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Chopin Cello Sonata Op65にみる、Beethovenに対するロマン派の興味と謎解き

 

これを数年前に聞いた時、おお、っと思ったのは、

この曲が恰も「ベートーヴェンの主題によるチェロソナタ」といった感じの曲想に聞こえると同時に、

ショパンもまた、メンデルスゾーンやシューマンと同様、ベートーヴェンの残した一連の謎解き問題に関心があったにちがいない、ということだ。

 

このショパンにしてはめずらしい室内楽の冒頭は、あきらかに PianoSonata Therese(=Tempest Mov2)の開始を前提としている。

 

そして、いかにもロマン派的な様相をまといつつとはいえ、展開の仕方から、頭にあったのは(結び付けたかったのは)、

このTherese-themaからElise-themaへの移行——テレーゼ主題とエリーゼ主題との結びつき(後期SQでわかる——String Quartet in A minor, Op.132 No.15-mov5。

 ↓28:41-29:33-30:51) ——である。

 

 

 

 

実際、Chopinは、自身のCello Sonata Op65で同2主題間結びつけの実験をしているのがわかる。

 

 

また、 幽霊 Geister Op71・遥かなる恋人に寄す Op97(シドレファ♯ソラ、シドレラソファ♯)・もし知っていれば Andante Favori(幽霊、遥かなると一致する下降線、FavoriとPastral田園との関係)、等々であろう。

 

また短調になるところだと、 ラソファミレ Tempest Mov1

 

音列3つずつだと、告別(Lebewohl)・Elise dosila。ドシラ,ファミレ,ミレド,レドシなど。

 

また、Tempest Mov3 (ラ)ファミレ・(ラ)ファミレ や、Tempest Mov1 ラソファミレ などなど...。

 

此処から推察されるのは、じっさい色々である。

 

バガテル「エリーゼのために」(Bagatelle No. 25 in A minor WoO 59 Für Elise) は、ショパン、シューマン、メンデルスゾーンが活躍していた時代には、発表されていなかったという記事だか論文を見たことがあった気がするが、それは別段構わない。

 

いろいろな作曲家にとって、後期作品とそれ以前のベートーヴェン作品を聞けばおのずとエリーゼの主題は関連付けられるだろうからである。

 

となれば、ベートーヴェン以降の作曲家、各々の心中に、エリーゼ的な音楽がエッセンスとして代わりに(謎解きのピースのきわめて重要なひとつとして)おのずと蘇生されてもおかしくはないからである。

 

それほど、バガテルエリーゼが未公開の場合でもエリーゼの暗示となる作品は、あちこちにある。(第九の主題と同じで。)

 

もっともわかりやすいのは、op61-aなどであろうが。

| Rei八ヶ岳高原2 | 19:43 | comments(0) | trackbacks(0) | twitter-reiのHOME | - | - |
Brahms Op. 111(SQ No. 2)と FSch d821 と RSchumann Op121そしてOp2

FBから転記

 

FB 

2017 9月12日

 

わりとどうでもいい件…だけど一応。。

 

Brahms Op111

Johannes Brahms - String Quintet No. 2 in G major Brandis Quartett

 

久々、聞いてて気になった、

18:24-39

 

このフレーズ(『想い』のこだま)。。。

 

 

とろい頭でしばーらく考えてて、このこだまがやって来たのは、意外とアルペッジョソナタ

(FSch d821)だった。

 

15:13-29

 

だけどなんかまだあるよなあ(もしかするともっと身近なのが?)

…と思ってまたかんがえていると、 次に降りて来たのが、、(/ _ ; )

 

(RSch op121)

0:11-22

 

あんまりどうでもよくなくなってきた?。。。 だからして!…もっとあるかもネ。

というか、事をもっと広く長いスパンで、奥行き深く、じっくり把握しなければならないかもしれない。

 

 

これを一身に引き受けるクララ...。よろこびと悩みが重く、贅沢で参るなあ

 

 

 

 

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FB 

2017 9月13日

 

 

ところで、ひきつづき

 

Brahms op111

 

 

昨日言っていた事案

(於:FB 2017 09/12 『想い』のこだま。Brahms op111 - FSch d821 - RSch op121 の件 )

 

は、部分的な問題に終始しえず、ともするとコトが拡大してきそうなのでいまはともかく、

 

もう一つ気になること——

 

このブラームスの、極めて円熟した浄らかな晩年のを聞いている間ぢゅう、

RSchのop2---若くたどたどしい、まだいかにも習作めいた作品---がなにやら仕切りと裏で鳴って仕方がない気がして来ると同時に、

 

 

そういう説明不能な…人に根拠を示すことなどむずかしい 至極あやふやなものほどつい掴もうとしてしまう自分の感受性を、——他方で持て余しつつ——じつは密かに気に入ってもいる…。

 

ブラームスの人生への想いを引きずらせる 苦悩するシューマンと、 ブラームスの瞼の裡に棲む、若き微笑ましいシューマン。

 

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説明不能 ↑ そうじゃない。。。*:`( ゚д゚*)!?

 

op2の、一番初めに、答えはある!!

 

ブラームスからの応えは、彼の作品(Op111)の中の、これまたあちこちに 反響していた...。

無論、Op111冒頭のチェロの低音部旋律が、そのままシューマン(蝶々)への、ブラームスの応え としての主題、及びその発展(変容)形——踏襲するVnによる旋律への変容形(1:58-2:25)。上昇してゆかず、※octvズレになるが)など——だともいえるのだろうが。

 

※注)より素直に、上昇する旋律は後になってやってくる...。

 

 

...応え、としてもっとも直截なのはここ。2:25-2:46

 

もしくは、次の 2:47-3:01(-3:06)

 

————どうだい?精いっぱい やって来たといってくれるかい。

 

 

| Rei八ヶ岳高原2 | 11:05 | comments(0) | trackbacks(0) | twitter-reiのHOME | - | - |
グールドによる語り ベートーヴェンの一部から思うこと(G.Gould and Beethoven)

FBより。2017 8/24 記。

 

 

FBの「過去の今日(2016 8/24 付)」で出てきた。

 

https://www.youtube.com/watch?v=ztt1Z_90aag

 

Glenn Gould Discusses Beethoven's Piano Sonata No 30 (Op 109)

Glenn Gould in conversation with Humphrey…

 

(FBの過去記事で2016年度に出てきた動画の同じ「もと」がyoutube上でわからない なのでこれを代わりに添付。日本語訳がついていないが)

 

Ludwig van Beethoven 2016年8月24日 · Glenn Gould on Beethoven Sonatas.

 

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思ったこと(去年の今日)

 

ここでグールドが冒頭で言っているコラールchoralとは、カッコウCuckoo No25と同じものだ。

そしてカッコウは何かの曲のparodyなのだから。。。

何だったろうか...。数年前に感じたことなので忘れた。

告別Les Adioux? ミ・ド・シ・↑ファ-ミドシファ?———ここはカッコウ・告別(Cuckoo-Les Adioux)系の中間体。

※テレーゼ、カッコウ、告別(Therese,Cuckoo,Les Adioux)は 1セット(in a set) だ———これらは英雄(Eroica)系にもandante favoriにもかかる やはりこれもジョセフィネ(Josephine)-アントーニェ(Antonie)の重なる時期

 

[※英雄・告別——Eroica-Les Adioux——系で たしか朝、andante favori のことを考える必要がある、と思った...同じような旋律が...というのはここかな

ラソソファミレ...ラソー,ファミー,レドー,ラソー,ファミー,レドーとか。かなあ(下降)。

あと告別 Les Adioux mov3の最後 下に添付動画 Pollini 15:08-15:29 の雰囲気かも。]

 

 

参照1

告別

 

https://www.youtube.com/watch?v=9TXQSz_4AMY&list=RD9TXQSz_4AMY#t=8

 

Beethoven - Piano Sonata No. 26 "Les Adieux" (Pollini)

 

 

そしてカッコウ(Cuckoo No25)でもあるこのop109根音のchoralラドファラレファソラ(Gouldも紹介) はラ-↑ミ-↓ミ-↑ラ(英雄 Eroica sym3-Josephine 同時にsym7,8-Antonie)でもある

 

だからまたキメラ (Χίμαιρα, Chimaira)になってしまうのだ

 

 

 

参照2

テレーゼ

 

 

Glenn Gould - Beethoven - Piano Sonata No. 24

 

ThereseはLes Adiouxの予告的 実際は後でもおかしくないが(ベートーヴェンは策士だから)

実際にはAntonieとの恋愛が始まった(カッコウ Cuckoo PS No25 の)あと、テレーゼと告別(Therese,Les Adioux)を書いた気がする

 

それにしてもまるで解剖するかのような弾き方をするグールド。ピアニストというより作曲家としての関心だ...。

 

 

| Rei八ヶ岳高原2 | 15:32 | comments(0) | trackbacks(0) | twitter-reiのHOME | - | - |
幽霊[Geister]の変身(の変身の変身の変身...)

(大局的に書きたいことの本の断片に過ぎないがメモしておくと...)

 


Beethoven String Quartet No. 13 in B-flat Major, Op. 130 (Grosse Fuge) - American String Quartet

 

あらためてきいてみるに、これは、op70(-1)…のtransfiguration,transformation...というかSecond? Comingかも♪ 

 

すると、Χίμαιρα???

 

 

| Rei八ヶ岳高原2 | 17:48 | comments(0) | trackbacks(0) | twitter-reiのHOME | - | - |
ヤンソンスのマーラーの情報から、思い出した近年二つのニューイヤーコンサート

昨日、或るクラシック音楽の非公開グループで、ヤンソンスのマーラーが非常にいい、という記事が出ておりそれに反応しつつ思い出した、ヤンソンス指揮のニューイヤーコンサートふたつ について。

 

 

(グループでのやりとりで、私はだいたいこう、話しておいた)

ヤンソンスは多角的な興味をそそる指揮者で、昨今ではヨハンシュトラウス父子兄弟 と マーラーやチャイコフスキーなどいろいろな作曲家に通底するものを彷彿させながら、産業革命などについてもすごく考えさせる演奏をしていたし、その翌々々年だったか、には、歌劇や喜歌劇のことを感じさせると同時に戦争と奇想、とかさらにはカリカチュアとかそうしたものを考えさせるような演奏をしているのでびっくりしました。とくにマーラーを彷彿させた年の演奏は印象に残っており、ヨハンシュトラウスを通したマーラーじゃなくて、笑)直接マーラーを、彼の指揮で聞きたいなーと思います。

 

 

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ヤンソンス指揮 NYC  ウィーンフィル ニューイヤーコンサート 2012,2016 曲目と、考えておいたこと

 

 

記述したのは ともに2012,2016の正月 FBのtlとノートにて

 

 

2012  ニューイヤーコンサート

J.シュトラウス2世/ヨーゼフ・シュトラウス: 祖国行進曲 J.シュトラウス2世: ワルツ「市庁舎舞踏会でのダンス」 
J.シュトラウス2世: ポルカ「あれか、これか」 
J.シュトラウス2世: トリッチ・トラッチ・ポルカ 
C.M.ツィーラー: ワルツ「ウィーン市民」 
J.シュトラウス2世: アルビオン・ポルカ 
ヨーゼフ・シュトラウス: 騎手・ポルカ 
J.ヘルメスベルガー: 「悪魔の踊り」 
ヨーゼフ・シュトラウス: ポルカ「芸術家の挨拶」
J.シュトラウス2世: ワルツ「楽しめ人生を」
J.シュトラウス1世: シュペルル・ギャロップ
H.C.ロンビュー: コペンハーゲン蒸気機関車のギャロップ
ヨーゼフ・シュトラウス: 鍛冶屋のポルカ
E.シュトラウス: カルメン・カドリーユ
チャイコフスキー: バレエ「眠りの森の美女」より「パノラマ」と「ワルツ」
J.シュトラウス2世/ヨーゼフ・シュトラウス: ピツィカート・ポルカ
シュトラウス2世: ペルシャ行進曲
ヨーゼフ・シュトラウス: マズルカ「燃える恋」
ヨーゼフ・シュトラウス: ワルツ「うわごと」
J.シュトラウス2世: ポルカ「雷鳴と稲妻」
〜アンコール〜
J.シュトラウス2世: チック・タック・ポルカ
J.シュトラウス2世: ワルツ「美しく青きドナウ」
J.シュトラウス1世: ラデツキー行進曲

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cf)
ベートーヴェン 1770-1827 (移動手段:馬車 第一次産業革命)
シューベルト  1797-1828 (馬車 第一次産業革命)
父シュトラウス  1804-1849 (馬車〜蒸気機関車?微妙)
シューマン  1810-1856 (蒸気機関車 以下同じ)
ヨハン・シュトラウス   1825-1899
ヘルメスベルガー  1830-1852
ハンス・クリスチャン・ロンビュー(H.C.Lumbye) 1810-1874
 (※蒸気機関車、コペンハーゲン "Copenhagen Steam Railway Gallop" by Hans Christian Lumbye)
チャイコフスキー  1840-1893
ツィーラー  1843-1922
プッチーニ  1858-1924
マーラー 1860-1911 (第二次産業革命)

 

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考えたこと (2016のNYCから2012のそれを振り返る)

 

正直、つい最近まで、あまり真剣にニューイヤーコンサートを聞くことはなかった私でしたが、2012年のヤンソンスの指揮に衝撃を受け、豊かな体験をさせて戴いたので、やはり今年も聞き逃す手はないな〜と思いました。

 

2012年は、ニューイヤーの直前に、マーラーとヨハンシュトラウス(シュトラウス一家の音楽)の音楽的な濃い繋がりを、サントリーホール2011年10月でのエッシェンバッハの演奏でつよく体感(だいたいがマーラーを聞き始めたのが2010年、ツイッターで遊び始めてからだったという…^^*)、させてもらい、シュトラウス家の音楽にもあらためて興味が湧いていたせいもありましたが、ヤンソンスのこの年に示したたいへんスパン――時間的にも空間的にも、です――の広く長い、網の目のような示唆のせいで、なおさら面白くなりました。

 

あの年は、簡単にいってしまうと産業革命が、ひとつのおおきなメッセージでした(もちろん重要な要素はそれだけではありませんしここから分岐した音楽的・文化的なメッセージもありました。

 

マーラーはもちろんベートーヴェン辺りから、シューベルト(殊にグレイト?)やシューマン、ブラームス、チャイコフスキーらを背後に感じさせる選曲と指揮だなあとおもっていたら、あとでほんとにチャイコフスキーを出してきたりなどしたし。

 

そのことを悟らせるのにヨハンの兄弟の選曲もセンスがありありでした。

 

 

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調べたこと(2012 正月のFBノート)

 

産業革命規定…18-19c   紡績機から。


主なこと1733 1764 1769


蒸気機関車イギリス 1830年〜(実用化 産業革命)http://www.nhk.or.jp/koko…/…/sekaishi/archive/resume027.html

 

おもしろいのは、蒸気機関車の実用化はいち早いイギリスでさえ1830年だとしても、(蒸気機関の発明は産業革命の最後期なのであって、)蒸気機関車「以外の産業革命のリズム」は、その時代に生きていた人間たちの体の中にもすでに通っていたわけで、(ヤンチャッチャッチャ、タタタータ・タタタータ、金管のパパパパパパ…など)
蒸気機関車に乗ることの無かったシューベルトの体にも、紡績機や紡績工場の環境音や製鉄、他の機械装置のリズムなどは通っていたし、機関車以外の他の蒸気機関のリズムには接していたと、大いに考え得ることだ。

また、ベートーヴェンsym3英雄の葬送、あの不気味で異様な推進力!あれは工業化社会に生きつつあった彼にとって何に対する畏怖なのか。彼の見ていたスパンは?

 

彼は無意識に見通していた。この先があまり明るくないことを。

暗澹たる凄絶さにみちた、英雄における「葬送」。予兆的機関車のような、絶望的なあの蒸気圧の駆動——何を葬送してい(見送ってい)るのか。

産業革命以後の人間と人間社会を、という感じが非常にして、ぞっとするのだ。

 

 

※蒸気「船」は微妙か?
(フルトン、蒸気船の実験に成功1807/ミシシッピ川で蒸気船による初の川下り1811 /蒸気船が初の大西洋横断1819 /ネッカー川の水運が再び隆盛を見せるのは1878年のKettenschlepperei (「鎖による牽引の時代」)の始まりによってである。

マンハイムとハイルブロンの間115kmを蒸気船が小舟を牽引してさかのぼることで、馬に引かせて5日から8日かかっていた行程を2、3日に短縮することができたのである。http://ja.wikipedia.org/…/%E3%83%8D%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83…)http://www.nhk.or.jp/koko…/…/sekaishi/archive/resume027.html

「1844年、イギリスの画家ターナーは、「雨、蒸気、速度」という題名の絵を描きました。その絵は、実用化されて間もない蒸気機関車を幻想的に描いたものでした。19世紀に発明された鉄道は、人びとに大きな変化をもたらすこととなりました。スティーヴンソンによって実用化された蒸気機関車は、1830年、イギリスの綿工業都市マンチェスターと港湾都市リヴァプールの間を結びました。鉄道は、大量の貨物と旅客を高速で運ぶことができたため、イギリス国内には急速に鉄道網が整備されていきました。蒸気機関を利用する船も、19世紀の初めに、アメリカ人フルトンが実用化しました。そして、19世紀の半ばには蒸気船が普及しました。」

ピストン運動蒸気機関

〇シューベルト d944「グレイト」…☆蒸気圧の往復運動-1(予告的)。*このことはぜひblogに書き残したい

CF) 往復運動→回転運動への転換(1769、ワット)

シューベルト、文化史
http://www.d-score.com/db/classicx?!%C1%AA%C2%F2%3A%40%B3%DA%C9%E8=%A5%AF%A5%E9%A5%B7%A5%C3%A5%AF&!%C1%AA%C2%F2%3A%BB%FE%C2%E5=%A5%B7%A5%E5%A1%BC%A5%D9%A5%EB%A5%C8&!%CA%AC%B3%E4%3A%40%B3%DA%C9%E8=%B3%DA%C9%E8

「ベートーヴェンが生きた時代」
http://www.beethovenmaster.com/beethoven…/15sekai/sekai.html

「ベートーベンの生まれた1770年前後は、世界が大きく変わる予感にあふれた時期であったといえます。1769年にジェームス・ワットが実用的な蒸気機関を開発し、産業革命の気運が高まりつつありました。その一方で、資本家と労働者の格差は広がりつつありました。」

ベートーヴェンがオーケストラを拡大していったことと、産業革命が勃発-発展していったこととは無関係ではない。空間性から、リズムから。それに対する(格差社会の発生)反骨精神(解決的悟性...機能和声 動機-展開-解決のスタイル)とも合わせて。

 

〇ベートーヴェンsym3英雄(葬送)…☆蒸気圧の往復運動-2(予告的)

★シューマンの時代は既に蒸気機関車が走っていたが音楽性がいかにもそういう感じとなる。ドボルジャークが蒸気機関車の曲を書いている

 

「オーケストラの歴史」
http://tuhan-shop.net/cla…/kikou/ki-kisotishiki-rekishi.html

「弦楽合奏に管楽器の加わった管弦楽(オーケストラ)は、バロック時代にオペラの伴奏として、弦楽合奏の補強のためにオーボエやファゴットなどの木管楽器が加えられたのが始まりです。これはモンテヴェルディのオペラに初期の形態を見ることができます。このころのオーケストラは、弦楽器を中心にフルート、オーボエ、トランペット、トロンボーンが加えられたものでした。その後バッハやヘンデルたちによってオラトリオやカンタータの伴奏としてもオペラ風の管弦楽が取り入れられて発展し、それが管弦楽独自のための音楽として合奏協奏曲や管弦楽組曲が生まれてきました。その後、金管楽器やティンパニなど加わって大規模になりました。古典派時代には交響曲や協奏曲、オペラの伴奏として大いに発展し、コンサートホールでの演奏に適応して弦楽器を増やして大規模になり、またクラリネットなど新しい楽器が加わって現在のような形となりました。 」

 

モンテヴェルディ 1567-1643 彼のオペラにオーケストラの原型
バッハ 1685-1750 管弦楽としての発展
ヘンデル 1685-1759 同上
ベートーヴェン 1770-1827 現在のオーケストラの基礎 / 産業革命楽器に見出すとホルン 角笛からホルンへ ナチュラルホルン(ブラームスはあえて好む) 
バルブの出現1814バルブ ピストン式とロータリー式 

上下運動から回転へチューバ
「18世紀半ばにイギリスから始まった産業革命により金属の加工技術が飛躍的に進歩すると、ホルンやトランペットなどで音高を変える仕組みとしてバルブが採り入れられ始めるが、こうした動きはやがて低音金管楽器にも波及した。 」

 

 

 

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2016  ニューイヤーコンサート

 

国連行進曲シュトルツ作曲(初演奏)
宝のワルツ 作品418ヨハン・シュトラウス2世
フランス風ポルカ「ヴィオレッタ」作品404ヨハン・シュトラウス2世(初演奏)
ポルカ「観光列車」作品281
ヨハン・シュトラウス2世ワルツ「ウィーン娘」作品388
ツィーラー作曲(初演奏)ポルカ「速達郵便で」作品259
エドゥアルト・シュトラウス作曲歌劇「ヴェネツィアの一夜」序曲[ウィーン版]
ヨハン・シュトラウス2世ポルカ「羽目をはずして」作品168
エドゥアルト・シュトラウス作曲ワルツ「天体の音楽」作品235
ヨーゼフ・シュトラウス作曲フランス風ポルカ「歌い手の喜び」作品328
ヨハン・シュトラウス2世(初演奏)ポルカ「休暇旅行で」作品133ヨハン・シュトラウス2世喜歌劇「ニネッタ侯爵夫人」第3幕への間奏曲
ヨハン・シュトラウス2世(初演奏)ワルツ「スペイン」作品236
ワルトトイフェル作曲(初演奏)ワルツ「舞踏会の情景」
ヘルメスベルガー1世作曲(初演奏)ため息ギャロップ 作品9
ヨハン・シュトラウス1世ポルカ・マズルカ「とんぼ」作品204
ヨーゼフ・シュトラウス作曲皇帝円舞曲 作品437
ヨハン・シュトラウス2世作曲ポルカ「狩り」作品373
ヨハン・シュトラウス2世アンコール曲目ポルカ「突撃」作品348
ヨハン・シュトラウス2世美しく青きドナウ
ヨハン・シュトラウス2世作曲のワルツ『An der schönen blauen Donau』Op. 314。
ニューイヤーコンサートの定番アンコール曲。
ラデツキー行進曲ニューイヤーコンサートのトリを飾るヨハン・シュトラウス1世『Radetzky March』。
観客の手拍子が恒例行事。

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考えたこと 2016 正月のFBから

 

 

今年2016のメッセージのキーワードは、わたしなりに掴んだ限りでは、奇想-コメディ(※いわばジャックカロじみた諧謔性にひそむ悲哀も秘めたユーモア)→舞踏/舞踊とその周縁→オペラ/オペレッタ、(その背景には政治と文学)といった軸かなあ。と思います。ウィーン、それも「シュトラウス家の音楽性」を中心としたときに、その周縁にあたる音楽の歴史(音楽家達の顔・顔)、多様な芸術文化・社会的要素との交流。ウィーンから出て行くものと入ってくるもの、などなどです。

(おもうに、ニューイヤーコンサートは、音楽の演目だけではなしに、舞踊の振り付けや衣装にいたるまで、示唆が統一されていて、なかなか演出上手だとおもうのは、考えすぎでしょうか。ダンサーのコミカルな身振りや衣装の魔的な襞の翻りが、「二人のザンニ」を惹起するのも偶然の一致ではないとおもうのだけど)

 

そんなことを考えているうち、ジャンパウルやホフマンをやっぱり読みたくなりました(←え。未だ読んでない?! >▽やあ。。ヤンソンスの世界の広く豊かなこと。個人的な事件や体験の痕跡もおそらく強く捉えつつ、同時にそれを社会的(事件と意味の蓄積)にも余裕で捉える視野など、やっぱり学ぶことが多いような気がします。

 

 

FBの投稿より↑

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※...ヤンソンスの指揮で、上述したようにヨハンシュトラウスを介したマーラーを、ヤンソンスの指揮で痛感させられる訳だが、調べると、なんとマーラーはジャンパウルを実際読んでいた...。その中に、なんと ジャックカロの名が出てくるではないか...!

(有名な話みたい^^;;; が、ということは、私の我田引水ででたらめなイメージではなかった)

 

http://www.asahi-net.or.jp/~wg6m-mykw/Library_Mahler_Sym1.htm

 

 

調べたこと(未だ。これから)


歌劇 喜歌劇 (オペラとオペレッタ)というジャンルは正直未開拓。これからなので、ちょっと時間がかかる...

 

だけどなんであの指揮から、オペラやオペレッタを惹起させられたのだっけ...。なにかの曲のフレーズが、私でも知っているような有名どころのオペレッタの一部をありありと想起させたのかもしれない。天国と地獄だったかなあ...?

 

批評性(文化と政治)と音楽 という視点は ヤンソンス的で面白いと思う 彼はラトビアなので...!(混乱の時代に生まれ、親が射殺されている)

| Rei八ヶ岳高原2 | 11:55 | comments(0) | trackbacks(0) | twitter-reiのHOME | - | - |
フランチェスコ・グァルディ 身体としての風景——奥行きと厚み

メルロ゠ポンティbot‏ 


「セザンヌは生涯奥行を追求し続けた」とジャコメッティが言っているしドローネーは「奥行は新しい霊感だ」と言う。ルネサンスの様々な「解決」の後四世紀、デカルト以後三世紀になるが、奥行は常に新しい。そしてそれは人々が「一生に一度」ではなく、一生涯求め続けることを要求する。『眼と精神』

 

何故、奥行は常に新しく、一生涯求め続けることを要求されるのか...。

それは、奥行きが私の身体であり、私という意識と身体だからに他ならない。

 

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アトモスフェールの蘇生とは、

主体がそれとどう関わり巻き込まれたのかの告白や

半ば無意志的な状況論的身体性という形姿での

ロマンティシズムの暴露を、伴わわずにはいられない...

 

場所としての風景が<身体>である——

 

 

グァルディ。


風景画に "詩性” が誕生したといわれる所為。

 

 

※ 詩情がある という理解、とは何か (暗示性とは何か)

 

師(カナレット)との差異——風景を身体から切り離さない。むしろ身体自身を彷彿させるポテンシャリティの示唆と

鑑賞者との間でのこれの共有を果たす——厚みと奥行き としての 《身体性の歯痒い覚醒》をタブローの上に成就する

 

https://artoftheworld.jp/hermitage-museum/515/

 

http://free-artworks.gatag.net/tag/廃墟-古跡

 

 

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詩性の秘鑰をにぎる「厚み」について記したので、追記しておこう...

 

今年の春開催され、人気を呼んでいたミュシャ展。

この呼びかけがSNSでも盛んにおこなわれていた。ツイッターではこのような感想(主催者側?)のツイートが...

 

@mucha2017 は想像を超越してました。
ミュシャが今生きていたら、世界一のAdobe Illustrator使いになっていたに違いない!と思ったのでした。人呼んで、レイヤーの魔術師。

 

近代の獲得した実性(虚構性にたいする実構性?)と 機能性 ——ものの厚みについて。

 

私もオリエンタリズムの洗礼以降(シャヴァンヌ〜ラファエル前派以降)は発想がレイヤー(「平面的に」重層的・再-古典的・レリーフ的)世界であるなあというのは数年前から思っていた。そしてレイヤーとは、あえていうなら 聖性である。
ただその聖性は、ルネッサンス以前の彫像的レイヤーからクロードロランorプッサン的な構成的(構造的構築的——実構的)レイヤーに至る迄より 技法が精緻になっていると同時に、「質が落ちている」(退嬰)。

 

イラストレーションや漫画の技法に近づく のだけれど...。

 

やはりものの厚みの描写の不足、厚みにたいする迫真性の(半ば意図的な)衰萎に起因する。

 

他方で ボケみ(スフマート?)の工夫とスキルは非常に高度かつ凝ったものになっていると思えるが...

がそれもまた、ものの厚みを減衰させる方向に、意図的に寄与させられている気もする。

 

こうした傾向はもちろん、オリエンタリズムの勃興——シャセリオー(→シャヴァンヌ)の系譜 からだろう

 

※ということは、近代人権思想と立憲主義、の精神というのは、実構 なんだな。。。

音楽でいう機能和声 そして厚みを持った

 

 

| Rei八ヶ岳高原2 | 19:55 | comments(0) | trackbacks(0) | twitter-reiのHOME | - | - |
プログレ ブリティッシュロックとその他、イタリアンロックなどとその底

一片の小説、詩、絵画、音曲はそれぞれ個体である。つまり表現と表現される物とを区別することが許されない存在、従って直にそれに接することによってしかその意味に近づくことができない存在であり、それらの存する時間的・空間的場所を離れずにその意義を投射する存在なのである。

『知覚の現象学』 (メルロ=ポンティbot @merleaupontybot)

 

1)人のありようのみならず、すべての表現行為は、「状況づけられて」いる、と、自分がずっと言いたかったことのすべてかな。
状況づけられている、ということこそが、(制約性でもあると)同時に 尊厳 でもある、という..。

 

 

2)主体と状況。
たとえば、ある科学者なりある芸術家なりが、自分は政治的人間でない、と宣言しつつ、自分の研究や発言、また作品を、その時の政治状況と無関係に?作り上げたり発表しても、無関係だ「というスタンス・態度で研究し作った」という政治性を帯びてしまう、というカラクリに無頓着であれば、そのような研究や作品となってしまう、ということ。
(このことは、その研究や作品の中で、直接政治的なことに触れ政治の問題として語るかどうかとは関係がない)

 

 

 

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エルガー以降のイギリス系音楽系譜。

 

これがYESを筆頭とするプログレッシブロック( Progressive Rock )の昇華性の高い、調性拡張後の聖歌的『ハモリ』(ポリフォニーや対位法の利用法 これをなしたのは主に影の力?クリス・スクワイヤと、より東洋寄りなジョン・アンダーソンだと思う。ハウは、もうすこしダウランド等の系譜を通っているから。合流しうるとは思うが)と通底するように聞こえる。

 

オルガンを彷彿させるエレキやキーボードなど楽器の声になっていても、同じ。

 

ブリティッシュの音楽家系譜————NAXOSなんかの収録を参考にすると、 具体的には エルガー ディーリアス アイアランド バックス ヴォーンウィリアムス ホルスト バターワース などという把握が妥当のかな。

半年くらい前に気づいたのだが、一番最近ではジョン・ラターという人がいる(この人も同系譜だと言っていいと思うのだけど)、まだ現役でやっている。もしかするとラターは、一応はクラシックなはずだけれどもかなりジャンル横断的に思える。

2013年に亡くなっているジョン・タヴナーなども入れるべき?(すこしバタ臭い、ビザンツ-東欧的匂いも醸す現代——前衛音楽崩壊後——作曲家)

 

(ブルックナーの聖歌などもそうだが、結局このイギリスへ行った[再-]遡及点はシューマン-ブラームスということに私的にはなるのだが。シューべルトもじつは対位法をやっていたが。いずれにしてもヴァーグナーがいてもいなくても、すでに調性拡張の芽は、バッハはもちろん、試みとしてはハイドンがあったし、ベートーヴェンの特に後期には十分音楽として、あったのだから。況やサティ、ドビュッシーにおいてをや つまり彼ら(ヴァーグナー/ドビュッシー)を通過しなくとも、また表立った 起点 としなくとも、調性の逸脱、拡張、崩壊は成された)

 

 

 

イギリスにはクリスチャンロック っていうジャンルがあるんだそう!(知るのが遅すぎる というかプログレ自体を知ったのがかなり最近なのだけれど)

 

 

ところで、この中にあるディーリアス-グリーグという路線の存在。これによりたぶん、 イギリスと北欧がつながっていく。

 

このことはロックの分野にもおそらくそのままつながっている。

 

ブリティッシュのみに進まずに、イタリア系プログレにも興味が引っ掛かっている人びとの意見と感性も面白い。

これもまた、クラッシックの方の系譜を垣間見ても納得ができるから。

 

前にあげた記事で色々触れたので詳細は省くが ざっくりとクラシックからいうと

グレゴリアンチャント(教会旋法)が長々といろいろありつつフランドルなど絡みながらドイツ→イギリスに音楽の系譜が移行するのだけど、その前にヴェネチア(イタリア→ルネサンス)経由しているというのがかなり要諦で——その後イギリスで初期ルネサンスが、後期はイギリス——Wマンディ等——・イタリア(・フランドル)同時!に、高度かつ洗練されたポリフォニーが成就している。それでトレチェント、クワトロチェントをきくと(まあじつはその手前、ヤコボ・デ・ボローニャなどにも)、ルネサンス→モンテヴェルディへ至る鍵が意外とある気がする訳だが、こういう経緯と系譜は、プログレにも反映してるように聞こえる。

 

なにしろルネッサンスが開花したのがざっくりいえばイタリア(フランドルから降りるが、開花のきっかけを多く北〜中部に持つ)なので当たり前なのだが、この時期ヴィクトリアなどのようにスパニッシュなのにフランスの古いシャンソンの原型を象ったような人もいるのだから、いろいろと異化しつつも底の方では グレゴリアンチャントの誕生と展開、そして讃美歌、伝承歌、舞踊などの存在とともに音楽系譜はつながっている。

 

もちろんもっとスパンを広げれば、ケルト民族とその移動などを通じて 世界は東西さえもが、まえもって越境的である。

 

 

またドイツのプログレについては、友人からドイツは他の地域に比べてあまりぱっとしない、とも聞いていたが

その(プログレらしさからすれば?)パッとしない(のかもしれない) ドイツのプログレ、というのはクラシックがドイツで著しすぎる隆盛を見たから、というのもあると思うけれど、ヴァーグナーの存在が調性の拡張で大きいからも無論あるだろう(※もっと言うとバッハ〜ベートーヴェン〜ヴァーグナー〜無調等々と展開して行く調性問題と、同時に哲学的・政治的問題、そしてそれと不可分な芸術の存在の問題、等々が重すぎたのかもしれない)。

[※...この点について、最下部に追記]


まえからFBなどで言っていたように 私は、ヴァーグナーを経由しなくても、ましてドビュッシーを踏まなくても、(ルネサンス以降ジェズアルドのような実験的な音楽が出現しえたこと、そしてバッハが到来し、ベートーヴェンの特に後期の顕著な調性拡張・旋法使用等の試みがあり、シューマン-ブラームスにおいては——ウェーベルンなども注目していたように——すでに十全すぎるほどのその発展継承性を見出し得、フォレもまた、ヴァーグナーの存在なしに(も)自身の音楽性を獲得しえた。音楽のもたらす影響力・効果、という点ではヴァーグナーが大いに参考になったろうが、それ以外のフォレ自身の幽体離脱的音楽性の確立そのものは、調性問題を含め!シューマン(→ブラームス)による先代(〜同時代)の音楽性の発展形という置き土産ですでに十分であり、ヴァーグナーの存在の有無とほぼ関係がない。

よって)調性はどのみち拡張され崩壊した、という意見の方なのだけれど。
ヴァーグナーは世渡り上手。

 

私はこのことを、スクリャービン(→マーラー)的な音楽性を含めて、言っている。バッハ、ベートーヴェンは前提として、シューベルト→ショパンとシューマン(→ブラームス)とフォレがあれば、スクリャービン(的な個性及び音楽)もまた出現しえた。その片鱗は、ニイチェの存在(音楽作品)が明かしている。

 


それと昨日だか一昨日、これを見つけた

http://kakereco.com/magazine/?p=9794

 

これに行き当たったのは ジョン・アンダーソンの音楽性からきこえる東洋志向が(シッダールタ や ビートルズ以来のヨガとヨガ思想の影響などのこともあるが)、ノヴァーリスともなんか繋がっているのかなあと思って、ダメモトで検索したら、直接アンダーソンがノヴァーリスを読んでいたとかファンだったっていう記事はなかったけど、上記を見つけたという訳。。。

読んでいるとなかなか面白そう。

 

 

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追記。

昨日これを書いた後に、ドイツでプログレが生真面目なまま?停滞した点について、ヴァーグナー一つを引き合いに出した形で通り過ぎたが、至極大事な点を落としていたのに気づき(入り込むと、例の巨大な問題——私自身の長い問題——となるので回避した感もある)、どの範囲で止めておこうかそれとなく考えた。

そこへ、友達の反応で、シュトックハウゼンなどがプログレの代わりにクラシック界で突破口をやってしまった感があるのがジャーマンロック停滞の原因ではないかとの指摘があった。

たとえばあの辺りは、タモリの番組でもシュトックハウゼンと数名扱っていたりしていた(クラシックファンからは面白可笑しく取り上げやがって、といった反発も出る分野かも知れない)が、私は正直あの番組「姿勢」に賛成であった。

 

ずっと前の記事にも音楽・美術にかかわらず触れたが、とくにジョンケージあたりからシュトックハウゼンなどのああした破壊的ともいえる試みでクラシック音楽がおおむね自壊(自滅)したと思っていて——私自身は、あまり彼らに対し寛大でない。過去の(けして「等身大」などではない)遺産に対し攻撃的乃至退嬰的な表現と表現者。こうした産物や傾向に対する 物わかりのよさ を拒否するタイプである——自己崩壊音楽と心の中でも呼んでいる。

で、プログレに興味が行ったのも、だったらそちらのほうがむしろ音楽の尊厳を担保することに成功し尊敬できると思ったのである。

 

調性の拡張〜崩壊期間にかけては、作曲家や作品にもよるが、クラシックという分野にそのまましがみついた人々や作品より得てしてプログレの方が表現として成功しているとも思える。

 

調性問題の移行と、プログレの(変拍子など多用するリズム等を含めた)表現形式、「斬新さ」の意味性——attitude——が合っていると思う。

 

もし(ドイツの)プログレがシュトックハウゼンみたいな試みをしたら、私としてはプログレにも失望してしまったと思う。

彼らはそれはしなかった、できないと思ったので、ドイツ外域のプログレよりある意味(生)真面目なまま停滞したのでは、とも思える。

 

がもともとの原因は、私自身はさらにもっと前に遡る、と思っており、それを書き足したい。

 

この記事の中でも、タラレバ的にヴァーグナーを——事実存在していたにも拘らず無き者のように扱っているのも、言いたいことと関係がある。 まあ実際には存在した人だし、居たからにはそれなりの影響力を事実与えたので、無視などできないのだが、それにしてもヴァーグナーに関しては周りの捉え方が過剰かもしくは好意的に迎えすぎ洗脳されすぎたと正直思う。

(こうした点は、哲学・政治、色々な問題が不可分に、表現と表現者の質の判定・価値づけとして関わってきてしまうところなのと、通常のクラシックファンにはとても言いにくいことがたくさんである 笑)が、ヴァーグナー以降えてして構成的にも表現のありようとしても、冗長な音楽が肯定されてきた。(同じ尺度でいえば、やれ構築性に問題があるだの構成的才能に欠けるだのといった、シューベルトやシューマンに対し、まま厳しく当て嵌められた尺度は、調性逸脱-無調-崩壊を辿った人々には当て嵌められずにいるが、それでいいのか?という問題も不問に付されたまま。)そしてその構成上の「冗長さ」が退嬰性と絡みやすい(思うに、これは至当な問題である)のは、類的な音楽(個と同時に人間性全般の尊厳について真摯に向き合っている質のもの)というより、個人的な栄誉や野心、逃避願望等々といった自我(といってもselfというべきものとエゴというべきものがあるが、まま後者に陥りやすいもの)の充足・発散が表現され、作品となっている、と判断される。この質の低落が、調性拡張-崩壊を辿る時期のクラシック音楽のattitudeや質(にも拘わらず彼らはクラシックという旧来のジャンルにしがみついているのである!)より、ここから脱したプログレのほうが、まま、意識が高いと感じざるを得ない所でもある。

 

他者の問題を放棄した自己の延長へと終始しがちな音楽と、調性崩壊問題とのつながり——一言でいうのは難しいが、あえて言うと、(何らか和声上の)「解決」をみようとしない姿勢、むしろいかに解決せず放置・延長するかという、*,**表現における(逆説的)形式主義——内的必然からでなく戦術至上主義、手法の自己目的化——謂わば未到未決イデオロギーに走った結果であるといえるのではないかと思う。別な観点からいえば音楽美至上主義ともいえようが、犠牲にしたものは人間性であったりHonestyであったりするだろう。よってそれはほとんど必ず、社会的位相においては倫理的な退廃だの権力不感症(不耐性)、といった問題にも通じてしまう。

 

*...機能和声上の解決放置、を表現上始めたのはシューマンによるところが大きいが、彼の場合は、その象った形式が内的必然に合致していた、これに徹したといえるのではないだろうか。未解決型和声は、これが登場する場合、自分の魂にとりこの問題(憧憬なり苦悩なり)が未決のままであることの赤裸々な表現に過ぎなかったのである。言ってみればそこが、表現の力量における決定的な差異なのではないかと思っているし、そうした点にこそ芸術の「質」の問題が横たわっているであろう。

 

**...形式のイデオロギー化という点では、ずいぶん前にグールドの題目でだったか、十二音技法についても触れたことがある。

例えばこんな言い方がよくあると思われるが、「十二音技法は理詰めだったために大衆に理解されなかった」それで、別な作曲家らが試みたのには(たとえばヒンデミットとかコルンゴルトというところになろうか)、「受けが良いように上手に調整した」云々。

しかし、この捉え方に終始しないほうがよいだろう。それと引き換えに寧ろ後者の彼らが音楽に「息」を吹き替えさせたのならそれがなぜか、ということを考えたほうがいいだろう。理詰め?だったことそれ自身より、理詰めのありよう(裏を返せば自発性とは何か、自律運動性とその機能(発揮・回復)可能性の裏付けや土台とは何か、その相関関係とはいかなるメカニズムに基づくかetcetc...)についてもう少しよく考えたほうが良いと思う。

[付記。尤も、秘密の多い社会に生きることを強いられる場合、芸術表現がある種の窒息的形態—— 一見無秩序に見えるパターナリズム?——に陥らざるを得ないという面を、私自身、昔ほど理解できない訳でもないのだが。死んだ呼吸を生きなければならないのである。]

 

ヴァーグナーに聞きとれる野心の拡張、逆にリヒャルトシュトラウスに聞きとれてしまうある種の逃避願望、(これらの一見真逆な問題はけして偏倚的ではなくむしろ交錯的な問題でもあると思うが)といったものの、調性拡張-崩壊問題としての現れ方...。

こうした、ドイツはもちろんだろうが、西洋全体を覆った問題に、クラシック界はもう少し取り組んだ方がよいのではないか?

