICOVIDEO.JP

 

 

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/グノーシス主義

 

グノーシス主義 - Wikipedia

 

 

フランチェスカにおける女性像(聖母、シバの女王の一群など)は、男性のギリシアローマ性に比し、より露骨に、東方ミトラ教的-弥勒菩薩的、である。。。

 

 

補筆 補足資料

 

マニ教(東方ミトラ教)と長谷川等伯とフランチェスカ(ヴェネツィアーノ〜バルドヴィネッティの系譜、初期ルネサンスフィレンツェ派・ウンブリア派----宗教的にはアルビジョア派 カタリ派)

 

http://hirohabe.cocolog-nifty.com/tiger/2010/09/post-22bf.html

マニ教「宇宙図」が日本にあった!: 風来香 HIROHABE.COCOLOG-NIFTY.COM

 

https://heibay.exblog.jp/18002624/

 

ミトラ教9- キリスト教との関係 | 虚空界摩訶不思議 by heibay HEIBAY.EXBLOG.JP

http://chitonitose.com/lessons/wh/wh_lessons4.html

No.4 イラン人の王国 CHITONITOSE.COM 法隆寺 獅子狩文錦とササン朝 (ゾロアスター教マニ教)

 

 

こうしてみると、日本の始まりからもとはといえばミトラ(ス)教由来の世界観に我が国も接している。安土桃山〜江戸時代の画家もまた、その可能性が高いかもしれない。

 

 

 

 

https://ogawakeiic.exblog.jp/13655098/

 

ミトラか、弥勒か、朱舜水。 | 彩遊記 OGAWAKEIIC.EXBLOG.JP

 

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明 清 辮髪

 

ミトラ ——明(ミトラ教における光の国)王朝

 

辮髪——古くはテュルク王朝にもあったらしい。トルコ系。もしかするとこの人(フランチェスカの「鞭打ち」における画面右端

ジョバンニ・バッチとされる人物)はトルコ系の血が入っているのをフランチェスカは知っていて、ちょっと遊んだかも。

 

何故 辮髪 を気にするかというと、ジョバンニバッチとされる人物(「鞭打ち」の右端男性像)が、背景処理の効果?で、まるで辮髪『のように見える』から。なぜこんな不自然なことをしたのか。故意ではないのかと思えたから。

 

ふつう辮髪=清王朝、と思いがちだが

元(モンゴル帝国)時代からも強要があったらしいから、明より前にあったようだ。

 

あとはフランチェスカの時代と照合してみるとよい。

 

フランチェスカ 1412-1492

元 1271-1368

明(ミトラ 弥勒教 の国)1368-1644

 

フランチェスカの時代は明王朝となる

 

 

cf)長谷川等伯 1539-1610

 

※等伯はフランチェスカやバルドヴィネッティの絵をミトラ教として隠れキリシタンに見せられたか。

 

 

ブレラの祭壇画のマリアや、聖木の礼拝 におけるシバの女王、慈悲の聖母のえがき方が、東方ミトラ=弥勒菩薩的なフランチェスカ...。

 

☆このころまだ西欧キリスト教の絵画自体、またそもそも作法、素材自体が総じてオリエンタル(由来)ではあるが!

 

それにしても

フランチェスカの生きた時代 初期ルネッサンスと、弥勒ミトラ=明の国の相関を考えるのは面白い。

 

それと 西洋ルネサンス期であるが

ゾロアスター教由来と思しき?「鞭打ち」において鞭打たれるキリストの、上にある像

(事実 形姿上はこの像がドナテッロの影響下でのフランチェスカ自身のヘラクレス的処理であるとして)、

であれば

あとはドナテッロの周辺環境・時代と、当時の西洋圏へのゾロアスター教の影響である。

 

 

https://bit.ly/2GZpeIg

近世ヨーロッパの思想と社会 BOOKS.GOOGLE.CO.JP  

↑ アルベルティによるゾロアスタ教の研究云々

 

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/レオン・バッティスタ・アルベルティ

 

レオン・バッティスタ・アルベルティ - Wikipedia

 

https://desireart.exblog.jp/20339352/#20339352_1

 

『ピエロ・デラ・ フランチェスカはアルベルティの研究を学んで立体測定法の理論を学んでいたといわれています。』

!!!!

 

 

ピエロ・デラ・フランチェスカ『キリストの鞭打ち』『セニガリアの聖母』

|… DESIREART.EXBLOG.JP

 

https://ogawakeiic.exblog.jp/13655098/

 

湯島聖堂と弥勒教ミトラ教

 

 

そういえば

↓運慶作の毘沙門天=多聞天も、(ミトラ→)ゾロアスター教由来——火性、炎性——を感じる...。

 

http://adcculture.com/journalist/shiratori-49/

 

3つの国立博物館で「日本のお宝」饗宴 | ADC文化通信 ADCCULTURE.COM

 

 

根元的な威力を感じさせる作風を見ると、運慶はひょっとして古代アーリア的なもの=ミトラ教 (たとえば「牡牛を屠るミトラ」の力動性、ベクトル描出、量感)ーゾロアスター教まで遡って作品を作ったのではないか。。 とすら感じられてくる。。

 

が、どうやってか。法隆寺の所蔵品や寺の雰囲気を見て何かを感じたのか。。

奈良東大寺において僧 実忠とゾロアスター教由来性について何かを把握したのか。。

 

諸処の寺の立像からスタティックでないあらゆる要素 流線、火性や多角的力動を自分のものにしたのか。。

 

http://blog.livedoor.jp/bfr4cadg/archives/1389070.html

 

面白夢工房 : 仏像の起源 BLOG.LIVEDOOR.JP 

 

 

等伯の大涅槃図(本法寺所蔵)や、作者不詳?の非文化財指定美術品↓などにも、ミトラ教?マニ教っぽい○○○文様(日本のものの場合、円形・弧状配置ではないが)曼荼羅にもつながる何かが...。

 

https://bit.ly/2LG0U1H

 

江戸時代の涅槃図など公開/京都・醍醐寺で15日から | 四国新聞社 SHIKOKU-NP.CO.JP 

 

 

この記事関連の前記事▶ http://reicahier.jugem.jp/?eid=79

 

 

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ピエロ・デッラ・フランチェスカとミトラ教、グノーシス主義等

20180324 FB

 

ピエロ・デッラ・フランチェスカ 「鞭打ち」(ドゥカーレ宮 蔵)

 

 

musey.netより

 

 

ピエロ・デッラ・フランチェスカの謎 Il Mistero di Piero della Francesca

 

とても面白いblogをみつけて、フランチェスカの関連記事を読ませていただいた。

 

このピエロ デラ フランチェスカのblog記事は、研究熱心で面白かった!