 

 

典型的にはナチズムを台頭/到来させたこと。ひいてはこれに対する長い敗北感(台頭させてしまったことに対し、どう反省・再生したら良いのかわからない)が、芸術界・哲学界、色々な分野の文化人にとって重荷となりすぎ、遣り切れなくなっていった。

こうした精神的に自暴自棄な姿勢が、哲学的にはポストモダンのように犬儒的もしくはニヒリスティックな形で現れるし、音楽表現、絵画表現にも退嬰的 乃至 破壊的に現れていると私は思う。

 

しかしその際言っておきたいのは、ナチズムが、ベートーヴェンを利用したのは「誤解」に基づいているが、ヴァーグナーを利用したのははたして全き誤解なのか、こうした点にもきちんと射程してほしいものである。

 

| Rei八ヶ岳高原2 | 17:14 | comments(0) | trackbacks(0) | twitter-reiのHOME | - | - |
Beethoven an die ferne Geliebte & R Schumann op39-12,op14,op17,op68 etc...

Spotifyでたまたま出てきたのが

 

to the distant beloved Louis Lortie Piano

to the distant beloved Louis Lortie Piano

 

この中のLiederkreis, op. 39-12だったが

 

ああー グランドソナタop14(=op17 などあまた、なのですが これの場合 op14に、自分にとっては親和性。実際 終結部では最も一致。メタモルフォーゼにより色々と射程が広がるが)と同じ 下降旋律が〜♡

 

もちろんBeethoven由来の二人の暗号(だと自分ではいろいろ聞いてきて、アレ『ら』(※キマイラだからひとつともいえる)がコレと思ってる 世間的にもすでにきっとそう)のところ♪

 

あらためて、おめでとうございます♡ ^^♪

 

シューマンの おや 何やら聞き覚えが... というのはいつも、懐かしい♡

 

えもいわれぬ程遠くから ”襲来” するノスタルジーとともに、なじみ深いものが 何とも新鮮に 再帰する♪

 

※...前の記事でも触れているから省略 笑)

 

 

 

お。今 Liszt の an die ferne Geliebte S469 を聞いているが、(編曲されずとも元 = Beethoven の曲自身のある部分に通じるもの op98 etc..)として、 Op68(R Schumann)も、色々想起されてきた。

 

やはりOp68は家庭的な音楽なだけある...。

ミニョン Mignon は、確かにアレ( A favori WoO 57 = An die ferne Geliebte op98 = An Die Geliebte WoO 140 = Mignon op75-1 1809 = Elise = Ghost Op.70 = Therese & Josephine etc..Chimera Χίμαιρα)だけど、新しい恋人アントーニェに対してのみの語りというには、やや悲しい、、、やっぱりあれ(Josephineの娘 Minona—anonim) は、これのもじりでもある、か。。

この曲(Beethoven's Mignon)が、どこか告別に似(告別 Liebewohl はこの曲の直後に書かれる 1809-10)、同時に A Therese Psonata No24 にも似ていることを思えば、あながちハズレでもないかも...。

 

そう。Schumannの Mignonミニョン(op68)もさることながら、Beethoven自身のあれこれに通じるも、ことにテレーゼ Therese (Opus 78 À Thérèse No24————それも、Andante favoriをも髄しつつ?) をやはり想い起こすことからも、後々関係する Minona (anonim)の 名は、Mignonにも当(宛)てているのかな...。

| Rei八ヶ岳高原2 | 13:30 | comments(0) | trackbacks(0) | twitter-reiのHOME | - | - |
状況づけられない原則など存在しない

状況づけられない原則など存在しない


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phpファイルやjsファイルなどを(もちろん私なんぞは構築そのものをするのでなくて、Webデザイン上、こうしたいという自分の条件に当てはめて部分的にjsコマンドをチェンジする作業くらいなので、まあ覗く程度だけど)見て思ったが、

 

function…にはじまり、if…,else… if…,else…のオンパレード。

 

だけどこれって理系だけではなくて、西洋だと文系でもあたりまえなステップなのかもしれない...。

 

if…(こういう場合は、こう。こうなるのは、今がこういう場合だから。もしその前提を違えれば?…もしくは、この前提そのものが崩れれば?)という仮定想定をすっぽり抜かしちゃったまま議論してお互いの思い(込み)の前提条件を照らし合わせずに話せば当然ぶつかるから、喧嘩して排除、みたいなことのくりかえし。

 

こういう、互いの条件無視型国民性を脱しないと、巧妙なやり手に、意図的に前提条件をするっとすり替えられたとき気づきにくくて、むこうさまのやりたいがままにされてしまうよなあ。。。

 

 

それと、このことと、そうつながらない訳でもないので追記しておくと

 

現代芸術に哲学的概念をあんまり単純につかってほしくないなぁと思うことが多々…。

そんな(高尚な?)概念が、こんな場面(画面やら楽想)に当て嵌まるとしたら、あまりにも使い古されてい過ぎる、とおもうことが多々。物の質や価値(存在のある種の尊厳を物語る諸要因だと思う)を決定づける諸条件設定無視で強引に当てはめられている感がある。

 

 

| Rei八ヶ岳高原2 | 11:32 | comments(0) | trackbacks(0) | twitter-reiのHOME | - | - |
挿入句(Parenthetic sentence)と構築(Construction)

構成における中断・切断・突発的挿入句は、構築性至上主義(仮 臨時造語)から見れば異型であり畸形だが、身体論的世界観にとってはごく普通であって真理である。

 

ノヴァーリス(Novalis)においても、こういう言葉がある。

ノヴァーリスは現象学が登場する遥か以前の哲学者だがすでに現象学的真理を突いている

 

------------- Quotation-------------

自己放棄は、あらゆる卑下の源であるが、逆にまた、あらゆる真の高揚の基盤となる。

その第一歩は内部への眼差し、すなわち、我々の自己を分離して眺める内観である。

ここで立ち止まるものは道半ばで終わる。

第二歩として外部への活発な眼差し、すなわち、自発的で冷静な外界の観察がなければならない。

(ノヴァーリス bot  Novalis bot on twitter)

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つまり、存在の真理の高揚的追求において自己放棄を認め、その際の内部への眼差し、内観には、或る逃れがたい「分離」!、解裂を、経験することを知っていた。

これが身体論的真理でなくて何か。

リルケ(Rainer Maria Rilke)にもこのような表現があるが。

この種のぎくしゃくした「つがい」の分裂運動を不幸に痛感しない 天下る幸 に至るには、熟練を要するとの記述...。

(ドゥイノ Duineser Elegien)

 

フモール ジャンパウル シューマン (Humor - Jean Paul -  R Schumann)

 

davidbuendler.web.fc2.com

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| Rei八ヶ岳高原2 | 14:23 | comments(0) | trackbacks(0) | twitter-reiのHOME | - | - |
グランヴィル

1) グランヴィルの描出法は、(まだ〜ない)と (もう〜ていた)の見えない隙間に触れえた気がする

忘却されえぬ未到と参与であった喪失

「両者を-ともに-描い」てしまえばたちまちのうちに踏み外してしまうあの地点——死が彼自身にまといつく。

 

描法が逆さとはいえモランディも然り。

生も死もさぞ受け容れがたかったと思われる。

 

 

2) グランヴィルの、今まさに描出しつつある世界への共振力は真に迫りすぎている…。

テニエルのように真似事に終始する訳でもなく、

ドレのように辛辣さを辛辣さとして、魔界を魔界として精鋭に描き切ることでこれを超え出るのでもなく、

影と方位を沈黙と佇みの淵へと内部化してしまう真摯さが痛ましい。

| Rei八ヶ岳高原2 | 14:50 | comments(0) | trackbacks(0) | twitter-reiのHOME | - | - |
シュナーベルのべートーヴェンPソナタ30番演奏とその25番喚起——Schnabel plays Beethoven Piano Sonata No.30, Op.109

2014 6/24 FB投稿から

 

 

https://www.youtube.com/watch?v=5eKGHvoh93M

 

Artur Schnabel plays Beethoven Piano Sonata No.30, Op.109

 

このシュナーベルの演奏――冒頭アクセントの付け方――はもちろんNo.30(op109)のあたまが、No.25(op79)-3楽章とじかにつながっているのを意識した、端的な演奏となっている。

 

なにより音楽自身が自ずから物語ってはいるが、No.30が馴染みのようにマクシミリアーネに献呈されている精神的背景を慮しても両者のつながりを考えるのは妥当。

 

参照)マイラヘスの演奏においてもまた然り。

 

No.25からNo.30は10年越しとはいえ、No.25の1810年というのはけして「早くない」であろう。

 

これをキマイラ(キメラ)と考えうるのかはまだ微妙...。私は、そう思うが。

| Rei八ヶ岳高原2 | 11:33 | comments(0) | trackbacks(0) | twitter-reiのHOME | - | - |
シューマン op80,op68,op54周辺をめぐって  つづき

Schumannのop80の関連。前記事参照

 

Webernの1905(STRING QUARTET)

 

https://m.youtube.com/watch?v=1Sn5wzRJPeQ

 

Anton Webern: String Quartet (1905) Anton Webern (1883-1945):

String Quartet (1905), performed by the MultatuliStringQuartet.

 

偶然この動画がヒットしたのだったが、いい動画を選んだようだ。

ヤコブベーメ絡みで どきっとする文字が登場する。

 

作曲家同士の秘義(秘技)を、共感しつつ世々代々暴露し合い、という感じだろうか

 

 

WEBERNが1:27辺りから着手し、明確には1:30以来2:35くらいまで執拗に繰り返している音列

(これ=2:35 以降は、よりブラームス-メソッドぎみに傾斜しつつ転回対位法的=上昇志向に変容させていく。それは直接には弦楽四重奏五重奏の境域。この際元の土台はこのRschのOp80よりはむしろOp44,47に近づく=扱う主題自身が移行する、ことにもなるのであるが)とは...

しかし要するに、RSch Op80第四楽章の終末、パロールとしては、例のフレーズ(※)であり、エクリチュールとしては、これを原基とするクロマティクな霊性であるが、<それ>とはそもそも「何」の展開(変容)であるのかといえば、(Op80の最初の主題が示唆してもいるところの)ベト遥かなるであり=Favoriに由来し、よって幽霊(Geist)でもあり、つまりはやがてRschの54年幽霊の主題による変奏曲のテーマと帰していくところのものである

 

 

※...26:24-27

 

https://www.youtube.com/watch?v=eLKy0UGDfwM

Piano Trio No. 2 in F Major, Op. 80 - Robert Schumann 

 

 

df)エリーゼ

 

 

上記関連

2016 5/23 FB に書いていたこと。

 

(再度 冒頭 Webern にもどって)

 

Webern のベートーヴェン 後期——幽霊 路線、と同時に!シューマン中後期(Op80)によせる視線


https://m.youtube.com/watch?v=1Sn5wzRJPeQ

 

ウェーベルンによる執拗なフレーズの繰り返しとその展開へのこだわり
曲全体が殆どそれで出来ているが、とくに 2:14-16にはじまるフレーズ。
同、2:22-24など。以来ずっと。

 


Rsch op80 (とくに最終楽章)を 調性拡大(崩壊)への足がかりとしている

最重要point  Op80は、殊に最終楽章にあっては調性問題に極めて示唆的な曲づくりとなっているが とくに

https://m.youtube.com/watch?v=eLKy0UGDfwM

最終版 26:24-27 ! Webernがこだわっていたのは、案の定ここである。

この場所とは、ベートーヴェンの暗号の急所——幽霊Op70-1・遥かなる恋人(←AndanteFavori)・エリーゼ(テレーゼ&ジョセフィネ)のテーマ・後期ベートーヴェンetc..のキマイラの統合的急所——であり、したがってシューマンも(メンデルスゾーンやショパンも同様におそらく気づいていたであろうように)キマイラの発現として当然ながらこだわっていた場所であり、この暗黙の伝達作用はブラームスに受け継がれ、ウェーベルンもまたしかりなのである。

 

 

 

 

2016 4/7付 FB  

 

Schumann op80 の周辺 ふたたび。

 

LvBeethoven   Andante favori

 

https://www.youtube.com/watch?v=iEmaEgWPphc

schumann op80 の調性が同じ( F major )なこと!

 

しかも階段を降りる ソファミレドシラ… のあの愛の暗号もベトから受け継ぐ

Beethoven - Andante favori in F major - Wolfgang Manz Wolfgang Manz performs Ludwig van Beethoven's Andante favori in F major live at the C. Bechstein Centrum Berlin. Learn more about Wolfgang Manz:… YOUTUBE.COM

 

ますますフモールとパロディ精神を見る根拠が。。

無論それだけではないが メンデルスゾーンの死をどう関連づけるか 再考

 

 

 

 

2017 3/30付 FB投稿より

 

Beethoven 

Andante Favori(アンダンテファヴォリ) WoO57(1803-4)というもの。

これと An die ferne Geliebte(遥かなる恋人に寄す)Op98(1816)。

 

https://www.youtube.com/watch?v=iEmaEgWPphc

 

Beethoven Andante Favori in F, WoO 57  1803-4

 

 

cf) これらにおける、「エリーゼ(テレーゼ&ジョセフィネ)」・「テレーゼ(テレーゼ&ジョセフィネ)」のテーマは?

あとでチェック

 

エロイカ冒頭と同じ。sym4冒頭とも。ファヴォリは。遥かなるも。

 

https://www.youtube.com/watch?v=PHUjOTKDQP0

 

Beethoven An die ferne Geliebte Op.98 1816

 

シューマンが毎度告白的に、もしくは精神の到達点として、好んだ例の旋律——Beethoven 遥かなるOp98…[ハ調でいう] ラシド(ド)ソ ——の直後 ファソファミ(Sym2) や ソファーミ(幻想曲Op17) が、Beethoven 遥かなる自身にある帰結であるとともに、同Beethoven アンダンテファヴォリ Andante Favori(0:21-0:35 以降、何度か繰り返される)の、馥郁たるぬくもりある印象的旋律の『再来』——これは、遥かなる(Op98)のほぼ冒頭からすでにほんのすこし変容したのみの形でfavoriが出現しているから、再来なのだが——でもあるのは必定。

 

だがそれで終わらせるんでは片手落ちで、幻想曲op17冒頭(ララソファーミミーレ〜↑ドラファシドレドシ)やop22pソナタ、op21ノヴェレッテン冒頭(ラソファミレーミレドレミド・ミレ、ファ ♭ミレドシドド♯レ)、op80トリオなどなどはみな、アンダンテファヴォリの変形であって、シューマンの中ではやはり結びついていた可能性は大きい。

フレーズの順序が逆転しているだけで。

 

ファヴォリは、op110・111(Psonata 31・32番)にも。

 

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Afavori 1803-4

 

https://www.youtube.com/watch?v=iEmaEgWPphc

 

An die ferne Geliebte 1816

 

https://www.youtube.com/watch?v=PHUjOTKDQP0

 

 

 

CiNii 論文 - R. シューマン作曲前期作品の特徴から見た「幻想曲 ハ長調 作品17」の演奏解釈に関する一考察 R. シューマン作曲前期作品の特徴から見た「幻想曲 ハ長調 作品17」の演奏解釈に関する一考察 岩佐 明子 京都文教短期大学研究紀要 52, 91-102, 2014-03-12 CI.NII.AC.JP

 

 

2/12 付 R Schumann の ci.nii 論文について

 

http://ci.nii.ac.jp/naid/110009684782

 

5度下降がなぜなのか とそれが他の主題(遥かなる永遠の)と繋がるのはなぜか、そこまでベートーヴェンの秘密を(シューマンが)突き詰めていた(はずであろう)ということがなぜか書かれていない

 

 

 

ここで触れられている、聞きなれた3番 grandsonata も、シフで聴くとエリーゼ由来に聞こえた。

 

ノヴェレッテや22番(ソナタ2番)だけではない 幽霊 geist がエリーゼと遥かなる の 端的な統合であることもなぜか抑えられていない

 

 

 

 

補足。某音楽サークルでブラームスsym1番ガーディナー指揮が上がっていて、

全体の1/4-1/3聞いているうち、シューマンop80に聞こえてきた

 

https://m.youtube.com/watch?v=VqrF7Luxwyw

 

Brahms, symphony no. 1 in C minor op. 68, Gardiner, ORR Johannes Brahms, Symphony no. 1 in C… YOUTUBE.COM

 

多分まだ一楽章内の、ある部分

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シューマン op80,op68,op54周辺をめぐって

2016年12月17日 FB投稿より

 

 

シューマン「子供のためのアルバム」op64 (1848年作曲)

についての印象変化。

 

https://www.youtube.com/watch?v=cfGR2h-UQ0M

Robert Schumann: Album für die Jugend, Op.68 - Michael Endres 

 

(開始は No28「想い出」からの設定)

 

 

以前にあれだけ調べ色々なことを見出しておきながら、この曲集について長い間、ただ一番から順繰りに思いつき書かれたかのように無意識に思い込んでいた(もちろんやや錯綜した、殆ど同時多発的ともいうべき曲同士の濃厚な有機的連関性——同一スタイルやテーマのフレキシブルな変容性——は意識してはいたにせよ 前記事参照 Op68-1 / Op68-2 )が、否むしろほぼ中央に位置する曲——メンデルスゾーンの『想い出』Op64-No28(36:50-)が、殆どすべての発出点であり曲集全体の雰囲気を覆っていて(=創作の動機)、またそのことがたいへん馥郁たる意味を帯びて他作品に、否この曲集ぜんたいに、影響を与えているのではないかと、ここ数日で思い至る。

 

Op64-No28(すべての遡及点、同曲集の作曲動機であろうところの、メンデルスゾーンの想い出)は、最後の曲 No43 『大みそか』(1:10:54-)

と、《裏返し》(上下鏡状)の関係。

(※メンデルスゾーンの死は前年11月。おおみそかはそれを回想しつつその一年(曲集全曲)終わる。)

 

ついでながらまた、1番『メロディー』(0:00-)は、半音使いとアウフタクトの有無が、28番との間にあるだけで、やはり酷似した音列による開始である。

 

これも余談ながら、No16『最初の悲しみ Erster Verlust 』(19:11-)冒頭は、『想い出』を短調!にし移調しただけ...。

 

なのでもう、この推論はほぼ確定と見ている♪

 

ただ、ではその 核となるほぼ中央の作品自身は、どうして出来たのかというと、ある作品(同作曲家 複数作品=Op54,50,80など)にも同時に遡行しなければ、というところ。

 

 

 

 

メンデルスゾーン(の死と思い出)テーマをめぐって

 

★Op80(主に 2楽章)

mov2の冒頭は(無論mov1の変容でもあるが)、かなり直にOp68-No28(メンデルスゾーンの『想い出』)テーマ自身である。

※番号としては あい前後するが、Op80のほうがOp68より前(前年)に書かれてはいるが、要するに双子の関係である。

 

Piano Trio No. 2 in F Major, Op. 80 - Robert Schumann

 

(開始は mov2 からの設定)

 

●喚起 mov2 13:10-35

 〜

●解決 mov2 8:48-56/14:28-38

(※時間が相前後するようで不可思議、と思われるかもしれないが、シューマンが挿入句を盛容れたあげく先延ばしされたかにみえる解決は、じつは喚起自身より前以て在り、この喚起 13:10-35 自身への再来としての同じ解決はなく14:28-38としてやや形を変えている)

 

ところで、このスタカート気味に、やや情熱的に上昇する 喚起 とは何か?

(直接的にはベートーヴェンの幽霊冒頭スタカートの逆向=反行形 であり Beethoven遥かなる恋人テーマの変形であり、もしくは遥かなる...の[ハ調でいうところの]レミファソラー(ソファミーレー)部分 であるが、もうひとつ↓)

 

★Op64-no28

 

0:05-0:08

https://www.youtube.com/watch?v=uNMQTU2DP00

 

印象的な上昇音列 これでもある

 

メンデルスゾーンの↑「想い出」の急所でもある、この気分の由来は、直接にはメンデルスゾーン「エリア」の印象(Mendelssohn Elijah:He watching over Israel 0:52-57 が1フレーズ。以下しばらく打ち返す波のように繰り返し)から来るものであろうが、

( https://www.youtube.com/watch?v=RLdtvOoHAvM 0:52から押し寄せる波のように度重なる上昇)

 

He watching over Israelの、"slumbers not nor sleeps"が、Op68-No28の、冒頭であるとすれば、この上昇的盛り上がりの方は、0:52-57以降にあらわれるフレーズの、シューマン的再現である

 

※これと逆(上下の対位関係)であるところの下降音列こそは Andate favori WoO57 (印象的な小躍りする恋愛感情としての下降 恋人のもとへそそくさと舞降りてくる=到着 気分)である(下降——うきうきする上昇と「下降」——音型は、幾つかそのまえぶれとして繰り返しあるが、もっとも典型的なのは 2:56-3:28 以後も繰り返される )これがロべルトとクララの愛の暗号のおそらくモトとなっており、初期ピアノ作品群やOp54などにも使用されている。そして下降(舞い降り)があれば上昇(駆け昇り)があるのが生きた、変容する音楽である...。

 

※※ところで、子供のためのアルバム Op68 の中には Non Title(untitled)の作品が3つある( No21,26,30 その他に、No34 Thema という題名のものもある)が、どれも No28 メンデルスゾーンの想い出(及び自分の家庭・クララ)のイメージがないまぜになった雰囲気の作風である。

例えば No30 untitled (41:00-) の、41:07-41:13 にも、No28「想い出(上述)」と同様、メンデルスゾーン「エリア」の残影がある(Mendelssohn Elias Op70  He watching over Israel, "slumbers not nor sleep" の "..." 部分)

 

尚このno28「想い出」 には トリルもあり《同シューマン作品 op54 のミミファミレ♯ミ tr に相当するようなド♯レド♯シド♯が!!》 およそこれと不可分なラシドミレドをも喚起させる雰囲気。波打ちつつたびたび高揚する気分( : - : )

ファミ♭レドシ ↑ソファミ♭レド ↑ファミ♭レドソ↓シ♭ーラ

 

 

それは、

★op54

https://www.youtube.com/watch?v=Ynky7qoPnUU

ここにはないのか?—— ラシドミレド(op80-mov1 mov2 にあるもの)は?

 

冒頭じゃないか!!! ドシララー(Clara)のすぐ後だ 

 

ラシドミーレード,ドーシー(シ♭ラー ラ↑ 《ミミファミレ♯ミ tr》)

 

すくなくともこれは (幻想曲ハ調でいう)ラーシドドー↓ソー,ソーファーミー (遥かなるLvB op98 に由来するもの、つまりはベートーヴェンにとって andante favori WoO 57 から来るもの二小節目)であり、シューマンのこれらにおける ※(ラシド)ミ↑ーレドーは、このメロディ——遥かなる。【ラー(ラ)シド[ド]ー】 ↓ソー,ソーファー[ミー]...(レーミーファーソー ラー ソファ)【ミ レ ド 】——からのものであり、ひいては ※※ソファミレドというロベルト&クララ暗号への帰着である。

 

※幻想曲OP17の、ラシド ド ↓ソ レ↑ードドばかりが帰着ではない

※ソファミレド型の暗号的下降...この起因は、じかにBeethoven Andante Favori WoO57 に見いだせる。

(展開部 秘めた恋愛独特の躍動感 リンクyoutube)

 

 

 

ただ、このこと(op80:op68-no28関係)を論じるのに、

 

op54
https://www.youtube.com/watch?v=Ynky7qoPnUU

を聞いておいたほうがいい気がする。

 

前の自分の投稿

http://reicahier.jugem.jp/?eid=42

http://reicahier.jugem.jp/?eid=43

 

でも、Op68には、op50やop54の影が濃いことからもいえるが。

 


今思うに最も良い仕方で、メンデルスゾーン(op68に見る)とクララ(Beethoven 遥かなる恋人 op98/Andante favori WoO 57)のイマージュが重なり合っているから。

 

cf)
op19,20,21,22,23...
Elise 「&」 An die ferne Geliebte=Immortal Beloved なのかどうか

 

 

そういう耳で さらに op54!をきいているとやはり、

op68 このアルバム、曲集の全ては、no28(メンデルスゾーンとその死。回想するところの、メンデルスゾーンの<よき>思い出——彼の楽長就任後のライプツィヒ ゲヴァントハウスorchで成功したop54、とクララ。形成しえた家族etc…)から発しているのではないかという仮説がふつふつ浮上する。

 

つまりメンデルスゾーンの思い出(前年度47年11月死去)が、ほぼこの曲集の気分ぜんたいですらあり、そしてこの曲集の中にはop54の余韻が、op68-no28を含みながら同曲集のあちこちに漂うこと、またとくにnon-title 3つの無題作品を筆頭に。。。

(このことは既に当blogに書いてあるが... 上述のリンク2つ参照)。

 

かつそのまえの年=47年、メンデルスゾーンの死の直前に作曲し終わった、とされる op80 Piano TRIO no2 の創作が、メンデルスゾーンへの思い存分に作曲されている感じが浮上。作品の曲想同士の重なり...。

ファニーがこの年(47)の5月に亡くなっていることからの、メンデルスゾーンへのいたわりなどもあろうか?

メンデルスゾーンの死(=シューマンがOp80を完成した直後)のまえに、メンデルスゾーンは代表作エリアを世に出し、シューマンはゲーゼ(かれの名も Op64 子供のためのアルバム の中に登場する)とともにこれを聴きに行っている。(サイトリンク)

 

たしかにエリアの反映が冒頭にある

(he,watching over Israel これの"slumbers not nor sleeps" の部分が、op64-no28 開始に映現しているようだ。全体の、波打つようなたゆたう感じとともに、0:52-の上昇なども、すこぶる暗示的。

 https://m.youtube.com/watch?v=RLdtvOoHAvM )

 

余談だが、この至福感を帯びた「波打つ」感じは、ヘンデル「メサイア」(Pastral〜Suddenly...Angel〜Glory to God 辺りの気分)— ベートーヴェン 田園(第一楽章 田園と草原を吹く風のうねりの線描)の路線からも来ているのではないか

 

 

 

 

2016年12月8日 FB投稿 を機に

 

シューマンop80

昨日思ったこと。

これの前に聞いていたOP41-2との連関から聞き出したが、
ここにもやはりブラームスの足跡が多い。(おもに弦楽5,6重奏曲の掛け合い仕様。天使の主題さえあり!、おそらくブラームスによりかなり研究されている。なお、このことの反映・継承は、Webern 1905 に見事にみられる。これは後日触れる。彼はベートーヴェン後期から彼自身、に至る迄、この点を継承させている)


Piano trio no2は、op80と番号が振られてはいるが

実際には、op68(子供のためのアルバム)のかかれた年の前年、1847年に書かれている。47年というのは微妙な年だ。

メンデルスゾーンが11月に亡くなる。

メンデルスゾーンの死は、おりしもこの作品(op80 Piano trio no2)作曲の「直後」だったのだが

(※先週だか先々週に判明...。2017 6/22付記)、

 

いずれにせよこの年は、メンデルスゾーンの姉ファニーがすでに5月に亡くなってはおり、メンデルスゾーンのショックの激しいのと精神状態の上下高をシューマンは当然察知している(であろう...)。そのためか不安定。

 

聞き慣れていた時は、シューマンにしては、さして短調もないし愉しげな曲想だなあという感覚だったが、よく聞くと精神の不安がよぎる覚束ぬ愉しさ。それが調性の拡張、という形で出ている!——こういうところがシューマンらしい。つまりシューマンにとって調性の拡張〜崩壊(の予兆)といった問題は、自己の精神・身体と切り離された<方法論的>なものなどではなかった。


通常の作曲家は——ブラームスやフォレでさえ——調性の拡張・逸脱を、(機能和声進行の転機を迎えつつあることから)作曲の方法論としてある種割り切っており、その点での健全さ(メソッド、スキーム、ストラテジー等々としての構え)が前提になっているが、シューマンという人間においては、方法の問題と精神-身体の問題とは不即不離である以上にむしろ全く一致している。

偶然とは感じられない。

それこそがシューマンらしさでもあると思えるのだ。

 

機能和声進行の逼塞から逸脱こそが、人間精神の逼塞と逸脱=転機そのものが、いわば集約的に一人の人間において、きわめて裂開的に具現(表徴)されているからである。
やはりなにか精神の拠り所・支柱がない感じ...。

 

 

そのように、メンデルスゾーンをすでに喪いつつある(?)こと、——それが音楽的な意味だけでなく精神的に左右していること——が、もちろんきわめておおきいだろうが、
もうひとつの不審な点として?、それまでにはシューマン音楽の錯綜するシニフィアンにとって、確実にクララであったろう<到達点(シニフィエ)>にすら、すでに揺らぎが生じている感じで——この頃(47年)まだブラームスの登場は無論なく(あれは53年正確には10月とされている)、そうした意味で具象的な代替問題までは浮上していないものの、

かといって——op41やop54の頃のような確信に裏打ちされた憧憬と同じ・もしくはその円熟線上、とは...やはりいいがたい。

 

そのせいなのか、ベートーヴェンの幽霊op70-1——ジョセフィネ像——正確には姉テレーゼを被ったジョセフィネ像(から発せられる「女性」性)と、遥かなる恋人op98——アントニア像(から発せられる「女性」性)——とが癒着している、大芸術家の搦手、暗黙裏の秘匿⁉︎を、無意識下にか意識的にかは知らないが、暴いてしまってさえいる...(キメラ/キマイラ Χίμαιρα)

| Rei八ヶ岳高原2 | 14:29 | comments(0) | trackbacks(0) | twitter-reiのHOME | - | - |
フォルクレという存在

(Kさんのところの雑談にあえて書かなかったこと 2016’12/31 FBにて )

 

フォルクレ(Antoine Forqueray)の存在がないと、音楽は近代に移行しない(機能和声へ到着する必然性を持たない)

 

[かくてラモー(Rameau)の到来を待つ...!?]

 

 

 

※この日はじめて、1,2曲聞いてみて、抱いた感想。

 

作品例

https://www.youtube.com/watch?v=mzyEQg3T6E8

 

 

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【追記】

FB友さんのあげていた、ヘンデルの鍵盤楽器用作品に触れた感想

 

一連のヘンデル(鍵盤)、面白く拝聴した。(じっくりとはきけていないが)。

 

やはり リュリ、クープラン、フォルクレ、ラモーという系譜から統合的に聞いていく必要を感じる。

それとベートーヴェンを基軸にした場合、此処から振りかえってとらえるヘンデルの含蓄を、

ヘンデルとしてのある種の完結性と、ヴィヴァルディ-ヘンデルという流儀の両面からとらえることができるかなと

| Rei八ヶ岳高原2 | 12:29 | comments(0) | trackbacks(0) | twitter-reiのHOME | - | - |
15C初頭〜ラッスス、パレストリーナへの道、モンテヴェルディ、とそれ以降。友達との雑談想定場面

youtubeでみつけた或る録音。

 

これは一体いつの時代の、なんだろう...という問いからはじまった会話

 

https://m.youtube.com/watch?v=nLZaEDDghgk

 

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Kさんに質問してみる...。 Rは私。

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K「いま聴いています♪

13世紀と14世紀の曲が多いです。

リストはここにありました!

http://ml.naxos.jp/album/A332

 

R「あ。あらなんだ。ランディーニも入っていますねえ。不祥のもあるっぽいなあと思っていましたが、やっぱりこの楽団!のはナクソスに入っていることは多いようです♪ やあ。。レヴェルディー(楽団)のだったのですね〜。

ありがとうございます! お騒がせいたしました。ナクソスにアクセスしてみます。」

 

K「CDを買って解説書をみたんですよー。

でも面白いCDでした! 教えていただきありがとなのです!」

 

R「え、おもしろいでしょう?! ...意図が、ありそうな気がしたのです。。

モンテヴェルディの装飾音につながりませんか。。そんなことではないのかなあ...」

 

K「モンテヴェルディまでは感じなかったですよ。」

 

R「そうですかー 残念 笑)」

 

K「モンテヴェルディが活躍したのって1600年の前半くらいだから、今回の音楽とはかけ離れすぎな気がするんです♪」

 

R「そっかあ。。。まあ、もし何かあるとしても、『間』に何か相当、入りますね。。。

私さいきんワロン人(ブルゴーニュ楽派?)のイタリア化と、イタリア人自身のより大きなイタリア的なるものへの融合(ヴェネチアにて!)と、それがやがてイングランドへ行くっていうことが、面白く感じています。 ......