関連記事も読ませていただいた。

 

 

画家フランチェスカ自身はもちろん、絵の構図上の主役たち、ジョバンニ・バッチ(エリート聖職者で人文主義者)とヒゲのベッサリオン枢機卿といった登場人物であり仲間たち、つまりは画家及びこれらの人物がみなローマ教皇側からみれば秘密結社とは言わないまでも異教徒もしくは異端キリスト教徒だ、とは、しかしこのblogの書き手さんは想像もしておられない(したくもない)ためか?、推論に四苦八苦されていた。

 

 

 

ベッサリオン枢機卿——これはblogの書き手さんが紹介されているギンスブルグのフランチェスカに関する研究著書にて宣教上重要な役割を果たすと書かれているとされるバルナバ=聖書の登場人物、相当でもあるかも知れない。そしてこの人物の語りと説得の内容=キリストの鞭打ち が、画面左構図、という解釈があるらしい。

 

※調べると、ネオプラトニズムの知識人で正教会からカトリック改宗者。のちにニカエア大司教。

この人物の下に知識人が集まりアカデミアが形成され、盛期ルネサンスの立役者となるとのこと。

 

 

異端———わたしはそう直感したが。(私自身は無宗教者だが...)

みながそういう思想信条の持ち主でローマ教皇権力にアンチし信念を貫きつつもつつも同時にそれを見抜かれないよう秘匿的に生きなければならなかったと理解すれば、すべてがストンと腑におちる。

 

 

ベッサリオン枢機卿

*…https://ja.m.wikipedia.org/wiki/ヨハンネス・ベッサリオン 

*…https://kotobank.jp/word/ベッサリオン-129571 

 

(皇帝ヨアンネス8世によってニカエア大主教に任じられ,フェラーラ・フィレンツェ公会議(1438‐39)に参加,教会合同賛成派として活躍,そのためコンスタンティノープルの教会関係者の不興を買った。)

 

*…別のサイトによると、コンスタンティノープル陥落を機に東ローマ帝国関連の書物が散逸するのを恐れたことから図書館の創始者にもなったそう。

 

 

そのまえにどこかで、(このベッサリオンのように)二股髭をしたものは異教徒で禁欲主義者である、という記事を読んだ。。どこのサイトだったかなぁ

 

 

ギンスブルグによると ベッサリオン枢機卿、とされる男 について。。


これって、鞭打ちで後ろ向いてる人物でもあるのじゃないか。だとすると何を意味するか。

いずれにしても
左側の鞭打ち構図では、自分の信条正義のがわが鞭打たれ、右の主役構図ではその逆(反面教師とせよ、という訓告)、か、でもなければほんとうに(東西統一のためには?)「イエス」キリストが鞭打たれるのさえかまわない流派であることを告白する(とくにミトラ教徒であれば、自分たちが乗っ取られた側なのだから)というのがわたしの理解。

 

枢機卿にあたる説得男の足=立場は両方にかかっている。扇の転換点。


異教徒=境域が軸足!

 

その逆、の示唆(立場がいつ・どう逆転して、正教徒/異教徒の逆転が起こるやもしれぬ)。それが絵の、受取人への 説得内容だった、ということになるか。


 

するとこの絵の受取人は、主役級の構図(右側)中、真ん中の人物[説得されている人物でこの時はもう統治の失敗から殺害に合って死んでいる*]を弟に持つウルビーノ公ということか。

 

*...領民の生活や統治領内の芸術家、文化に貢献する者の立場信条をおろそかにし、弟同様ローマ教皇と癒着関係に入れば、命が危なかろう、という示唆警告?

しかしわたしの何となくの印象では、ウルビーノ公自身は問題意識の欠如していた弟とは違い、また別々に生活していたとあれば、もとより画家らと同じ立場の側(同じ宗教信条の信者とまではわからないが)である、人間の尊厳を軽んじない人物、と映らなくもないが。それでも文化経済の拠点コンスタンティノープルが陥落したぶん、さまざまな良心の自由と考えを持つ領民の生活と文化的保障を柔軟に行い、安易にローマ教皇に擦り寄り散財することなきよう、というのがこの絵の寓意(送り手への直接的意味としては)とでもいうべきものなのか。

 

1453がコンスタンティノープル陥落、なのだから、この絵の製作年からしても[★付記 180529...私の手持ちの、古い美術通史本では1453-54頃?となっていたのだが、先ほどあるサイトをのぞいたら、1455-60年に制作、とある。これで確定であるとすれば、コンスタンチノープルが陥落したのち、今後の自分と仲間たちの対策と教訓を得るため、またその訓告を暗示するため描かれたのである]これを話し合っている、ということは絶対に考えるべき。。

 

 

ヨハンネス8世(ビザンツ帝国最後の王)

 

ウルビーノ公は、おなじ仲間だったのかまでは微妙か。。落ちやすい良心的な説得対象だったのかも知れないが、もしかすると彼も同じ教徒だったかもしれない。腹違いの殺された弟とはちがって。(成り上がり指向?)

 

blogの書き手さんが参考資料にした書物の著者ギンスブルグによれば、画面右側、主題三人の内の真ん中の人物——説教されていても上の空——は、ウルビーノ公の腹違いの、殺された前ウルビーノ公の息子とのこと

 

 

ところで blogの書き手さんも言われるように
鞭打たれるキリストのうしろの柱上にある、古代異教風の像、というのは、ミトラ(ス)教、ゾロアスタ→マニ教あたりかなあ。しかし「形姿は」ギリシャ彫像風なので——それだからこそヘレニズムなのであろうが——、アポロン像あたりか。

(古代ギリシャも P della フランチェスカ当時のキリスト教会・ローマ教皇にすれば異教な訳だ)よく右手を上げている。ヘルメス!像もだ(すべてのヘルメス像がではないが、左手を上げているのがある)。

 

あるいは、アウグストゥス(カピトリーニ美術館所蔵)にもクリソツ。

http://blog.livedoor.jp/tullysworldsouvenir/tag/トラヤヌス?p=3 さんによる画像

世界史の旅 探訪記と歴史グッズ


 

アウグストゥス、帝政ローマ。古代ローマ初皇帝


 ↑

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/アウグストゥス

アウグストゥス - Wikipedia

宗教と統治の理念、などについてもよく考える宗派であれば、アウグストゥスを図像学上描き入れるのもありなのかもしれない。

だから画家と、かれらの仲間の信ずる教義も、結局このながれなのだろう。。たしかにその影響の広汎さ、東・西欧両義的意匠の獲得においてミトラ(ス)教はありうる。
鞭打ちの玉座にすわるのがビザンツ皇帝ヨハネス8世という推論は東方(緩やかな他民族他教徒支配の態度)に肯定的なら、ただしいとおもう。