ケルト的なもの(のなごり)がそうさせているのかなあ。」

 

K「モンテヴェルディの時代って、いまみたいにCDもないし、入ってくる情報って限られてくると思うんです。 モンテヴェルディが、マントヴァの地にいながら、彼以前の音楽をどんだけ知っているかはわからないけど、限定的なもんだったとは推測されます。」

 

R「土地が かつてのフランドルみたいに、いろいろなものが『入ってくるような場所』であれば、まだちがうのでしょうけれどネ...。んー あとは流通するのは紙以外では人(脈)だけですものね」

 

K「そうね、そうそう。 もちろん、モンテヴェルディに音楽を教えたお師匠さん(師匠というからには、モンテヴェルディよりも古い音楽を知っているひと)、それからモンテヴェルディはヴェネツィアに行くんですが、そこではいろんなものを吸収したでしょうね!」

 

R「『モンテヴェルディはヴェネツィアに行くんですが』——へぇ!!! にゃんとまあ。。。 レヴェルディ(la REVERDIE)、というこの、なにかと面白いものを録音する楽団は、ヴェネチアの楽団、なんです。なので歴史も勉強しているのかも...(?)」

 

K「それはあるかもですよ!」

 

R「モンテヴェルディ聞いてると、ランディーニや、チコーニアとその弟子ら(ロマーヌスなど)と、ワロン人の音楽とが融合した雰囲気が、もっと複雑になって、ずいぶん年月を経たのち、モンテヴェルディとなって出現してくるように聞こえたので...」

 

K「イタリーの系譜っていうのはあるかもね♪」

 

R「そう。...『ランディーニや、チコーニアとその弟子ら(ロマーヌスなど)と、ワロン人の音楽とが融合』→これは、ヴェネチアで起こって居ます...!」

 

K「モンテヴェルディと同時代の作曲家による作品を聴いてみる必要がありますね♪」

 

R「そうなんですよー それとか、モンテヴェルディの手前の音楽。。。

いまでこそイングランドが話題になってきやすいですが(ハイドンからブラームス はてはビートルズやロックまで、イングランドからバラードなんかの素材をとってきてるので)そのイングランドへ行く前に、遡るとイタリア(ヴェネチア)経由してるっていうことが、何かひっかかっているのです。。いつも。」

 

K「それは面白そうです!」

 

R「そうそう、ここまでしてきた話だと、おもにイタリアで、ルネサンスが花開いていた(モンテヴェルディよりちょい早いですがまあまあ同時期)というのも納得がいく気がしてきて(パレストリーナをはじめ...)、 それぞれ、引き出す主要素は違っていたけれど、このころのヴェネチア音楽から、それぞれ違ったもの(相面)を開花させたのかなあとか。」

 

K「パレストリーナがなんで、ヨーロッパの音楽史にあんだけ絶大な影響を与えたかというと、パレストリーナはローマのサン・ピエトロ大聖堂とかで働いていたでしょ。 ローマ・カトリックの総本山みたいなところでしょ。 そういうところでは、ちゃんと楽譜が保存されていて、死後も代々歌われ続けていたことなんです。 だから彼の対位法が原典というか教典のようなものになったんですよ。 だからバッハもモーツァルトも、パレストリーナのことはよく知っています。 たぶん知らない人はいないでしょう。」

 

R「『バッハもモーツァルトも、パレストリーナのことはよく知っています。 たぶん知らない人はいないでしょう。』——こういう点についていつもおもうことなのですけど...ね、そして、チェチリア運動がおこりました。が、あれはパレストリーナだけなんですか...。ラッススの音楽性ってすごいと思うのですが、ラッスス(ラッソ)は同時に、もしくはそれ(チェチリア運動の起こる時代)より前に、JSバッハの時代とかに、普及しなかったのでしょうか。」

 

K「どうでしょうね? バッハの時代にラッソの音楽を知っている人がいたかどうか。 教会音楽以外は使い捨てでしたからね。」

 

R「ラッススの属しているフランドル学派はフランドル学派で、ちゃんと楽譜を保存するとか、そういう作業はしていなかったのかなあ...」

 

K「教会音楽は、教会の管理がしっかりしていれば残っている率が高いです。 世俗曲の場合は楽譜が散逸する可能性が高いですよ。」

 

R「ラッススって、フランスとイングランドを訪問しています(せっかくのローマのサン・ジョヴァンニ・イン・ラテラノ大聖堂楽長に就任したのに一年で離職し、パレストリーナに後任を譲ったあと)...。そのまえに、ウィキによると『マントヴァとシチリア、そして(1547年から1549年まで)ミラノに足を運ぶ。ミラノ在留中にマドリガーレ作曲家のオステ・ダ・レッジョ(Hoste da Reggio)の面識を得て、初期の作曲様式に影響を受ける。』ですって...」

 

K「ラッススの曲ってどれぐらいのこっているんだろう?」

 

R「youtubeで聞いてると、わりとそれなりに...パレストリーナより瞑想的で、形式を逸脱する分、バッハの不思議な部分には近いと思うんです(というかジェズアルド的なものに移りやすい?) バッハの、時々(短調作品にしばしば出現する)奇異な部分 というかクロマティクな意外性の部分...にも近づくかも...。ちょっと不気味な。」

 

K「バッハも特異な作曲家ですよね。 バッハがどうやってあのバッハになったかというもの面白い課題ですよね。」

 

R「そうなんですよねぇ〜。パルティータ系とかではその面は出にくいですが、平均律とか、調律問題を兼ねた?音楽系でよくふっと出てくる、短調の、半音階志向ものに出現する...東洋無的な瞑想性があるのですが、だれか女性ピアニスト(シャオメイでしたか)が、じっさい東洋人の血が入ってるといったとか...。それはじっさい調べたのか、ピアニストとしての率直な感想などといった文脈かは、ききかじりなのでわかりませんが...私もまえまえから思っていたのですが、東洋的なものは、もしくは東西越境的なものは、やっぱりあると思います...」

 

K「音楽による百科全書的なものを目指したことは間違いないとおもいます。」

 

R「そうですよね。ありがとうございました♪」

 

| Rei八ヶ岳高原2 | 18:53 | comments(0) | trackbacks(0) | twitter-reiのHOME | - | - |
ヴォルケンシュタインのこと、その後継-周辺としての ロマーヌス、ランタン そしてデュファイ、ジョスカン、またパレストリーナへの発展性

NAXOS music library にて la Reverdie 楽団による 下記の録音で知った14C末-15C初頭(ケルト旋法が、この録音のように吹奏楽や、あるいはゴシックハープにより演奏された時代)の音楽。

そしてオスワルト フォン ヴォルケンシュタインのこと。

 

面白い録音に出会う。

 

『女の島 - ケルトの女性たちが中世に響かせたこだま』

http://ml.naxos.jp/album/A311

 

この半年〜一年のずっと、ケルトの旋法とその発展の究極形としてのパレストリーナ時代の到来、という風な軸で西洋音楽の基礎を把握したいと思っていた。

そしてその継承発展期の発端として、15C初期〜前半を捉え、今はまだ(デュファイやバンショワと比し)それほど知られていない H de ランタンや、学生時代に唱った A ロマーヌスの作品(written in praise of Tommaso Mocenigo, who was elected doge of Venice in 1414——ほぼリディア旋法。所々機能和声的)などに、もっと光が当たり、彼らを含んでパレストリーナ時代へと収斂・結集して行かれないかと思っていた。

 

が、 もしかするとかなり優れた、そのための契機——ビザンツ風な残響の多いオケゲム門下と すでにそれを排しつつあり、のちのパレストリーナを予告する地中海的な明るさを帯びていたランタン、ロマーヌス、クロストフォロデモンテらの流れとの 両方を生み出しうる、音楽史の契機、もしくは分岐のつなぎ目——として、予告的に重要な役割を果たすのかもしれないミンネジンガーの名残めいた人物、オスワルト フォン ヴォルケンシュタイン に遭遇。(海外では既に話題になっている?)

 

 

Wolkenstein (* 1377?-1445)

 

https://en.wikipedia.org/wiki/Oswald_von_Wolkenstein

 

ミンネジンガーの名残のような生き方

early 15thへの架け橋...!

 

できるだけ、当時のヴェネチアを彷彿とさせる吹奏楽版である、上記リンクNAXOSで聞かれたいが、無理であれば下のyoutubeで聞かれたい。

 

Ave mutter kuniginne (Ave, mater, o Maria)

https://www.youtube.com/watch?v=Pn2cfRXH15c

 

この音楽の質。語法...。 驚愕。

やっぱりもうこれは Antonius Romanus (fl. 1400 – 1432)  Hugo de Lantins (fl. 1420–1430)  Cristoforo de Monte (fl. 1383-1437) らと、《ほぼ》完全に同じ語法になりつつある...。

おまけにこの人物の、じつに興味深い 放浪の生涯!!!

チロル国境〜黒海周辺——トルコ、ペルシャの方まで彷徨。またフランス イタリアへ。

 

※この la Reverdie による録音では、ケルト説話が吟遊詩人たちによって歌い継がれた世紀の名残の濃厚な時代なため、トリスタン物語にかんするハープを伴う歌なども収録されている。

 

その中でのヴォルケンシュタイン Oswald von Wolkenstein の存在、である。。

 

 

他方彼にはこのような、どちらかというと暗い側面もある。もちろん旋法の選び方によって明-暗 変化する面も大きいが、これを利用し旋律が受肉した世界の諸々のニュアンスがおもしろいのである(Es Fügt Sich)

 

 

https://www.youtube.com/watch?v=_o0AUCwHzt8

 

これはケルトハープ(ゴシックハープ)と独唱なだけの作品であるが、(謂わば短調であり、しかもより重要なことには)、これの延長線上にあるのは、四度五度を基軸としつつ伸縮しゆらぐ平行和声である。それはビザンツ的である。基本的にデュファイ、バンショワの流れである(彼らにももちろん幅があるが。それは最後尾、付記にも後述。)

 

両者(両面を知り語るもの)。イスラムと15C前期ヨーロッパ(辺境線。このころはまだエオリア旋法・イオニア旋法はないが)の「つなぎ」目、というと、オケゲム(門下)につながるのだろうか... オケゲムはもう近代(機能和声上調性)でいう長調支配の多い気がするが... 

 

 

ヴォルケンシュタインののちの時代に目を移して言うと、

 

(チコーニアから)ランタン、ロマーヌスら15Cヨーロッパ-地中海派は、こちらの道——オケゲム——への暗示性が高いといえるのか。だが、低音部の処理についての明るさ、呪詛性のなさ、バタくさくなさ などは、ある意味オケゲム(門下)を予め通り越している面がある気がするのである...。(含!:旋法上の問題以外の声部と旋律処理)

(だから、前もってパレストリーナを想起させもするのである...)

 

 

デュファイはランタンを知っていた。(Wikiより)

であればパレストリーナが遡行しランタンら当時のヴェネチア音楽を知った可能性も高まるのか。

 

ロマーヌス、クリストフォロデモンテまでをばたとえ知っていなくとも、彼(ランタン)は、きっと知っていたろう!

ロマーヌス、デモンテ、いずれにせよたいへんな夭折であるが...。ランタンに関しては、その活躍期間の短さにも拘らず父親?の仕事も引き継いでいる分、音楽史上に残る痕跡は幾分拡張するのかもしれない。ウィキによればアイソリズムをより導入したのは父親?より革新的であるらしい。

 

注)ロマーヌスはついここ数年で英語版Wikiに登場した(それまではなかった)記憶がある。クリストフォロデモンテは、今でもWikiが見つからない...

la Rreverdie 楽団の着眼の画期性が見込まれるだろう。

ちなみに、 la Rreverdie による他の録音 (※下記参照) において、チコーニア後継・周辺としてであろうか ランタン、ロマーヌス、クリストフォロデモンテの音楽が、終止名でおなじみのランディーニや、パドヴァの音楽とともに収録されており、これも画期的であると思われる。

ここにはロマーヌスの Ducalis sedes Stirps Mocenigo が収録されており自分にとっては再会が感動的であった...。

また最後の曲のクロストフォロデモンテの音楽では吹奏楽器のみならず鐘も使用されており、儀式や祝祭の場でのパーカッションの役割を遡行するにも興味をそそられる。

参考資料)http://ml.naxos.jp/album/A387

 

 

Hugo de Lantins (fl. 1420–1430)

https://en.wikipedia.org/wiki/Hugo_de_Lantins

https://ja.wikipedia.org/wiki/ユゴー・ド・ランタン

 

Antonius Romanus (fl. 1400 – 1432)

https://en.wikipedia.org/wiki/Antonius_Romanus

quotation----------

彼の音楽は1412年に死亡したJohannes Ciconia(ヨハネス・シコニア ※チコーニアのこと)の影響を強く受けているよう…。 また、Antoniusの後期活動の大部分でイタリアにいた若いGuillaume Dufayにも影響を与えているようです。 ————from Wiki "Antonius Romanus"

 

※たしかに、https://www.youtube.com/watch?v=8d4kpl_X79U&index=17&list=PLEEA380053369A0E0 などをきくと、シコニアのこの曲とロマーヌスのモチェニゴ(1414)とはかなりの類似点があり、創作の決定的動機になっていると思わざるを得ない♪

-------------------

 

ここで、Palestrinaのある曲——Missa Benedicta es à6 を思い出そうと思う。

 

https://www.youtube.com/watch?v=l-UZKRSA-C0

Missa Benedicta es à6 Palestrina

 

 

この曲↑をtwitterで紹介していた方が追記されるには、パレストリーナがジョスカン(Josquin Des Prez; Josquin des Prés, Josquin des Pres, Josquin Desprez 1450/1455? - 1521)の或る音楽( motet Benedicta es caelorum Regina)に触れた後の曲、とあり

保守的とされるパレストリーナが、他方自分以前の音楽を収集研究し(彼の当時の地位からすれば当然のことであろう)、自身の音楽の幅を広げようともしていたことがうかがえる。

 

ところで、ジョスカンはオケゲム門下。

デュファイはランタンを知っていた、のであるならば、パレストリーナが遡行し、自身の音楽の自然な発展形として結びつけやすい音楽に出会ったろう音楽は、ジョスカンやデュファイのみならず、ひょっとすると(ジョスカンやデュファイを介し)若干先んずるランタンやロマーヌス(つまりチコーニア後継・周辺としてのもうすこし別な流れ、よりヨーロッパ-地中海的な流れ)への探究にも及び、以て自己自身の糧・より手堅い礎としたのではないだろうか、という推測が生じてくる。

ペルシャ的、というよりはもうすこし、呪詛的要素の排された、もしくは後々バグパイプのような楽器に代替されうるのであろう通奏低音を含めた低音語法の、極めて少ない、正統的キリスト教的音楽に近しい流れ。ケルト色(旋法)をうまく踏襲しつつもヴェネチア的な明るさの側面を利用し音楽的透明度を高め、以てポリフォニーとして完成する流れ。である...。

 

とするならば、ヴォルケンシュタインのような音楽家は、民間伝承曲と作曲家の創作音楽の仲介役も果たしつつ、地理的にもヨーロッパのチロル地方を中心に辺境地帯という辺境地帯をくまなく移動したことから、グレゴリオ聖歌を中世的に踏襲し(ケルト旋法を生かす術を駆使し)つつ、のちのキリスト教的音楽を純化発展させる伝手をほうぼうに示唆し、優れたつなぎ役を果たしていたのではないだろうか。

尤も、彼の用いる音階を、太鼓などを用いた彼の作品などを通して聞くと、直後へのヨーロッパへの影響のみならず、近代(マーラーなど)への影響までも、考えたくなるのだが!この声楽部分が、交響曲であったとすると、など。また無論、声楽分野においてもである...。

 

 

今日はここまで。

 

15C前半の宗教音楽、ことに当時のヴェネチアの音楽に関しては、また別の機会に、何度か触れたいと思っている。

 

*--*--*--*--*--*--*--*--*

付記 5/31

メモ書き

 

http://ml.naxos.jp/album/A317

『イタリアへの道(ラ・レヴェルディ)』

 

 

アントニウス・デ・チヴィターテ・アウストリエ (Antonius de Civitate Austrie)

 

この人物の当作品は、ロマーヌス、ランタン路線にきわめて近いもの。(トレチェント音楽末期を引き継ぐ?初期クアトロトーセント 15C初頭から前半とみるべきであろうな...。)

ああ、あったあった。Wikiが。

 

Antonio da Cividale (also Antonius de Civitate Austrie) ( fl. 1392-1421) 

https://en.wikipedia.org/wiki/Antonio_da_Cividale

 

やはり15Cの頭である。

Quattrocento encompasses the artistic styles of the late Middle Ages (most notably International Gothic) and the early Renaissance.

 

 

パレストリーナを頂点とする場合の、あるべきキリスト教音楽について目指していく明るさに、はやくもつながる。

 

またベルトラメ・フェラギュ(Beltrame Feragut)もそうであると聞こえる。「はしり」なのか? Wikiは?

 

https://en.wikipedia.org/wiki/Beltrame_Feragut

Beltrame Feragut or Bertrand d'Avignon (Avignon  fl.  1385-1450) 

 

おお!ただ、French Avignon である...。こういうところが西欧の面白さ。(のちに、Victoriaがスペインに生まれながら、まるで古いシャンソンのつくり手でもあるような音楽の側面を有つように)

 

 

他方、デュファイを見ると

彼の、「喜べビザンツ帝国の妃」は、デュファイのわりに、また題名のわりには、ビザンツ色は少なく、ややロマーヌス、ランタン、クリストフォロ...(トレチェント音楽末期を引き継ぎつつアイソリズム,or緩いアイソリズムを導入した初期クアトロトーセント)路線。 (※デュファイの音楽の幅)

 

そして、「天はほめたたえ喜び踊れ」はこれからのポリフォニーの夜明け的な感じである。

デュファイにしては、4度平行和声などビザンツ的ながらもキリスト教らしさをすでに探り始める?

 

「おおイスパニアの後裔、おおイスパニアの星」の場合には吹奏楽が入り、イスラミックな短調色彩には寄りつつも、かなりランタンやロマーヌス(モチェニゴ/Ducalis sedes Stirps Mocenigo)的。

 

 

※いったい、当時何がキリスト教的であろうかと、かれらは異民族の跋扈する地理と歴史の渦中で問い、判断していたのか。

これへの解答の起点が15C前半(主にヴェネチア)に、特に集約的にある気がする(パレストリーナへの道)。

オケゲム(門下)を必ずや?媒介・通過するにしても!

 

だから 私はロマーヌス、ランタン路線(初期クアトロトーセントの、ごく短い時代)にこだわるのだろうな。

 

===============

他の参照 リンク

https://r5.quicca.com/~steiner/novalisnova/music/facemusic/fm130514.html

http://www.alisonvardy.com/harp-history.html

http://marienishiyama.com/使用楽器/ゴシック・ハープ/

| Rei八ヶ岳高原2 | 21:26 | comments(0) | trackbacks(0) | twitter-reiのHOME | - | - |
シューマン ファウストからの情景 (とこれへの着手以降の作曲)からつらつら思うこと

この格調。品位。薫陶。ゲーテへの最大の敬意。

 

https://www.youtube.com/watch?v=BsRtT1-RkCM

 

Schumanns "Faust"-Szenen

(Berlin 1989, Lorenz, Vogel, Fandrey, Worm)

 

あきらかに マーラーに影響を与えている。

(ベルリオーズ、殊にヴァーグナーのことがあるが、それは今とりあえず置いておいて。※この問題は、すでにペリ op50 にも当てはまるところが多いが)

 

そして古きイギリスと、それを継承した新しきイギリス人脈(エルガー以降ブリテンなどまで)をつなぐ手法と同じものが霊性、天上性などに効果的に使われている。

 

マーラーはそれと同じものを感じていたろう。グールドがマーラー(とRシュトラウス)について指摘しているように。(但しシューマンに言及しないまま)

 

この渾身の手法の確立は、シューマンの熟考のすえ、(イギリス的なものと)一致発展したのか、研究も したのか。

 

私は両方だと思う。

 

その営為が、ブラームスのイギリス探求に繋がり(ハイドンやベートーヴェンの探求もあるが、自身の音楽性に消化/昇華したのはここ、シューマンからではないか)、

さらに新しきイギリスの音楽(人脈)形成につながっているとみる。

 

ブラームスから出発される論が多いが、そのまえに、上記の意味でもシューマンの功績は大きいのでないか。

この形式の踏襲と発展・合致はだから、マーラーにも言える(バルビローリも考えたように)

 

マーラーにはスクリャービン手法の交響楽化、とこの両面がある。

 

もっともスクリャービン調の確立(拡張)——直接?にはヴァーグナーからとしても、わざわざ彼を起点にせずとも、源流はすでにあったはずである——も、ショパンのそれのみならずシューマン的要素がないと、至らないと思うが。

 

| Rei八ヶ岳高原2 | 09:55 | comments(0) | trackbacks(0) | twitter-reiのHOME | - | - |
クラシック音楽と音楽史について 雑感

FB(2017 5/24)より転記

 

クラシック音楽にとって悩ましいのは、だいたいいつも、こういうことだ。

 

ヴィトゲンシュタインをして

「私が、決して近づかない問題。私の世界や、私の道程にはない問題がある。西洋の思想界の問題だ。ベートーヴェンが(そしてもしかしたら部分的にはゲーテが)近づいて格闘した問題だが、これまでどの哲学者も取り組んだことのない問題である」(botより)

 

[といわせつつまた]

 

「ベートーヴェンは音楽によって語られるものの領域を拡大した。」(Rei意訳)

 

といわしめる所のもの。

 

[そしてその後の継承的展開において]

(これまたヴィトゲンシュタインをして)

 

「しばしば考える事なのだが、私の抱いている文化の理想は、新しいものつまり時代にあったものなのか、それともシューマンの時代のものなのか? 少なくとも私にはシューマンの時代の理想の継続であるように思える。 とは言え、当時の理想が実際に継続されたものではない。ー とすれば、十九世紀後半は除外される。それはただ本能的にああなったのであって、よく考えた結果ではないのだから」

 

と言わしめるもの。

 

[そしてこの哲学者にとってはほとんど意味のないマーラーによると] ]

 

「ブラームスを侮辱したってしかたがないけれど、あえて言うなら彼が行き詰まるのは決まって展開においてなんだ。主題はそれなりに美しいのに、それをどう扱ったらいいかが分からなかったのさ。もっともそれが出来たのはベートーベンとワーグナーくらいかもしれないけれど。」

 

と言わしめるものの、存在。

 

 

思うに、ベートーヴェンが否応なくその後の音楽史に課した問題の存在と、(ある種の)時代的達成、及びその「質」自身の問題——シューマンの時代の理想の継続、の問題は、シューマンの作品自身の取り組み仕様・課題にも「すでに」かかっていた——換言すると 理想の継続性そのものの問題(抽象性---具象性の影の取り去り方、とその逆 の問題を含め) それと、 調性(拡張-崩壊の必然とその展開)、とその帯びる「意味」の問題 そして 音楽「作品の展開」能力の問題 みなそれぞれ違うこと。

 

(もちろんまったく接点・基底がないわけでは『さらさら!』ないが)

 

その後、この三者が統合(※但、ベートーヴェンの時代におけるこれの統合、とは形式も質も異なることにはなるのだが、それにしても、統合)されていないこと。

 

勿論、統合されるべきからには 最初の問題においては、二つ目と三つ目は同時に達成されるべきだったのだが... でも、私はあえてこのような書き方(価値の取り方)を、とりあえずはしたい もちろんこの際、そもそも第一の問題---継続 自身が、可能なのかどうか、はまた別にして。

 

| Rei八ヶ岳高原2 | 22:45 | comments(0) | trackbacks(0) | twitter-reiのHOME | - | - |
シューマン Op68 子供のためのアルバム Album for the Young-2

ペリのこと 小品のこと

以上、このツィクルスOp68という透明な床のあちこちに落とされたピアノコンチェルトOp54の残照についてのべたが、もうひとつ、主だって聞こえる気がするのは、楽園とペリ(Paradies und die Peri Op50)の名残である。Periの初演の指揮はメンデルスゾーンによってなされた。

http://ml.naxos.jp/album/GC08171 Paradies und die Peri Op50 (オイローパ・コール・アカデミー/南西ドイツ放送響/カンブルラン)

 


たとえば Op68-No21 Non Title にも、Peri の Leitmotiv やその展開仕様が見え隠れするように聞こえる。

Peri の Leitmotiv 自身、Beethoven の Sym4-motiv をどうしても想起させるものの、さらに飛浮感をただよわすRSchらしいたおやかな上下向をそなえた、このオラトリオにしごく似つかわしい線に思われるが、そのskylineの残像とその断続的な反行線(別な言い方をすると Part III: Verstossen! Verschlossen:追放、またしても門前払いだ のねじれとも言えようか)が、No21にも感じられるのである。

もちろん、このNo21 Non Title の終わりは、Peri-Part I Die Peri sah das Mai der Wunde、Part III: Hinab zu jenem Sonnentempel!,Part III: Dem Sang von Ferne lauschend, schwingtなどに現れる(このことはクライスレリアーナ論の最後にも記した)メンデルスゾーンのことをも彷彿させる作品だと思う。

(そういえば No28 Erinnerung :メンデルスゾーンの想い出 自身も Peri の Motive やその変容 Part III: Verstossen! Verschlossen に通じるといえる)

 

なおこの No21 は同時に、無類に美しい室内楽小品、Op70,73,94 などにも通じていよう。また Op56-2 も彷彿する。

 

また先に Op54 との密接な繋がりについて述べた No26 Non Title も、やはり Peri の Part III: Verstossen! Verschlossen、に通じる。

 

No24(刈入れの歌:Ernteliedchen ―― No20 田舎の歌 と No10 楽しき農夫 にもつながる曲だが)は Peri 最終部(Coda) Part III: Freud', ew'ge Freude, mein Werk ist getan に通じる。これは No33 Weinlesezeit,…:葡萄の季節… にもそのまま当て嵌まると言えよう。

 

No38 Winterszeit1 :冬1 には、愕いたことに同上 Peri のコーダと全く同じ形が登場する。

このことは、Peri の LeitMotiv そのものが Op68-No16 Erster Verlust(最初の悲しみ)と或る「同様の断片」から生じ――ちなみに同曲17小節以降の対位法的展開は、殆ど Peri の開始まもない展開仕様そのものである――、No38 Winterszeit-1:冬1 や、Peri の Verstossen! Verschlossen(またしても門前払いだ)、もしくは Peri's Coda へと 変容-展開していく音の軌道を垣間見せていると思われる…。

 

Peri's Coda は No17 Kleiner Morgenwanderer の、対位法の重厚さと足取りの軽い陽気さを兼ね備えた曲想にも通じており、これはのちにライン(Op. 97 Rheinische)にも通じていくように感じられるが、この曲を短調化し、付点の位置を調整すると、Peri-Op50 と同時にピアノコンチェルト Op54 も再現してくるのが、なんとも思慕をそそられる。

 

また Periと、No35 Mignon:ミニョン に関して、細かい話にはなるが、Op38-Sym1-Springともつなげてひとつ言っておこう…。

 

私にとってNo35 Mignon はこのアルバム曲集の中でとりわけ好きな作品のひとつだが、わけても印象的なのは、展開部(13-14小節)Voice1 ソーレ↑ーードシ♭ラ の哀しみである。イメージのもととなっているであろう平均律第一巻第一番の暗示的旋律線が天上からの促しに対する応答のようにひたすら上昇線を描くのとは反対であり、哀しい ‘妖精’ の描線である…。

この曲について、今あらためて遠い記憶を辿るように思い起こせば、RSch Op38 Sym1 春 nr2 の最終盤に、ソーレ↑ー という、なにか曖昧なさがしものをしているような管楽器によるみじかい問いかけ声(nr2はこうしてまるで放置されたように終わりをつげ、そして――表層的には――そのあとすぐこれの4度下から nr3 を起動させるようにもなっていく)がきこえたのだったが、それと同じ音型が、ミニョンに ソーレ↑ーー(ドシ♭ラ) という形で登場するのに気づいた(ここにはクレッシェンド・ディミニュエンドと sf の指定がある。

同じく印象的なソーレーの準拠は No37 水夫の歌, No36 イタリア水夫の歌などにもみられる)。

そんな断片は、どんな作曲家のどの曲にも転がっている、と一笑に付されそうだがそうだろうか。

私にとってシューマンのここのソ-レの、待ちもうけたような問いかけ、の印象はかなり強烈である…。そして問いかけた後のレドシ♭ラは同時に Peri の leitmotiv自身=ラソファミ…のSkyline にも通じているのである。この、Mignon(ミニョン)の展開部ソーレーードシ(ラ)を、Peri にも見出すならば、ソーレードーシー(ドラーソーファファー)が III Jetzt sank des Abends gold'ner Schein にあり、ソーレードーシー(レ)は III Dem Sang von Ferne lauschend, schwingt にもある(こうした線は移調すると Bach's Art of Fuge 未完最終曲と同じ。Peri については一部音楽の捧げ物との連関が言われることもありこじつけた…)。

どれもおぼつかなげの、かなり似たような雰囲気――問いかけ;待ちもうけたまま〜 ――を醸している。音楽の表情というのはおもしろいものである…。

 

ソ-レ↑の形に準じるものとしては、No36 Italian Sailor's song :イタリア水夫の歌(ここでは上向が半音下で反行ソ-ド♯。一度目はゆっくりと-反抗的で-鋭く突き上げるように、二度目は余韻(自問?)のように、これが繰り返される。ここで半音下をとったことの代償=解決はもちろん、次小節の急き立てられるようなスタカートですぐに果たされる。ド♯-レ…)に登場する。

ただ曲想の素描という面から言えば、2003年度にも書いたかも知れないが No9 Volksliedehen:小さな民謡 の素描が出来るときには No36 Italian Sailor's song:イタリア水夫 も出来るものなのであろう。シューマンの頭の中はこのみじかい一ヶ月足らずの間、さぞ忙しかったろうと推察される。

 

ところでこの「問いかけ型」につなげて言うと、ピアノコンチェルトOp54 の nr2 終盤には、これと逆向きの、極めて印象的な、やはりおぼつかなげの呼び声のたぐい、ファー シ♭↓ が、これまた管楽器による場所に、ある(この契機もまた、十全に閉じられず、nr3 を呼び込むような形に聞こえる)。

nr2( http://ml.naxos.jp/work/138766 RSch-op54 01:07〜01:11ところである )。

この ファー シ♭も、やはり Op68 ツィクルスのあちこち、宙吊り状態をあらわず諸作品に見いだされる。ただし具体的な旋律線としてではなく、声部を越えてむしろ背景に響きつづける仕方――たえずにじむような形――で。(No34 主題や、3つの Non title 26,30,34 ――など、どれもこれといったシニフィエへと着地せず宙に浮いている演習的な作品たち。)

また、準拠する形のものというとたとえば No37 水夫の歌。ここではソ-レ(上向)型と準ファ-シ♭(下向)型がvoiceを越え交代-共有される形によりモノフォニーで同時に描かれている。シューマンの問いかけ元素ともいえる ソ-レ や ファ-シ♭ ――それが時にはフロレスタン的跳梁となり、母性への訴えにもなるかとおもえば暗部から突き上げるような楔を打つスタッカーシモの鋭利さにもなる――及びこれらを契機にするか、2者を同時に組み合わせた多様な展開のインスピレーションは、シューマンという人間像の少なくとも一部へと、通じると思う。

※ついでにいうと、Op54-nr3 ヘミオラのところから数小節に現れるものの基いは、Op68 No34 Thema:主題 のデッサンへも同様に通じる。

 

※Op68-No35 Mignon:ミニョン は、全体的にいえば、Peri Op50 の Part II: Die Peri weint, von ihrer Trane scheintと次のIm Waldesgrun am stillen See、また Part III: Und wie sie niederwarts sich schwingt にただよう背景にシューマンが通した要素の展開に似ている。
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etcetc..

 

このようなことからすると、この曲集(Op68)が、メンデルスゾーンの死を経たのち書かれてもまだかろうじて常軌を逸していない?のは、表題通りまさしく子供のために書かれているのと、(そのことと不可分ともいえようが、あるいはまたメンデルスゾーンへの ‘想い出’ とも重なるのであろうが)幸福な体験や成功体験――(Op38)/Op54/Op50 ――をもたらしたものらと同じ基を、おのずからバックボーンとしているせいもあるのかもしれない…。

 


ところで、Op68 までは、裂割を免れかろうじて保たれていた常軌と造形感は、この後狂気をおびたものに転換される。この1年後のツィクルス、森の情景Op82である。op68 と op82 との間にある差異、おおきな転換点とは、おもに 根音の強調から根音の消去――構造の解体と、「世界」における超過点(健常-狂気の主従関係)の意味の交代であろう。

 

森の情景 Op82 は、第1曲からしてその狂気がはじまる…。小さい頃はじめて同曲集の冒頭に触れた時、この音楽を聞き続けていると自分は発狂する、と思っていたたまれず逃げ出したものだった。けして予言の鳥や
気味の悪い場所をはじめに耳にしたのではなく、この最初の曲(入口!)で、すでにそう感じさせられたのだ…。

森の入口――弱起の曲でないにもかかわらず、あそこにははじめから消失した時間がある(それは聞き手をはじまりの “ その前 ” へと呼び戻す)。その、前以て消去された瞬間とともに、おそらくはそれと同じ故郷から来るであろういぶかしさの聴取をおぼえる。たえずまといつく根音の無さ――底の飛沫化=黙示化。

 

Op68 まで、シューマンは特有の対位法の構築とともに、これと不可分な要素としての根音をロマン派のわりに基底とし、むしろドリブル効果(吃音や反省癖――背後の世界への病的振り返り/解釈症的意味付与=状況理解・強迫神経症的自己把持)などにより強調さえしていた。

ところが Op82 に至って、彼は――ある種皮肉な言い方になるかも知れないが――かれ自身にとって最後の救いの主であったその根音をも、ついに消しにかかるのである…。

 

根音の消却とは、そこはかとない だが あからさまな 深淵への開けとそれへの誘いである。それはけしてたしかめてはいけないと囁きつつたしかめるように誘う。ここに、沈黙が自然となりすました矛盾がある。それゆえに、この冒頭曲は、調性感のたしかさにもかかわらず、空恐ろしく魔的な響きとなる。

 

7曲目の「予言の鳥」の不気味さには、むしろまだしも救いがある。あそこには、形式によって――形式が身代わりとなって?――すでに保持された沈黙の象徴化がある。それは、物語が寓話と化すことによって帯びる確かさにも似ている。また、5曲目の「気味の悪い場所」では、調性の可変性という形で代行される病的形象の儀式的効果によって、当の生まな狂気そのものへの接触から、聞き手はかろうじて救い出される。

 

しかし、このOp82を転換点として、そこはかとない狂気は、あきらかに脱皮をとげ、露呈されはじめた…。

Op82 は、背景的には、Op68 の依拠がバッハの王道であるところの平均律――と私自身はどうしても思ってしまう、バッハ鍵盤音楽の本筋は平均律(基本的に条理世界-自由自律な摂理を主題)とフーガの技法(不条理世界-実存を主題)にあるだろうと――にあったのに比し、むしろパルティータや序曲系がメインとなっている性為もあろう。それが、シューマンの「幻想」との付き合い方に拍車をかけているところがあると思われる。つまり、正像でない世界との関係の結び方に影響を与えている、と…。

 

このとき、こういう事を考えざるをえない。バッハやベートーヴェンの対位法の常軌、その醸出する意味性における悟達の健常さ(彼らは根音を強調する、芸術の形式としても、また後者に於いてはとくに、政治的・状況論的意味に於いても)と、シューマンのそれとの関係。見方を変えると、現実世界と、悟性との関係とはなにか。疵を負った精神が、取り戻しがたいとともに更新されがたい過去や(じつは他者以上によく・つよく・深く『知って』もいるが、それだけになお)正視できにくい現実の歪像(幻想/幻景)を、切実に追うさまが、芸術表現として呈されたときの、世界「という」形のとりかた、“世界の狭歪”である…。

 

Op68の意味、またシューマンと、バッハの音楽の関係…。また、ベートーヴェンとの関係…。

ただひとつ、これを考えるとき、(クライスレリアーナ論でも述べたが)シューマンの音楽とは何かを、あらためて思わざるをえないわけだが、その際シューマンの音楽のもつ、ニュアンスの名付けがたさの帯びる<誠実さ>について、ひとこと触れておきたい。

 

たんに(ドゥルーズ風に言う)“逃走”線――この、状況に対し責任主体を定立することから不断に己を遠ざけるとも解れる、ともすると不誠実な言葉には、私自身はしばしば首肯しかねる――というよりはむしろ潜勢性のゆたかさと深み、いいかえれば<表層的な!>「何ものかであることの拒絶(P.ヴァレリ)」、より深層に潜む真理へと向かう、そしてより普遍的な主体へ<*到達しよう>とする遡行性・坑穿性・憧憬性の能弁さ、それらの奥行き、深刻さと厚み、シニフィアンスとしての純粋度(=名状しがたさ)etc...を考える時、もとより持っていた素質であろう対位法的進行と、自覚的に取り組んだバッハ的半音階進行の音楽性の模倣は、功を奏しているとは、言っていいだろう。(それが同時に彼の狂気を彼自身の人生にいっそう近づけたとも言えるかどうかは別にして…。)

 

*到達せんとして到達『できない』 / 〜し損ねる、というニュアンスの表明と、〜から逃走する / “ 逃走 ” 線を描く――根をはることを避ける、というニュアンスとを、私はやはり区別したい。(また、そうでなければ、他方の彼の執烈な楔の打ち込みの意味を理解することができない…)

その 未到 / 到達すること-が-できない、 のニュアンスの強調のなかには、たとえ、ある種の(確立されるべき)主体としての未熟さがあろうとも、それと、状況における責任主体からの逃避という不誠実さ――状況、その舞台は、ベートーヴェンが全生涯をかけて証したように、そして彼以降の音楽がおのずとそれを問われてしまうように、政治・社会問題であろうと、表現行為であろうと変わりはない…(少なくともシューマン自身はそう感じとっていた)――とを混同するのは、やり切れない。

だからこそ私は、表現力に於いて、強度だけでなく、やはり質――表現行為の際自己承認する(我)の純度、「私=主体」とは言い切れぬ不透明さのただ中で責任を取らされる準-自我の純粋さ――の問題をあげたいのである。この事象への問いなしに、私は同時にシューマンの、バッハやベートーヴェンへの、そしてこの意味に於けるある種の同胞シューベルトへの、敬愛を語ることはできないように思う。

 

ただ、シューマンのその B-A-C-H の学びなどに代表される半音階進行が、バッハと同じ境地や精神性を彼にもたらしたかというと、実際、そうではない。バッハ自身における半音階進行、たとえばB-H間の着脱運動によりじつに効果的に達せられている、**東洋的無の醸成とか、悟境におけるふとした転位(shift)etcetc..という面についていえば、シューマンの場合、そのようなものにはなるわけではない。

 

**…これらについては、同2003年時の(もちろん、当時は少なくとも日本においてはもっぱらバッハのキリスト教的側面がすぐれた研究によって強調されていた。このような世相において、バッハの音楽に仏教的な悟境やら東洋的無やらを感じる、などという突拍子もない感想を述べることに甚だしいプレッシャーを、当時感じてしまった心境を想像して戴けるとありがたい)、自分のwebサイト日記に記してあるので、追々こちらの記事にも、別途記載していきたい。

そればかりか、およそ別のもの――「問いかけ」、「待ちもうけ」たまま(A.ジッド)、永遠に閉じられることのない迷彷的な何か、浮遊する何ものかへとなるのである…。
それはこの曲集に於いても、主題( No34 Thema )なるものと、3つの無題作品( Non-title No 21,26,30 )といった、B-A-C-H の試みにも現れはじめている。

 

芸術表現には、或る種の抽象化は必要とされるし、またそれが個性の現われともなる。なるほど、たとえばベートーヴェンの後期SQなどに典型的にみられるように。

ベートーヴェンの後期SQについていえば、あれらのモティフには、厳粛で絶妙なる抽象化(シニフィアンとしての淡さ;どのシニフィエからも遠く殆ど平等に漂う距離、とも言えるものがある。とはいえあそこにもじつは、某シニフィエの残影、といったものがもちろん、ある。そしてメンデルスゾーンもシューマンも、彼ら自身のSQに於て、その影の正体を理解していた。が、メンデルスゾーンの場合(sq-Op2)、そのシニフィエを如実に装填したまま再度ベートーヴェン晩年のSQを自分流に実践しなおしたのに比し、シューマンの場合(SQ-Op41-1)、その(暗黙に見いだした特定のシニフィエの)影の「消し去り方」をまで後期ベートーヴェンから学びとり、<ロマン派的>にではあれ、ベートーヴェンの意図と精神をできうるかぎり尊重したまま、その抽象化保持の手法を踏襲しているようにも聞こえる。つまり抽象化されてもなにがしかの根は残るのだし、それ(根の影、またその残し方/削ぎ落とし方の帯びるシニフィアン)なしにはダイナミックな運動の展開、状況との関係と超脱の変化etcetc..はもちろんありえない。