 

もしかしてフランチェスカ、ミロス島のポセイドンを真似たのかも。鞭打ち(鞭打つ側)の像として。

 

 https://plaza.rakuten.co.jp/rakutin1944/2009/  さんによる画像

画像に含まれている可能性があるもの:1人以上、立ってる(複数の人)


 

つまり、鞭打ってる人間の方がポセイドンの後ろ姿で、それを見下ろす、古代異教風の像とは、アポロンはたまたヘルメス!? か、はたまたアウグストゥス。。。


何れにしてもいかにもミロス島風(エーゲorミノア文明的な柱、壁模様など)の熟達のほうは、弟子?バルドヴィネッティらが受け継いでいる!

 

古代ギリシャは、エーゲ文明より後。。凹 じゃあ、それより前は。。。メソポタミアか、古代エジプト?

と、やっぱり異教風とは、(原始)ミトラ教、ゾロアスター教あたりになるのか...

つまりこの、鞭打たれつつも光輝しているキリストの上にある像は、東西越境的な原始性と同時にこれまた普遍的理知性を帯びるものの象徴という訳であろうか。

 

 

 

この記事を書くとき、まずひょっとして(世界史は得意でないものの... フランチェスカって)アルビジョア派-カタリ派かしら、と目ぼしを(正しいかは別として)つけた事を書いておくと良い気がする。

が何故だっけ。...

画家がフランチェスカという名であることと、ジョットの系譜からフランシスコ派であればスコラ哲学等理知的な古典性と禁欲的匂いと彼の弟子(バルドヴィネッティ)からも来る東洋性かな。すると異端かもと。

 

 

ついでのことだが Arnolfini heresy(異端)でも調べたら
 

そのアルノルフィーニが、フランチェスコの絵の中(復活したキリストの下で顔を覆っている!——ああ。あれか♪)にいる?という別の論文があった。。。

キリストの復活 ピエロ・デッラ・フランチェスカ

 

https://www.musey.net/7394 から

 

 

▶アルノルフィーニ(夫妻像 byヤン・ファン・エイク)

絵の中に様々な図像学と不思議な工夫がほどこされ、ことに握手が普通のそれと違うことから、異端でないかと話題になっていた...

 

まあそれはこの際良いとして...

 

Wikiでのカタリ派 記述によると

https://ja.wikipedia.org/wiki/カタリ派

 

ドイツに現れた というもの...カタリ派という名前は「清浄なもの」を意味するギリシア語の「カタロス」に由来している。名称が初めて記録にあらわれるのは、1181年にケルンで記されたシェーナウのエックベルトの「このころドイツにカタロスがあらわれた」

とのこと。

 

 

ダーミアノ教会??

https://www.travel.co.jp/guide/article/23665/

聖地巡礼・伊「ヴェルナ修道院」聖フランチェスコが聖痕を受けたトスカーナ…

TRAVEL.CO.JP

 

あの、鞭打ちのうしろの像は? クノッスス宮殿の時代?

 https://ja.m.wikipedia.org/wiki/クノッソス

クノッソス - Wikipedia


 

弟子の描いた絵画的な素材がある↑


ギリシャでありつつオリエンタル。

 

ミトラ教 https://ja.m.wikipedia.org/wiki/ミトラ教

WIKIPEDIA


 

 

 

 https://m.youtube.com/watch?v=1SMmH4YlUlk

La flagellazione di Piero della Francesca - tratto da Il libro di arte e immagine

 

 

 

 

長いビザンツ帝国の終焉と、ヨーロッパルネサンス、遠近法の確立とのリンク。。。ある種の必然性?

 

人間としての目覚め。主体性、他者性尊重=距離と関係性の問題。遠近法。

 

マニ教(非殺傷、グノーシス、仏教に近い?) → カタリ派 https://ja.m.wikipedia.org/wiki/カタリ派

 

カタリ派 - Wikipedia

 

 

 

 

 ↓ 托鉢修道会(フランチェスコ派もある)https://ja.m.wikipedia.org/wiki/托鉢修道会

托鉢修道会 - Wikipedia

 

 

https://www.kaho.biz/safavi.html

KAHO.BIZ サファヴィー朝

 

 

この記事のつづき▶ http://reicahier.jugem.jp/?eid=80

 

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FSchubert D944(Beethoven symNR9 / symNR3 Eroica etc...)

FBノートから。2012年3月6日 15:52

 

 

主体に脱自を遂げさせ解放させて行くところの動力が、ほかならぬ脱自を強いる情況をまさしく生み出している処の動力である、ということを物語る芸術作品。


言い換えると、表の側面としては、近代化を離れ労苦を伴う自然回帰の物語性を帯びると同時に芸術家の主体を救う開放感と快癒にみちる、という一連の背景にある時代性とその動態として暗(裏)に表出する切迫感や畏怖を、同時に能弁に物語る作品を、同一主体がまさしく生み出しうること、であるとも言える。

 

もちろん表現のスタイルによって、表の側面が強調され、裏はあまり物語られない場合もあるし、背景を強調することに重きが置かれる場合もあると思われる。そのため鑑賞者の針の置き方によって印象が多分に異なりやすくもある。


しばしば個を超えて芸術作品を貫通する運動体。ある芸術家と他の同じ文明下を生きた芸術家、他者同士の身体・精神リズムにも通じるもの。そのもといは両者の抵抗した生を取り巻きはじめ、また苦しめていたところの当のピストン運動である。


芸術家a、b自身のシチュエーション&ロケーションとしてはある側面からは脱文明社会なはずであるのに、その彼をして解放していく動力、ほぼ陽化した執拗なる反復運動の動機そのものが同文明のピストン運動であ(りつつあ)るという自己矛盾と、解放=死を、或種切迫感すら帯びた律動に感じ取れるのである。

 

それ以降、芸術家を支える動機は、死の影を含め、また高貴なる欲動とその成就、昇華という一連を支えるピストン運動それ自身が、上下運動から回転運動への転化のきざしを、より迅速さを増す形で含んでいく。

この律動それ自身に揺り動かされつつ同時にここから脱自されるものとしての。つまり純化されたタナトスの相面の、トポロジックな転換があり、聖化された魔の彷徨(辻音楽師の語りと閉じ——歌)から、生身の他者への献呈へと通じる。