 

芸術に於ける抽象性の問題は、音楽のみならず絵画や文学にも通用するものであることは間違いない…。

たとえばノヴァーリスによれば、ゲーテは「類まれな厳密さで抽象化しながら、同時にその抽象に見合う対象を…作り出す」のだと言う。が、そこで芸術家に問われるのは、その抽象化の手法の熟達さと同時にその帯びる意味であるだろう。

特にバッハ以降、音楽が(宗教性とともに、否むしろこれと不可分な仕方で)実存性を帯びはじめ、ベートーヴェンに至っては政治性-折衝性すら濃厚に語りはじめた。ベートーヴェンの音楽とは、冒頭にも述べたが殆どの作品が、ある観点から照射すれば状況論的運動性の音楽でもあるとすら言えるだろう。そうした音楽以降にとって、表現に要求されはじめた重要なことは、すくなくとも急所に於いては具体的状況の素描を露わにし、時にはそこに斬り込むこと、ないし楔を打ち込むことだといえる。別な言い方をすれば、大事なのは、諸々の音楽的主体にとっての原点=実存性、世界に内「属」するその仕方・状況づけられ方を、表明することだろう。

そしてその際、その音楽的主体の原点を、排除するような運動性がもし、創り手によってその表現の中に――無意識にであろうと故意にであろうと――しのび込まされてしまっているとすれば、それは或る意味、敵(死)と通じてしまいかねない。

シューマンのOp82やシューベルトのナポリ6度の多用などに見出せる根の消去・根の転遷(旋転)は、やはり生を肯定する志向性から見るならば、ある意味狂気であり、空恐ろしい…。
「どうにも根を下ろしがたい」という表現のリアリティとしては、こんなに成功した音楽もないのだろうけれど。

表現に於ける遡及的歩行と運動は、急所では根の削ぎ方を余程注意しないと、どのみち敵陣地へみづから招き入れられるようなものだ――言ってみれば、蟻地獄へ落ちる。後ろ向きで…そうして死や、専制的なもの、ファシズムに再び出くわすのは必至となる…。むしろいかに己が敵陣地で闘わず、杭を打ち込むか、連れ去られるのでなく、こちらの土俵(phase)へと舞台を持って行くか、闘争=折衝していく運動のダイナミズムを展開していくことも、弁証法の冒険の、ひとつの醍醐味ではないだろうか。(もし「生」――生き抜くことを、あくまで肯定した場合)

 

いずれにせよ、根の削ぎ方 もしくは逆に 楔の打ち込み方 といったものは、表現行為に於いてしばしば能弁である…。Op82 におけるシューマンの根の消去、そのありようが、シューマン自身とその運命にとって好運なベクトルを帯びているとは思われない…。(そしてもちろんそのことと、好き嫌いは全く別の問題である…。)

 

長い間脱線したが、ともかくもそんな風に Op68 の実践ではまだ無邪気さをも残していた「バッハ的」試みにつきまとう “ こころもとなさ ” は、次第により幻想的で、無気味で?、時に寓話的で、魔性を帯びた何ものかへと、シューマン自身の中で変質していく。そうしてそれ以降は、そうした浮遊性が、かつては “ こころもとなさ ” であったところのものが、ある種異妙な “ うつろさ ” を帯び始める…(そうして次第に地上的存在であることを拒否してゆく…。)

 

http://ml.naxos.jp/work/273753 (7 Clavierstucke in Fughettenform, Op. 126)
うつろさ――
こころもとなさ から 異妙さと無気味さ、そして 晩年のうつろさ への変質。こころもとなさ(Op68 3つの Non titles , Thema) が 根音の消去または薄弱さにまで至り、ときに調性逸脱をもいちぢるしく予期させ(Op82)、狂気を帯び(同Op82-4,7)、 やがてうつろさへ( Op118,126 etc..)、というわけである…。

 

ローベルト・シューマンの場合、たしかにそうしたバッハ的なものの実践は、たとえばベートーヴェンによって晩年に果たされたような無類の音楽的抽象性を粗描することに、徹頭徹尾成功するのでもなく――とはいえ繰り返すが、SQなどにみられるように、当時の若きメンデルスゾーンとの比較でいえば、ベートーヴェン後期からの学びに於いても、その抽象性、特定のシニフィエをまとわぬシニフィアンそのものとしての純度/何ものにもなり切れなさ が、より保持されているとは、理解している――また調性逸脱をひとしきりほのめかしながらも、その***完全な逸脱には、ついぞ至ることもない。
***…(但し、この後に書かれたもうひとつのツィクルス「森の情景」での、ことに「気味の悪い場所」「予言の鳥」の試みは、別格と見るべきだろうが。)
かといって、ロマン派のさなかにおけるバッハの再来として――言ってみれば殆ど健全な?――悟境へとひとを誘う、こともない…。

むしろ何かますます詩性=魔性を帯びたものへとかれ自身を至らせ、次第にしばしば狂気をすら包み隠さぬ何ものかになっていく。

 

シューマンの場合、B-H 着脱運動の、一種の霊的成果ののちに「超越されたもの」が、いったい何と何との境界であったろう?
それは、いかにもバッハ的な悟達の洋の東西の超越でもなく、かといって後期ベートーヴェン的な彼岸と此岸の超越でもなく…ではいったい何と何との境界なのかについて。

op68まではバッハ的技法の古典美によってぎゅっと凍結され最後までかろうじて閉じ込められていた何かが、op82では、ついに“殻を破り”生身が脱皮してしまった。そうして(影/退隠であるべき)それ自身が音楽的主体になってしまった。いわばop68からop82への転換には、重要なものの裂開がある。アラベスク-最後の古典美 から グロテスク-アラベスクへの逸脱、狂気の現出が聞こえるのである。

もちろん、シューマンの狂気ははじめから存在していたのであり、そこここに見え隠れしていたのも事実であるし、逆にどんな狂気の現露の裏にも、作曲家としての健全な、実験的=実践的自我の裏打ちがある、というのも「表現」の成り立ちとして真実ではあるが、やはりそれでも、ああとうとう露出したと思わざるを得ない転換点が、あるように思われる…。

そのことの意味は、音楽的にはたんに調性逸脱の試み、もしくはその示唆に富んだ契機、ですまされるかもしれない――これ自身十分すぎるほどの仕事であり影響力である――が、「この作曲家」本人の精神の内実としてはもっと肉の厚みをともなう重い意味がある。

 

 

-------------以下メモ-----------


http://ml.naxos.jp/work/265158 (6 Fugues on B-A-C-H, Op. 60)まだ模索段階。そのなかでの複声部によるバッハの学びからなにがしかシューマネスクなものの浮上の探究。
☆この最終曲には次作品Op61-Sym2最終楽章コーダに繋がっていくのとほぼ同型のスケッチがある。Op61-Sym2においてはこのバッハ演習(Op60)から生まれたエサンスを、あのなじみ深いベートーヴェン(遙かなる恋人)へと合体させ、それまで危機的な苦悩のうちにも焦憧してやまなかった遠い彼方を、ついに此岸へと到らしめるのである。
☆余談だがこの頃シューマンはペダルピアノのための曲集やスケッチも残している。秀逸なop56,また20代に作曲したピアノ曲の旋律や性癖をふたたび採用したかに聞こえるop58など。

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シューマンにおけるバッハ演習―― B-A-C-H の試み、または対位法

参考】

B-A-C-H? Schumann -7 pieces en forme de fughettes op 126
http://www.youtube.com/watch?v=Lp2SOp1m95I&feature=player_embedded#!
Reine Gianoli (1974)

うつろ Schumann Sonata for the young, Op.118
http://blog.livedoor.jp/bachelor_seal/archives/10336739.html

寂寥 Schumann - 5 Gedichte der Konigin Maria Stuart, Op.135
http://a-babe.plala.jp/~jun-t/Schumann_Op135.htm

http://www.youtube.com/watch?v=hzV24LfcR28&feature=player_embedded

例外的に勇壮、しかし晩鐘的? Schumann - Provencalisches Lied Op.139 Peter Anders , 2. Upload
http://www.youtube.com/watch?v=E_p_5p7FO5I&feature=player_embedded#!

あまりにも清澄、たんなる霊性が醸し出されるのでなく、“肉の厚みをともなったままの清浄さ”が、心身ともに天上へ行ってしまったことをparadoxicalに物語る…。霊性が、“ 身体をまとい続ける!? ” こと、幽体離脱しないこと――これこそは、シューマンと、その影響を受けたフォレとの決定的差異であるともいえる。

Schumann - Four Double Choruses Op. 141
http://blog.livedoor.jp/bachelor_seal/archives/10455489.html

 

ノヴァーリスに、このような言葉がある( from @Novalis_bot on twitter )霊となった人間は―同時に、身体となった霊である。もしそう言ってよければ、このような高次の死は、通常の死とはなんら関わりをもたない―それは、変容と呼ぶことができるようななにものかであるだろう。 『フライベルク自然科学研究』

 

シューマンの晩鐘抄録とは、まさしくそれである…。

 

op141 op147 op148
たしかに上記のような晩年のシューマン作品を聞いていくと、これらに多大な影響を受けたであろうフォレとの連関とともに、相互の違異について考え出してしまう。
フォレの場合、調性の浮遊感とともに霊性のみが現出し、身体性は失われる(消失すべきものとして地に残される、あるいは逆に地に忘れて来てよいものと承認される?)のであるが、シューマンのはたとえ対位法進行はおろか半音階進行中でもちがうのだ…。その音楽は肉の厚みを帯びたままでいるので、“ 身体ごと ” 天上に持って行かれる、もっと言うと、もう天上に行ってしまった心-身が、地上の追憶としての亡骸(もぬけ)にむかってうたい・語りかける…、それは殆ど、透明な熱――それはもう白熱(シューベルトのミサ曲)すら通り越している――を帯びつつ見下ろしながら語りかけている、という感じだ。

 

ミササクラ  Missa Sacra Op.147 1852 清冽なる狂気(パラドクス)
http://blog.livedoor.jp/bachelor_seal/archives/10541356.html

レクイエム Requiem Op.148 1852
http://www.youtube.com/watch?v=kpEAenSKshk&feature=related

(ミニョンのレクイエム&ミサ曲ハ短調(ミササクラ)のカップリングでコルボ指揮のCDが出ています。)

 

こうして聞いてくると、おのずとこうした言葉が口を突く…。

シューマンは生前(1852)に身の浄めを終えていた。橋の上から大河へと身を投げるより前に…

 

 

2012年にFGやtwitterに投稿したものを所々織り込んでいます。また、最後になりましたがシューマン楽曲のLink先の皆様にお礼を申し上げます

 

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シューマン Op68 子供のためのアルバム Album for the Young-1

2003年01月23日 (木)

*(注、文中、前半――引用枠内――は2003年01/23〜02/07のもの。後半は2012年09/09〜10/27のもの。前半のmarker部分だけは12/09/03に付加した。なお註釈や参考は2012記によります)

【参考】
http://ml.naxos.jp/album/ARTS47756-8
SCHUMANN, R: Album fur die Jugend (Album for the Young), Op. 68 (Ammara)

 

2003年01/23――雪の日に亡くなった父親の命日に

 

先日、リヒテルのバッハ平均律を聞くと雪を想像する、というような事を書いた覚えがある…。
ちょうど今――父親の命日――、八ヶ岳にも雪が降っているのだが、ワイセンベルクによるシューマンのユゲントアルバムop68も、私にとって、そういう感覚を覚えさせる作品である。しんしんと降り積もる雪を、ともすると曇りがちの窓越しに見つめながら、ひとつひとつの音に耳と神経を傾ける、というのにもっとも相応しい作品であろう。

勿論、あの有名な「楽しき農夫」やら、「刈入れの歌」、「葡萄の季節!」、「春の歌」、など、ゆたかな四季を感じさせる題名のものもあるし、勿論直接には子供向けに書かれた作品なために、楽しげな風景やら題材を背後にもつ情緒のものも多いのではあるが、曲集全体に流れているのは、あまりに透明度の高い、コラールを基調とする厳選されたエッセンスの結晶であって、それらが醸すものは、明るいものも暗いものも、――ことにワイセンベルクの硬質なタッチによるこのop68へのアプローチと表現にあっては――悉くシューマンの病的知性と神経を通した、むしろ凍りつくような冬のイマージュそのものである…。

ところで、先述した記載にてこの曲集をクライスレリアーナとともに取り上げなければならないと感じていたのは、今思えばシューマンに於るバッハ的なもの、もしくはバッハ〜ベートーヴェン〜シューマンと受け継がれたと思われる、何か透徹し一貫した西洋音楽の神髄について、曲がりなりにも何かしら探り当てられたらよいという意図からだった。

【注】尤も、シューマンに於けるバッハの通底と、ベートーヴェンからの影響の大きさは、――シューベルトとメンデルスゾーンをその際ともにあげなければならないが――もちろんクライスレリアーナに限ったことではないのだから、両作品をつねに同時に論じなければならない必要性もないのだが、シューマンのPiano以外のジャンルの作品――交響曲や歌曲、室内楽、他――をまだ殆ど知らなかった当時のweb日記であったことと、これまたバッハ、ベートーヴェンを想起させる程の主題の発展の有機性、という意味で自分にとって両作品がとりわけ能弁に聞こえていた、などの由として、乞謝されたい。
昨今でこそ、例えばアンドレアス・シュタイアーがバッハへのオマージュという形でシューマンのCDを(その中にはop82やop15,32,126などとともにこのop68から――その中には予想に反してとりわけ聞きたいと念じていた数作品が選曲から洩れてはいたものの――いかにもバッハを彷彿させる数曲が選び出されている)出してくれたり、アンデルジェフスキのシューマンへのアプローチが、バッハ-ベートーヴェン-シューマンへと通底するものをみごとに物語って(しかも彼のベクトルは音楽通史というよりむしろシューマンからベートーヴェン、バッハへと遡行する何ものかを探り当てたかのようである。またそのシューマンの背後にはシマノフスキなどもいたりする)いたり、はたまたシフの演奏会への真摯だけれども鋭い姿勢・プログラムの組み方などがそうした事々を暗示させてくれるなど、バッハ〜(ベートーヴェン)〜シューマンをつなぐ基底に我々が気づかされる機会がかなり多くなってきているけれども、私がこれをHPに記していた2003年当時はどうだったのだろうか…。
ただたんに日本ではシューマンの演奏会もCDも売れない、それどころかシューマンの存在自身がメジャーではなかったために、それに関する研究も日本には紹介されず、シューマンの音楽性の分析、功績などに関する論文も運ばれて来なかったということだったのだろうか…。ヨーロッパなど海外自体でも今日と比較すればバッハからのつながりといった面での研究が不十分だったという側面もあるのだろうか。

 

2003年01月24日 (金)

「ユゲントアルバム」――アルバム・フュル・ユーゲント――は、(私にとって)「子供の情景」よりさらに、コラール風な作品の風格と完成度、旋律線の交錯をはじめとするバッハ的な諸要素と格調の彷彿などに於て、純度の高い作品である。また、個々同士が、形としては各々分岐していながらきわめて有機的つながりを持ち合っているのも拙別記事クライスレリアーナなどと同様である。

はじめの数曲は、ガルッピかモツァルトか、はたまたセブラックか伝承された聖歌か、というほどごく簡素なエッセンスのみの作品であり、初心者の指のための数少ない音と、また極力少ない自然な動きでも宿りうる至純な音楽性と表現の可能性を思慮し、珠玉のエッセンスのみで出来上がっている。と同時に後の曲に受け継がれる主題となっている面もある。
以下では、まず同ツィクルス内での主題の密接性と関係性を追ってみる。
4「コラール」は、文字通り42「装飾されたコラール」へと発展するが、それ以前にも17「朝の散歩をする子供」や22「ロンド」とも兄弟関係になっていくと捉えることもできる。
また9「小さな民謡」もこのコラールを原型とした最初の短調ととらえることもできる(32「シェヘラザーテ」とも通じる)。
また同「コラール」が、やはり簡潔な冒頭の3エッセンスと見える 1「メロディ」・3「ハミング」・5「小曲」などのヴァリエーションを通して、20?「田舎の歌」、またこれを3拍子風(6/8)とすれば「刈り入れの歌」、或るいはまた別のパターン=30「無題」などへも変換されることができる。

4「コラール」を起点に、後々各ヴァリエーションへと繋がる1「メロディ」3「ハミング」5「小曲」の間にはさまれている2「兵士の行進」は、最初の短調6「あわれな孤児」へと、まず展開する。
その6「あわれな孤児」も、いささかベートーヴェン風にアレンジされつつ、後の29「見知らぬ人」に発展する。が、殊に展開部(16小節以降)にみられるようなコラール要素の行進曲風で重厚なアレンジなどは、その経由点として「朝の散歩をする子供」を介する。
――等々というように、あるエッセンスを基に、互いに有機的なつながりを保っていると捉えられる。

9「小さな民謡」は――3小節目からのフレーズが#16「最初の悲しみ」の主題となり、後々28「想い出」などへと通じる。またやはり最初の短調「あわれな孤児」の、よりコラール色のつよい変奏曲ともいえる面があるが、同時にやや哀しみをも帯びた長調作品――18「刈り入れるひとの歌」・20「田舎の歌」――などとも通じよう。より明るい側面としては左手に主旋律を移した「楽しき農夫」につながるが、同旋律は24「刈り入れの歌」となる。
このように色々なエッセンスとなる小曲であるが、ここにはすでに人生の透明な哀しみといったものが、十二分に込められている。

#16「最初の悲しみ」も、28「想い出」、38「冬1」などと変奏曲の関係にある。そして、27「カノン形式の歌」、43「おおみそか」などとほぼ対位的変奏曲の関係にある。
(#おおみそかは 22ロンドのよりコラール的な重厚さを増す形での変奏曲である)

また11「シチリアの踊り」の中には、クライスレリアーナの中でも触れた、シューマンらしい独特の短調と長調との辺境、あのゆらぎの原型が、素朴で伝統的な音楽形式の中にも持ち込まれている。
12「サンタクロースのおじいさん」には、まだまだユーモラスな雰囲気の中にもシューマンらしい翳の投影した虚無の芽を見出すことが出来るし、音楽のモノフォニーからポリフォニーへの移行を伝えている。ポリフォニックな展開部は対位的であり、早くもベートーヴェン風である。

 

2003年01月25日 (土)

13「愛らしい五月よ」になってくると、もうシューマンのあの途方もない憧れが顔を出している。それは時に「幻想曲」を思わせたり「クライスレリアーナ」の第2曲テーマを彷彿させたりする。(※尤も旋律線そのものからすれば、クライスレリアーナ-2は、短調で書かれてはいるが、むしろ27カノン形式の歌と基を一にする。(注:これかさらに40小さなフーガと連動するような形でOp54ピアノコンチェンルトにも通じていくように思われるのだが、それは後述する。)この旋律線が、もとをただせば何処の誰に由来しているかは、拙blogのクライスレリアーナ オマージュと付記を参照されたい。愛らしい五月よ、がクライスレリアーナの2を彷彿させるのは、旋律線自身の同一性よりもむしろその膨張型・蛇行型としてのロマンティシズムのより明るく無垢な再現と、余韻の転移的形勢――サブドミナントへのたよりなげな、なかば問いかけのままの着地、として――の同一性である。この小曲ではその余韻の経過(音)的着地が分散和音の形であらわされている)が、その憧れはあの時のような情熱を伴ってはいなく、むしろあまりにも澄明で透徹した、狂気や死をその凍りついた祈りの向こう、祈りの結晶となった明るみの向こうに、暗示する…そうした憧れである。
音楽的には、シューマネスクな付点や休止符、スタカート、かと思えば細心の神経を払わなければならないスラーが、頻繁に顔を出しめる。21小節目の展開部からは、クライスレリアーナめいた半音階進行と一瞬土台の安定性を喪失しかけたかのような転調が入り込む。装飾音符(短前打音)を除けば、この辺りはバッハを想起させる。
14「小さな練習曲」も、水に映ったような上下の美しい音の並びは簡易な対位法が基となりつつ、バッハ-プレリュド的なスラーの橋が左・右手の音域をまたいで渡される。左右でひとつの旋律を生じつつ上昇と下降、大きなうねりと小さなうねりを繰り返しながら進行する。あえて速く演奏すると解りやすいが、左手は所々通奏低音の役割を果たしており、この旋律のうねりは、意外にベートーヴェン的でもある…。

 

2003年01月26日 (日)

20「田舎の歌」―21「無題」―24「刈り入れの歌」―27「カノン形式の歌」―(30「無題」)―33「葡萄の季節;楽しい季節」―(34「主題」)―(35「ミニョン」―)28「想い出」―40「小さなフーガ」―43「おおみそか」
これらはすべて一つの主題から生じる。

35「ミニョン」の発生には、14「小さな練習曲」が介在する。
30「無題」には、34「主題」、及び37「水夫の歌」が潜在する。(37、これと対位的に36「イタリア水夫の歌」がある。)その「水夫の歌」には23「騎手」が前提にある。
「騎手」はリズムの原初だが、同時にメロディとしては最初の短調である9「小さな民謡」(-16「最初の悲しみ」-25「お芝居の想い出」)から来る短調のベースが、後半のこれら重暗い短調作品に、通底する。この短調ベースは38「冬1」にも通じる。それはことに16「最初の悲しみ」に近い。が同時に38「冬1」は、(13「愛らしい五月よ」〜)15「春の歌」、また28「想い出」・21,30両「無題」..等、物悲しげな長調作品にも近いのである。
41「ノルウェの歌――」も小さなフーガから生じうる。同時に4「コラール」を原基とするようなコラール風4声構造が必要となる。だがこの重厚な4声コラールは、和音以外の形で実は各作品の至る所で使用されている。変形としてたとえば34「主題」などもそうである。
(#だが「主題」は15「春の歌」と或る同一の基底からも生ずる。)

 

2003年01月27日 (月)〜28日 (火)

きのう記した相互関連を、再度別の観点から整理する……

◇律動性(rythme)の基礎と旋律の付与――付点/休止符/スタッカート(スタッカーシモ)のある譜面

2「兵士の行進」
ベートーヴェンのvn.sonate「春」第2楽章の、より簡潔な形である。が、この曲は付点や休止符を除外すれば、かなり賛美歌風の3声部構造を持っている。
この作品は長調であるが、付点や休止符を取ったその素直な状態で短調の旋律を作れば、9「小さな民謡」となる。

尚この曲のrythmeは、後の長/短調の両作品の基礎になっている。

まずほぼそのままの律動的特徴から、29「見知らぬ人」・36「イタリア水夫の歌」・37「水夫の歌」などの短調作品が生まれるのである。
長調作品としては、2〜4小節/6〜8小節の下降形がそのまま31「戦士の歌」の2〜3小節/4〜5小節となっている。また、ロハニの旋律進行をロニニと還元しイ長へ移動すれば17「朝の散歩をする子供」(→♯ハホホ)へと変奏される。

6「あわれな孤児」このrythmeはスタカートをはっきりし加速させれば、やはり29「見知らぬ人」となる。(「見知らぬ人」には8分音符で「ニ」音の前座がある。)
*「見知らぬ人」はいろいろな曲をつなぐ鍵になる発見をさせられることが多い

7「狩人の歌」
ひとつ前の「あわれな孤児」から微弱なスタカートは登場するが、明解なそれとしては、はじめてのスタカートが登場する。このスタカート部、ハヘイハヘハニハイヘト、は後に18「刈り入れる人の歌」ハヘイニハイヘホトニハ、と極めて似た形に動揺のスタカートで展開される。
そしたまた短調としては、ハヘハヘイヘイハイニハイヘ を移調し→ホイホイハイハホハヘホハイとなって8「勇敢な騎手」が蘇生する。
(尚、これに添う左手和音にも同時にスタカートが付され、11「シチリアの踊り」や、23「*騎手」、25「お芝居の想い出」に発展する。
*「騎手」については後に詳しく触れる)

8「勇敢な騎手」
その「勇敢な騎手」であるが、#左と右の主旋律交代が、表立った形でははじめて登場する。

#…単にこうした形式としても10「楽しき農夫」に継がれる。が、この曲を長調化した形――(ちょうど10小節目以降、左に主旋律が移る時点から長調になるが)――ハヘハヘイヘイハイニハイヘ、がハヘ⌒⌒イハ⌒⌒ヘロニヘニハ⌒⌒と変奏された形が10「楽しき農夫」の主旋律でもある。ところで「楽しき農夫」がさらに13「愛らしい五月」へ(さらに15「春の歌」へ)と変奏されるが、「愛らしき五月」(長調)は、短調化されるとほぼそのまま「お芝居の想い出」となる。まったく同じ音型とrythmeで出来ているのである。つまり「勇敢な騎手」からは「楽しき農夫」や「愛らしき五月」に通じるものと、「お芝居の想い出」などスタカートの短調系と両方に通じるものとに分岐するのである。さらにこの作品は拍子を変化させたり8分音符×3のスタカートのうちの1・2拍を同音(もしくはタイ)でつなぐと「田舎の歌」「刈り入れの歌」にも通じるのである

#…8「勇敢な騎手」から、10「…農夫」、この「農夫」を短調化したものが、「第二部:年上の子供達の為に」の冒頭曲、19「小さなロマンス」となる。だがこれが短調化するに於ては、8「勇敢な騎手」が或る意味で土台になり、融合した形になっている。

8「勇敢な騎手」は同時に17「朝の散歩をする子供」にも発展する。左/右手の主旋律交代が行われる意味でも、短調の長調化、という意味でも同様である。
ただ主旋律交代に関しては、「朝の散歩…」に於ての方がより頻繁である。がそれはむしろ左右交代というよりは、3声による対位法が第1主題に対して5度,6度で出現してくるのである。

また長調化という点では、8「勇敢な騎手」(イ短調)のハ音を#にし、そのままイ長調に転じた音型(ホイホイハイハホハヘホハイ→ホイホイ♯ハイ♯ハホ♯ハ♯ヘホハイ)を仮の主題として展開される変奏曲であろう。同様にして8「勇敢な騎手」をイ長調化して出来た仮主題を、さらに展開させた、16「朝の散歩…」の兄弟として、15「春の歌」(→ホ長調)や21「無題」(→ハ長調)、33「葡萄の季節:楽しい季節」(→ホ長調)、34「主題」(→ハ長調)などがあるだろう。というより、これらは「朝の散歩…」の直接の同胞とも言ってよい(どちらがひよこか鶏にわとりかは判らない)。殊にrythmeに関して33「葡萄」・34「主題」は、17「朝の散歩…」と全く同型である。が、ここでは何れもスタカートやスタッカーシモは用いられてはいない。

尚、17「朝の散歩…」の10小節目以降は最終曲43「おおみそか」に継がれる。「朝の散歩…」もまた、色いろな意味で多面的な形で各曲に諸連関を持つ書式も重厚な作品である。

 

2003年01月29日 (水)

13「愛らしい五月よ」…これは、25「お芝居の想い出」と長/短で表裏の関係にある。伴奏部はスラーとスタカートでの和音と対照的だが、主旋律部は同じ主題の変奏曲同士であると見てよいと思われる。
2/4拍子、rythmeはともに2拍目からの惹起で、16分音符×4×2の形式で成り立つ。
曲の雰囲気は正反対であるにもかかわらず、アーティキュレーション――スラー及び、スタカートの運用――もほぼ同型である。

しかし「…五月」のほうはすでに後の15「春の歌」、21/26「無題」、22「ロンド」など物悲しげの、やや短調気配を帯びた長調に、また「お芝居…」のほうは23「騎手」、29「見知らぬ人」や31「戦士の歌(長調作品ではあるが)」、36「イタリア水夫…」など暗鬱もしくは不気味な緊張感を漂わす作品に通じる要素乃至雰囲気をそれぞれに孕んでいる。

23「騎手」…「見知らぬ人」「イタリア水夫の歌」とともに、子供向けにしては不可解な不気味さ、シューマネスクな、いわゆる跳梁的暗鬱を孕む小品である。ここに於る付点と休止符だらけの譜面、多くのスタッカーシモと、この特徴的リズムのまま展開部に出現するホモフォニックな半音階進行、重厚な左和音(octv.でなく間にもう一音入り込む)は、クライスレリアーナの第5曲や特に第8曲の吃吶音を彷彿さす。

述べてきたように、この曲はそもそもは8「勇敢な騎手」のようなモティフから生じてはいるが、その持つ「楽しき農夫」的な側面では勿論無く、「お芝居…」「見知らぬ人」(#31「戦士の歌」)36「イタリア水夫…」、#37「水夫の歌」などの底に通じる。

#31「戦士の歌」は長調作品ではあるが、クライスレリアーナ5曲などにも登場する暗鬱なホモフォニー(「イタリア水夫」「水夫」「冬2」などに現れる)を持ち、けして明るいとは言えないシューマネスクな短調の余韻漂う作品である。更にここに出現するのは対位的で重厚な和声である。(##「水夫の歌」も同様)

 

2003年01月30日 (木)

##37「水夫の歌」……これも31「戦士の歌」と同様、ホモとポリ(対位法による)が交錯する。
開始のフレーズ(1〜9小節)はホモフォニーであり、9小節目からはこれと対照的に、厳格なと言ってよい程の対位法が登場する。その対位法は4〜5声からなり、第1声部と第5声部が対称となっており転回形をとると同時に第2声部が第4声部と転回形をとる。再びホモフォニーへ還って、32小節以降のやや暗鬱な奇怪さはことにクライスレリアーナ第5曲のホモフォニックなあの中間部を想起させる。

39冬2…作品の前半;短調化したグレゴリオ聖歌ともいうような雰囲気の厳粛なホモフォニーでは、直前の「水夫の歌」をひきずり、後半のバッハ風メロディ(左右の声部が3度差などで同型の音列進行をすれば端的にわかる)の、流れるような半音階は、直後の「小さなフーガ」を潜伏させている(が、それは14「小さな練習曲」16「最初の悲しみ」〜27「カノン形式の歌」32「シェヘラザーテ」らの歩みを含んでいる)右手進行(16分音符×8)がほぼ飛躍のない半音階の動きなのに対し、左手進行(8分音符)は4ないし5度ずつ隔たった音へとまたいでゆく。また所どころは1octv.乖離のホモフォニーと8分音符1拍差の転回形とが交錯をなす。
49小節以降(ein wenig langsamer)には非常にコラール的、対位的な声部の交錯がつながれ、印象的でシューマネスクな3連音符のカノン風左右旋律交代が顔を出す。
曲集最終部のこの辺りには、殊にこうしたバッハ的な作品が並ぶ。

 

 

2003年01月31日(金)〜 02月01日 (土)

40「小さなフーガ」…
冒頭の「メロディ」「小曲」「ハミング」などが基になっている。また(短調ではあるが16「小さな悲しみ」)、17「朝の散歩をする子供」、13「愛らしい五月よ」、24「刈り入れの歌」、(短調ではあるが27「カノン形式の歌」)などが清楚に、周到に、その変奏曲としてそれぞれ自存しつつ、収斂されている。
それらすべてがこの曲の背後に隠れた変形モティフであると言える。
パウル・バドゥラ=スコダは、この曲がバッハ平均律第1巻19番fugaに似ていると言っている。が同時に、後期べートーヴェンP.ソナタに非常に近しいフレーズもみえ――典型的には、展開部9小節以降、殊に13〜16小節――、ともすると後期ソナタそのものの、或る断片を聞いているような気にもなってくる。
主題そのものがそうである上に、この曲はVORSPIELとそのFUGE、2つで1組の構成となっており(VORSPIEL自身も、今述べたようにバッハ的、及びベートーヴェン的対位法で出来ているが)、とくにFUGE部分は、まるごと非常に明澄かつ無碍自在な至高性にみちた後期ベートーヴェン的である事を踏まえる時、このごくささやかな作品の中には、バッハと、ベートーヴェン後期ソナタとが、すなわち旧約聖書と新約聖書とが、可能な限り端的な形で凝縮されている、という気がしてくる。それは殆ど凍りつくような至純さである。と同時にシューマンのいわゆるシューマネスクな透徹した幻想性、或いはまた諧謔の暗躍する曲想といったものが、いかにこうした厳格な礎にもとづいた上に築かれた個性であるかということとしても、あらためて首頷させられる気がする。

<VORSPIEL>
6小節〜9小節の左手(第2声部)はすでに開始の右手(第1声部)の厳格な単純フーガである。開始左手1〜2小節の縮小形に近いものが5小節目第1声部・7小節目第1声部に再現する。左(第3声部)3小節目の再現がほぼ8小節目(第2声部)。また同(左手1〜2小節)縮小形はすぐに次3〜4小節に現れるが、構造上その再現である展開部の始まり=9・10小節のそれぞれ後半にも、現れる(9小節から、第1小節―イハニホ=8345と第3小節―ロホハイ=7316の合成で「一」小節が出来上がる仕掛け。)が、展開部そのものの半小節ズレた掛け合いも交錯しつつ進行する。11小節は左右相互が転回形をなす。が、これは同時に左声部は第1小節(=主題開始部)の再現であり、また右声部は第4小節(=同様に11小節)での右第1声部の第2主題開始部の動きの、それぞれ同時並行的な再現である。休止符も音符に変換すればたゆみないフーガが展開している。この*休止符の効果が後半の<FUGE>に律動変化となって現れる。
*休止符の効果……例えば13小節の、冒頭16分休符はニ音(乃至,ヘ音)に置き換えられる。また5拍目休止符はハ音(乃至,ホ音)に置き換えられる。前者の場合は直前の小節の前半音型の繰り返しであり、後者の場合、7小節右第1声部に登場する主題(イハニホ)の変換形(トロホハ)と同型となる。

 

2003年02月02日 (日)

<FUGE>
<VORSPIEL>(2/4)を6/8拍子に変換した3声-3重フーガ。冒頭からrythmeと旋律が無重量・無窮動的であり天上的フーガであって、バッハを想わせる。またスタカートの導入は至極ベートーヴェン後期P.ソナタ風である。
開始後早々3小節目から(23小節よりVORSPIELが始まるので25小節目)、第2声部により掛け合いが始動するとともに、第1声部は応用された転回形に入る(VORSPIELの構造と同様)。
27小節後〜28小節前半に現れる第1,2声部の上下対称な動きは、33〜34小節に、より印象的なものとなって現れる、また39〜42、付点を想定しうる音符に置き換えれば53〜55小節などにも繰り返し現れる。この辺りの展開の仕方は後期ベートーヴェン的である。転調もVORSPIEL時より頻繁である。後半はA ={8部音符×3}とB ={8+16+16+8}、という交互のカノンめいた掛け合いのフーガが、左右声部で交代されつつ、同時に左右声部の上下対称(転回形)がめくるめく展べられる。
64〜小節以降コーダに於る左下降=第3声部は、FUGE 2小節目(=24小節)の音型の転回形である処(26小節を筆頭に現れる)の、拡大形である。この辺りも極めてバッハ的な処理である。

 

2003年02月03日 (月)

41「ノルウェーの歌」…
次42番「装飾されたコーラル」とともに、非常にオルガンに似つかわしい曲である。「…コラール」の方はそのまま通用するが、「ノルウェー」の方も、付点・10小節トリルなどを取り除いてしまえばその世界はすっかり厳粛なコラールである。左右がほぼ転回形をなしているし、9小節目からの左声部は開始の右声部(主旋律)の踏襲である(単純フーガ)。構造上同様に、9小節目からの右声部(主旋律の展開=ニ短→ハ短→イ短調)は、はじめの1小節は開始左声部(octv.)そのものであるし、この展開の際、開始時に主題に付随してきた和音(右内声部――ニハイイ、及びニハイハ)も、転調を果たす中でも出来る限り同右内声部(ニハイト、及びニハヘ #イ)へと尊重されている。

42「装飾されたコラール」…
ピアノで弾くと35「ミニョン」やアルペッジョを取り除いた32「シェヘラザーテ」のように奏でられもするだろうが、この曲想自身は殆どオルガンのための半音階進行であるといってよい。重厚さ、厳粛さの中にロマンチシズムがすでに潜むのである。それは殆ど先験的に、といってもよいほどの霊妙さである。バッハに於てすら同じであった…。最高度に禁欲的で、黙秘的な音楽の中にさえ見出しうるロマンティシズム。‘宗教的’荘厳さ・厳格さの中にさえ潜むロマンティシズム…。そういったものが、有るのである。それは、人びとが目に見えぬものに向かって「どのように(How)」と問うばかりでなく「何故(why)」と問うことを止めぬかぎり、おそらくいつの時代からも、いつの時代にも、付きまとうものである…。
そうして、シューマンのロマンティシズムといったものも、エッセンスとしては同じ根から生じている最も高度に純粋なものであったといえる。勿論そこに特有の精神の足かせや、両義性の辺境地帯のどちらにも属することの出来ぬ魂の鬱屈した憧れ、恋愛感情の吐露etcetc.といった錯綜する要素が入り込むにしても、である。

オルガンで弾かれるべき作品、というのは、この曲集の中でも、実はもっと前からある。
27「カノン形式の歌」辺りからは殆ど総てそうであると言っても可笑しくないか、むしろ相応しい。勿論tempo指定はもっとずっと遅いものに破られるべきであり、また16分以上の細かい音符はまとめて和音として扱われたり、スタカートを捨去されるべきかも知れないが、曲の構造(五線譜を横断する線と垂直の線の構造)として、本来オルガンに照応しそうなものが多い。シューマンがこの27番-短調の後に、この主旋律を上下ひっくり返し長調と化して28「想い出」を置いた時、*殆ど同時に最終曲43「おおみそか」の発露もあったであろう。
*「想い出」と「おおみそか」の間には、「朝の散歩」「刈り入れの歌」「田舎の歌」「ロンド」などが同様に伏在している。勿論「冬2」の殊に展開部(=25小節以降)、40「小さなフーガ」も、同じ根の変奏曲と捉えることができる。
いずれにしても、この二つ:「想い出」と「おおみそか」は、「カノン形式の歌」がきっかけで双子のようにつながれているし、「小さなコラール」も同様に縦横に走る糸のようにこれらをひとつにつないでいる――、これらは、殆ど受難曲中のコラールの伴奏のように、荘厳なオルガンの音となって再現されてよいだろう。そして「カノン形式の歌」以降の、殆どすべての曲がこうした厳粛さ、乃至静謐さを、湛えるものであるといえる…。

 

2003年02月04日 (火)

シューマンの音楽とオルガン

まったく対照的で、無縁のように思われがちかも知れないが…。これまで、シューマンの音楽は元来対位法に基づいて出来ているものが多いし、かなり半音階進行を駆使した音楽でもある、と述べてきているように、ピアノという楽器ならではの、暗躍的・跳梁的なスタカートやスタカーシモ、また脚かせのごとく行く手を阻みつつも、行進を鼓舞するような付点や休止符を除けば、そこに残るものは、厳格な対位法の音楽であるし、あるいは静謐なコラールである…。

オルガンに相応しい音楽である、という内声部のフレーズが主声部と同格なほどに独立自存する、という意味でもあってみれば、合唱および弦楽四重奏曲などにも適応できるであろう、ということである。
昨日、「カノン形式の歌」以降、オルガンに相応するような作品がつづくと綴ったが、27「カノン形式…」、29「見知らぬ人」、30「無題」や34「主題」、38「冬1」なども、オルガンもしくは弦楽四重奏に似つかわしい曲であると思われる。

大学のチャペルにあるオルガンで、一寸悪戯にクライスレリアーナを弾いてみたことがある。勿論tempo指定はかなり遅めにしたし、オルガンには無理のかかるスタカートなどは外して弾いてみたのである…。それはかなりの程度、オルガンに相応しい楽想だった。無論、クライスレリアーナはシューマンの作品の中でもとりわけピアニスティクな曲想の音楽だが、それにしては、第2曲のintermezzo1/2部、piu lento部、第4曲など荘厳であるし、トリルや付点を省いた第3曲はコラールめいていた。第6曲5小節辺りなどは殊にバッハ-ブゾーニのオルガンコラールでもあるかのようだった。

 

2003年02月07日 (金)

ユゲントアルバム――Album fur die JugentのCDは少ない。昔LP時代に、ワイセンベルグの弾いたユゲントアルバムを聞いていたが、CD化されたという話を耳にしない。仕方がないのでユゲントアルバムについて語る際、Edlinaという女流ピアニストのを聞いていたが、丁寧な演奏ではあるけれども「子供のための」という‘家庭的でぬくもりのある’領域などというものをまる切り越え出た神経や特有の両義的精神性の反映としてのあの曲集の側面を、満たしてくれる演奏でない、と思われるため、いつもその点の消化不良の感覚を抱いていた。
ワイセンベルクのは、ひどく<深みのある>演奏、というのではなかったかも知れないが、シューマンの音楽、殊にこの困難多き頃のそれらの持つ、或る種の緊迫感や精神の凍り付くような透明度というものは出ていた。あの演奏はCD化されてよいと思うし、さもなければもっと続々と超一流のピアニストがこの曲集に手を着けて欲しいと願うところである。

 

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2012年 9月9日-10月27日

※以下本文中の譜例や図解はclickで拡大できます(別窓)

 

東日本大震災後、私もつねにリュックに最小限の大事なものと非常用具を入れておくようになったが、そのなかにどうしても入れておきたい楽譜を3冊しのばせてある。おかげでひどく重くなってしまうのだが、これだけはどうしてもということで、バッハのフーガの技法――例外的に必要なもの――と、バッハ平均律第2巻、そしてシューマンのAlbum fur die Jugent(urtext)の3冊なのである。

耳の中でつねに鳴らしておきたい曲たちというのはもちろん、色々と別にあるわけだが、そのうちもっとも大事にしているのは、たとえばリヒテルや、幾つかはデミジェンコの響きによる平均律の第1巻とか、ベートーヴェンとシューマンのあらゆる音楽ということになってくる(他の音楽家たちの曲ももちろん入ってくる)。

まずバッハのことについていえば、ほんとうのところ、原発事故以後の政治不信がきわまった時、一時バッハの世界自体が聞けなくなりかけた。当時、自分の人生においてきわめて稀な期間に突入したと、自分でもいぶかしく思われた。まず以てバッハは、未完となった最後の作品を例外とすれば、ほぼ生涯の全作品において、語り部に徹していた。バッハの音楽には死がある。だからこそまた宇宙の秩序・生命秩序・摂理を、感じることが出来る。死から生へ、生から死への語りを含まない生命論はありえなく、とても正直なー真率なー黙示録であるとうことも、何度となく書いてきた。存在を語ることの報酬が自分自身(実存)に還ってくることを望まず、またとことん還って来ぬ仕組みになってもいるこの世の不条理――その痕跡・これへの実存の詰問として連打の刻印は、短調作品に於いてはことに、はっきり物語られているとは理解している――を知り尽くしながらも、その憤怒を作品の ‘表に起こす’ こともせず、そのぶんひたすら精励勤勉神のみに帰依し、つまりは生と死とがただ淡々と語られているわけだが、であるからこそ当時は、まさにそれ故にバッハを聞く事がむずかしくもなっていた。生と死のバランスの良さ、その認識の正しさこそがやりきれなくなったのである(これがバッハ自身のせいでも責任でもないことは重々承知しているにも拘わらず)…。これまではつねにまさに其と同じ理由から、誰よりもバッハを以てこそ精神の均衡を得ていたのに。繰り返すがバッハが淡々と語る死に、不条理の徴が刻まれていないというのではない。むしろ逆でさえあるが、それだけになおさら、結局はそうした不条理な死に黙々としたがって行くのだということに今は同意できない、と苦々しく思って居たのである。

丸山真男が、「日本の思想」の中でこんなことを言っている――『ここ〔日本のこと〕では、逆説が逆説として作用せず、アンチテーゼがテーゼとして受け取られ愛玩される。たとえば世界は不条理だという命題は、世はままならぬもの、という形で庶民の昔からの常識になっている。』と…。まさしくその、無常観に対する、絶対的首肯と吐気。当時の自分にとって最も受難なのは、自然の秩序に似せた<無常観を誰が蘇生させているか>という問題だった。そしてそれは同時に、こういう問題も提起してくるのだった。でなければバッハが全黙示録を、語り部としてのすべての予告を済ませた後、ベートーヴェンが何故あの全人生に渡る「喜劇」を――臨終の際「諸君 喜劇は終わった」と言ったとされる処のそれ(実際にそう言ったかどうかは別にしろ、あまりにリアリスティックではある)――演じなければならなかったのか。という…。私ががまんならないのは、死・悟り・滅度的場からの発語ではなかった。空智(己を包む促しに応じる自己の相)や実慧(空から世俗へ/空=涅槃に“住まわず”『受肉せる』空相から生死的世界への帰還の位相)から発語することでもない、そうではなく、この世は無常「なものである」<と言う主体>、否、むしろ言わせようとする主体が、装置が、ありつづけること、それが悟りとおなじ顔になりすましている事であった。

が、そんな折りにでも(逆説的に響くかも知れないが)フーガの技法だけはちがっていた。あそこには、バッハにはめずらしく――そしておそらく最初で最後であったと思うが――(神-摂理が主人公ではなく)己というものの出現、バッハ B-A-C-H 自身という存在への、語りがあった。勿論聞く側の私自身の生命力じたいがこのところずっと萎えていたので、それに耳を傾けるためには尋常ならざる気力と体力が要ったが、力を振り絞って聞いた暁には、むしろかけがえのない存在のよりどころとなっていたのである…。

原発事故以降の私にしてみれば、宗教(既存のそれにせよ、“倫理と不可分な相面”においてどうしても希求してしまう超越者にせよ)などというものをもはやまったく喪ったこんにちの実存にとって、その苦悩が、ただひたすら無名の個=実存自身に返されてくる空しさ、罰を受けるべき人間は野放図のまま、その状況を作り出してきた責任主体とは殆ど無関係な弱者や、そんな状況づくりに反対の声さえあげ続けてきた弱者までが制裁を受けるかのような、世の中の矛盾・逼塞、このどうしようもない出口の無さ、それらの虚無感をともに語ってくれる音楽として存りつづけてくれるフーガの技法…。それを「あえて聞くこと、聞かされること」の今の精神的な苦痛と負荷をすら越え、至高の芸術に寄り添ってもらわざるを得ない、そう言う存在であった。どうしても手放せない、それはいまでも変わらない――。

 

これとともに、実はベートーヴェンの存在が、原発以降はバッハと同等かそれ以上に増した。が彼の存在と音楽の意味はどちらかというと楽譜を持ち歩くより、耳の内外を問わず実際の音の運動としてじかに再生されること――たとえばちょうどグルダの弾くベートーヴェンが、楽譜から発生した、などという本末転倒な感じではおよそなく、そうした軌跡の在・不在とは無関係にはじめから自存し、駆動し、中空になまなましい運動を展開していくように聞こえるのに似ている――によるリアルな救いと悦びそのものがはるかに大きい…そういう寄り添いとして私とともにずっとある。(そういうわけで彼の作品は、リュックの中には入っていないが…体の中にずっとある。)

実際、この時代を生き抜くには相当の精神力がいる。状況から逃げずに、自分の幸福を実現するには並大抵でない耐久力と柔軟さが要求されてくる。人生の唐突な遮断もありうる。いつ終わるともしれない人生で明日があることを確信しこれを前提に出来ることを一つ一つ行う…毎日が神経戦である。これだけシビアな時代を生きてようやくなにか、稚拙な私の人生のなかでも、根からの「楽天的」人間の発語と、シビアな人間の、「意志」による窮極的「楽観主義」からの発語の、魂の位相における違いを、身に染みて痛感できるようになって来た。それとともに、ベートーヴェンの音楽の意味がまた1つ私のなかでおのずと大きく転換したのである。

ベートーヴェンの音楽とは、或意味に於いて、徹頭徹尾、いわば状況論的音楽である。だからどうしても等身大の音楽、などといった類のものからもっともかけ離れており、巨大だし、当然、くどくもある。それは敵の土俵で闘わないよう楔を打ち込み呼びかけるもののの入念さでもあるし、襲来する敵の執拗さ-老獪さと、そういうものを相手に運動を展開することのありとあらゆるむずかしさを知り尽くしたものの助言でもある。ベートーヴェンの音楽の場合、すでに澄明感――今あらためて痛く思う。この澄明さは悟性のそれである、と!――ほとばしるその初期から、自分(等身大)以上の何かと――往々にして自分以外の虐げられて人間のぶんまで――つねに格闘していた者の描き込む音楽特有の能動性と受動性があるのだが、その態度は、枯淡きわまる最晩年になっても変わらない。たしかにベートーヴェンは後期SQにおいてさえ――第一線をば退いたかに見えるとしても――隠居していない。悟達はあっても…。だから私自身、これらの音楽を聞きたい時けして耳-心を満たすために聞くのでない。生身の状況論として肉-心で聴く音楽であるし、今はますますそうなっている。

吉田秀和氏が全集のベートーヴェンの項の中で後期SQについて言っている。「この<感謝の歌>はきくものの感動を誘わないではおかないすばらしい音楽である。…それはこの音楽が彼岸性によって、私たちをかつてどんな器楽作品も啓示したことのないような浄らかな省察と祈りの世界にひきこむというだけではない。そこには、いいようのない痛烈な響き、ほとんど痛苦ともいってよいものできくものをつきさすような響きがある。この痛みは、<感謝の歌>が変奏されてでるにつれて、ますます痛切なものになる。」と。御意…。 これは病からの快癒、とされるところの病の痛みももちろんだろうが、魂は彼岸に置いてもなお、それまでの人生に於て、状況がべートーヴェンを突き刺し、これを受けとめ、ときには宙空にめくるめく銀河系のこちらへとめがけ来たりつつある運動から剥ぎ取るようにしてまで、ともに乗り越えていかねばならなかった数々のもの、また逆にベートーヴェンから人々へと状況に於いてあえて指刺したものの痛みの名残の、極限だろうと思う。

 


そうしてまた、もうひとつ、私にとってローベルト・シューマンのAlbum fur die Jugent(ユーゲントアルバム)は、――とりわけ長調作品に於て――バッハ平均律、ことに第2巻を聴く際に自分自身の中にわき起こる至純な天の喜悦をもたらし、ある酷似した…否、おなじ基底から醸成される雰囲気で心を満たし浄化させてくれるものなのであり、人生の長い間にわたり貴重な感動を与えてくれるものとなっている。この感覚は今でも変わらない。シューマンに於けるバッハの影響をしのばせる作品はあまたあるが、これは、精神的に――否 神経的に、稀な清冽さにかかわるアトモスフェールの醸成という意味において、とりわけなのである…。これは最初に綴っておきたい。

シューマン(Robert Alexander Schumann)の存在とは何だろうか…。そもそも己(他記事でも何度も繰り返してきたが、己とは基点即盲点である…)自身が、ほかならぬみづからの根源に遡れないという矛盾の苦悩が、人間存在にとって共通の基底であるのにもまして、時代状況がこんにちのようにあらゆる意味で不条理にみち、ひとの実人生を宙吊りにさらしたまま何ら受け皿のないものとなった現代社会に於ける、シューマンの存在とその音楽の持つ意味とは何だろうか。このひとの音楽のもつある種の病勢について慎重な態度を取る人々はもちろんいる。が私は、バッハの対位法に行き渡る格調や、ベートーヴェンの、いわば状況論的音楽における澄明な悟性の発達と運動展開を考えるとき、同時にまたこれを深く敬愛していたシューマンの、かれなりに誠実に展開していった奇矯さを含む運動の意味性、その切実さと、しばしば正像でない世界との関係の結び方、異他的なるものとの出合いとその組み込みの錯綜、自己同一性の分極と解離…などの病勢、ある種のいびつさが、逼塞する現代社会もたらす(逆説的に響くが)<救い>について、考えずには居られない――すなわち時代・社会・政治が、かろうじて己の足で立とうとしているひとつびとつのの主体を溶解させかねぬほど可塑的に過ぎ、危機にさらしすぎ、いびつであればあるほど、考えずには居られない…。

シューマンの音楽的意味と、その運動のもつ意味性…。誰か指揮者の言葉、シューマン以降という把捉があったが、たしかにその後の仏・露もしくは周縁的(スラブ,ユダヤ的)音楽展開を考えると、歌の意味――その発現/素朴な受肉(シューベルト)から、歌の充溢-錯綜-逸脱への至当な道のり(アラベスク・爛熟)、さらに歌からの幽体離脱=身体性の消失とこれ以降の飛沫化した身体が世界に対して恐らくもう一度問われるべきもの意味を、あらためて考える事が出来る。基点とは盲点であるという装置を音楽化したのはシューマンが最初で最後だった。直前(シューベルト)はその特殊な天才的脳の構造により基点即盲点として回転軸を音楽そのものに盛り込まない事にかろうじて成功した(歌としての完結)。が同時に矛盾する現在という通風孔と運動の二重性を失った(風通しの犠牲)。時-空性の渦の発生と脱中心化即再中心化の二重構造を実現するを以て形式を逸脱する(重複する身体;音楽的奇矯性の纏い)とは贅沢な矛盾である――。

 

が、……そうしたシューマンの全体像についてはまた何れ別の記事にて述べるとして、いまは至純な Album fur die Jugent の世界について、とりあえず綴っていこう。

上術の2003年当時の記事を書いた頃、私はシューマンのピアノ曲以外の他のジャンルを殆ど知らなかった。したがって、この op68 自身のなかでのテーマと展開の有機性や、カノン・フーガ様式など対位法駆使にみる、シューマンにとってのバッハ的なものとの連関と、せいぜい彼の他のピアノ作品とのつながり、潜在的-有機的連関性の持ち方としての類似点、などまでしか視野がとどかなかった。
がシューマンの他ジャンル作品にも徐々に触れる機会がふえた今、それらとの連関にも、少し触れたくなった。ピアノ曲というジャンル以外のシューマンの音楽のすばらしさ、またそこからさらに拡がる世界の奥深さに、開眼させてくれる、直接・間接の契機をくださったSNSなどでのみなさんとの出会いに、心から感謝したい。

つい先日(2012/09/02)、ミュージックバードというPCM放送で、このop68全曲が流れてきた。op68 が取り上げられること自身はもちろん、全曲紹介されるというのは、昨今でもおそらくいまだはなはだ機会の少ないことで、画期的だったのではないだろうか。片山杜秀氏の案内、リュバ・エドリーナ(私の2003年度記で言うEdlina)のピアノによって紹介されていた。
この機会を得たこともあり、これを契機に最近気づいたことを今日からすこしずつ綴ってみようと思う。
勿論普段でも、こんにちではフォルテピアノによるシュタイアーの演奏(抜粋)や、リコ・グルダ、そしてシューマンにたいする格別に精緻な愛情を感じ取れる、伊藤恵さんの演奏(これらは全曲収録)などによっても、折に触れてたのしむことのできる昨今となったことは大変ありがたい。
私の手持ちの録音はどれも、このツィクルスの無類の透明度と純粋さに対する驚嘆にも近い敬愛を読みとれる演奏であるが、とりわけ伊藤恵さんの、シューマンへのこの上ないいつくしみを感じとれるデリケートな演奏は、何度となく愛着をもって聞き返している。
またつい最近になって、この記事を書くために見つけたナクソス・ライブラリーのアレッサンドラ・アマーラ Alessandra Ammaraによる、ぬくもりと硬質さの均衡のとれたタッチからペダリングに至るまで繊細な注意を払われた演奏にも、満足している。(No37,38辺りの短調作品では、テンポがゆったりしすぎて、ここでのシューマンの、本質的に何か異様に張りつめるような空気――と私には、過去に自分で弾いてみても、最近みつけた幾つかの演奏に接したのちにも、どうしても思える――が出ていないのが悔やまれるが…。人生という時空の色々な相と意味とに於いて、楔を打ち込むことの必要性を、シューマンは子供たちにも示す必要があったのだろう、子供のためと銘打たれた同曲集にもかかわらず、彼があえて提示することを憚らなかった(?)、ことに短調作品の、スタッカーシモを指定する打鍵において放出される暗い激鋭と、一見これに相反するかのようにも聞こえる長調作品群の高い緊張感をおびた繊細さ、それらの物語る或る種の病勢を、ためらわず精鋭にまた高潔に、‘あえて’ 表出(がもちろんそれはホロヴィッツとはまた別の仕方で)させていた点などに於いて、如何せん、ワイセンベルクの収録がCDによって再現されることを、やはり切に望みたい…。)

 

ところで、この曲集を聞いてつくづく感じさせられるのは、シューマンがこれを “子供たちのために” 書きためた、というのはなるほどもっともな動機であったろうけれども、音楽ノート――結晶化した素描のアルバムとして、誰よりもかれ自身のために役立ったのではないかということである。知人に確かめていただいたところ、これは以外にも夏の間のほぼ一ヶ月たらずで書き上げられた作品である。
(1848年 8月30日 or 31日から 9月26日 で成立。私的な初演は 1948年 9月24日 の 午前 に 第12,13,23,33,35 ほかが演奏される。クラーラのピアノ。 久保文貴氏調べ)

にもかかわらず、手持ちのCDや、ネット上で数人の演奏を聞いてみても、四季を通じたテーマにわたり書かれたものたちの、すべてがまるで<冬の作品>であるかにきこえる、という印象は、不思議といまも変わらない…。
それはたぶん、何かこれ以上はみ出してはいけないものが、(繰り返すが)‘ 異様に高い緊張感 ’ をまとって、裂開手前、<かろうじて凝結>しているように聞こえるからである。
それらはなるほどみな、小曲としてこぢんまりとした形でまとめられてはいるが、室内楽に、歌曲に、またオルガン曲にもなり得たり、彼の特技である対位法を駆使したオーケストラ作品や――かれ自身がその後まだその気にさえなれば――オラトリオなど大曲へのデッサンとしても、きわめて有効だったに違いないと、感じずにはいられない…。
と同時にかれ自身がそれ以前に作曲しておいた諸作品の、エッセンスへと凍結させた記憶、いわば夏に生まれた氷のアルバムとして、こうして残しておかれることも、有意義であったのではないかという気がする。
そうして、もっと言ってしまえば、かれ自身を越え、後世の作曲家たちへのそこはかとない影響についても、考えさせられたりする…。

私には、この作品が(シューマンの他作品と同様に、また人によってはメンデルスゾーンなどとも織り合わされて、と、とりあえずは言っておこう)ブラームスはもちろんのこと、フォレやドビュッシー、ラヴェル、作曲家であっただけでなくオルガニストでもあったブルックナーや、チャイコフスキー、グリーク、マーラー、そしてセヴラック、ひいてはプーランクなどに、愛好されていたのではないかと思われてならない。

 

プーランク ピアノのための3つのノヴェレッテ
Poulenc - Trois Novelettes pour piano
http://www.youtube.com/watch?v=JuGpuhGuRlc

 

セヴラック
Severac - Ou l'on entend une veille boite a musique
http://www.youtube.com/watch?v=g1SOg6FRzmo&feature=relmfu

*Severacは同曲集(En vacances)の冒頭にて、RSchへの曲を書いている(シューマンへの祈り : Invocation a Schumann)。が、この事を知らなくても、あの無類の可愛らしさにつつまれた…boite a musiqueに、何某かのエッセンスの結晶化を聞きとるだけで、ピンと来る人は多いに違いない…。

 

ブルックナーに関してはもう、このアルバムに限らずとも、交響曲のジャンルを越え、シューマンのピアノ曲にもただならぬ思慕や関心を示していたであろうと思われる(しかもマーラーほどに屈折していない?、より素直な心と享受の仕方で)。それが誰にでもわかるよう最も端的に表層へ現わされた例としては、シューマン初期ピアノ作品、交響的エチュード Sinfonische Etuden Op13 - Etude 11 (Variation 11) - Andante espressivo に出現するソ♯-レ♯-ド♯-シ-ラ♯-ソ♯が、そのままブルックナーのSym4 WAB 104 Romantic ロマンティック のモティフ(ミ♭-シ♭-ラ♭-ソ-ファ-ミ♭)に、題名のとおり継承されていく――そしてそれはさらに若きマーラーの唯一の室内楽作品 Piano Quartet; A moll (ド-ソ-ファ-ミ-レ-ド)へと…。
とはいえこの背景ひとつをとってみても、その背後にはもっと複雑な事情が交錯しているのであり、シューマン-(ブラームス)-ブルックナー-マーラーの間をつなぐ単線としての問題ではなく、これ以前の作曲家を含むであろう、そうしてより複数の登場人物をまたぐであろう音楽の歴史、ないしその周囲の潜勢的要素が絡んで生じた旋律の交差点として、いくらか錯綜した事情を含んでいるといえようが…。
とまれ、この曲集に関しても、オルガンやコラール、ミサ的要素に通じるものがあまたあり、直接または間接に、ブルックナーの関心を惹いたものがあちこちにあったように思う。

さてまた逆に、シューマン自身の、この作品への作曲動機と結晶化のあり方についてはどうかといえば、バッハやベートーヴェン、そしてぬくもりのある――ただしこの「熱」に関しては、同曲集以降におけるシューマン自身の展開を考えても、白熱から次第に聖化された無熱に至ると言わざるをえない。このことは後述したい――宗教性をたたえる旋律の歌唱性においてはシューベルトと、のみならず、やはりメンデルスゾーンの、SQや宗教音楽など諸作品、そしてむろん、ことに無言歌集の存在なしには(少なくともこういう形では)ありえなかったのだろう。

 

今あらためて、このツィクルスをふり返る時点において、主に気づかされるのは、この中にピアノ協奏曲( Piano Conzerto Op54 )のエッセンス、及び楽園とペリ( Das Paradies und die Peri, Op50 )などへの追憶と残像が、あっさりと過ぎ去っていく時間とはもうひとつ別の意識の層において――つまり過去となることが躊躇われつねに反芻されつづける『現在』の記憶(?!)として――随所に見いだされるということだ。それにはもちろん、クラーラへの思いと、‘ 今は亡き ’ (1847'11月死去)メンデルスゾーンへの邂逅――まるでめまぐるしい四季の変化にみちたこの Op68 ツィクルス(1848作)<全体>が冬に聞こえるのはその性為なのだろうか…――の意味もあろう。その他室内楽の小品などを含めれば、色々と彷彿されいづるものがあろう…。

先ほど、近ごろシュタイアー( Andreas Staier )が、フォルテピアノでこの曲集から主なものを抜粋しバッハにつよく関連する他の重要な作品とともにCD化してくれたことに触れたが、これは大変貴重なことだ…。

であるがゆえになおさらのこと、ひと言だけ漏涙をゆるしてもらえば、短調作品として書き残された No27 カノン形式の歌(Kanonisches Liedchen)――それは冒頭主題1voiceの逆行形(もしくは3小節目)の或る変容として、次作品(No28 Erinnerrung)メンデルスゾーンとの想い出と、もちろん重ね合わされる――を、収録してくれた彼には、もうひとつ、「小さなフーガ」(Op68-No40 Kleine Fuge)を、Robert Schumann Hommage a Bach と銘打つのにおそらくより貴重なエフェクトとなりうるためにも、ぜひ収録してほしかったと思う。
なぜならこれ(No40 Kleine Fuge)は、平均律第2巻17番フーガ(Das wohltemperierte Clavier, 2 teil No17-fuge As-Dur ! BWV 886)の、いかにもシューマネスクな継承だからである。ただバッハのトーンより半音上げて展開している。

(↓譜例) BWV 886 -WTK- vol2 - no17, RSch - op68 - no40 Kleine Fuge


このことは私自身にとって、Rheinische(Sym3 Op97)の冒頭から出現するMotiveが同平均律2巻7番フーガ(Das wohltemperierte Clavier, 2 teil No7-fuge Es Dur BWV876)のシューマネスクな継承でありロマン派ならではの豊穣な変容への契機となりえた――これに至っては、シューマンは移調さえしていない…!――ことと、ほとんど同じくらいおおきな喜びなのだ。
しかもこの「小さなフーガ」(Op68-No40 Kleine Fuge)は、まずその最初の2音の上向跳躍とその暗示的背景に関して言えば、おそらく同BWV876 No7 fugeに拠っているのではないだろうか。(ラ→ミ、ミ→ラ…。そして断続的に――或るもう一つのものとは別の断片として――ド♯ファ♯ミ、のRSch=Bachのmotive。…そして、これらの進行する譜面の背後でにじむように鳴り響きつづけていたのがようやく顕れる、Rheinische-motive終結のレ♯ミ…=左手部。シューマニアーナの幻想的予感としては冒頭からすでにうっすら鳴り始めると言いたいが少なくとも4小節目に入った時点で鳴ってしまうのは明らかだろうと思う)

…こうしたことは、音楽に於いて、しばしば洋の東西、時代や様式を越えてあるように思われる。鳴らされる鳴らされないにかかわらず聞き手の中でつねにすでに鳴りつづける音の存在。たとえばマショー(Guillaume de Machaut)など中世の音楽に生じつづける通底的な音の聴取。あるいはアルヴォ・ペルト(Arvo Part)の「Cantus in memoriam Benjamin Britten」に於いて、もしもああした厳選されたタイミングで鳴らされることがなかったとしても(否一切消されたにしても)聞き手の側でおのずとそれが蘇生し連打されつづけることに、おそらく成功していたにちがいない鐘の音にも、似ている。私にとって、シューマン Op68-No40 KleineFugeというタブローのうえに、BWV876 No7 fugeを代表とする幾つかの平均律のmotiveを入れ子状にしながら、Rheinische-motiveが現働しつつあるとき、すでに同motive終結のレ♯ミがすでににじむように鳴っている、というのは、こうした作用ともある意味よく似た、音楽のなかにしばしば生じる、根源的・必然的な何ものかである…。


シューマンはじっさい、この小さなフーガの覚え書きの2年後、憧れの BWV876-fuge 継承の、念願を果たす…。――と私には感じられてならない、これをシューマンは愛しつづけていたに違いないと――(ただし Rheinische-nr1 にては、motive第2音をoctv下げるという捻技を以て)

もしも、シューマンの中で、Bach平均律2巻7番と17番のFugeが、霊的にちかしい天上的響きとこれらのフェーズに特有の或る典雅なセンスをおびて私の中でのそれと同じように鳴っていたとしたら、重なり合うようなイメージで鳴っていたとしたら!――と心躍るのだが…。

また、ここ Op68-No40 での左手(Voice3,4)のみの動きをみると、平均律第1巻 No4 Fuge BWV849 (7-11小節 Voice1)のにじみが同時にちらつく。( このことは同集 No27 Kanonisches Liedchen にも通じる。ただここ= No40 Kleine Fuga では、No27 Kanon…への投影と較べれば、より陽気にではあるが。)そうしてこの霊玄的旋律(BWV849系)に関して言えばのちに独立・分岐して、Rheinische-「nr4」motive へと至るのだ。ただし Bach-BWV849 Fuge のもともと帯びる幽玄さばかりではなく、Beethoven Sym3 Eroica-nr2 葬送 のあの悲壮さをも、どことなく加味しながら…。(同系の旋律は、シューマン自身の前年=1847作 Pトリオ Op63 開始 にもちらりと予告されているのだが)こうしたほの暗い半音階上下進行の仕様の霊玄さは Faure(Op48-2 Offertorium )などに受け継がれていくと、もちろんいえるのだろう。

(↓譜例)RSch op68-40 Kleine Fuge → BWV876 → RSch op97 Rheinische

(↓譜例)BWV849,BWV876, RSch op68 no 27 Kanonische → no 40 Kleine Fuge

(↓譜例)BWV849(wtk1_4)-BWV876,886(wtk2_7 & 2_17) - RSch op97 Rheinische 図解

 

ところで再び話は戻り RSch-Op68 No40 Kleine Fuge 自身についてだけれど、この冒頭音(アウフタクト)と、2小節の1,3,4番目の音を抜いてあとのすべてを繋ぎ、(ここまでで ミド♯ファ♯↑シドレ ――注)シューマンと同じ A-dur イ長調 に移行して言っている)3小節の3,4番目の音を抜いた音を繋ぐと(ここで ミ↑ミ↓ラシド…)、No17-fuga BWV 886、あの天上的な旋律線が形成される。

☆☆こんなふうに言葉で綴ると理屈っぽくて、ほとんど恣意的にすら感じられてしまうかもしれないのだがこれはもう、まるでそう打ち明けられているかのようにそこはかとなく感じとれるというより、仕様がない…。――これがシューマンのバッハに対する深い敬愛でなくていったい何だろう?
おそらく…それはこういうことらしい。たとえば平均律第2巻17番フーガ(Das wohltemperierte Clavier, 2 teil No17-fuge As-Dur BWV 886)の最初の三音の“跳躍”は、まさにそのただなかで、その直後の、全音階でまったく飛躍-省略されることなく、踏刻――ともに上昇階段のみが、バッハでは二回・シューマンでは三回にわたり(※その逆は省略される)――されてゆく4つの音の階段を、はからずも想起させる。この2つの面は、別々に存在するのでなく、むしろひとつの事象=表裏一体、である。言葉をかえると、顕現する現在と潜隠する現在との相違である。
バッハが無数の音の連なりから、ひとつの跳躍する現在を、選び取るその瞬間に、その 徴/超過 が代表{的現在}として顕現しつつ、その超過の余韻として呼び込まれる、裏に連なる軌跡を持続的に想起(=上昇階段)させ、かわりに他の連なりは 痕跡/潜{伏する現}在 化し、他へのもしくは未来への実現可能性へと入れ子状に退く(下降階段)が、それはもちろんこれ切り「完く忘却」されてしまうわけではない…。

http://www.youtube.com/watch?v=f2D_QVJ0RK4 BWV 886 prel/fuge

 

シューマンも同じ体験をしてはいないだろうか。

(↓譜例)BWV876,886,RSch op68-no40 図解:KleineFuga-no40&BACH-WTK

↑(シューマンの中で、平均律クラヴィアが入れ子状に鳴っている気がしてならない潜在意識を自分なりに探ってみる…※音価は無効にしてください)

(※どうもシューマンに於いてはバッハの対位法の、非同期に 順次起動していく 或る 1voice を抽出し、別の作品と交錯させたり、シューマン自身の中で別の対位法を組むきっかけとなることが、まま有るような気がしてならない。このことは、バッハとその対位法に限らず、モーツァルトやベートーヴェン、シューベルト、メンデルスゾーンらの諸旋律への態度にも通じるかも知れない。)

 

ましてや、基となる(?)バッハ自身が、No17 fuge BWV 886と、No7 fuge BWV876とを、多くの可能態のうちの1として、頭の中でひとつの連関性のもとに入れ子状に組合わせて考えていたとすればなおさらである…(もっというと、BWV 888、まさしく「A-dur」のprel&fuge ――モチーフの冒頭というよりはその後半――も、入れ子となってシューマンの Kleine Fuge ――その冒頭よりはそれ以後の展開(?)――に間接的影響を与えていないだろうか?? またひょっとすると後述する No13 Mai,lieber Mai のmotive背景――これも冒頭よりはそれ以後――にも、より濃く?)

さらに No17 fuge BWV 886 - No7 fuge BWV876 関係についていえば、ベートーヴェン後期Pソナタ Op110(1楽章、とくに4楽章)が重なる。ここでのベートーヴェンの場合、加えてNo23 fuge BWV 892も同居しているように聞こえるが。

(No40 Kleine Fugeにおける)シューマンの耳にはどうだったろうか。そこはかとなく重なっても聞こえるのだが…。

 

またこの No17-fuga BWV 886 は、同番prelともちろん連関性がある。またその連関は、シューマンの Op68 No40 Kleine Fuge にも投影している。
そしてこの投影は、前出のカノン-No27 Kanonisches Liedchen にも当て嵌まる…!
Op68-No40とNo27とは、すこし離れて置かれているが、色々な意味に於いて切り離せないように思われる。

Kleine Fuge ――じっさいシューマン自身におけるこの小品も、天使の喜悦にみちたお喋りの零れ落ち転戯してできた氷菓子のようである。
この無辜の喜悦とおなじ基いは、逆に短調でもっとゆったりとした哀しい上下向線をたどる「カノン形式の歌」(No27 Kanonisches Liedchen)の、陽化された転回形として、先術した「愛らしい五月よ」(No13 Mai,lieber Mai)にも、より地に足をつけた形で、降りている。

この Mai,lieber Mai(No13)と、Kleine Fuge(No40)との直接的な関係でいえば、音の順序の組み替えで成り立つともいえるだろう――ちなみにこれ(No13)と同じ調性にあたる平均律2巻は No9-fuge BWV878 であり、この調べ=Eも、より地上に近づく感はあるがやはり天上的で清冽な至福さをかもす…。実際バッハの同調性 BWV878 Fuge の、飛躍することなくひたすら主音〜属音の周縁を纏巡るmotiveとその展開(=ミ/ファ♯/ラ/ソ♯/ファ♯/ミ→ミ/ファ♯/ラ/ソ♯/ファ♯/ファ)は、No13 Mai,lieber Mai の冒頭左手部にその全く同じ要素の投影として生かされている(=ミ/ソ♯/ラ/ソ♯/ファ/ファ♯ これは2小節目-に登場する左手部の開始であるが、ちなみに Kleine Fuge の左手部3小節目=開始の次和音と同型)。

 

(↓譜例) BWV878 Bach WTK vol2-no9=Edur - RSch op68-no13=Edur / op68-no40

このアルバムの冒頭「音楽の座右銘」にて、シューマンは子どもらに、平均律を日々の糧とするように、と書いている。

 

この(No13 Mai,lieber Mai)の基をなしている歌うようなメロディライン自身は、短調にすれば「お芝居の想い出」(No25 Nachlange aus dem Theater) に容易に変転する。No16,28,26 などは直接性はないがおそらく作曲家の機転しだいではそれに準じるのだろう。こと2小節目に関しては楽しき農夫 (No10 Frohlicher Landmann)の、4小節目-左手の組み替えともとれる。etcetc..