 

 

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FB,FBノート 具体例を提示しつつ述べるver

2012年3月6日 15:52

 

シューベルトのグレイト(シンフォニー第8or番9とも言われるD944)は、主体に脱自を遂げさせ解放させて行くところの動力が、ほかならぬ脱自を強いている処の情況を生み出している処の動力である、ということを物語る、不思議な大曲である。

言い換えると、表の側面としては、作曲家が、都会化・近代化していく場所(ウィーン)を離れ、広大で峻厳なる山岳風景の懐に抱かれ、また登山し、苦労のすえに解放――歓喜と療養の安息――を得るという物語性を帯びていると同時に、こうして作曲家の主体を救う開放感の背景にある時代性とその動態として暗に表出する切迫感や畏怖を、同時に能弁に物語る大曲である、とも言えよう。もちろん、指揮や演奏スタイルによって、表の側面が強調され、裏はあまり物語られない場合もあるし、背景を強調することに重きが置かれる場合もあると思われる。そのため、指揮者の棒の振り方によって印象が多分に異なりやすい音楽のひとつとも、言えるのではないか。

 

このことを換言することにもなるが、グレイトについてこういう言い方も出来るかも知れない。つまり、グレイトとは、シューベルトとしては最大限にベートーヴェン的なモチーフ、もっと直接的に言えばベートーヴェンの第九のモチーフとその基となるよく似た動態から出来上がっている音楽だと言える。典型的には4楽章などの一部にベートーヴェン第九に生き写しのフレーズが出てくる、と言えるばかりでなく、そもそもベートーヴェンの第九のモチーフから、その全体が出来上がっている音楽だと言える言い方も出来よう。

曲の印象としても、シューベルトが、シューベルトらしさをシンフォニーという形にようやく結実せしめた最初で最後の作品であるとともに、最大限にベートーヴェン的バックグラウンドをも有するという独得の両義性を帯びた大曲であると思う。

 

上述したことをもう少し詳細に述べると、たとえばこの大作においてもっともベートーヴェン第九を彷彿させる箇所は、

第九-4… ド#ド#レミミレド#シララシド#ド#ーシシ ド#ド#レミミレド#シララシド#シーララ

 

グレイト-4… ミーレド#ド#レド#シラー(シド#ド#ーシ)

であると思うが、

グレイトには以下のような旋律が頻繁に出現する

ラーミレド#シラ/ミーレド#(ド#レド#)シラ/ラー(ファ#)ミ(ド#レ)ド#シ(←コーダ)など

 

※いわばグレイト4全体が第九-4でできているといってよい。

 

このことは、ベートーヴェン-シューベルト-シューマン-ブラームス-ブルックナーへと繫がるある線を想わせる。このことは別記事で述べることにし、今回は以下の点に絞って簡潔にまとめたい。

 

グレイトを貫通する運動体、わけても1楽章ととくに4楽章に顕著な動態について。これはまた、ベートーヴェンの第九-4楽章歓喜モティフのリズムにも通じた、もといは近代的な(ベートーヴェン、シューベルトの生を取り巻きはじめ、また苦しめていたところの)ピストン運動である。

 

シューベルト自身のシチュエーション&ロケーションとしては脱-都会のはずなのに、彼を解放していく動力、ほぼ陽化した反復揺振運動そのものが産業化社会のピストン運動であ(りつつあ)るという自己矛盾と、解放=死を、或種切迫感すら帯びた指揮に感じ取れるのである。

 

他方、グレイトというのはこうもいえる。グレイトの影響を受けてはじめてオーケストラの着想を得、また実際着手できたシューマン。彼の視点から言い換えると、シューマンはグレイトを以てはじめてシンフォニーを着想できるとともに(私が思うところほぼかれ自身の中の歌曲の発現と同時的であり、音楽史的な事実からは歌曲の方が先に書かれたが、その基となる発想は同じ処から由来しているといえるところがある)歌曲をも着想し得た。

シューマンの春と献呈についていうと、春op38はグレイトとアヴェマリアと死と乙女、という素因の綜合から成る所が大きい。他方献呈はアヴェマリアにのせた死と乙女の高貴なる欲動とその成就であり、アヴェマリア(昇華/至純)化された死の影の強迫的な<揺動する緩い反復運動>ともいえる。このことを以てしても、

グレイトという後世への予言にみちたこの大曲自身も、アヴェマリアとゆったりした死と乙女(のほぼ陽化された反復揺振運動)から出来ている相面が多分にあると思われる。もちろん同時に脱都会的運動も、ここにはあるが、つまり一見矛盾するようではあるが、脱近代/脱産業革命という相面(近代/産業革命としてのピストン運動――それは上下運動から回転運動への転化のきざしを含む――のリズムそれ自身に揺り動かされつつ同時にここから脱自されるものとしての)という重要な要素が、これとともにあるのだが、その述解はまたの機会に置いておくとして、ザ・グレイトがアヴェマリア的揺誘+緩い 死と乙女 の(ほぼ陽化された)反復揺振とから生じる極めて純化されたタナトスの相面を持つように、RSchの春と献呈も、この点で同じである、と言ってみる。春op38はグレイトとアヴェマリアと死と乙女、という素因の綜合から成る所が大きい。献呈はアヴェマリアにのせた死と乙女の高貴なる欲動とその成就であり、アヴェマリア(昇華/至純)化された死の影の反復運動ともいえる。

ex) クーベリック グレイト

http://ml.naxos.jp/work/425806

 

ピストン運動、蒸気機関車(典型)

H.C.ロンビュー: コペンハーゲン蒸気機関車のギャロップ。ドヴォルザークのエピソード。

 

 

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産業革命規定…18-19c

紡績機から。主なこと1733 1764 1769蒸気機関車イギリス 1830年〜(実用化 産業革命)http://www.nhk.or.jp/kokokoza/tv/sekaishi/archive/resume027.html  

 

おもしろいのは、蒸気機関車の実用化はいち早いイギリスでさえ1830年(蒸気機関車の発明は産業革命(第1次)の最後期なのである)だけれども、蒸気機関車以外の産業革命のリズムは、その時代に生きていた人間たちの体の中にもすでに通っていたわけで、(ヤンチャッチャッチャ、タタタータ・タタタータ、金管のパパパパパパ…など)  蒸気機関車に乗ることの無かったシューベルトの体にも、紡績機や紡績工場の環境音や製鉄、他の機械装置のリズムなどは通っていたし、機関車以外の他の蒸気機関のリズムには接していたと、大いに考え得ることだ。 

 

<※cf) ベートーヴェンも時代が重なるが、ベートーヴェンのリズムにはヤンチャッチャッチャの他に、ンチャーチャーチャーチャー、ンパーパーパーパーとか、ヤンン・パ・パッパッなど無意識が吸収した律動を意志から意識へと移行(審級)する、溜めのある動力、反省介在的動力が感じられやすいのに対し、シューベルトのほうが外界から無意識に得ている動態がそのままリズムとなって表出している面が多いと思われる>

 

蒸気船は微妙か?

 

フルトン、蒸気船の実験に成功1807/ミシシッピ川で蒸気船による初の川下り1811 /蒸気船が初の大西洋横断1819 /ネッカー川の水運が再び隆盛を見せるのは1878年のKettenschlepperei (「鎖による牽引の時代」)の始まりによってである。マンハイムとハイルブロンの間115kmを蒸気船が小舟を牽引してさかのぼることで、馬に引かせて5日から8日かかっていた行程を2、3日に短縮することができたのである。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8D%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%BC%E5%B7%9D) 

 

ターナー(絵画) 

http://www.nhk.or.jp/kokokoza/tv/sekaishi/archive/resume027.html

「1844年、イギリスの画家ターナーは、「雨、蒸気、速度」という題名の絵を描きました。その絵は、実用化されて間もない蒸気機関車を幻想的に描いたものでした。19世紀に発明された鉄道は、人びとに大きな変化をもたらすこととなりました。 スティーヴンソンによって実用化された蒸気機関車は、1830年、イギリスの綿工業都市マンチェスターと港湾都市リヴァプールの間を結びました。鉄道は、大量の貨物と旅客を高速で運ぶことができたため、イギリス国内には急速に鉄道網が整備されていきました。蒸気機関を利用する船も、19世紀の初めに、アメリカ人フルトンが実用化しました。そして、19世紀の半ばには蒸気船が普及しました。」   

 

ピストン運動蒸気機関  グレイト…蒸気圧の往復運動。CF)往復運動→回転運動への転換(1769、ワット)点?  ピストン運動 https://goo.gl/rCWQXi

「シューベルト、文化史」

https://goo.gl/UQQK7R

「ベートーヴェンが生きた時代」

http://www.beethovenmaster.com/beethovenmaster/15sekai/sekai.html

「ベートーベンの生まれた1770年前後は、世界が大きく変わる予感にあふれた時期であったといえます。1769年にジェームス・ワットが実用的な蒸気機関を開発し、産業革命の気運が高まりつつありました。その一方で、資本家と労働者の格差は広がりつつありました。」  

ベートーヴェンがオーケストラを拡大していったことと、産業革命が勃発-発展していったこととは無関係ではない。空間性から、リズムから。それに対する(格差社会の発生)反骨精神(解決的悟性、動機-展開-解決のスタイル)とも合わせて。  

 

「オーケストラの歴史」

http://tuhan-shop.net/classic/kikou/ki-kisotishiki-rekishi.html

「弦楽合奏に管楽器の加わった管弦楽(オーケストラ)は、バロック時代にオペラの伴奏として、弦楽合奏の補強のためにオーボエやファゴットなどの木管楽器が加えられたのが始まりです。これはモンテヴェルディのオペラに初期の形態を見ることができます。  このころのオーケストラは、弦楽器を中心にフルート、オーボエ、トランペット、トロンボーンが加えられたものでした。その後バッハやヘンデルたちによってオラトリオやカンタータの伴奏としてもオペラ風の管弦楽が取り入れられて発展し、それが管弦楽独自のための音楽として合奏協奏曲や管弦楽組曲が生まれてきました。その後、金管楽器やティンパニなど加わって大規模になりました。  古典派時代には交響曲や協奏曲、オペラの伴奏として大いに発展し、コンサートホールでの演奏に適応して弦楽器を増やして大規模になり、またクラリネットなど新しい楽器が加わって現在のような形となりました。 」

 

 

モンテヴェルディ 1567-1643 彼のオペラにオーケストラの原型

バッハ 1685-1750            管弦楽としての発展

ヘンデル 1685-1759                同上

ベートーヴェン 1770-1827         現在のオーケストラの基礎    / 産業革命 

 

楽器に見出すとホルン 角笛からホルンへ ナチュラルホルン(ブラームスはあえて好む)

 

バルブの出現1814

バルブ ピストン式とロータリー式 上下運動から回転へ  

チューバ「18世紀半ばにイギリスから始まった産業革命により金属の加工技術が飛躍的に進歩すると、ホルンやトランペットなどで音高を変える仕組みとしてバルブが採り入れられ始めるが、こうした動きはやがて低音金管楽器にも波及した。 」

 

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クーベリックやフルトヴェングラーのグレイト!!

これらこそは、産業革命からナチス「the gate of "Arbeit macht frei"」への暗示性の極みである...。(Beethoven nr9 sym、nr3 sym Eroica deadmarch も同様)

 

クーベリックやフルトヴェングラーとある意味対極にある側(長年私自身のグレイトの印象もこうだった)

切迫感や畏怖(つまりこの開放感の背景にあるものとその動態)をあまり強調しない演奏

に共通する印象は、

都会(化していく場所)を離れ、大自然(山岳風景)の懐に抱かれ、登山し、苦労のすえに解放(歓喜と療養の安息)を得る感じ

 

ベーム/ウィーンフィル(手持ち)

ギュンター・ヴァンド/ミュンヘンフィル などもそちらの方向

(金管などをスタカート風に切らないで最大限にテヌートでのばす)

http://ml.naxos.jp/album/ph06014t.co/6IfWwwdO 

Gunter Wand / Munich Philharmonic Orchestra

 

ミヒャエル・ハラース 指揮/ファイローニ室内管弦楽団

http://ml.naxos.jp/album/8.553096

 

ノット/バンベルク響

http://ml.naxos.jp/album/TUDOR7144

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RSch 春 Sym op38――グレイトとアヴェマリアと死と乙女、献呈(ミルテ)op25-1 とのからみ。

 

FB 作成: 日時: 2012年1月8日 11:24

 

RSch 春 Sym op38――グレイトとアヴェマリアと死と乙女、献呈(ミルテ)op25-1 とのからみ

 

 cf)【シューマンの歌曲1840年と交響曲第一番1841年のからみ】

ロベルトの若いときの発狂体験 1833年(23歳)

クララとの結婚 

1840年リーダークライス op24(ハイネ)

1840年ミルテの花 op25 

1840年リーダークライス op39(シャミッソー)

1840年女の愛と生涯 op 1840年ロマンスとバラード op45/49/53/64

1840年詩人の恋 op48

1840年などなど 

 