 

ところでNo40 Kleine Fuge 小さいフーガに話を戻すと、この天使のような小品にこっそり顔を出すのは、バッハ風の天上的典雅さだけではなく、同時にきわめてシューマネスクな戯れでもあるところが、私にはいっそう味わい深い…。

というのも、先ほどとは別の選択、つまり2小節目に注目し、その頭の音だけ取り去り、組みかえを1音ずつ後ろにずらし、適宜所どころの音譜を半音移し3小節目の頭音までたどると、ほぼOp54(Piano Conzerto)第2楽章が顔を出す。

 

http://ml.naxos.jp/work/108008
SCHUMANN, R: Piano Concerto Op54 (ギーゼキング/ベーム/シュターツカペレドレスデン) Nr2 冒頭 00:00-00:06 / (04:19-04:23)

*ド♯レミファ♯・シド♯レミ…(Op68-No40)→ ラシ♭ドレ・ソラシ♭ド (Op54)/(あるいはド♯レミファ・シ♭シド♯レ)(Op54)。

 

(↓譜例) RSch op54-nr2 - op68-no40

ラシ♭ドレ・ソラシ♭ド――その後のラソファに当たる部分は、音価の等しい処には見あたらないが、同3小節後半の上昇をかりに下降させておこう…。と次が現れる。ファーレシソラソ・ソ↑ーミド…(上記naxos Op54 Nr 2 - 00:07-00:12)。これは、同フーガ(No40 Kleine Fuge)にではない、No30(Non Title:無題)に――これも直接的なものではないが、そのたゆたうような心情、着地点をさがしたいが降りるに降りられぬ、といった感じのぼんやりとした旋律の名残が――見いだされる。
ピアノコンチェルト Op54 に現れる左手分散和音が、右手の旋律線自身に登場してはいるが、なんとなく暗示的である…。
がここは、聞きようによってはOp54-2楽章から3楽章へ移るさいのド♯-シラ・ド♯-シラ、あの淡くただようクララへの連呼ともとれる?…。

 

補記 Op68では、全体に、タイトルのないものやあいまいなものに於て、つまり No34(Thema)と 3つの題名のない作品(No21,26,30)――どれも B-A-C-H の演習であるが――に、共通している、浮遊感 / 着地点のないもどかしさ は、ピアコン第2楽章の雰囲気にみな、なにがしか通じていくものがある。

こうした表情は、No22 Rundgesang にも見いだされる。この作品の5〜6小節の3度飛びに下降するとおもえばoctv跳ねあがってはまた繰り返す音の描線に、それを彷彿させられる。
(もっともこの作品 Rundgesangは、Op54 Piano Conterto 主題ドシラの連呼の部分の投影にも感じられるし、2小節目の後半の3音を手前に持ってきて移調すると、Op54第1楽章冒頭ドシラ-ラシド-ミレド-、もう一度同じものを踏めば(ド)シ-シ♭ラ-ラ↑というのに近づくとか、同じ3小節目後半から5小節目頭までの線をミレド-ドシシ♭-ラ-ラ↑、とoctv上に飛ぶ音まで垣間見るような気もする。

また先の最後5小節頭の前打音付octv上昇音を手前に持ってきて――ミファミレ♯-ミ-のtrは無視し――3小節目後半の先と同じ旋律に戻ればソ-ファ-ミレ-ドシ(ラ)…など、柔らかい上下向からoctv跳ねあがる情熱のベクトルはほのかに聞こえてくるなど。まぁなににせよ、彷彿とさせるものまで語ろうとすれば、枚挙にいとまはなくなるだろうが…。?)
さて、その次からの暗い情熱のうごめく短調部分――Op54のことを言っている――は、この Op68 ツィクルスの短調に於てはとくに<どれ>とも見あたらない気がするが、それでいてどれにも見出せるような気もする。それは同集のほとんどすべての短調作品の背後とか、基底にうごめく、何か共通の地下に通ずるエッセンスであろう。またメンデルスゾーンの無言歌集の諸曲から来る何ものかでもあろう。
シューマンに於ける短調は、長-短調の境域を彷徨するようなものでなければ逆に、しばしばアタッカーやスタッカーシモなど穿鋭な打鍵――シューマンの短調におけるアタッカーには、無意識の通風坑からふいに劈くように、自我へと上昇してくる超絶的な覚(リアライズ)がある。もしくはそこからさらに覚の覚(リアライズから一歩さがった、状況に対する意味付与。とはいえ、これが本来のバッハ的-東洋無的な悟境の位相ではけしてなく、また悟性の澄明さという強靱な健常性の担保されたベートーヴェン的運動体のままでもなく、“ 狭歪された世界 ” という病勢をまとった位相で行われる、というのがまさしくシューマンらしさなのであるが)を異常な鋭さで呼び醒まそうとする、常軌を逸した穿坑音が、或いはまた、アラベスクやクライスレリアーナに代表されるような、或る種執拗な吃撥音(ずれ)がある。これらはしばしば之を以てまさに狂気を表意するとともにその狂気から自己自身を救出してもいるように思われる――の似つかわしい、暗い情熱の迸るものとなり、そうした曲調は、子供のためのこのツィクルスのあちこちにも散りばめられている(No23 騎手 No36 イタリア水夫の歌など)。が、どちらかと言えばその暗さにもまだ救いのある領域のものも有り、あえてその代表格をこの “ 子供のため ” と銘打たれた曲集の中に求めれば、やはり救済と明るみを見い出しえたかわりに、代償としての苦悩をも呈する、といった意味に於て、Op54に近い雰囲気の萌芽ををたたえた、No19小さなロマンスや ということになるだろうか。

 

話が飛んでしまった…。Op54の「2楽章」を思い起こす、というところに話を戻すと――ファーレシソラソ・ソ↑ーミド…――これらは No30 または No22 をなんとなく想起すると言った――、そのあとのドド♯レシ♭-ラドシ♭ソ(-レ・ミ・ファ)(上記ナクソス Op54 Nr2- 00:12-00:17)、ここには殆どぴったりのがあるのだ…。前半だけのはNo26( Non Title 無題 )の冒頭に浮遊している――ここではドド♯レラ↓ドシ♭ラソ(ファ-ミレ…)になっているが――。後半ラドシ♭ソ-レ・ミ・ファ、だけの部分、はもうひとつある。また小さなフーガ Kleine Fuge に戻ると、5小節目(最後の音譜は除く)の暗示性はそれである。とりあえずこれが帰着点となる。


(↓譜例) RSch op_68-no40 &-no26 - op54-nr2

ばらばらの場所に、残り火のようにして、Op54の記憶の断片が無造作に置かれている。無辜の結晶のような子供のためのアルバムは、やはりクララの灯火なしにはありえない。

小さなフーガ(Op68 No40)については、そのより小刻みにした変容を Op56-第1曲 にも聞く。(もちろん、Op68 No1 Melodie ――この想像力の直接的エサンスは、メンデルスゾーン無言歌集の第2曲目を想起させられる――と No3 Humming、No5 Stuckchen といった三つ子のような3作が、やはり基になっているのではないだろうか。)と同時にこれらの遠い背景には平均律第1巻-prel-1、また2巻のprel-1を、殆ど不可分に考えないわけにはいかない。また森の情景Op82-5曲目なども予告させられる。

 

カノン形式の歌(No27 Kanonisches Liedehen)について、少し触れておきたい。もう一度言うが A.Staier がこの曲をバッハへのオマージュ(Schumann Hommage a Bach)を顕すひとつとして扱ってくれていることに感謝したい。
短調のこの曲のMotiveは、半音階進行を取り去り音階を移せばそのまま終曲(No43 Silverterlied:おおみそか)へと化身する――もちろん、No43 おおみそか のほうが対位法の駆使の仕方もまるで荘厳ミサ曲のなかのひとつのように重厚であり、かつ全音階支配のため、厳粛に聖化される。ア・カペラで唱われてもオルガンで奏でられても美しいはずだ――。
が No27 カノン形式…のほうは半音階が混入しているぶん、たゆたうように哀しげであり、やり場のないシニフィアンとしての情熱の余韻すら、感じさせる。
対位法駆使による完成度の高い作品にしてはやり切れない/わり切れない(aliquant)この歌は、よく耳を澄ますとやはりOp54の仄ぐらい情熱のうごめきに似る。一部、小節ごと組みかえると――つまり1(2)〜7小節までのうち、3小節目と4小節目の順を入れかえる――Op54のアンニュイな部分

(↓譜例 ソ♯ラシ-レドシラ-ラ・ソ♯, http://ml.naxos.jp/work/108008 op54-nr1 11:16-)の音の軌道とそのリフレインに、ほぼ乗るといってよい。(Op16 Kreisleriana にも少し似るが…。)

またこの部分とは別に、13〜14小節の逆転によれば、坑穿的な打鍵の似つかわしいラ-ソファ-ミレ-ドシ-ラ http://ml.naxos.jp/work/108008(op54-nr1 11:55-)も浮上する…。

 

 →次記事へつづく

 

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バッハ、フーガの技法3
2003年10月/2004年1〜12月/2005年1月にHPに記したものを転記。このBlog記事総てがその予定であるが、これも電子書籍化なり、非個人的な何かにいずれ発表の予定

 

2004年12月22日

昨日想ったことを、一度全部清算して考えてみる。

Cp3を考える時――Cp3と未完Fとの関係を考える時――、やはり同時にCp4・Cp5・Cp6(a)・Cp7(a)迄を、とりあえずまとめて、常に考慮に入れて考えなければならない(全く切り離し個別に、というのはやはり無理である)。 その上での、未完Fへと関連づけられる特徴・配置・収斂への役割、etc..の意味を記していかなければならない。 が同時にそれは、「Cp3はこうであり、Cp5はこうである」と言った時、Cp3の中には、Cp5で語った要素(未完F-主題1・2・3・4の何れかの要素)が「ない」ということを表すのでもなく、またCp5ならCp5の或る要素(ACD)に就て重点的に語ったからといって他の要素(B)がない、という訳でもない。 それどころか全ては<予め不可分>であるということ、不可分であるどころか、ふとした付点処理やフーガの拡大縮小、中間音の介在・不介在の手加減ひとつで、或る要素が他の要素に変わりうる(役割を代替しうる)という事を、寧ろCp3・Cp4・Cp5・Cp6(a)・Cp7(a)を「通して」聞けば聞くほど確信する…。

バッハはそのことを実験(実践)しているか、未完Fに向かって着々と備えていたのである。 未完F(Cp14)の4つの各主題は、どれも同じ要素から成り立っている、と言わざるを得ない... それは勿論、最も単純に言えばA1なのであるが(Cp1冒頭・主題)、 A1(∀1)-A3(∀3)、その変奏――(拡大縮小、中間音(含:半音階)介入、付点処理、etc...) この一連の作業を含んだおおきなテーマが、4つ全ての主題の親になっている。

このように、もともと不可分であることを前提にした上で、

・Cp3は主に(未完Fの4主題のうち)まず*第3主題(B-A-C-H)の生起を重点に置いた。 (*…Cp4がA1の真の転回形であるのに比し、Cp3では調的転回形のため) むろん昨日までに述べた諸要素をも曲中に含む

・Cp4では第2主題の基礎的な運動性の確立を重点に置いた。(A1もしくは未完F-の来たるべきA1=第4主題の変形した運動との絡みで。だが半音階性も潜在的に顧慮され、曲想のわりに未完F-第3主題を引きずっている)

・Cp5では、Cp4に比し、中間音介在によってより未完F-第1主題の顕在化が示されつつ、そのA3・3∀系列に於て未完F-第2主題の運動性の展開がなされる。(同時にこれによる運動性の付随的条件により、未完F-第3主題の動きもある。勿論、A3∀3が基調になっちているので、A1は目に見えぬ形でたえず基底にある)

・Cp6では、未だCp5冒頭では後出であった未完F第1主題(前半=∀3)が冒頭に出現する。これは全く未完F(Cp14)の冒頭の類型と重なる。 ここで成立している関係は、 (前に出る∀3の系列と、後出するA3系列の関係) 未完F-第1主題及び来たるべき第4主題(A1)と、第2主題との連携のようにも聞こえるし、第3主題(B-A-C-H)の前-半音階調段階の音型との連携のようにも聞こえる。 A3・∀3は、未完F-第1主題の基礎でもあるが、同時に第3主題の全音階調的基礎のようにも聞こえる。そしてここから生じる(orこれが触発する)運動はつねに第2主題の運動を呼ぶ。

 

2004年12月23日

・Cp7でも、Cp5冒頭では後出であった未完F第1主題(前半=∀3)が冒頭に出現するパターンはCp6に同じである。 したがって、未完F(Cp14)の冒頭の類型と重なる。 が、ここで成立している関係は、低音部で始めに登場するA3の系列(未完F第1主題前哨)に比し、Cp6とは逆に、追って第1・2声部に登場する∀3の系列のほうが、*拡大形になっている点である。

*実際には前出するA3系列のほうが、通常(これまでのCp1から展開されていた主題A1→A3・∀3の形状)の縮小形になっている、というべきであるが、もしこのCp7が、未完Fの4声のうちの来たるべき第4(A1)・第2・第1主題の遁走仕様への有力なデッサンであると見る場合には、第1に対する第4主題(A1の再来)の歩幅を、実践したとも思われたため、このような言い方をした。

バッハは、未完Fにて、来たるべき第4主題の歩幅をどう取るつもりであったろうか。 Cp6ではこの両者(A3と∀3)の関係は逆である。第1声部(∀3系列)のほうが縮小されている。 だが、Cp7に於てもう一つ顕著に思われるのは、第1声部と第2声部による、同じ∀3系列の1小節違いの遁走である。

Cp6に於て、曲想全体が、未完F-第1主題及び来たるべき第4主題(A1)と、第2主題との連携のようにも聞こえるし、第3主題(B-A-C-H)の前-半音階調段階の音型との連携、その実践のように聞こえたこと、また A3・∀3が、未完F-第1主題の基礎でもあるが、同時に第3主題の全音階調的基礎のようにも聞こえ、そしてここから生じる(orこれが触発する)運動はつねに第2主題の運動を呼ぶ、と言うように聞こえたのに較べると、 Cp7の曲想の主題は、全声部を通じ、ともかくもあの邁進する第2主題のより濃厚で劇的な展開の仕様の追求といった感を受ける。

未完F第1主題の前哨(但・縮小形)であるはずの出だしも、その旋律自身の展開から、第2主題の運動仕様を滾々と生み出し、また1・2声部の遁走のやりとりも、来たるべき第4主題の準備という以上にむしろ、中高音部での第2主題の展開、という風に思われ、大まかに言って1・2声部と3・4声部での互いの第2主題の交換的展開をエネルギッシュに織りなしているという風である。 無論、その音の渦中、不思議にその最も根底を、巨大なるA1――来たるべき第4主題といってもいい――が流れている、という風に聞こえる。

 

2004年12月24日

Cp8では、Cp3〜7というA1→∀3・A3の系列が織りなす展開の一群のうち、Cp4〜7までの間遠のいていた、未完F第3主題(B-A-C-H)へと、再び重点が置き直された場所である。 Cp3では主に(未完Fの4主題のうち)まず*第3主題(B-A-C-H)の生起が重点に置かれた。 (A1の「調的」転回形というCp3の半音階的特性を利用しつつ)が、それはA1を基点としていた。 その後のCp4〜7を経たここCp8に於ては、同じB-A-C-Hを彷彿させる手段とはいっても、3つの主題を交錯させる形で、その中に典型的な∀3の付点解除・休止符付着形(∀4とする*)を以て、 *∀4…ラレミγファソラγ (γ…4分休符) これとの絡み合わせによる半音階的世界を展開させる。

∀4(第94小節〜)との交錯的運動によって半音階系の世界を現出させる要素となる残りの2主題(これら2者の方が∀4より遁走としては前出する)とは、冒頭(第1)主題と第2主題(第39小節〜)である。 これら2つの主題は、一体何ものであるか。 これらの生起する由来は何処にあるか...

Cp8第1主題 レ_ドファシ♭シラレソ〜_ファソラソラ_レ(〜…トリル)

これは思うにA3をB-A-C-H系進行に融合させた変奏であろう。 だから、始めのレ_を先に行かせると、あとの旋律は∀4(つまり∀3の付点解除・休止符付着形)と同時進行させた場合、まったくぴったり来る。実際バッハはそうしている。(183小節等)

Cp8第2主題 もうひとつの主題は、先日私が「落下の主題」と指摘したものであるが、これはあの推進力に充ちた未完F-第2主題を、同じく基礎題材にしてはいるだろうが、手法としては寧ろ逆手にとった形であろう。よって、不断に前進し上昇していく気分よりは、ここに第3主題B-A-C-H的系譜を融合させることで、逆に下降的・落下的な雰囲気を醸す変奏となっている。 Cp3で未完F-第2主題を変奏する場合、つまり∀1が変奏の基礎になっていた際は、B-A-C-H系譜の旋律をまぶされて多分にマタイ的になっても、かろうじて前進していた(死の丘へと沈黙の中を進んで行った)が、こちらCp8では、同じ未完F-第2主題!を変奏するのに、このCp8自身の第1主題を基礎にしているという風に思われ、ゴルゴタから紙片が落下するかのようである。いずれにしてもCp8では、∀4との交錯的進行をはたすどちらの主題も、B-A-C-Hの洗礼を受けているようにみえる。

 

2004年12月25日

Cp9 ふたたび未完F-第2主題の推進力と疾駆――とはいえ未完Fの第二主題は往々にして疾駆というより疾風のようにも聞こえるのだが――の彷彿する楽章だが、Cp6・7、ことにCp7を通ってきた耳には、A1*の展開術として理に適った実に自然な変奏スタイルである。それでいて未完Fに向けて着々たる第2主題の疾駆への準備が整っていく。

*…展開術でもあり併走術でもある(35〜44小節/45〜53小節etc.)  尚、一小節半ずらす、などすれば未完F-第1主題(A3+∀3系譜)とも併走しうる。 これを以てA1(=来たるべき未完F-第4主題)の変奏スタイルであるばかりでなく、未完F-第1主題の変奏スタイル、ということが、できるだろうか。 冒頭主題は、これまでの冒頭主題の5度飛びをしのぐ、ちょうど1octvの飛躍だが、1octvの飛躍(上昇乃至下降)は、前述のCp7**でもよく聞くと登場し、もう無意識にも耳慣れていた。

**…Cp7に於る1octvの飛躍箇所 -上昇- 32小節(第1声部)・33小節(第三声部)・38(第4声部)・51小節(第2声部) -下降- 44小節(第4声部)・47(第4声部/途中付点介在、旋律切断)・51小節(第4声部/途中付点介在、旋律切断) 等々 2004年12月26〜27日 日付が前後するが、今度Cp10・11を記すに当たって、その前提に必要なより具体的な掘り下げを、Cp8(前々日:24日分)とCp9(前日:25日分)とに追記しておかなくてはならない。

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Cp8(04.12.24)

>これら2つの主題は、一体何ものであるか。これらの生起する由来は何処にあるか...

Cp8第1主題 レ_ドファシ♭シラレソ*〜_ファソラソラ_レ (*〜…トリル)  これは思うにA3をB-A-C-H系進行に融合させた変奏であろう。

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追記1 これについて。 まずこの主題を、Bと呼ぶ。 この主題(B)の転回形§が、Cp11の第2主題となって登場する。 (同時に§は、転回前=Bと、Cp10-第1主題=E、との融合としても位置づけられると思われる)

ところで 何故、「A3をB-A-C-H系進行に融合させた」と云えるかに就て、詳述する。 ここではB-A-C-Hの、組み替えが行われている→C-H-B-A 冒頭第1〜5小節 (レ_)ド-(ファ)シ-♭シ-ラ(レ)(ソ)

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>だから、始めのレ_を先に行かせると、あとの旋律は∀4(※つまり∀3の付点解除・休止符付着形)と同時進行させた場合、まったくぴったり来る。実際バッハはそうしている。(183小節等)

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これに就て。 追記1-2 ※∀3の付点解除・休止符付着形=∀4 γラ_レ_ミ_ γファ_ソ_ラ_ γ♭シ_ラ_ソγ_ γ[ファミ]ファ_ソ_...

これ、∀4の転回形が、Cp11-第1主題として今後登場する→A4

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Cp8第2主題

>もうひとつの主題は、先日私が「落下の主題」 と指摘したものであるが、これはあの推進力に充ちた未完F-第2主題を、同じく基礎題材にしてはいるだろうが、手法としては寧ろ逆手にとった形であろう。よって、不断に前進し上昇していく気分よりは、ここに第3主題B-A-C-H的系譜を融合させることで、逆に下降的・落下的な雰囲気を醸す変奏となっている

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これに就て。 追記2 この主題を、Cと呼ぶ。 この主題(C)の転回形が、Cp11-第3主題として登場する→⊃(徐ろに上昇する系譜) ところで、ここ(Cp8-第2主題:落下の主題=C)で何故第3主題B-A-C-H的系譜が融合している、と考えるかに就て。 ここでも、B-A-C-Hの組み替えが行われている。H-C-A-B 準備段階――この主題と初登場:第39〜41小節 H-C-A-Bへの3度下での組み替え (♭シ_⌒♭シ #ソラララ) #ファソソソミファファファ(#ドレ) ここでは落下主題(第2声部)そのものはまだ準備段階だが、同時に進行する第1声部が、先程述べたBの主題のがわが、上、冒頭第1〜5小節と同旋律にて組み替えC-H-B-Aを行っている。

(レ_)ド-(ファ)シ-♭シ-ラ(レ)(ソ) 本丸――第43〜45小節 H-C-A-Bへの組み替え (♭ミ_⌒♭ミ #ドレレレ)シドドドラ♭シシシ(ラソ#ファソ) この他、第180〜183小節などにもこのような組み替えが見られる(第1・2声部) C-H-B-A..CB..B..A-A (#ドレ)ドシ ♭シ(ラ)ド[シ(ラ)]シシ(#ソ-ラ-ラ

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Cp9 ↓レ↑#レ_- #ドシラソファミレ #ドレミファレミ #ファソ #ファソラ ♭シソラ ♭シ ♭シラ

この第1主題について。 これをDとすると、Dの1度下の反行形が次Cp10の第1主題(=E)後半に登場する。 それと同時に、ここでも重要なのは、 やはりここCp9-第1主題=Dでも、B-A-C-Hの組み替えが行われている。 冒頭第1〜5小節 (#C)-H-A…ABA..BBA (↓レ↑レ#_-)#ドシラ(ソファミレ #ドレミファレミ #ファソ #ファソ)ラ ♭シ(ソ)ラ ♭シ ♭シラ

※音楽の性質上、A〜C(ABHC)間で着脱を行うと、必然的に上のようにE〜G間にも同時に着脱の連鎖反応が生じる。

★尚、ここで連鎖的に着脱反応を起こしているE〜G間は、実際未完Fに於てもBACH主題(第193小節〜)との5度差同旋律がすぐに登場している(一小節半遅れ:195小節〜) 第8〜10小節 H-A-A-H-C (↓ラ↑ラ_ #ソ #ファミレド)シラ (#ソ)ラシドラシド ↓↓(HからBへ) 第14〜15小節 B-A-C-B-C-B-A (ドファミレミレド)♭シラ(レ)ド ♭シド ♭シラ (#ソ)

このようにA〜C(A→B→H→C)の音域にて頻繁に半音の着脱(B⇔H)をしておくことでBACHへの布石になっていると思われる。

 

2004年12月28日

Cp10 これは所謂4声部二重フーガ、10度の二重対位と言われる所である。 第1主題も第2主題もそれぞれ二重フーガをなし、――第1主題の響きは(10度という事は3度でもあり)殆どホモフォニックに近い――、第2主題のフーガはその1つの声部に第1主題を取り込む。 第1主題(冒頭より出)、のパターンをEと呼ぶことにする。 ところで何故何処からこの旋律が現出してきたのか。おそらくこれもやはり例のA3・∀3を基いにした変形であろうが、より近い存在としては、Cp8に登場した主題∀4(とそこから容易に想像されるA4。A4は未登場であるが翌Cp11にじき現れる)を、同じCp8のB主題(A3・∀3のB-A-C-H変容)と融合させたものであろうと思われる。 同じく、じき現れるCp11、Bの転回系§は、B以上にこのEを彷彿させる…。

このE――ホモフォニックな二重フーガ――をなすうちのうちの一方(第1小節〜)、 γ#ドレ↓ラ γファミ↑ラ レミファソラ ♭シド⌒ド#シラソファ... (γ…休止符) このフレーズパターンが、何度と無くポジションを高低し繰り返されながら、10度(3度)の二重フーガを織りなすに至る。 上のこのフレーズが、まず冒頭(第1〜4小節:第2声部)に出現し、 追ってまもなく第3〜7小節第3声部に出現 γ♭ファソ↓レ γ♭シラ↑レ ソラ ♭シドレ ♭ミファ⌒ファ♭ミレド♭シ... するが、ここまでのフレーズでは、(この中からA-B-H-Cの要素だけを抽出してみると) (Hよりも)Bが支配的である。 A...A...ABC⌒CBA... ....BA...BC...CBA が追ってまもなくその転回形が出現、(第7〜10小節:第4声部)、また被さるように同-転回形出現(第8〜11小節:第1声部)。 γファミ↑ラ γ#ドレ↓ラ ミレドシラソ#ファ⌒#ファソラシド... γドシ↑ミ γ#ソラ↓ミ ラソファミレドシ⌒シ #ドレミファ... こちらではHが支配的になる。 ...A...ACHA...AHC CH...A.A...CH⌒H...

また第13小節から、変則Eが現れる。 (何故変則かというと、パターン通りなら本来、γ#ファソ↓レ γ♭シラ↑レ、となるところを、バッハが遁走の都合上 γ#ソラミ γ♭シラレ、としているからである) γ#ソラ↓ミ γ♭シラ↑レ ソラシ #ドレ ♭ミファ⌒ファ ♭ミレド ♭シ.. ここではワンフレーズの中での支配がB→H,H→Bへと交代させられている。 ...BA...AH...CB (Eに当てはまらない、同時進行の他声部でも同様にH→B→H→Bとめまぐるしい交代がある。)

次に23〜29小節には、3つの声部に渡り∀3(乃至変則∀3)が出現するが、ここでもB⇔Hの盛んな交代がなされる。(※併行する他声部でも同様) A...ABA...(※...A...HA.AHC...AB..A.A) AHA... AHC... AHC

 

2004年12月29日

Cp10のつづき その後、第37〜38小節でA1’のような音型が現れ(第1声部)、その後、Cp11以降に続くカノン群をすでに予感させる様な旋律が続き(39〜42)、 それから再びE主題の登場、B支配がはじまる(第44〜47小節:第3声部) γ#ファソ ↓レ γ♭シラ ↑レ ソラ♭シドレ♭ミファ⌒ファ♭ミレド♭シ... ...BA...ABC......CB (他声部も同様、B支配) 次の変則E到来では、逆にH支配(第52〜55小節:第2声部) γ#*レファ ↓ド γラソ ↑ド ファソラシドレミ⌒ミレドシラ...

*…変則でなければレはミになるところ ...CA.C..AHC.....CHA (他声部も同様、H支配) その後Cp9第1主題=Dの、E(後半)的変形を思わせるような旋律が各声部で相次いで遁走し、のちにEが再来する時、(第75小節:第4声部) 最初に出てきたE(第1主題)-その1の3度下のポジションで展開される=E-その2。 ここではもう第2主題=∀3との併走が同時に行われる。(E-その2と∀3との、10度二重対位)

この後の、E(第1主題)は、必ずその1とその2、両者によるホモフォニックな形をとって、3回登場(85,103,115小節〜、うち85,103は変則)するが、第2主題との10度(3度・6度)の二重対位という組み合わせで行われる。(E-その1&E-その2と、∀3との、10度二重対位) そして∀3の二股は、 ラ_レ_ミファ_ソラ_ ♭シ_ラ_ソファ⌒ファミファソ.. ド_ファ_ソラ_♭シド_ レ_ド_♭シラ⌒ラソラ♭シ.. 10度二重対位の完璧な形は75〜と115〜小節のものである (前・後者ともにE-その2と2つの∀3の対位。)

このうちまず、75〜小節のEは、B支配。 γラ ♭シファ γレドファ ♭シドレミファソラ⌒ラソファミレ... AB...C...BC.....A⌒A... この際同時に併走する第2主題としての∀3の2旋律も、 ド_ファ_ソラ_♭シド_ レ_ド_♭シラ⌒ラソラ♭シド C...ABC.CBA.ABC ラ_レ_ミファ_ソラ_ シ_ラ_ソファ⌒ファミファソラ A.....ABA....A という具合に同じくB支配である。

次の85小節〜も、一部変則的なので補ってEと∀3の二重フーガとして考え、同じくB支配。 103小節〜も同様、115小節〜も同様。 ということで、75小節以降完璧な10度二重対位が現れてからはB支配が最後まで続く。

 

2004年12月30日

Cp11 3つの主題(∀4の転回形=A4・Bの転回形=§・Cの転回形=⊃)による4声部三重フーガ。 まずCp11-第1主題、A4に関しては、前に∀3の転回形としてA3が登場していたことと、前もってのA4の登場によって、推察が容易であり、すでに聞きなれたかの感がある。A3の付点を除去し、始めに休止符を添えたパターンである。 ところで、 先日Cp10での主題Eに際して、

>E 何故何処からこの旋律が現出してきたのか …例のA3・∀3を基いにした変形であろうが、より近い存在としては、Cp8-主題∀4(と >そこから容易に想像されるA4+A4 >(A4は翌Cp11にじき現れる)を、同じCp8-B主題(A3・∀3のB-A-C-H変容)と融合させたものであろう... 同じく、じき現れるCp11、Bの転回系§はB以上にこのEを彷彿させる。

と記したが、 ∀3やA3、乃至∀3+A3がこれまでの殆どの主題・変形主題の基いとなっていたのと同様、∀4・A4、また、∀4+A4が、Cp10やCp11、ひいては未完F(第1主題や第3主題B-A-C-H)に直接間接、役割を果たしているか或る種の融合を与えているであろう事は間違いない。

B(§)の確立に∀3+A3が、ここからB-A-C-H変容への基いを与えているのと同じように、Cp10-Eの確立には、∀4+A4が、∀4+A4からB-A-C-H変容へと至る基いを与えている。 殊にEをなす音律の中でも、冒頭のものの3度下(=6度上)の再現、 γラ♭シ↓ファ γレド↑ファ ♭シドレミファソラ⌒ラソファミレ.. のほうは、そのポジションのままCp11-§の成立に結びつく。 これはたんに、§がB(Cp8-B)の転回形であるばかりでなく、§がBとEとの融合点でもあることを示しているといえる。と同時に§が、EをさらにB-A-C-H変容(乃至は半音階変容)させたものでもあることが理解できる。

またCp11-第2主題に関しては、 Cp8に於るBでは レ_ド ↑ファシ ♭シラ ↑レソ... ..C..HBA...  という仕方でB-A-C-Hの組み替えがなされていた。(∀3+A3をB-A-C-H変容させていた。) Cp11に於る§では、 ラ_♭シ↓ファド #ドレ↓ラミ... ..AB...C..A. ということになり、Hはない。 (がこのB→§への転回は、Hが転回軸になっていることになる。) またもし、これの上下向を無くし、 ラ_♭シ シド #ドレ #レミ... とすると ABHC....となり、何れにしてもA〜Cのポジションをめぐってのフレーズ作りであることがわかる。

また第3主題――所謂、落下の主題(C)の転回形:徐行的上昇の主題――であるが、これは非常に未完FのB-A-C-H(第3主題)へ向けて示唆的である。 この主題(⊃)の開始は第89小節からであるが、 ♭ミ⌒(♭ミ)レファファファ #ミソソソ #ファ... その直後、90小節には ♭シ⌒(♭シ)ラドドドシレレレ #ド... B⌒(B)-A-C{CC}-H... が登場する。(→未完F-第3主題への布石) このパターンは、以前Cp9の冒頭に於て 第1〜5小節 (#C)-H-A…ABA..BBA (↓レ↑レ#_-)#ドシラ(ソファミレ #ドレミファレミ #ファソ #ファソ)ラ ♭シ(ソ)ラ ♭シ ♭シラ というように音楽的性質上、A〜C(ABHC)間で着脱を行うと、必然的に上のようにE〜G間にも同時に着脱の連鎖反応が生じたり、 実際ここで連鎖的に着脱反応を起こしているE〜G間は、この未完Fに於てもBACH主題(第193小節〜)との5度差同旋律がすぐに登場している(一小節半遅れ:195小節〜) と指摘したのとまったく同様であり、BACHへの予告である。

 

2005年01月07日

フーガの技法、再開。 これから触れる群は所謂カノングループと、鏡状フーガグループであるが、これらに関し、自分自身のフーガの技法分析の中で触れるべきかどうか、《全く》逡巡する面が無かったとは云い切れない。 というのは、これらの2グループが、――たんなる知的パロディであるとか、トヴェイが仄めかしたとされるように「カノンの芸術」とでも言うべき別のシリーズの為の予備的スケッチであった、といった意見などもあり、未だ確定的な結論が下せていない、とされる音楽解釈史的現状の中、あえて(私自身の判断としては)、――これらが「フーガの技法」の構成要素であることは100%明らかであると考うにしても、同時にまたこれらが、一種「挿入」章的・機知-遊戯的ニュアンスを帯びた部分であることも、おそらく確かであろうことから、ここまで既述してきたコントラプンクトゥスらとの比較に於て、これらの群の存在がこれまでと全き「同質性」を有つ、と肯首できない側面がある、ということも、やはり出来るからである。

だが、例えば優れた文学の大作にも挿入章があり、また幾らかは演戯的部分という面も存在する、存在して一向に構わぬどころか、寧ろその作品全体とその存在感に、或る種のふくらみをさえ与えるように、徹頭徹尾「構造的」音楽、といえる物の中に、そのようなニュアンスの部分が含まれることに対しても、またそうした部分に自分自身、逐一触れていく事に関しても、躊躇することはあるまいというありきたりの結論から、これらのせっかくの美しく、汲み尽くしがたい部分にも、触れておくことにした。

ただここにはまた、これまでの部分とは違い、曲順や、確定稿・未確定稿の是非論などの問題も同時に介在してくることから、これらの部分に触れることが、正直厄介な側面も無きにしもあらずである。 が私としては、カノングループ・鏡状フーガグループに於ては、楽譜の確定・未確定稿の問題に関してまではともかく、曲順に関しては、構造的-多元的思考の音楽として当然の由来から、バッハ自身でさえ決めかねていた形跡のあるこの問題に関し(こうした或意味での同時性・多角性・多発性もまた、弁証法的思考と発展法則の表証なのである)、かならずしもはっきりとひとつだけに順序立てて配置される必要性もないだろうと思えるし、その時々の演奏の趣向や作品に対するスタンス・解釈上の相対的視角(=アプローチ)の問題etc...から、ある程度自在な配置可能性、解釈の余地を保っておいて結構なのではないかとの感を抱いている。

この感覚はこの作品に触れて間もない頃、まだ自分なりに深入りする以前から抱いていた、漠然とした印象からも変わることはない。 幸い、これを書くにあたり、私の最も日常よく耳にしている2つのディスク――ミュンヒンガー指揮SCO演奏(LondonSP-1965録音版)とヴァルヒャのオルガン演奏(Archiv-1956録音版)では、ともにグレーザーの解釈・曲順指定に依っていることもあり、この曲順*に従って、これから触れていくことになると思う。

*曲順を、一応敢えて結論づけしなければならぬとしたら、グレーザーの考えがおそらく最も妥当なのであろう。 私としては、例えば中高声部⇔低音声部へと行われる、作品間の自然な橋渡しといった側面や、Cp11で現れた主題(§)がカノングループのA8の背後に通底して聞こえてならない点などから、他にも可能性がありそうな気もする。 (ただ主題の関連性が、必ずしも直ちに曲順に(「=として」)、反映されないことも考えられるであろう事は当然であって、「フーガの技法」とはまさに、そういう複雑で多面的事情を抱えた音楽であることが、つねに考慮されなければならない。) これは触れられれば後に触れる。

何れにせよ、これらカノンと鏡状フーガグループの存在が、フーガの技法の立派な構成要素であることは間違いないだろう。 それは、何か別の作品かシリーズの為の草稿であるにしてはあまりにも共通した、否、全く以て通底している主題の展開(Aや∀のスタイル)と、そこから派生変奏されて来たこれまでのB(§)やC(⊃)のスタイルとの連関性からしても確かなことである。 ただ、これらカノンとフーガグループを「ここ」に挿入する場合、このグループの終わりからいよいよ未完Fへと収斂する際にもう一つ何か、前哨となる練られたステップが必要だったような気がする、というのも、――それはつまり、これらの前、殊にCp11で、未完Fへと移行するために形成された主題たち、せっかくの迫真的な流れであったあの「§」や「⊃」が、ひしひしと物語っていた壮絶なものを、これらの群挿入章の後、再び決定的に活かす為の、そしてこれまでの蓄積をより未完Fへと直接的に繋げる為の、何らかの要素であると思われる――もうひとつ正直な感覚である。 がだからといってその保留の感覚が、これらのグループの音楽たちを、「フーガの技法」に属する確定的要素として存在出来なくさせる要因となることなどありえない。

 

2005年01月09日

この前の記事で、カノン・フーガグループに関しては、それ以前の群に比し曲順にこだわる必要性もないのではないか、と記し、実際曲想からも音楽的,思考-発想の性質からも、確かにそう云えるとも思うのだが、ただ実際にバッハがひとつの曲集として実際この「フーガの技法」を――もし未完Fをも仕上げる所まで彼が生きられた場合に、であるが――彼自身の手で最終的に「仕上げる」際には、曲順に関してやはり一応は、こだわらざるを得なくなっただろうなと推測する時、Cp11の終了から、未完Fのはざまにこの群を置くのに、実際どのようにしたら最も自然に――と私は考える――組み立てることが出来るであろうか。 これはなかなか興味深いことである。 自然に聞こえる、ということは、諸作品自身と作品(諸々の主題)間の関係に於る様々な要素と側面を統合し、よりよい選択をする、ということであろうが、その結果ごく「耳触りのよい」仕上がり、になるという事は、じつはその背後の様々な要因を巧く処理しているということでもあるに違いない。 あの曲の次にこの曲が現れることの自然さ、それは、たとえ曲群が区切れまた次群に移行する際にであっても、かなりの程度要求されはしないだろうか。 そう考える時、私としては――少なくとも今の段階ではどうしても――レ(=D,主音)が主役として長く響く(殊に低音部にて印象的)Cp11のA4・§・⊃の絡みが織りなすあの劇的な収斂作用の後、すぐさま主題∀5の「ラ(A音)」が来る、というのは――つまりBWV15番(グレーザーによれば12番目=Canon alla Ottavia)が来る、というのは、――何か毎度ディスクが切り替わる度、若干の違和感を感じてしまう。

では、何が来ればしっくりするというのか... 私にとっては、やはり主題A8の登場がすんなりと受け容れやすい。 つまりBWV14番(グレーザーで15番目;Canon per Augmentation in contrario motu)である…。 何故ならA8は、Cp11の§や⊃とのそのまま遁走も可能な程に同じ動機が通底し、同時にみづからが主題の出だしから半音階進行色が濃厚(開始ではミの♭脱着が頻繁)で、この後延々と続く旋律が連動的にA-B-H-C間の動き、殊にシの♭脱着(B⇔Hの行き来)が頻繁となる性質である=未完F-第3主題の前哨。 実際高音部のVn,低音部のCv、これら掛け合う諸旋律、ともになめらかにBとHを行き交う。 と同時にこのA8自身、A4と∀4――Cp11にはA4主題そのものばかりでなく、転回形、∀4も登場する(第76〜80小節)ために、このBWV14のスタイル自身*にも似つかわしい。

*第5小節目〜のvc(チェロパート,A8の転回形兼時価2倍)の動きは、∀4(∀3の、といってもよいが)のvariationである。 ということで、非常によく繋がるのである。 だがもしそれゆえに、カノングループの先頭がBWV14(主題A8)より始まる、となるとすると、この曲の終了仕方の後、耳にしっくりくるものはA6(BWV17;グレーザーで13番目)であり、次には∀7(BWV16;グレーザーで14番目,フルート&ヴィオラ)が待ち遠しい。 ここでこれらの楽器のすべらかな音色による頻繁な半音階着脱+音の跳躍で過ごす3つや6つに連なる8分と16分の連音符を聞き慣れた後、∀5(グレーザーがカノンの最初=12番目とするBWV15)の「16分音符×3」の連音符進行を聞く、ということになる訳**である。そして鏡状フーガのBWV13;グレーザーで16番目のA9・∀9に移行、ということになる。 これも、案外しっくりくるパターンではないだろうか。

**…ただ本当はこのフルートのカデンツァで、またA8に戻りたくなる感覚もあるが...グレーザーやフスマンは、事実そうしている。 否ほんとうは∀5を飛ばして∀7の最後(フルートのカデンツァ)からそのまま鏡状フーガA9・∀9へと移行したい程である。 つまりそうすると∀5の存在位置がなくなってしまうということになる... Cp11の後、A8を耳に出来ず、∀5(開始はラ=A音)をいきなり耳にする違和感と、∀7のカデンツァ後、(∀8へ至れず)∀5へと渡る違和感と、どちらがより大きいであろうか。

 

2005年01月10日

>Cp11の後、A8を耳に出来ず、∀5(開始はラ=A音) をいきなり耳にする違和感と、∀7のカデンツァ後、(∀8へ至れず)∀5へと渡る違和感とどちらがより大きいであろうか。