つまりシャミッソーのリーダークライスよりひとつ前が、sym春op38(1841年) ザ・グレイトの発見(フランツ・シューベルトの兄への訪問)。これは1839年 FSchにおけるザ・グレイト自身もアヴェマリアとゆったりした死と乙女(のほぼ陽化された反復揺振運動)から出来ている相面が多分にあると思われる。

もちろん同時に脱都会的運動も、あそこにはあるが、つまり一見矛盾するようではあるが、脱近代/脱産業革命という相面(近代/産業革命としてのピストン運動――それは上下運動から回転運動への転化のきざしを含む――のリズムそれ自身に揺り動かされつつ同時にここから脱自されるものとしての)という重要な要素が、これとともにあるのだが、その述解はまたの機会に置いておくとして、ザ・グレイトが アヴェマリア的揺誘 + 緩い 死と乙女 の(ほぼ陽化された)反復揺振運動 から生じる極めて純化されたタナトスの相面を持つように、

RSchの春と献呈も、この点で同じである、と言ってみる。

春op38はグレイトとアヴェマリアと死と乙女、という素因の綜合から成る所が大きい。

献呈はアヴェマリアにのせた死と乙女の高貴なる欲動とその成就であり、アヴェマリア(昇華/至純)化された死の影の反復する揺振運動(産業革命という胎内、子宮の胎動!?)ともいえる。

 

ベートーヴェンNR9 グレイト シューマン ブラームス ブルックナー

第九-mov4… ド#ド#レミミレド#シララシド#ド#ーシシ グレイト-4… ミーレド#ド#レド#シラー(シド#ド#ーシ)ラーミレド#シラ/ミーレド#(ド#レド#)シラ/ラー(ファ#)ミ(ド#レ)ド#シ(←コーダ)など

 

※グレイトmov4全体が第九-mov4でできているといってよい (ところでグレイトとくにmov4、また第九-mov4歓喜のリズムのもといは近代的な——ベートーヴェン、シューベルトの生を取り巻きはじめ、また苦しめていたところの——ピストン運動である)  シューマン、ブラームス… ラーミー(レ)ド#ーシラー

 

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NHKらじるFM

ここで思ったこと。プログラム。

RSchのラインとBrahmsの3番(ドソミレド)をぶつけてきていること。通底する演奏の息づかい=ゆったりした波(息絶える前の呼吸)から、もっと時間が長ければFSchのグレイト(4楽章ラ・ミーレドシラ)を冒頭にもってきてたんじゃないか?

天使の主題は、ドソミレドと関係があるのじゃないか

Vn協で、天使の主題ミレドファミレラ(2楽章)がドソミレド(3楽章)に(ソシドレシラとともに)かわっていく

※ミレドファミレはグレイトのドレミラシドと対位(転回)関係にある

 

 

Brahmsは、RSchのVn協を出版差し止めたが、自分はよく聞いて研究したのではないか…Sym3

 

 

シューマン自身のラシドソファソファミ(ベトop98 ラーシドドソソファーミから)の変容としてのグレイト(ドレミラシド)

ドーソーミーレドのこと。 ここ、とは春の2楽章グレイトに内々に通じているものだが、典型的にはグレイトの第2楽章に出てくる

 

 

 

 

シューマン、ブラームス、ブルックナー… ラーミー(レ)ドーシラー

| Rei八ヶ岳高原2 | 15:26 | comments(0) | trackbacks(0) | twitter-reiのHOME | - | - |

Wiener Kaiser Walzer & RSchumann op54

Wiener Sangerknaben - Kaiser Walzer (1884)

0:16-24(冒頭 Introduction part)

 

 

 

RSchumann Piano Concerto Op54 (completed in the year 1845)

↓20:45-50 (>20:21-55)

 

 

op54——この曲の きわめて印象深い ”2-3楽章 移行部” で 自問とも訴求ともつかぬもののように

繰り返される 問いと待ち設けの木魂...。

 

これが超有名な皇帝円舞曲に登場していたとは。

 

あれまさかと思ったが、やはり二世の作なので、作曲されたのは1884年であり

シューマンの方が先である...笑)

 

くぅーー。今頃気づいたゼ凹

 

 

※このことも他記事——op68をめぐるもの——に書いたが(※link-1 http://reicahier.jugem.jp/?eid=42 / ※link-2 http://reicahier.jugem.jp/?eid=43 )、このop54動画で指定した

暗示的シーンの「余韻」は、op68「子供のためのアルバム」にも頻繁に登場する。

ことに NON TITLE s 題名のない曲のモティーフにおいて!ひじょうに顕著に。

 

ウィーンに入っていくもの、ウィーンから出ていくもの... いろいろあれど、 数年前ミュージックバード(スペースディーバ)で解説の男性が ウィーン文化とシューマン(ドイツ ライン川)とは関係がない、と言っていたのは???

 

ウイーン文化としてはそうだとしても、それを創り出す作曲家においては話は別ということであろう。

 

先記事にてニューイヤーコンサート関連記事(※link http://reicahier.jugem.jp/?eid=58)にも書いたが

マリス・ヤンソンスが数年前(2012)指揮したNYCでは シューベルトはおろかシューマンさえもが

ワルツ王シュトラウス一家の研究の的となっていたはずである!!

(ヨハン2世ばかりではなく、聞いたところひじょうに勉強熱心そうな兄弟ぜんたいの!)、

ということを、選曲と指揮ぶりからつよく示唆されたように感じた。

 

それは確かだと今でも私は思う...。

| Rei八ヶ岳高原2 | 13:22 | comments(0) | trackbacks(0) | twitter-reiのHOME | - | - |

去年の今日の記 アンダンテファヴォリと 遥かなる恋人に寄す Beethoven

FB 「過去の今日」より。(52週間前)

2017年3月29日 22:33 ·

 

 

アンダンテファヴォリ(1803-4)と 遥かなる恋人に寄す

 

Beethoven - Andante Favori in F, WoO 57 Ludwig van Beethoven (1770-1827) Andante Favori in F, WoO 57 Alfred Brendel, piano 

 

テレーゼの旋律は?

エロイカ冒頭と同じだ。

sym4冒頭とも。ファヴォリは。遥かなるも。エリーゼも。第五も六も。じゃ七も八もか。九もだ!