であるならばいっその事、 A8(BWV14;グレーザー15番目)→A6(BWV17;グ13番目)→の後、 ∀7(BWV16;グ14番目)へ行かずに先に∀5(BWV15;グレーザーがカノンの最初=12番目とするもの)に行ってしまい、(カノングループの)最後に∀7へ移行する方が自然である。(曲の終わり方、次曲の始まり方を考えても。) そしてどのみち∀7→A8へと移行する自然な道が(私の考う方法を採る場合)すでに閉ざされてしまっているなら、∀5→∀7という順を巡り、∀7のなめらかなシンコペーションからそのまま鏡状Fグループの最初(∀9・A9)へと移行してしまうほうがはるかに自然で耳障りもよい。

とまれ、ここでこの問題を云々していても仕方がない。 次回からグレーザーの曲順にしたがい、BWV15(∀5)から分析に入る。

 

2005年01月11日

もうひとつ、グレーザーとフスマンとでは意見の異なった場所、つまりカノングループと鏡状フーガグループの順序の問題に就てだけ触れたい。 フスマンは、鏡状Fグループを、カノングループより先に置くのである。 中の曲順に関しては、二人の意見は変わらない。 これをどう考えたらよいか。 つまり未完Fの到来を直前に、カノンGの最後BWV14(G15;A8)を置くか――フスマン、鏡状Fの最後BWV12(a4;A1・∀1)を置くかということである。

どちらの最終曲も、ともに未完Fの前哨線的意味合いをおそらく他曲以上に多分に含む曲だといえる。 結論を云ってしまえば、私の感覚だとおそらくグレーザーのするように、カノングループを先に置き、鏡状FのBWV12で締めくくる――未完Fに渡される――、とするほうが(BWVの終わり方を噛みしめて思う時...)より強力であり荘厳だろうと思われる。 勿論、二人がともにカノングループの終わりに配置しているA8主題のBWV14も、カノン群の中で最も主題A系列の展開とともに未完F-第3主題の準備も着々な半音階脱着性の最も頻繁なスタイル――私自身にとっても、未完Fに近いCp11(§・⊃)の要素にグループの中で最も重なると思われる――となっており、カノンの中で最も意味深長で神妙な音楽であることはたしかであるが、鏡状Fの最終曲(曲順に関して私も全く同意したい)と比した場合、やはり後者を採りたい。 厳粛なコラール風の、この鏡状F-BWV12(A1・∀1)には、暗に全ての未完F主題への前兆――(控えめではあるが)B⇔Hの交換はもとより、第1,第2、そして勿論来たるべき第4(A1)主題――が、存るのである。

 

2005年01月12日

カノングループ BVW15;グレーザー12番;主題∀5を巡って Canon alla Ottavia それにしてもバッハが「フーガの技法」を貫く調性を、このポジシオン(ニ短調)に据えたこと自体、如何にBとHの交換作用を曲想の前提に置いていたかを物語る。 この点に於てみても、未完F第3主題を発想の前提にバッハがこのフーガを書いたということ、その意図を、真っ向から否定するレオンハルト等の人々の意見が、私には理解し難い。ニ短調とは、そもそもBとHの交換を音楽上余儀なくされ、或いは円滑自在に進めるための調性である。 このグループの存在は今以て謎であるとされる、カノン群。たしかに精神によってというばかりでなく多分に機知に富んだ発想からも、創作されている感はある。しかしそう云われるこのグループの筆頭とされる当BWV15でさえ、多分にB⇔Hをめぐる半音着脱、BからHへ、HからBへの精妙な交換作用が意図され、未完Fのうち最も象徴的なかの第3主題への準備がそこはかとなく施されている。

B-Hを巡る半音階の着脱は、以下の通りである。 第1声部の動きを主眼にして記すと、 まず第1〜8小節前半まではB支配であるが、8小節のH音から9小節まではH支配へ交換される。10小節〜11小節にはBへ戻る。 15〜18前半ではまたHが浮上したと思うと、18後半〜24にはすぐさまBが主役に躍り出る。25から再び30の最後尾にBが出現するまでは、またHが主役となっている。30最後尾のB音から39小節のHまでは、交代劇である。39からはしばらくの間明るいH支配が続く(〜62前半迄。) 62小節の中間にBが出現してからは、73までその支配となる。74の後尾にHが出現するが、まだBを主体とする旋律が80迄つづく。 Finale、とされるパッセージ(81〜最後迄)では、ほぼ2〜4小節毎に交代劇となり、最後はBの支配で終わる。 最終盤、殊に101〜102小節。この終わり間近の旋律はBしか登場しないが、その半音階メサージュは多分に未完F――第1主題(レラソファソラレ)の変容とともに――第3主題の半音階進行特有の精妙さを、意識させる。 ♭シ ♭ミレ ♯ドレミラ

またこの曲には、これ以外の未完Fに於る他の主題の予兆も、感じられる。 主題∀5は、ジーグ風リズムではあるが∀1が基いとなっている。(若しくは∀3と言ってもよいだろう。) 他曲と同様当然つねにA1が基底に流れているといえるが、この曲独自にはその遁走を通しての変奏スタイル、例えば第5〜6小節の第1声部のパッセージなどは(このスタイルは、全く同旋律を4小節遅れで追う第2声部のそれを含め、何度か繰り返される。9〜10小節,変形パターンとして20〜22,29〜31小節等々) 或る種未完F第1主題の変形ともとれる。 (※視点を変えると、当パッセージ・未完F第1主題ともに、∀1(∀3,+A1・A3)の変奏であると云えるだろう。) そしてまた、この曲の全体、すなわちカノン形式を用いたここでのA1主題の展開仕様そのものが、未完F第2主題を目指している(リズムこそは9/16だが、音列そのものに見い出せる意図として。)

 

2005年01月13日

カノンBWV17 グレーザー13番 Canon alla Duodecima in Contrapuncto alla Quinta

未完F第3主題というのは、特有の雰囲気を持っている。 通常主題、とされる最初の3〜4小節部分のみの中にも集約的に充分示される通り、B支配(古旋律のような、レミファソラ ♭シドレ)のtoneから、近代の短調旋律であるH支配(レミファソラシ ♯ドレ)へとまさに上昇しようとする現場のような主題である。その部分ばかりでなしに、未完Fの中で繰られる主題の流れ、あの<全容>を考えても、旋律の動きはたえずHへの上昇と加えて更なる上昇(ホ短調への転調示唆)と逡巡、暗い逆戻り、また繰り返される上昇志向と後退、というように非常に悶々とした、かつ激烈な仕様である。 B-H運動に関わっているのは、何も第3主題のみではない。冒頭から出現する第1主題も、第2主題も、そもそも未完F全体で鳴らされる旋律の全てが、ニ短調という場、この位相にしてこそ可能な妙を駆使しながら、それぞれに壮絶なtoneでこの精巧なB-H劇を物語っていくといっても過言でない。だから第3主題が登場する迄には、その<精妙なる可変性>への凄絶なる準備が、すでに十二分に整っている、といった風である。

さてカノンであるが、動きの細密な6連音符には始まる、二重対位法によるこの12度カノンは、例えば未完Fの全体的な印象としての精神性などと較べれば、やはりバッハらしく暗く知的であるが、凄絶さというよりは寧ろ見透かすような機知に富んでおり、透徹して視界が明るい。 だがここにて8小節差で織られていく双つの見事な旋律には、巧妙なBからH、HからBへと繰り返される問答の糸が、やはり貫通している。 未完Fより暗鬱とした感がないのは、短調〜別の短調への転調の合間をつなぐ、長調(めいたもの)の介在時間が長いからということもあろう。

これは未完F(殊に第3主題に典型的)にもある現象だが、音楽的には古調めいたニ短調(レミファソラ ♭シドレ)から近代的なニ短調(レミファソラシ #ドレ)に移調するには、その前提または間に長調(めいたtone)を介在させなければならない。 未完F第3主題では、――頭の中で、その旋律に添う和音の移行を思い描けば分かり易いが――あのB-A-C-H… ♭シ-ラ-ド-(natural)シ-#ド-レ-#ド-シ-#ド-#レ-ミ-シ-ミ-レ-ド#ド-レ...:第193〜201小節)という一連の短調旋律を分析すると、 まずB支配の古調めいたニ短調旋律(♭シ-ラ-ド;この時([ハ長調前提]→ヘ長調の和音が添う)⇒次にH支配の近代的短調旋律(シ-#ド-レ;ト長調→ニ短調添)⇒#ドシ #ド (イ長調添)⇒#レ_ミシミレ(ホ長調添)⇒ド(イ短調添)_⇒#ド(イ長調添)⇒レ(ニ短調添)、この後紆余曲折して束の間ハ長調に安んじ、すぐにまた同旋律を繰り返す、というふうに、暗にめまぐるしい長調乃至短調に添われた転調を内包している。

もっと単純化して言えば、(前提:ハ長調)-へ長調-ト長調-ニ短調-イ長調-ホ長調-イ短調-イ長調-ニ短調...(ハ長調)、という具合である。 これと似た兆候が、――もっと長調の占める息は長いが――このカノンBWV17にも見られるのである。 最も頻繁な転調(めいたもの)を示すのは第25〜34小節辺りで、ハ長調-(イ短調)-ニ短調-(イ長調)-ハ長調-古調ニ短調-(イ短調)-近代ニ短調、という形である。これは未完Fを殊に彷彿させる。 これ以外にも、B⇔H間の交代が、様々な転調を喚起している。B→Hの交代がニ短調からイ短調への転調のきっかけを与えたり(5小節)、H自身がイ短調からイ長調への移行を内包したり(18小節)、HからBの交代がイ長調からヘ長調への移行を呼び覚ましたり(19小節)再び今度はBからHへの交代でヘ長調からハ長調へと転調(23〜24小節)している(この後イ短調へ)。

このカノンの主題は基本主題A1を装飾し変形した形になっているが、Cp10-E主題などとの併走も可能な主題のように思える。また直接の併走は出来ないが、未完F第2主題(途中までは併走可能である)を生み出すか、変容させつつ生み出す可能性を抱いていると思われる。未完F第2主題をそれぞれに想起させる要素があるのは、他のカノン群の曲たちもおそらく同様である。

 

2005年01月14日

カノンBWV16 グレーザー14番 Canon alla Decima in Contorapuncto alla Terza

基本主題の転回形∀1のシンコペーションである主題∀7。 細かく複雑な書き方をすることも出来るだろうが困難なので、この曲の特徴をごく単純化した表現で記すと、ニ短調という調性の曲とはいえ、内実としては主にへ長調系(へ長調志向,若しくは内在・前提の)古-ニ短調とハ長調系(ハ長調志向,若しくは内在・前提の)近代-ニ短調)と、また時にはイ長調系(イ長調志向,内在の)近代-ニ短調の交代劇、ということになる。主に、である。

もう少し細かく言えば、ホ長調やハ短調、ニ短調(ニ長調?)、イ短調、変ロ長調、変二長調などのニュアンスも含まれる部分があると云えるかも知れない。が大ざっぱに言って全体的色調として明る目のこのカノンは、そのニ短調という位相の中で実はへ長調・ハ長調、時にはイ長調とも言うべきtoneを伏在させつつその志向性を巧妙に交代し、展開していく楽章だと云える。

それは勿論のことながら、めくるめくB⇔Hの交代劇が及ぼす作用としてそうなるのであって、その因果関係からBを含む調(ヘ長調)とHを含む調(ハ長調・イ長調)が暗示的に背後にうごめくのである。 中でも興味深いのは、B支配とH支配が同一小節の中に見事に混在している、例えば第20〜21小節などの場所である。 高音部(ソプラノ)はその少し前からずっとB支配のtoneを保ちつづけているが(=ヘ長調志向的二短調)、低音部(バス)はこの時――20小節後半〜――H支配に変わり(=イ長調志向的ニ短調)、得も言われぬ巧妙な遁走を成立させている。この小節はBとHの支配両義性を帯びることにより古調と近代調の二重性を帯びている。31〜32小節など同様。

尚、第40小節から、ソプラノとバスの役割は交換され、冒頭からここまで10度のカノンを保っていたものが、以後は二重対位法により7度カノン(octv-C)へと転じている。 当カノンも他と同様、全容としてそうであろうが、殊に7小節後尾〜8小節のバスの動き、11小節後尾〜12小節のソプラノの動き(これらの転回形が15〜16,19〜20にあるが)、28〜32小節ソプラノの運動線などは、(octv飛びで幾らか極端化したうごきであるが)未完F第2主題の一種の前哨であると思われる。 勿論全体としてはひとつの旋律乃至小節内でのBとHの共存乃至両義性を確立することに主眼があり、未完F第3主題の存在を前提にしていると思われる。

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バッハ、フーガの技法2
2003年10月/2004年1〜12月/2005年1月にHPに記したものを転記。このBlog記事総てがその予定であるが、これも電子書籍化なり、非個人的な何かにいずれ発表の予定

 

2004年03月19日

一ヶ月振りになってしまったが、次回からCp1からの楽曲分析に入りたい。

その前に一度バッハの他の主要作品と比した時の「フーガの技法という作品」に就て、この時点で形成された感慨を記しておきたい。 一体ここで表現されているものとは何なのだろうか。 先ほど自分の部屋を離れ、或る用事で兄の部屋を訪れた時、フーガの技法と「類似した音列」が偶然耳に入ってきた。 たしかに同じ類型に属されるであろう音型である。ドアノブに手を掛けたまま耳を澄ますと、それは聞き慣れたはずの平均律第1巻8番fugaであった。 平均律第1巻それ自体、2巻と較べれは「フーガの技法」の世界とはやや離れたロマンチシズムの有る音楽性のものが多いかも知れないが、4,8,12,24番というのはかなり実存性が濃厚な作品であり、その精神世界も諦観や虚無に通じるシビアさも伺える。 がやはり、8番にはまだ或るロマンチシズムともいえる境地が残っているであろう。あそこには、所謂「祈り」がある。

フーガの技法には、「祈り」はないのだろうか。 厳密な意味に於る祈りは、全くないとは云えないのだろうが、両者にはやはり、宗教性の意味、その位相が異なるという印象を受ける。 元来平均律に於てさえ、その「祈り」とは所謂キリスト教的な意味の祈りというよりは、その境域を脱皮してしまった<実存>の祈り――‘他の存在者’を介在させない、じかに<己自身の魂>の祈り――がある。がそれは言い換えれば余計な要素(介在的観念)を取り除いた、純一に・高度に普遍的な意味に於る「宗教的」次元としての祈りであるとも云える。 だがフーガの技法に見出されるのは、――祈りがある、と言うにしても――もうすでに「祈り」に含意されるであろうロマンチシズム(向き合いつつ包摂される存在者≒神、というものを前提にした主観や観念)の片鱗すら殆ど皆無であって、実存者の思弁と思惟が殆ど剥き出しになっている、という印象を強く受ける。

バッハの作品に限らず、或る音型乃至或る音型の連鎖というのは、そのままその作品および作者の「精神」を現わしている、といえる。そういうことになってしまうのである(音楽表現、というものは、おそらく。)

するとフーガの技法にあっては、そこでバッハが対峙していたものとは神(と言われるもの)でもなくいわゆる宗教「性」でさえなく、敢えて言うなら宗教的もしくは哲学史的に見、また思想的に言っても、本当にぎりぎりの‘宗教性’に属する境位の膜をすら脱皮してしまうかにみえる魂の位相に於ける(祈り)=括弧付きの祈り、であるということが出来るのかも知れない。じつにシビアな実存者としての己が露わとなった世界である。

 

2004年03月20日

>本当にぎりぎりの‘宗教性’に属する境位の膜をすら脱皮してしまうかに みえる魂の位相

とは何か...

所謂「祈り」をなくした次元の実存にも残りうる最後の宗教性、というものがあるとしたら、それは何か。

全てを説明され尽くしたあとに残る一文、 では何故‘このように’在る(有る)のか、という応えのない問いかけであろう。それとともに、とにかく‘このように’在るものにただ即するのみ、という実存の軌跡であろう。 それは言い換えればまた、バッハ自身が達成しえたもの、それ自身のもつ神秘である。 何故かは知らぬが ‘このように在る’ ものに、即し・是を形象化(成就)し得たその特異なる営為、その人為の神秘である。

 

2004年03月25日

平均律第1巻8番Fugueと The Art of Fugueとが、

>同じ類型に属されるであろう音型 であると思われるにも拘わらず 8番にはまだ或るロマンチシズム ・祈りともいえる境地が残っているであろう。のに、フーガの技法には、(殆ど)「祈り」は ない

のだとすると、それは何故か。

>両者はやはり、その持つ宗教性の意味、その位相が異なるという印象を受ける

ということに、何故なるのだろうか。

是に就て、先日まだ省みていなかった。 ところで「フーガの技法」の殊にどの部分が、平均律(1巻)8番と同類型に聞こえる音列と感じられたのか... それはおそらく両者の主題(基)そのものの組成にあるだろう 改めて思い直してみたところ、 最も端的にはこのようなことが思い当たる

・平均律8番…(変ホ短調)ミ♭-シ♭--ド♭シ♭ラ♭ソ♭ラ♭シ♭-ミ♭-ラ♭--ソ♭ファ

・フーガの技法…(ニ短調)レ-ラ-ファ-レ-ド-レミファ-ソファミ [or ・フーガの技法-終曲第1主題…(二短調) レ-ラ--ソファ---ソ---ラ---レ--]

このうち、♭が6つの平均律8番のほうを仮に半音下げて同じ「二短調」にして考えると、こうなる。

・平均律8番…(変ホ短調)レ-ラ--シ♭ラソファソラ-レ-ソ--ファミ ・フーガの技法…(ニ短調)レ-ラ-ファ-レ-ド#-レミファ-ソファミ

[or ・フーガの技法-終曲第1主題…(二短調) レ-ラ--ソファ---ソ---ラ---レ--]

こう見るとやはり同じ親から出現する変奏曲同士のような関係であることはわかる。 ではそのフレーズ処理の主な違いは何か。 一言で言って、双方ともに巧みな対位法に基づいた楽曲ではあるが、前者はメロディク、すなわちメロディ性がより前面に出た音列によりロマンティックなアップダウンが目立つ。そしてその醸し出されるメロディの息の長さが優先される分、対位法の展開が先へ先へと持ち越される形になっている。 だが後者フーガの技法では、メロディクに旋律を生かすことよりも、対位法の駆使が何より優先されている。きわめて厳しい音の持続性と和声の緊張感の高さが際だつ処理がなされていく。したがって、前者ではまだ名残のみられる第2声部の出だしのもつ付随性(主題=第1声部に対する従属性・伴奏性)が、後者に於てはより(主題=第一声部に対し)対等・等価に近づく。

これにより、いわゆる「雰囲気」と呼べるような空気感――主観性の膜――の醸成は削がれ、代わって弾力性・躍動感(こちらは主に冒頭主題)か もしくは、凄絶さ・絶望感(こちらは主に終曲第1主題)が、何れにせよ、現実にじかに即した実存のシビアさのようなものが主題そのものに内在しはじめ、声部同士の関係にも重々しい気分と厳格さが否応なしに具わってくるように思われる。

 

2004年09月14日

再度、再開に際して フーガの技法にかんする研究など、すでに多くの優秀な専門的知識を有たれる方々のなさっていることであろう。 そういう思いが、時折浮上しては、ふとこの探求を私自身にこれ以上続けさせぬよう働きかけてきたかも知れぬ。 だが物事は必ずしもそういうものではないだろう。 これまでの私の筆記を読み流していると、やはりこのよな文句が多々登場する。

「…の主題は、一見何かの目的のために便宜的に持ち込まれた、無関係の主題のようであるが、これ自身もじつは…に出てくる基本主題の変形の転回形…といえる形の応用である。それは、元はといえば△△主題の転回形…からおそらく生じているだろう...」

「何故、この二つは呼応するのか。 また何故、××の主題は、《出現しうる》のだろうか」

「このように、別の主題のエサンスの代表同士も、勿論基底が同じな為、互いに緊密に繋がっているのではある。 (これらが半音階性脱着がそのまま主題化し…主題の《巧みな伏線》になることは非常に示唆的である。) バッハは未完フーガに於る対位法駆使の中で、この種の半音階性の脱着を、《水面の波のように可変的に繰り返し》ながら、いよいよ主題そのもののkey音を用いて第1主題→第3主題(=B-A-C-H主題)への移行に寄与させるのである」

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専門的な学科や先生に付いて研究している訳ではないので、私自身まだ参考にする書物といえば2〜3のCDに添付されていた詳しい解説書くらいなものだが、そうしたものを読んでいる際にも、最も立ち止まる点は、 「まずは基本主題と《関係のない》第1主題が展開されゆき、…ついで○○が絡み合うようになる」とか 「この主題は暫く優位を占めているが、《やがてあまり知られていない2つの主題が加わ》って...」といった書法である。 それらの言葉は、まるで『或る主題Cは、AとB両者の対話進行や解決を図るためにバッハによって唐突に挿入された、これまでのものとは“無関係”の主題、』という印象を受ける。

尤もこうした書法は、素人へのフーガの技法の構造解説書としては充分なのかも知れぬ。が、私の場合どうしても立ち止まる。 哲学でもよく、「対立するふたつのものの対話と対決を解決に導くためには、これらと《まったく無関係な第三者の秩序》が必要とされる、そうした者の登場が、稲妻のように解決への道を開く」といった物言いがなされるように思う。

しかし、無関係な第三者的秩序、といわれるものは、そもそも何故登場し得、また本当に無関係、なのであろうか。無関係なものが、(解決のために)突如として!現れる、ということがありうるのだろうか。 物事が進展し某かの解決がはかられる時、そこには底深い次元での緊密な「秩序としてのつながり」が隠されていない、などということがあり得るだろうか…。

私には、ひとの思考・行動が、はたまた自然界のうごめきが、何故「そのように」成立するのか、そこには何が働いているのか、どう作用しているのか、等に就ての執拗な興味がある。 「Cを着眼しろ、そうするとこうなるからZという結論になる」 と言われる時、「何故Cに着眼するのか、何故Cは、登場してくるのか・しうるのか、また登場するべしと“発想”するのか」「(登場すべきは)Dではなくて何故Cなのか」「Cはそもそもどこからどのようにしてやってくるのか」「Cの登場はこのA×B問題の進展・解決と、どこでどう深く繋がるのか、何故それを見抜く(直観する)ことが出来るのか」 端的に言って、物事の必然性に就ての執拗な探求心がある。

それは私自身の思考が飛躍に付いてゆけないからと云えなくもないが、じつは丹念にひもとくと、飛躍の中に目を見張るほどに緊密な摂理と、物事の連関性を裏付けている、その巧みな働き――要素間の磁力的相互作用と、それらの主体の対話・発展をより緊密に成就せしむる磁場そのものの形成もしくは出現、等々――を見出すことが多いからである。

バッハの魅力もそこにある。 殊にフーガの技法ほど、徹底した合理的摂理に裏付けられた自発性の音楽はない。 同時にそれは、徹底的に“自然な自発性”が生んだ秩序をこれほど合理的構造が貫通している作品はない、ということでもある。 作品をつらぬく、このように傑出した濃密な「熟達さ」こそが、たんに神学と音楽、のみならず、科学と音楽、そして科学と神学という一見これ以上ない程相反する、と云われる者同士を結びつける驚愕を生むのだ。

 

2004年09月16日

Cp.1に就て すこし長いブランクがあったが、その間も折に触れてナガラでずっと聞き続けていた。 無意識にも深く入ってきていた所為か、Cp.1――この冒頭第1曲を聞いてすぐ、最終曲(未完フーガ)が彷彿される。聞いていて、そのまま並行するようにありありとあの未完Fが思い浮かぶのである。 そしてまた随所に、これがあの最終章の各声部フレーズの生まれる端緒になっているであろう所のフレーズというのを、既に冒頭フーガのあちこちに、見出す。 あの未完となった最終フーガの4主題のうち、推測される第4主題とされるものは、いかにもこの冒頭、Cp1の第1主題(A)自身であるから、それ以外の各主題に就て順に触れてゆくことにしたい。

まず未完F第2主題(114小節〜)の由来、前哨的片鱗に就てであるが、 この主題の開始、ファソファミレ#ド(レ)、を彷彿させるものが多々ある。わけても直接的なものは、この一連の動きからであろう。(この前哨となっているものは、伏線的効果(=Cp1、第2声部冒頭旋律自身といえる)や転回形めいたものを含め、他にもあるとして)

まずこれである。

Cp1第3声部が登場してから3小節目、つまり11小節目に現れる第2声部、ソ⌒ソファミレド、続いて(目立ちにくいが)14〜15小節目の(ミ)レ♯ドレファミレ♯ド。 (続いて準-前哨線としての)29〜30小節の第3声部の動き、シミ⌒(ミ)ラレ⌒(レ)レ♯ドシ♯ドレミ⌒(ミ)⌒ミレ♯ド、があり)、 これを引き継ぐ最低音部(第4声部)によるファ⌒ファミレドレドシ。 そして32小節の第1声部ド♭シラ♭シラソ♯ファ こうした伏線達に、弾力が付けられ、折々に16分音符での駆け込みも加われば、未完フーガ第2主題を形勢していくことになるのは必然的である。

またCp1の第1主題(主旋律)自身から伏線を見出しうるのは、まさしく57〜58小節、ミ⌒(ミ)ドレミファレソ⌒(ソ)ミラソファミレド...の部分、また67〜69、ラレファミソファミレ⌒(レ)ファミファレミ⌒(ミ)レドシドラソ♯ファソシ♯ド、であるといえる。

次は、Cp1に見出す、未完F第2主題の由来。

 

2004年10月13日

先日Cp1に見出す最終楽章(未完フーガ)での第2主題の予兆(前哨的片鱗)に就て記し、次回は同第3主題に就て記すとしたが、これらを語る際、実は何とも曰く言い難いやっかいな事情があった。 というのも、こうして鑑みるにつくづく、未完フーガの全主題(1・2・3・4)が、このフーガの技法の冒頭主題そのもの=Cp1冒頭自身に既出しており――つまり未完フーガの全構造そのものが元素としてCp1の冒頭に顔を出し――言い換えればCp1の初めの4小節(より正確且つ充全には初めの8小節)が、未完フーガの各主題で「出来ている」とさえ云っていい程の精妙な、イレコ的事情*が、このフーガの技法にはもともとあるからである。

*…私の場合、Cp1第1〜2小節(つまりCp1-第1主題かつ未完フーガの来たるべき第4主題)は、未完フーガ第1主題と同じ親の子。 Cp1第3小節は未完フーガの来たるべき第4主題(=Cp1第1主題)自身の一部であるとともに大いに未完フーガ第3主題(B-A-C-Hの主題)の伏線である――これは更に8小節まで1括りと考えれば7〜8小節目(第2声部の動き)により明確に存在する――と考える。

また未完フーガ第2主題は、Cp1第4小節の後尾が伏線となり、これは更に8小節まで1括りと考えれば6小節目(第2声部の動き)により明確に存在する、そしてその後の運動によってより推進力を得、未完フーガ第2主題の迫力それ自身へと近づく――、と考える。

しかも、未完フーガの各「主題の由来」と成り立ち」とは、同時に「未完フーガそれ自身の構造(運動)」、ひいてはフーガの技法全体を織りなす構造と運動の成り立ちにも重なり合う訳で、こうした点を顧慮した記をしようとなれば、実に表現も説明も狂おしいほどやっかいにならざるを得ないのである。

何れにせよバッハの音楽、殊にフーガの技法は、そうしたえも云われぬ重層性と交錯性を帯びる有機体、生きた音楽というより他ないが、なおかつ思い切って分節化してゆかなければならない... したがって次に書く未完フーガ第3主題(B-A-C-H)の由来を記す際には、所々で、親でもありつつ、且つ対等な運動をなす4主題のひとつとしても在る第1主題とのイレコ構造や、すでに触れたばかりの同第2主題との緊密なつながりにも触れながら、という形になるかも知れない。

 

2004年12月12日

>こうして鑑みるにつくづく、未完フーガの全主題(1・2・3・4)が、このフーガの技法の冒頭主題そのもの=Cp1冒頭自身に既出しており... 初めの8小節が、未完フーガの各主題で 「出来ている」とさえ云っていい程の精妙 なイレコ的事情*...

と先に記した。

そもそも主題同士の関係がそうなっているのが面白い。 というのも最終曲(未完F)第2主題――勿論冒頭から伏線的に登場しているが、とりわけCp9(,a4,alla Duodecima)によってその個性を明確に浮上させられ、未完F第2主題に直結しているパターンであるが、この旋律系――は、同第4主題(冒頭Cp1曲-第1声部、すなわちThe Art of Fugueとしての初発の旋律、Aに同じ)と、もともとぴったりと同時進行しうる(伴奏風旋律としての)素地を持っている。

また未完F第3主題(B-A-C-H)も、第4主題(=Cp1曲-第1声部=A)と同時進行しうると同時にこの拡大Fugueとして2小節遅れで進行するに相応しい素地も備えている。という風に、もともと共鳴する素地同士の精妙な組合せである。 未完F第1主題のみが、強いて言えば、未完Fでの第2・3・4(=A1)主題との遁走のための導入としての役割を果たしているといえる(A1と第3主題=B-A-C-Hとの両面を有し、のちに各々分立・併走する、含みのある旋律として。)

が、それでいて4声の大Fugueの一声部としての機能も無論果たす、(最後に展開されるであったろう、予想図に叶う)という具合である。

と同時に、第2主題と第3主題同士も、一見大分個性の違いが見られる主題同士だが、実は同じ発現点を有しており、両旋律の源泉は同じであったと考えられもする。

それを示すものとして まず早々に、冒頭曲(Cp.1番)第6〜8小節の第2声部には興味深いものがある。

↑ラー↓ラシドラファー⌒(ファ) シミー⌒(ミ)ファミレミーファ#ーソ

この、↑ラー↓ラシドラファー は、未完F第2主題の伏線であるが、その後の シミー⌒(ミ)ファミレミーファ#ーソ の半音階処理風ラインは、明らかに第2主題(B-A-C-H)の前兆である。もしこの前兆づくりを意識することなく、第2主題的旋律を押し進めていれば、 ↑ラー↓ラシドラファー⌒(ファ) シミレドシラソ#ラソファミレ... (実際この種のラインのまま進行している箇所は他にはあるように記憶する) などとなるはずである。

がバッハに、他ならぬ曲集の「冒頭」で、B-A-C-Hの予告する必要があったと言うことである。

 

2004年12月13日

>未完F第1主題のみが、強いて言えば、未完Fでの第2・3・4(=A1)主題との遁走のための導入としての役割を果たしているといえる(A1と第3主題=B-A-C-Hとの両面を有し、のちに各々分立・併走する、含みのある旋律として。)

と記したが、これでは大きな点を欠いている。

つまり、未完F第1主題とは、

>第4主題=A1(=Cp1冒頭部)と第3主題=B-A-C-Hとの両面を有し ているばかりでなく、 同時にあの重厚で推進力に充ちた第2主題をも「生み出し」「互いを推し進めて」いくものともなっているからである。

もちろん第2主題を誘発し、生み出すと共に添行しやすい相性のよい系譜として<これとの併走遁走(例えば1小節半のズレによる)も、可能である。 第1主題は――当然のことながら――全てとの併走が可能である。 これは他の全ての主題からも云えるが殊に未完Fに於ては第1主題が他の全主題の現出を巧みに促している…。(導入部とされるのは至当)

未完Fの第1主題は、同第2主題をも「生み出し」「互いを推し進めて」いくもの... とはどういうことか。 これは「フーガの技法」冒頭(Cp1)の書法からすでにその片鱗が見られる。

 

2004年12月14日

一昨日記した、Cp1冒頭部(6〜8小節) ラシドラファ⌒(ファ)シミ⌒(ミ)ファミレミ―ファ#―ソ

であるが、 この断続的な、幅のある上昇=ラファ⌒(ファ)シミ⌒(ミ) の進行パターンに注目したい。

これはCp1全体に渡ってあり、重々しい主題を邁進させる力の原理となっている。 最初は静かな上昇パターンとして、Cp1テーマ旋律(=未完F第4主題;A,)や半音階進行風旋律(第3主題予兆)に添行しているが、遁走の中で繰り返すうち次第に推進力を増し、 9〜11小節 ↑レ↓レ↑レ⌒(レ)ド#ーレラド⌒(ド) ラシ♭⌒(シ♭)ミラ 12〜14小節 (ラ)ドーシド⌒(ド)↓レ↑ド⌒(ド) ラシ⌒(シ)ソ#ラ 曲に弾力を与え、加速度的に未完F第2主題にも通じる最初の原理(ソファミレド♭・レドレファミレド、等のパターン:11小節,15小節)を喚起する。

これらの音の飛躍を含む押し上げるような旋律パターンは、高音部での進行と同時に、中〜低音部などへも引き継がれると、 (20〜30小節などが顕著。各声部にて交換的に行われる) 上記の未完F第2主題に繋がる旋律をも加速度的に次々と促していく、という構造が見える。 これは未完Fの構造そのものである。

未完Fは、まさに導入部(第1主題)のレ_ラ_がすべての跳躍的弾力性を象徴しており、この系譜を継いだ各旋律を通し、プレスト第2主題の出現と併行を喚起するとともに一見対比的にたゆたうようなB-A-C-H(第3主題)の出現という展開を惹起させる。(がよく見るとB-A-C-Hの前兆系譜は未完F曲の全般に渡り第1主題の弾力的系譜に添行していたのである、)という恰好である。 こういう訳で結局の所、未完Fの導入部たる第1主題の系譜は、フーガの技法の冒頭(Cp1)から顔を出している、ということになる。

 

2004年12月15日

>未完Fは、まさに導入部(第1主題)の レ_ラ_がすべての跳躍的弾力性を象徴しており、この系譜を継いだ各旋律を通し、プレスト第2主題の出現と併行を喚起する とともに一見対比的にたゆたうような B-A-C-H(第3主題)の出現という展開を惹起させる

としたが、ここで「レ_ラ_」が未完F第4主題(=Cp1第1主題=いわゆるA1)と、この未完F第1主題とに共通なことに再度触れなければならない。

この両者のレ_ラ_の違いは何か。 未完F-4(=Cp1-1=A1) レ_ラ_ファ_レ_ド#_レミファ_-ソファミ 未完F-1 レ_ラ_-ソファ__ソ__ラ__レ 同じ開始でものちのニュアンスの連れ込みに相違があるのにまず注意する。

上はどちらかというと、のちに続くフレーズは半音階的ニュアンスの濃い浮遊的旋律使いを誘発する。これが、A1であると同時にのちに未完F第3主題(B-A-C-H)をも引き出していく傾向。 が下は、実際の楽譜にも見られるように飛躍のある押し上げ的旋律で弾力を鼓舞するニュアンスの旋律使いが続いていくようになる。 その証に、これを受け継いで展開していくフレーズは以下のような群となっている。

未完F 6〜9小節 …レ_ファ⌒(ファ)↓シ↑ミ_↓ラ↑レ↑ラソファ↓レ↑シラ...

12〜15小節 …レ#ドレラ#シ⌒(#シ)↓ソ↑ド⌒(ド)↓ラ↑レド...

13小節(最低音部) …↓レ__-↑レミ 17〜20小節 ファ↓ド↑ファ⌒(ファ)↓レ↑ソ⌒(ソ)↓ミ↑ラソ...