 

 

 

 

Beethoven An die ferne Geliebte Op.98

 

シューマンが好んだ例の旋律(↑遥かなる…ラシドソ)の直後が、アンダンテファヴォリと同一(ドレドシ- シ♭ドシ♭ラ-↑ファミミーレドシ♭ソファ)。

 

だがそれで終わらせるんでは片手落ちで、幻想曲op17冒頭(ララソファーミミーレ〜↑ドラファシドレドシ)やop22pソナタ、op21ノヴェレッテン冒頭(ラソファミレーミレドレミド・ミレ、ファ ♭ミレドシドド♯レ)、op80トリオなどは、アンダンテファヴォリの変形であって、シューマンの中ではやはり結びついていた可能性は大きい。

 

フレーズの順序が逆転しているだけで。

 

ファヴォリは、op31・32にも。

 

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とか、思い出したようにほざいている。。なんか笑えた♪

 

| Rei八ヶ岳高原2 | 19:11 | comments(0) | trackbacks(0) | twitter-reiのHOME | - | - |

Brahms Quintet op111,RSchumann Rheinische,op2&Beethoven op132

ブラームス クインテット op111

op111 mov2

41:55-

 

 

これは シューマン ライン(Rheinische op97)の開始、とくに

 

↑0:08-15 フレーズからのインスピレーションである。と、散歩してるとき感じた。


——しかもシューマンが意識してかせずにか移調もせぬまま踏襲していたのかもしれないBach平均律2巻の es dur 7番 Fuga(BWV876。このことは以前の記事に記述)のmotive造形をブラームスもそのまま尊重し継承する形で。——

 

でもこうして聞くとブラームス、Rheinische(ライン)の想起はそのまえの楽章、つまりそもそもmov1冒頭からだ...。
SQuintet op111冒頭とは、シューマン-ジャンパウル、であるところの若々しきシューマン「蝶々 Papillon op2」を、晩年の馥郁たる情感に溢れるブラームスが回想することに始まる曲※だ…。(これも前記事に既述)

 

※...20180417 補記)というよりはそもそも Rheinische 's motivが、同作曲家自身のop2 Papillon に、由来しているのである!、といってよい。

シューマン自身が若き自己を回想しこれに動機づけられている。そのことにブラームスも当然ながら気づいた、もしくは(音楽上においても)合致した、ということなのだろう...。

 

 

いったいシューマンが、若い頃旅し、じつに素敵なところだった...しかし溺れる夢を見たといい、その予感通り自分と知り合った翌年に身を投げたライン川…を!このように万感溢れる浄らかな心境でこころに響かせるまでに、どれほどの辛苦を味わってきたのかブラームス。

 

おまけに、今偶然この演奏で気づいたことには、↑45:24- 46:06 (Brahms SQuintet op111)にて、

 

 

 

Beethoven後期SQ op131 ——この音楽はことに生々しく、姉テレーゼ( op78, À Thérèse )がエリーゼ=ジョセフィーネの懐妊を誤って舞い込んだ手紙のように告げ知らせてきた、あのときの鮮烈な印象を、ベートーヴェンが何度となくこころに蘇らせることに殆ど終始しているような曲だ。もちろん核心は最終章、殆ど終結部にあるのだが、その他の箇所も殆ど...、否、この作品のすべてがその核心のメタモルフォーゼンとしての内省で出来あがっているといっても過言でない作品である。むろんその悟達と枯淡の格調はたぐい稀な高位を保っているけれども...——その、冒頭0:00-0:40...。


このことを晩年の同ブラームス作品に於いても思い切り喚起させるように、この楽団は奏でている…。

 

なるほどそういう風に聞いてみれば、たしかにシューマンとベートーヴェンの旋律がごく自然と、ここ晩年のブラームスにおいて融合している!... むしろ諸人の魂が混然としてさえいる。

 

幾重にも伝え重なる芸術家のいちずな思い…。

 

それにしても、シューマンが蝶々を書いたのは、まさかライン川を旅し溺れる夢を見た、と友人に手紙にしたためたその頃、なのだったっけ??? あとでしらべてみる...。

 

 

ああ。そうだ!ほんとうだ。Op111の語り明かす通り。


https://ja.m.wikipedia.org/wiki/蝶々_(シューマン)

 

Papillon 19-21歳!の作品。ライン川で溺れる夢を見た、とシューマンが誰かに手紙を書いたのは、21歳だったと思う。

ブラームス!!! 心が透けて見えるようだ...。

 

すごいな。。そんな風にひとの溢れる心情やめくるめく追憶・秘めやかな感情の余韻までもが、全て音楽の中に語られ密々と守護されるなんて! 芸術万歳。

 

 

| Rei八ヶ岳高原2 | 19:32 | comments(0) | trackbacks(0) | twitter-reiのHOME | - | - |

Beethoven: String Quintet "Storm" Op.29 また、Camille Saint-Saëns op. 33のこと

今日のFB「過去の今日」から

 


FB 2017年3月26日 16:37 · 


https://m.youtube.com/watch?v=8pgC6CX9oBA

 

最初、シューベルトトーンで始まり、マーラーも興味を持ちそうな聞き分けがつかないシューベルト性(=歌性・詩性)を帯びた時間を経たのち、

13:00-くらいから、シューマンの匂いがしてくる。


シューマンがop41-1,2,3を書く時、またop44,47の楽想でも、この曲にあちこち足跡を残したようにきこえる。

ということは、メンデルスゾーンをも当たるべきなのではないか。。シューマンがメンデルスゾーンを通さないということはあまり考えにくい...。

 

最終楽章?はメンデルスゾーンオクテット。。。

冒頭はブラームス5,6重奏的でありシューベルト的

https://m.youtube.com/watch?v=pY_gbooPwoc

 

Mendelssohn - Octet in Es groot: Vilde Frang, Julian Rachlin,Rick Stotijn e.a.


ベートーヴェン初期のこの曲の影響力、布衍性は大きい composed in 1801
https://m.youtube.com/watch?v=5BWOHlEyHcs
 

 

Brahms - Sextet No. 1 & 2 - Members of Berlin Philharmonic Octet

 

https://m.youtube.com/watch?v=G55MDE2eaFE
 

Schubert - String Quintet D.956 - Budapest / Heifetz 1941

シューベルト最晩年。d944のあと

 

 

※stormもまた、エリーゼ

 

 

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昨日の、FB「過去の今日」から

 

FB 2015年 3月26日

 

 

Camille Saint-Saëns(カミーユ・サン=サーンス)の 受け継いだもの

 

https://m.youtube.com/watch?v=MC8LjoIaS4g&feature=youtu.be

LvB sym3

https://m.youtube.com/watch?feature=youtu.be&v=sru18UyAweA

 

Camille Saint-Saëns - Cellokoncert nr. 1, a-mol, op. 33 - Sol Gabetta - DR Symfoniorkestret

 

 

この中間的媒介としてあるのはなにか。

 

サンサーンスにとり、シューマンはまさしく中心にあるために?とりあえず除外するとして、

メンデルスゾーン。ブラームス。そして フォレ。

 

或る人間にとって当事者性のある人びと――この問題を突きつけた存在と、これを真摯に引き継がせた中心人物――はあえて除外するとして、その周縁を考えていくと、その人(この場合サン=サーンス)の苦悩がかえって浮かび上がるようで面白い

| Rei八ヶ岳高原2 | 14:13 | comments(0) | trackbacks(0) | twitter-reiのHOME | - | - |

Beethoven 告別(Das Lebewohl)と恋人(eternal Lover)とカッコウ(Cuckoo)

FB 2018 2月26日 17:39 (2014-5位から考えつづけていたこと)

 

 

ド-レ-ドー-シ-♯ラ-シ-♯ラー-ソ (ミレレードシラファミ)


遥かなる op98 1816年 の、ここ(0:34-48)のパロディが、

pianosonataカッコウCOCKOO op79 1809年 3楽章の冒頭

 


である

 

(※ただパロディorなぞらえ?が先に作られるはずがないので、カッコウは同時期の何かのパロディではないのか、それは告別?)

 

とともに

あの 終結点 後期三大PS の1曲目op109


の冒頭 0:47-52 への序章である...。

 

 

告別の3楽章は、似てしまったというより《意識的に》皇帝に似せられてある。

この作品が、誰に宛てた手紙なのか直感できるようにされている。

またぜんたいに、とくに2楽章はカッコウと同じトーンで作られている。

どちらかというと告別が先に作られてさえいそうである。

 

告別の2楽章ソ♯ファラ×2は、同3楽章のミドシファ×2となって現れる。

(しかも皇帝の変容に引っ掛けて。常に表裏で。)

だが同時に告別の2楽章は、カッコウの2楽章と双子の誕生のようでもある。。。

3楽章はどうか…。

軽快でおどけたカッコウの3楽章(ラド[ド↓ソ]-ファラ[ラ↓ミ]-レファ[ファ↓ド]-ソ-ラ)こそは、

op109となって(op98ドレドシ シドシーラ、や、ラーラシドーソ を含みつつ)化けるのであるが。

 

ジョセフィネ生前に宛てた最後のメサージュとなる。

 

告別の3楽章、もしくは1楽章⁉︎の方は?

1楽章の冒頭が、ドレドシ ♭シドシラ ↑ファミミーレド…となるようにも聞こえる。。。

 

カモフラージュ——パロディ、なぞらえ。

| Rei八ヶ岳高原2 | 12:57 | comments(0) | trackbacks(0) | twitter-reiのHOME | - | - |

恋人の守護霊としてのベートーヴェンとシューマン


シューマン 精霊の主題による変奏曲、というシフのリサイタル スペースディーバより 20120203
2012年2月3日 22:54 FB


シフのリサイタル
シューマンの「主題と変奏」(精霊の主題による…ミレドファミレとその変型)が、ピアノソナタ第一番、幻想曲(ラ(ラ)ソファミレ ということはグランドソナタ レ(レ)ドシラソ クララ主題)も、子供の情景も、みんな貫いていること
蝶々 にはじまり
ピアノソナタ第一番、子供の情景、幻想曲(初稿-第三楽章)主題と変奏変ホ長調 森の情景、幻想曲(最終稿-第三楽章)というプログラム
同じ主題が、だんだん自己崩壊のほうにシフトしていく感じが出てる…

 

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2018年2月3日 18:20 FB

 

↑と言って居る。

これだけ読むと、ミレドファミレがなぜ、ラソファミレなどの下降とじかに同根なのか、とも一瞬思われるが、

このインスピレーション・イマジネーションの出所は、(なんども繰り返すが)ひとえにベートーヴェンの幽霊(——恋人[のキマイラ]の守護霊。ハ調に直すとミファソ(ソ)シドレ〈※第九でもある〉と、すぐに連動するに至るシドレ(レ)ソファミ=ラシド(ド)ソファミ=「遥かなる恋人テーマ 」(このことはまた、同幽霊ドシラソファミレドシラソ… octv上向無視 の転がり——皇帝にもこうした別ver[皇帝の場合は4でなく3音列ずつ]が典型的に登場する——が音楽的展開・変容上おのずと至る「遥かなる恋人テーマ 」ラシドソファミの上下向である、と言い換えることもできる(これはベートーヴェン&シューマンの多用するラシドファソラレミファ(まるでスカルラッティのよう)...、またラシドドミラの飛躍op80等とも繋がる)---この生々しさがいつも彼らの胸に鳴っていた---これがベートーヴェン本人にもシューマンにも同根であったからである。


もっと言うとシューマン以前にシューベルト(グレイト。ドレミラシド ただシューベルトに関しては恋人と結び付けていたわけではないだろう)ブラームス、チャイコフスキー、ブルックナー、★エルガー など彼ら以降の音楽家にも。

(★エルガー...私の考えでは彼は旋法風にもしくはベートーヴェン後期SQ風に、[(Geister-Code より)ナカ1音取り外す]。が、じつはこれは[晩年のシューマンがかった?笑]エルガーの創意に始まったことではなく、ベートーヴェン自身が第九mov3・後期SQ以外にも、Bagatelles op126-3で、エルガーnimrodそっくりに既にやっていた。...※下記↓)

 

■Bagatelles op126-3    ※cf)Elger ”Nimrod”

 

 

 


なお下降の愛らしさは、アンダンテファヴォリ(何度も繰り返すがベートーヴェン)に代表的な形。他多数。幻想op77のように「激烈な」下降もあるが...。

 

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蛇足 20180308

ところでこうして op126 bagatelles をきいていると、「告別」が否応なしに再生される——それはほぼ全体にちりばめられているが、特徴的なものは第1曲目にすぐに登場しもする——。もちろん皇帝も想起されるが、それ(=そうした回想)も告別に含まれていることから、ようするに《それ》を巡っているのである!ベートーヴェンはまこと、たったひとりにしか己の内奥からの感情を発露・吐露していないし、追悼(op111)後は、たった一人のことしか回想していない(娘を除いては。また、魂の恋人にも係る、娘の未来を託すことになる人物以外には...。秘匿の二重性を余儀なくされた、あの切り離せない政治状況とともに...!)
 

| Rei八ヶ岳高原2 | 19:27 | comments(0) | trackbacks(0) | twitter-reiのHOME | - | - |

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