こうしたパターンが諸声部に交代で受け継がれていく。 (この音型を頭に入れると、これよりダイナミズムとしては柔弱だが、その分半音階性への移行可能性をたたえた系譜として、昨日触れたCp1冒頭、以下の小節が浮上する。

9〜11小節 ↑レ↓レ↑レ⌒(レ)ド#ーレラド⌒(ド) ラシ♭⌒(シ♭)ミラ

12〜14小節 (ラ)ドーシド⌒(ド)↓レ↑ド⌒(ド) ラシ⌒(シ)ソ#ラ

これらの冒頭の系譜は、このことからも弾力の系譜――Cp1:A1→((Cp9:D))→未完F第2主題)と浮遊の系譜(Cp1:A1→未完F第3主題B-A-C-H)、両者をたたえている

何れにせよ、未完F-1(Cp14:第1主題)の この弾力が、未完F第1主題それ自身とともに同第2主題のアグレッシブさを触発し、遁走の仕様の中でグイグイと引き出していく傾向。――この未完F-1型は、同第2主題の直接の先駆けとなるCp9-第1主題=D*の跳躍的octv上昇にも、未完F-2(=Cp1-A1)型の側の傾向と共に、絡んでいる。

*…D(↓レ↑レ_-ド#シラソファミレド#レミファ...) この両者の性質が相まって生まれるのが、そもそもフーガの技法冒頭Cp1曲想であり、より弾力的・重厚荘厳な曲想の帰結としては、終曲未完F(Cp14)である。

ところで、他方の浮遊旋律――半音階志向=B-A-C-H型を考えてみると、 B-A-C-Hの音順のままではじぐざぐの蛇行型浮遊に感じられるが、 音順を替えるとこのように並ぶ。

(A-B-H-C) ラ-♭シ-シ-ド

若しくはこれを逆にしたもの(C-H-B-A) ド-シ-♭シ-ラ

この微弱な、考えられる限り最も飛躍のない進行パターンも、この曲集の中にちりばめられている。

これも含めて考えると、B-A-C-Hの予備軍乃至空気は曲集の中にあふれている。これについてはいつかまた触れる。

 

2004年12月16日

こうして見てきた後、Cp1を大まかに振り返ると、絶筆後想定される未完F第4主題でもあるCp1第1主題=A1を、冒頭の主旋律としながら、遁走形式を通じ次第に被せられていく第2声部,第3声部、第4声部の諸添行旋律が、思えばちょうど未完F-第1主題(導入及びエンタテイメントの役割)に直かに通じるものを備えていくよう計られており、その際、これまで分析したような飛躍的な音の押し上げ(時にCp9-Dへも繋がるoctv押上や6度押上を含)を伴う弾力系譜と、半音階な曖昧(浮遊系譜)とを巧みに融合しながら、時にダイナミック、時に微細にたゆたう陰翳を交互にたたえた可変的副旋律として、Cp1(冒頭主題)-A1に付き添いこれを進展させつつ、同時にそれ自身未完F-第2主題と第3主題、両者に相当する両系譜への伏線へと、最終的にみづからを形勢して行っているのがわかる。

Cp1に頻繁に登場する量系譜の融合的旋律とその遁走群は、既出した 6〜9小節 9〜11小節 12〜14,15小節 13小節-最低音部 17〜20小節-第1・第3声部 17〜20小節-第4声部 以外には、以下の如くである。

20〜22小節-第1・第3声部 20〜22小節-第4声部 23小節-第4声部 25小節-第4声部 26〜28小節-諸声部(上下行弾力系) 29〜30小節-第2声部 (29〜31小節-第3・4声部=未完F第2主題へ至る系譜) (31〜34小節-第1・2・3声部=同上) 35〜41小節-諸声部 42〜43小節-諸声部・未完Fの複合体(原基) 44〜47小節-2・3・4声部(上下行弾力系と幾らか柔弱系) 50〜53小節-諸声部(融合的押上) (57〜59小節-第1声部=未完F第2主題へ至る系譜) (59〜62小節-第1声部=未完F第3主題へ至る系譜) 63〜66小節第1・第3声部=推進力の形成(未完F第1主題のモチヴェーション) 67〜最終小節-諸声部・未完Fの複合体(原基) という具合に読める気がする。

いずれにせよ、微弱な、乃至弾力的な旋律の押し上げ――とこれに伴う下降=対位法、転回系としての)は、未完Fの導入(第1主題)のありかたと支配力(第2主題・第3主題の喚起・生起と併走交錯、登場するとされる第4主題との相応、etc――を全て決定づけているように思われる。

 

2004年12月17日

Cp2に就て記す前に、未完の最終楽章を、また何度も聞いてみる。 そして、それぞれに付点が特徴的なCp2,Cp6,Cp7に就て...、それぞれの特徴と質的差異、さらにそれらの構造上の繋がりに就て――当然未完Fを念頭に置きながら――、曲の断片からの閃や想像などを組み立てて、改めて少しずつ形成される思いを馳せていた。

曲集と変奏の始まったばかりである段階のCp2は、仮想の最終構造(つまり未完F)から見た場合、主にA1(Cp1の冒頭主題であるとともに未完Fで予想される第4主題)と、第2主題、第1主題(未完F冒頭出)との掛け合いのための、前哨になっている、と思われる――第3主題(B-A-C-H)は、ここでは未だあまりその片鱗が現れない(皆無ではない)。――

殊に、まずは曲の推進力として重要な、第2主題の生起をより明確化させたステップであるように思われる。(勿論、ステップといっても曲そのものの出来合いとして巧みに自立していることは間違いないが。この曲想は、荘厳さの中に、ある性急さが存り、まるでみづから審判を仰ぎに挑んでいくような様相である)

特徴的な、初めての付点の登場。 つっかけて行くような付点は、どっしりと重厚な曲の全体的な進行の中に或る種の挑戦を見出させ、ぐいぐいと前進するようなアグレッシブな感覚をもたらしている。 アグレッシブ――これは、ちょうど未完Fの中で第2主題がその主な役割を演じているのと同じであるが(但し、未完F第2主題には付点はない)、そもそもその<第2主題的要素>が何処から出現可能であるのか、をよく明かしている部分とも云える。 それは付点の効果により、Cp1より如実に明るみに出されているといってよい。

レ_ラ_ファ_レ_ド#_レ_ミ_ファ__ソファミ..の冒頭主題のうち、 最後のファ__ソファミに付点を掛け、後はそのままこのパターンを継承することでみづからは未完F第2主題の特徴の基をやや強調的・弾力的に作り上げ(つまり第2主題はA1自身から生じている!)、他の声部にA1の旋律を交互に絡めさせることでA1と第2主題との遁走をも形成・成立可能にしている。

と同時に、A1〜付点効果A2の分岐点とは、これが第2主題生成可能性の地点であると共に、のちのA3 A3(レ_ラ_ソファ_ミレ_)の登場を予告する。 そしてA3+∀3(レ_ラ_ソファ_ミレ_ + ラ_レ_ミファ_ソラ_)というのは、未完F第1主題(レ_ラ_ソファ_ソラ...レ)の基点である。

こういう訳で、Cp2の中には主に、未完Fでいう第1(A3+∀3の予兆)・第2・第4(A1)との遁走が成り立っている。 この後、第2の推進力をより顕著に存在させるCp6を通して、より明確化した第1(A3+∀3)と第2・第4(A1)との遁走を経、再度Cp7を通して、今度はより、残りの第3主題(B-A-C-H)への前哨を所々に散りばめながら、あの未完Fの死への疾駆、はもとより、その前の緊迫した曲の膨張、またその後の不安な明るみ(不安定な諦観)等々に当る部分の暗示を早くも造りあげていく。と言う風に見える。 この後、それぞれに相当する部分を詳述していくつもりである...

 

2004年12月18日

Cp2に関して記すに当たって、昨日は主に2つの点を指摘した。

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・第2主題の生起を、(Cp1)よりも明確化させたステップ (主題A1の最後尾に付点処理を施し(=A2)、この付点パターンを以後貫徹することと同時に、同パターン(A2)での他声部との遁走により未完F第2主題の特徴の基をやや強調的・弾力的に作り上げていく。=第2主題はA1自身の変奏(A2)とその遁走の仕組から生じている。同時にCp2曲全体としては、A1と第2主題との遁走の成立可能性をすでに証しはじめている。)

・同時に、A1〜付点効果A2の分岐点とは、これが第2主題生成可能性の地点であると共に、のちのA3(∀3)の登場をも予告する。 (A3=レ_ラ_ソファ_ミレ_) (∀3=ラ_レ_ミファ_ソラ_) ※合わせて未完F第1主題(レ_ラ_ソファ_ソラ...レ)

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このうちまず前者だが、 A1の付点変奏=A2とその遁走が何故、未完F第2主題の前兆となるのかについて。 雰囲気としては掴める人が多いと想うが、説明するのがむずかしい。 だが 未完F(114〜小節) 1)ファソファミレ#ド 2)レラレミファミレファ・ミラミファソ[ファミ]ファソ(8分音符系列:[ ]内=16分音符) 3)ラソファソラ__ソ#ファソラ#シ__ 4)ラソファミレミソファミレドシラシレ...

……

Cp2-A2(4〜小節) 1)ファソファミ・レミレド・ドレドシ 敢えて付点を外した記し方をすると ここまでは直線的進行で波がない (6小節) 2)シラシドレミファレ ここで幾らか上下の波が生じる (未完F-レラレミファミレファ、に近い型) (21〜22小節) 2)#ドレファミレソ#ラシドレファ__[ミレ]#ドレ 全体が8分音符+16分音符進行の中、[ミレ]のまとまりは32分音符、こうしたフレーズは、未完F-2)のミラミファソ[ファミ]ファソ、の類型 そして、11小節移行、フレージングに、未完F-3)に近いレガト(息の長さ)が生じる。 これは異声部間とのやりとりを、ひとつのフレーズとして解釈する場合にも、また同一声部内でのフレージングにも、存在。

例(11小節) 3)ラシドレ_ (11〜13小節) 3)↓ミ↓レ_↑レミ_ファソ_#シラ_ソファ_ソファ_ミレ_ミファ_ソラ_

*この↓ミ↓レ、から↑レの上昇だけは、これまでの付点の巡行性からは異例で、躍動的上下行をする未完F2)の類に近い。ここと並行して (12小節) #ドレミファ_ (15〜17小節-第3/4声部) ミファソラ_........#ソラシ#ドレ_ ..........ラシドレミ_ (19〜20小節)

..................

ラ#ファソラシ_ラ_#ソ ファレミファソ_...ドドラシドレ#ドレ_ミ_ (23〜24) #ドミファソラ_

.............

ラシ#ドレ_ド_ (27小節) ソミラソファ__ (28小節) ミファソラ__ etcetc 多数

未完F-4)パターンに近いフレーズの登場。 (8小節) 4)↓ラ↑ラ#ソラレソ__ファミレ#ド (29〜30小節) 4)#ソシラソファミレソ 明日は、付点変奏(A2)=A3+∀3(→未完F第1主題へ)、について。

 

2004年12月19日

今日は後者、

・A1〜付点効果A2の分岐点とは、のちのA3(∀3)の登場をも予告する… (A3=レ_ラ_ソファ_ミレ_) (∀3=ラ_レ_ミファ_ソラ_)

※合わせて未完F第1主題(レ_ラ_ソファ_ソラ...レ) について。であるが、

何故 A1旋律尾の付点処理が、A3・∀3の登場に契機を与えるのか。 付点が付いても、A1のフレーズとしての音型は変わらない。 レ_ラ_ファ_レ_#ド_レ_ミ_ファ__ソファミ が レ_ラ_ファ_レ_#ド_レ_ミ_ファ__γソファ_γミ(γ…16分付点のかわり) となっただけである。 しかし間もなくこの付点パターンを独立的な仕様として無限に繰り返す他声部(交代制)の出現と、両者(4声部)の遁走を行う内に、多声部間のやりとりがひとつの声部のフレージングとして耳に入るようになり、次第に レ_ラ_ファ_レ_のレガトの間に中間音が介入する仕組みが、おのずと耳の中に蘇生されてくるのである。 何よりまずリズムとしてこの用意が出来る。 またフレーズとしては、間接的に主にこうした箇所に於いて飛躍的に前提が敷かれるような気がする。

(22〜23小節) #ドレγファミγレ#ソγラシγドレγファ__γ[ミレ]ドγレ (31〜33小節) ミγファミγレレγミレγ#ドレ .....................ラシγ#ドレγミファγレミ..................♭シラγソファγミレγ#ドレ

(34〜36小節) ラ#ソラレ_ソ__γファミレミ_ラ_ ........................ドシラソ_ラ_ ...........................ソ⌒(ソ)ファミγレミ

(37〜37小節) ソ#ミ__レドγシドγレミ__γファミγレラ

こうした、中間に音の飛躍のない、細かい動きのフレーズである。 こうした過程を経て ラ〈シドレ〉ミ_ド_ラ_#ソ_ラ_シ_ド... ラ_ミ_〈レ〉ド_〈シ〉ラ_#ソ... などの介入の布石がなされる。 こうして主題A1へ挿入される中間音受け入れの準備(A1→A3・∀3)が出来てくる

Cp2には、まだあの、曲を不可思議な天上的不安と終末美へと超脱・膨張させていくような、未完F第3主題の暗示性は殆ど登場しない(皆無ではないと思われるが)分、悠長な流れの中にもひたひたと向かっていく終末と審判への調べは無いが、そのぶん意志的・雄壮でもある。それは未だ未完F第3主題(B-A-C-H:半音階調)を含意しない段階での、曲の地上的特徴だろう。がここで、たしかにフーガの技法のほぼ全般に渡って要求される、推進力(未完F第2主題)の要素が確立されたのである...

 

2004年12月20日

Cp3、フーガの技法第三曲目であるが、すでに終末的気分の暗示にみち、未完フーガの有つ雰囲気を、曲全体に彷彿させている。 Cp2にて、主に未完F-第2主題の契機が作られ、同-第1主題の大前提(A3+∀3の惹起)がなされていたが、ここCp3は、残り第3主題(B-A-C-H)の成立気分に満ち溢れ、主題である∀1(ラ_レ_ファ_ラ_♭シ_ラ_ソ_ファ__ミファソ)の登場もさることながら、その前口上である冒頭フレーズ∀'1(レ_ラ_ド_ミ_ファ_ミ_レ_#ド__ラシ#ド...とそれ以降の半音階調のながれ)そのものが、B-A-C-Hを彷彿させており、そのゆらゆらと続く半音階調が、次に登場する∀1(主題)に併走し、そのまま付帯状況のように付きまとっていく為、未完Fの成立条件を巧みに含意している。

 

2004年12月21日

またここで新しく登場する主題は先に述べた∀1であるが、半音階進行(細かな中間音介入)に引きずられる曲の進行と共に、Cp2で伏線の作られていたA3・∀3のスタイルが、実際に顔を出しはじめる。(殊に後半) 24〜26,55〜56,58〜59,63(半音階変奏)小節 よって、ここCp3に於て、B-A-C-H(未完F-第3主題)の前兆とともに、未完F冒頭(第1主題)の具体像が暗黙に展開され始める。(より積極的にはCp5にて) (※A3・∀3自身が「主題」として展開されはじめるのは、Cp5からである)

次に詳しい分析。

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(未確定項) ここは非常に語りづらい箇所である。 Cp3と未完F(Cp14)との間には、雰囲気の酷似している点が随所にあるのに、ここがこう、という的確な掴み所がないという気がする。 だが、曲の主題を始終取り巻いているもの、付きまとうものは、少なくとも現時点からもすでに、同じ親から生じる何かだと確信の出来る気がする。 Cp3を通してますます強まる印象は、未完Fに於る、幽玄なB-A-C-H(第3主題)と、勇ましい第2主題とが、ともに同じ起点――最も原基的スタイルとしては、∀1(とそこから派生する付随,併走旋律、としての変奏)――から生じているだろうということである。 そして、この両者を強く結びつけるものは、両者の主題同士、というよりはむしろ、両者の付随旋律の在り様――これの、主題との関係の仕方、また変化・遁走の仕様――といってよいかも知れぬ。

未完F自身、あの4つの主題の現出に至る迄に、さまざまの<伏線>を用意しており、付随旋律・併走旋律とその展開を有している。その間に、それらが或る時はB-A-C-Hの前哨をはったり、推進力ゆたかな第2主題を喚起したり、冒頭第1主題の、或る種の膨張系(一部半音階上昇など)によりB-A-C-Hへの再編を予告したり、という形で弁証法的に進んでいくのである。 どの楽章でもそうであるが、Cp3もそうした伏線やら予兆が多々あり、そのことが未完Fの存在(仕様)を身近に暗示させたり或る種のパラレルな関係を垣間見せる。 未完Fに於る幾つもの(各登場主題への)伏線のうち、13〜20小節(第3声部)の一連の動きや23〜30小節、46〜50小節の1・2声部の半音階的動き、また32・33小節に典型的なラ[シ#ド]レ__レ[ミレ]#ド__、等の動きは、そもそもCp3に酷似しないだろうか。 また未完Fに度々訪れているマタイ的な処理――52〜55、162〜167小節等――と、Cp3の全体的低音処理〔典型的には10〜12小節。だが全体にわたってマタイ的(弦楽)処理と思われる〕、旋律的に膨張を引き起こす72〜73、79〜84、等々の、B-A-C-Hへの変化彷彿の仕様、等々...

また未完F-219〜220小節の処理はCp3-26〜28小節(trを含む)をひとつの原型として示唆させる。etc...

このように未完Fの旋律処理は何か常にCp3(乃至Cp5=∀1→∀3・A3)の要素とその付帯旋律仕様を多分に含んでいると思われる。

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バッハ、フーガの技法1
2003年10月/2004年1〜12月/2005年1月にHPに記したものを転記。このBlog記事総てがその予定であるが、これも電子書籍化なり、非個人的な何かにいずれ発表の予定

 

2003年11月20日 (木)

ついつい、「ながら」でフーガの技法を――オルガン、ハープシコード、弦楽合奏、ピアノと――聞いていた。 それ自身に就て深く聞き込むというのでなく、バッハの他の音楽に就て考えながら、他の音楽家に就て考えながら、演奏家に就て考えながら...そして漠然と、音楽や絵画に就て考えながら、生きていくこと・日常の苛々しい事ども、遅々として進まぬ些末な事どもに就て、考えながらetcetc...。

だがそろそろバッハを考えるに於てこれ以上相応しいもののないであろう、フーガの技法に就て色々と自分なりに探っていかなくてはならないと思っている。 そこで、ついぞ断片的・主題別に摘み読みはするものの未だ真剣に読むことのなかったフーガの技法に就てのCDに添付されたややこしそうな解説書に、目を通してみる。

読んでいるうち、曲を聞きながら自然と形成されていた印象からして、思いもよらぬ記なども、目にする。 ざっと通し読みをしての印象であるが、ミュンヒンガー/シュトットガルト室内管弦楽団のCDに添付されている解説書――高橋昭氏――は、ごく平明で非常にまともであり、納得のゆくものである。

他方G.レオンハルトの「フーガの技法」の解説書は、あまりに意表をつく。 レオンハルトの「フーガの技法」演奏は、彼の他のバッハ作品の時よりずっと装飾が無く、演奏としても演奏する精神としても真率で素晴らしい。私の手持ちの中でも、グールドのピアノによるもの及びミュンヒンガー指揮管弦楽のと同等かそれ以上に、最もお気に入りの、おそらくこれ以上ないほど上質で完璧な演奏、最上級の意味で所謂「過不足ない」演奏である。が、彼が彼自身の解釈により「フーガの技法」の演奏をコントラプンクトゥス18番a・b(これは通常の19番a・bと思われる)で終わらせてしまっていること、また実際そこまでなのである*という彼自身の自信にみちた見解――このCDの解説は彼自身の筆による――には、予め同意できかねるものがある。 何故なら、最後の未完のフーガは、未完といえども最初(第1番)の主題と直結しており、また当然のことながら、彼が此処までが「フーガの技法」と主張する中に含んでいるコントラプンクトゥス第8番や10番、11番にもそれは直結しているからである。 直結しているばかりではなく、寧ろ未完のフーガ(その第1・2・3主題のどれもが)が予めあの「はじまり」(「技法」冒頭の第1主題、所謂“基本主題”と言われるもの)とともに在る、からである。

否…ともに、というよりは寧ろ、未完フーガの1・3主題は、ひとつの曲の開始(主題としての旋律の明快さをおのずと要求される)としては不十分である――半音階性が強すぎるため――、がしかしあきらかに基いの動機であり、同時に両者の関係のありかたが必然的に第1番の主題(「技法」冒頭の第1主題)を呼び起こすのであると言っていいほどである。 (だからむしろ私自身の正直な印象からすると未完のフーガ――B-A-C-Hの主題(第3主題)と、同時にこれが必要とする同(未完のフーガ)第1主題――は、初発性(謂わば、ネガと粗描のような初発性)であり、同時に大成でもあるはずである。#)

これだけ有機的に濃密に体系として予めつながっている最終曲をフーガの技法の一部として、集大成として、認めず組み込まないのは、ひどく訝しいことである... *未完フーガは原作品の一部でなく、作品の最後に組み込まれたことは作曲者死後の出版上の手違いによるものであり、何か別の曲(3つの新しい作品と言われるもの?)の構想の一部であったとしている。 「フーガの技法」をめぐるこうした問題はレオンハルトにはじまったことではなく、「帰属問題」として昔からあったらしい。(このような問題が、「音楽家」たちの耳の間で歴史的に発生してしまうこと自体――この作品が絶筆であるためにさまざまな研究上の波紋が生じやすいとはいえ――私には信じられない問題である。)

 

2003年11月21日 (金)

「フーガの技法」の楽譜――Peters版Nr.8586b――がもうやって来た。 下手をすると1ヶ月くらい待たされるかと思っていたのに、いささか早すぎる到着... もう少し猶予が欲しかった気もするが、あまり待たされすぎるのよりましである。

楽譜を見ての印象。あまりに有機的で合理的。生物のように、ごく断片的な小節も、他のどこかしらと緊密に繋がっており、隙のない絶対的構築物へと発展されていくという、生々しい予感。 CDを聞きながら追っていると、オルガンも弦楽合奏も、それらの演奏の息づかいが、楽譜を通したバッハ自身の頭脳の呼吸のように、濃密に伝わってくるようで圧倒される。

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昨日の#部に補足 (だからむしろ私自身の正直な印象からすると未完のフーガ――B-A-C-Hの主題(第3主題)と、同時にこれが必要とする同(未完のフーガ)第1主題――は、初発性(謂わば、ネガと粗描のような初発性)であり、同時に大成でもあるはずである。#) これに補筆。 また同第2主題はというと、「技法」冒頭の第1主題ののちの展開――コントラプンクトゥス9番の新主題(開始に単独走する)や、コントラプンクトゥス2番の付点とタイの施された低音部(3小節以降)に象徴的な変奏スタイル、また11番第3主題(8番第2副主題の転回形)とも、じつに緊密な音楽的、乃至運動上の繋がりがあるのである もっとも平明妥当と思われるシュトットガルトChamber orche.添付の解説にも、例えば、コントラプンクトゥス9番開始に単独走する「新主題」に関して、何処から生じるものであるかの説明がないが、こうした、あたかも唐突に出現してきたかのような――or実際そう思われて来た――新主題などにも見られる、有機的な潜伏要素が、これからも、「技法」の各所にバッハによって散りばめられているのが、自分なりに発見(発聞?)できるかもしれない。

 

2003年11月25日 (火)

20日・21日の文章に、補筆を施した

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つづき... 未完フーガ第1・3主題は、ひとつの曲の開始(主題としての旋律の明快さをおのずと要求される)としては不十分であるが――半音階性が強すぎるため――、しかしあきらかに基いの動機であり、同時に両者の関係のありかたが必然的に第1番の主題(「技法」冒頭の第1主題,所謂“基本主題”)を呼び起こすのであると言っていいほどである。

これに就て 「技法」冒頭第1主題(基本主題)=コントラプンクトゥス第1番の開始:ニ-イ-ヘ-ニ-ハ♭-ニ-ホ-ヘ-ト-ヘ-ホ と、 未完フーガ第1主題=ニ-イ-ト-ヘ-ト-イ-ニ の差異。 勿論、この間には、当然のようにコントラプンクトゥス5番や6番(反行フーガ)に代表される基本主題の変形、 ニ-イ-ト-ヘ-ホ-ニ という介在者があるので、 こういう書き方をしておくと、 基本主題アルファ=ニ-イ-(ト)-ヘ- (ホ)-ニ-ハ♭-ニ-ホ-ヘ-ト-ヘ-ホ と 未完フーガ第1主題=ニ-イ-ト-ヘ- ト-イ-ニ の違いは、主に後半部分にある。

前者は基本主題だけあってメロディクで明晰、それ自身に躍動性も存するが、後者は反対に虚しく、茫漠としており、殊に後半の全音符4連の長大な徐行は、他の声部の律動性や躍動的な喚起力を、おのずと要求する。 (この第1主題の茫漠たる長大さは、同じ親から生ずるものの、あの明快な冒頭の基本主題より、はるかに第3主題との関連が濃厚であり、論理的にも緊密な連鎖のある旋律となっている)

実際、この後半ト-イ-ロ-ニの部分にはまず遁走として第3声部の弾力ある旋律が重なるのである――6〜10小節。この進行のダイナミズムは当然同第2主題の予兆であるとともにコントラプンクトゥス8番、11番の各主題とその変形とも連関する――。 また、この後半ト-イ-ロ-ニの部分は、第2声部の動き――17小節以降――をも喚び起こさす。これも基本主題を彷彿させるとともに14a2声の反行カノン(基本主題の変形)も惹起しうる旋律である。 コントラプンクトゥス3番は、最初でもっとも顕著な未完フーガ第3主題の序曲である。それは未完フーガ第3主題の極めて可変的な半音階性を早々に暗示しうる、まだ「明瞭な位相」に於るデッサンであるだろう。

したがって、未完フーガの第2主題はコントラプンクトゥス2番に早くも頭をもたげ(21日に記した)、第3主題は3番にすでに潜在することになる。 余談だがコントラプンクトゥス3番には、未完フーガ第3主題の登場ばかりが見られるのではない。 コントラプンクトゥス3番第3声部の11小節目の動きと、より顕著なのには同第4声部(最低音部)の動き*に、すでに未完フーガ第2主題もが、同時に伏在しはじめて来ている――まだ途切れ途切れではあるが――、といってもまず間違いはなかろう。 *…殊に19〜25小節と、29最後尾〜35小節にその特徴(未完フーガ第2主題の暗示)は顕著である。 またそれらの中間の、trを織り交ぜた26・27・28小節は、未完フーガ第2「主題そのもの」というよりはその遁走部(未完フーガ121〜127小節が代表的)の変奏スタイルといえる。

 

2003年11月26日 (水)

※便宜上、今後「コントラプンクトゥス」をCp.と略す

K.ミュンヒンガーは、通常至極ゆっくりと演奏されることの多いCp.4番を、かなり急速なテンポで演奏している。しかもリズミカルな諸声部同士の掛け合いをややアタッカー気味にくっきりと際だたせている。 このプレストがかったテンポ選択は、まことに示唆的であって、Cp.4番と、最終(未完)フーガ第2主題の濃密な関係を理解させる。 つまり基本主題(Cp.1番)の真の転回形と、未完フーガ第2主題との関係を、である。 ところでこのCp.4番の主題が基本主題の「真の」転回形、と言われるのは、これに対し、その前のCp.3番にまず現れる主題が、基本主題の「調的な」転回形、であるからである。

つまりCp.3番にまず現れる転回形は、調的に転回された基本主題である。 興味深いことに、後半のほんのわずかの差異ではあるが、こちら(調的転回形)は、ファジーな半音階性が顕著で、未完フーガの第2主題をと言うよりは寧ろ第3主題を、彷彿させる。 そしてCp.4番では、3番に較べた躍動感と音階の明瞭さに於て第2主題の本源的な出処が、(まずは付点などの跳躍感を伴いつつCp.2番に於て早々に登場していたものが)いよいよ端的な形で此処にあるのを、確認できるのである。 もっともCp.3番の中でさえ後半には未完フーガ第2主題の前兆(ミュンヒンガーの指揮するテンポでのCp.4番のようなもの)の出現を、特に最低音部の動きに於て、必然的にさせる要素がある。――30小節以降。

であるからここでは謂わば、未完フーガ第2主題のエネルギッシュと躍動感を以て未完フーガ第3主題の半音階的可塑性を描き出す、という恰好がとられているかのようである。―― このように、別の主題のエサンスの代表同士も、勿論基底が同じな為、互いに緊密に繋がっているのではある。 Cp.4番は、オルガンや鍵盤楽器、弦楽合奏など楽器の選定に拘わらずじっくりゆっくり演奏されても非常にうつくしい部分であるが、曲の構造理解という事を考える時、ミュンヒンガーのこの指揮、テンポ選択は非常に賢明のように思われる。

蛇足だがミュンヒンガー/シュトットガルトchamberorche.の音は幾分かup気味である。 (現今)通常とされる「ニ短調」のtoneよりややうわずった調律である。だがこれはCD作成上の問題だろうか まぁいいや

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きのうのつづき... 未完フーガ第1・3主題は、ひとつの曲の開始(主題としての旋律の明快さをおのずと要求される)としては不十分であるが――半音階性が強すぎるため――、しかしあきらかに基いの動機であり、同時に両者の関係のありかたが必然的に第1番の主題(「技法」冒頭の第1主題,所謂“基本主題”)を呼び起こすのであると言っていいほどである。 昨日までに未だ触れられていない、上文の この部分 ・同時に両者の『関係のありかた』が必然的に第1番の主題(所謂“基本主題”)を呼び起こす、 という点に就て。

未完フーガの第1主題と第3主題はいかなる関係の元にあり、また何故それが基本主題を喚び起こすか。

 

2003年11月28日 (金)

・同時に両者の『関係のありかた』が必然的に第1番の主題(所謂“基本主題”)を呼び起こす、 という点に就て。

だがここに第2主題も含めて語られなければならないだろう。 つまりこういうことである。未完フーガの第1主題・第2主題・第3主題はいかなる関係の元にあり、また何故それが基本主題を喚び起こすか。

未完フーガの第1主題――ニ-イ-ヘ-ニ-ハ♭-ニ-ホ-ヘ-ト-ヘ-ホ-ニ は、基本主題の調的な転回と、基本主題の真の転回形の両義性を含んでいる。 他方同第2主題は真の転回形の系列である*――その原型としてCp.4番のようなものは(未完フーガへのより必然的収斂の為には)前提として存在させられていなければならない。実際、言葉少なではあるが、とくに低音部(4声部)には顕著に、19〜22,67〜72小節、73〜76,81〜82小節(これは全声部に渡る)、87〜90小節、などに未完フーガ第2主題の原基的旋律とその運動性は周到に潜在させられている――。

*同時に基本主題そのもの(転回前)ともそのまま呼応する (丁度Cp.9番が基本主題と同時並行で奏じることができるのと同じ原理である) 。第2主題は旋律構造上便利で自在な幅がある。 未完フーガ第3主題は、調的転回の系列に属する。 これらの融合は、その遁走的旋律展開と運動性から、基本主題の転回形あるいは基本主題を喚起する。

 

2003年11月29日 (土)

旋律の帯びる性格とその由来に就ては昨日のようなことだが さらに詳述しなければならない。

運動体としての相互関係 未完第2主題と基本主題との関係。 第2主題は、そのまま基本主題と並行して奏することができるほどハーモニーとしてじかに相和する。 (または基本主題と基本主題の転回形と、未完フーガ第2主題を同時に奏でることも可能であるような関係である。) 第2主題は、(実際未完フーガ147〜152小節、156〜162、183〜188etcにあるように*)1小節遅れ(休符を含み)の第1主題と相和する。

*但し167〜174小節では2小節遅れていることにより、茫漠たる不協和にも近いほどの半音階性を醸し、巧みに第3主題(B-A-C-H)の誘導を計っている [ここでの2小節遅れの第1主題は、殆ど第3主題(の予言)、2→3への変換作業と見なすことが出来るのでないか] 第2主題と第1主題のこうした関係からも、第1主題もまた、基本主題と、1小節(休符を含み)遅れの呼応が可能である 第3主題(B-A-C-H)は、201小節の第1主題対第2主題’(ダッシュ)との絡みから、また上記の*印(例外補筆)から、基本主題とは2小節遅れ(休符を含み)の遁走が可能であり調和的となるような関係性が、あると思われる。

 

2003年11月30日 (日)

昨日の続き *但し167〜174小節では2小節遅れていることにより、茫漠たる不協和にも近いほどの半音階性を醸し、巧みに第3主題(B-A-C-H)の誘導を計っている [ここでの2小節遅れの第1主題は、殆ど第3主題(の予言)、2→3への変換作業と見なすことが出来るのでないか]

何故そう感じるのだろうか。この感覚が一層強くなる箇所がさらに続く。

この後いよいよクライマックスの茫漠たる暗鬱さに拍車がかかるのだが、こうした効果的遁走によるズレは、180小節以降も同様であるが、この第1主題の登場では、この際第1主題は、それ自身も4度上がっているばかりではなく――レ-ラ-ソ-ファ-ソ-ラ-レ⇒ソ-レ-ド-「シ」-ド-レ-ソ――、後半のkeypointの音(「シ」)――が半音階上昇し、調的にも変化を遂げている。 それはますますもって第3主題に近づく印象的なステップである。 バッハに特徴的な「半音階性の着脱」を繰り返す旋律パターンは、この未完フーガの始まりから第1→第3主題移行のための伏線の蓄積として割合頻繁に登場するが#、この、主題が丸ごと出現するシーンでのkey音の半音階上昇は、アトモスフェール転換点として尚更劇的に印象づけられる。

これは、以下のような関係を持つともいえるだろう。 第1主題 レ-ラ-ソ-ファ-ソ-ラ-レ(原型) ソ-レ-ド-シ♭-ド-レ-ソ(原型移調4度) シ♭-レ-ド-シ♭-ド-レ-ソ(原型’ダッシュ) シ♭レ-ド-シ(ナチュラル)ド-レ-ソ(原型’ダッシュの調的変化) シ♭-ラ-ド-シ(ナチュラル)-ド-レ-(ソ)(原型”ダブルダッシュの調的変化)

こうして、遁走の絡み合いと不協和的響きのトリックを伴いつつ第1主題と第3主題は丸切り無関係に近いというよりはむしろかなり近づいていくのである #…34〜35小節、49〜50,55〜56小節、etcetc...。 (これらが半音階性着脱がそのまま主題化しているB-A-C-H主題の巧みな伏線になることは非常に示唆的である。)

バッハは未完フーガに於る対位法駆使の中で、この種の半音階性の着脱を、水面の波のように可変的に繰り返しながら、いよいよ主題そのもののkey音を用いて第1主題→第3主題(=B-A-C-H主題)への移行に寄与させるのである。 こうして、第3主題の単独の登場(114小節〜)までに響きと運動の緊張感を高めている。 ちなみに、上記の第1主題のkey音による半音階性の着脱のみならず、同主題丸ごとで、このようなパターンの変奏も、開始早々から絶えず行っている レ-ラ-ソ-ファ-ソ-ラ-レ→レ-ラ-ラ-ソ-ラ-シ-レ (ソ-レ-ド-シ-ド-レ-ソ→ソ-レ-レ-ド-レ-ミ-ラ)

 

2004年01月13日 (火)

思いがけない用事で途絶したまま随分と時間が経ってしまった。

以前、多くはミュンヒンガーの弦楽合奏を、また時にヴァルヒャのオルガンを耳にしながら追っていたスコアの所々に見られる走り書きも、自分が書いたものであるにも拘わらず、今となっては意味がわからなくなってしまった。 何故こんな所に文字が走らせてあるのか、何と何をどんなポジションから連関させていたのか、どんな直感や思考に基づいていたのか、意味不明である(笑)

それで、あまり全体、乃至在るべき終局から部分(各コントラプンクトゥスやカノン)を聞き取るのではなく、とりあえず最初から一曲ずつ感じること、また気づいたことを、演奏への感想とともに記すことにする。 そうしているうちに耳もまた馴れてくることであろうし、全容をもう一度再考できていくと思う。

が、 それにしても、フーガの技法の場合、一応の目途を立てておかねばならない。一曲一曲を綴るには、互いの連関が濃厚でありすぎるだけにかえって虚しい。 また毎日、一曲について記す為に、考えの外に置いておくには行かぬ全体というものにも幾らか配慮するべきとはいえ、毎度毎度ただ漫然と聞き流して行くには、その全体はあまりに長すぎるし、巨大でありすぎる。

そこで、Cp11番迄で、前半を一応区切ることにする。 バッハの発想、思考がここでひと区切り付くように思われるし、何より聞いている方の意識としてここで区切りを強いられる気がするからである。 また、このCp11は前半(?)の差し当たりの集大成というべき壮大さを帯びていると言っていい。 これ自身、未完の終曲に直結しうる大きな要素が多分にある。またCp1〜11までの連綿とした世界は、それ以降(Cp12〜未完f)の世界がどちらかというと自存性?のつよい一曲一曲の統合体、ともいうべき世界なのであるのに比べ、その連関性・一貫性がずっと揺るぎがたく思われる。

フスマン、ダヴィッド、グレーザー等、曲順に関しては幾つかの有力な人々による解釈の余地がある中で、ミュンヒンガーもバルヒャも、グレーザーの解釈に依っているようであった。それは私の手持ちのスコアとは曲順が違う。(スコアを追いながらという形ではまだCDの前半しか聞いていなかった。)

バルヒャのCDに添付されて解説書を読んだところ、これは出版原譜の曲順と、バッハの意図していた真の(と思われる)曲順との差異からならしい。 ということで、諸々の問題――バッハ当人によるいきさつやその後の解釈――から、やはり後半?の曲順はバッハ自身に於ても!、また「フーガの技法」研究者による全容の把握の仕方に於ても、幾つかの解釈の余地があるのである。

 

2004年01月14日 (水)

眼と頭が痛くでてモニタを凝視していられないので箇条書きのみ。 Cp8…未完フーガ第3主題/未完フーガ第2主題 との要素(?) 落下のテーマ(注:私の付けた呼称…113〜117/117〜126小節など。ちなみにこれはCp11の117〜最終小節へと発展する)と、 これとよく呼応する

・レードファシシ♭ラレ(ラソラソラソファソ=tr)ファソラソラーレ(Cp8冒頭) 

・ラーシ♭ファドド#レラミーファミレミレーラ(Cp11 a4 27小節-、上の転回系とみられる)

これらの半音階的絡みが、もたらす意味、 B-A-C-Hへの伏線。

 

これについて

上記(Cp8冒頭)は C-H-B-A すなわち ()C()HBA()()の運動。

下記(Cp11 a4 27-30小節)は A-B-C-A【A-H-C-A】 すなわち ※AB()C()()A()【AHCA】…の運動。B-Hの交換運動もしくは着脱運動。

注)※第二声部、【】内のみは第一声部

 

下線部、B-A-C-Hへの伏線の意味は、ここCp11-a4に於けるこの後の展開で、90-91小節でついに、B-B-A-C-C-C-Hがついに(未完フーガ第三主題 B-A-C-H に前以て)露出するのである、という意味。まず第二声部にて、またこの後の小節でも繰り返される=93-94小節、第一声部。前哨線は、直前の89-90小節第三声部より。

この部分は、上述のように音列としては未完フーガ第三主題へかかると同時に、リズム・推進的運動体としては未完フーガ第二主題を予告させていると言えると思う。

(自分での発見、20110916、記載20110215)

 

2004年01月17日 (土)

一曲ごとへの記述に入る前に、補筆。 Cp.11が、何故濃密に未完フーガと通じるか、に就て。

Cp.11-第1主題…冒頭主題の第4次変奏(Cp.8の転回形) Cp.11-第2主題…Cp.8で最初に登場する別主題(B)#の転回形ダッシュ #…これは、Cp8に就て触れる際詳しく述べる

Cp.11-第3主題…Cp.8で最初に(第2主題として)登場する別主題(C――先日「落下の主題」と呼んだもの)##の転回形 ##…これも、Cp8に就て触れる際詳しく述べる

こう見ても、如何にCp.8と11とが、予め緊密な織物として連携させられているかがわかるのだが、 驚くべきは、そうした経緯を以て到達して来たここCp.11に於て、織り糸とされるこれらの主題(1・2・3)が、どれも最終フーガ(未完)への意味深長な前触れとなっている点である。

第1主題…未完フーガの第1主題(レラソファソラレ)と第4主題(来るべき冒頭主題レラファレ…) どちらの主題にとっても緊密な変奏曲的関係にある(中和剤、またはどちらへの発展性をも帯びる巧妙なる予備軍)

第2主題…落下の主題及びその転回形、どちらにも旋律上繋がりやすい、もしくは遁走上、きわめて自発的な交代性を持つ音列でありつつ、 未完フーガ第3主題(B-A-C-H)の予兆的性質を帯びる(この転回前――すなわちCp.8での第1主題時――はそのサワリが未完フーガ第3主題BACHと共通であり、同様の半音階性を有つ。と同時に、遁走性としては――2度上げられていることもあり――かえって転回前よりも未完フーガ第3主題BACHと呼応性を持ち、仮に同時に奏されてもよく共鳴する)

第3主題…(C=落下主題が)転回されたことにより直かに未完フーガ第3主題BACHの音列そのものを喚起する。

未完フーガ第3主題とは、このCp.11の第2/第3主題の奇妙な融合であると言ってよい。

蛇足であるが ここ(Cp11)、及びCp8では登場していない、未完フーガ第2主題はといえば、両者の間に置かれたCp.9に於て十全に扱われているのである。

 

2004年02月01日 (日)

※補記 Cp.6の遁走に於ける全体的変奏スタイルのtheme性が、――短い音符・付点リズムにより独特の(フランス形)を帯びてはいるが、その為に有効的に――未完フーガ第2主題に、非常に密接に関わる、ということ。 3小節後半〜4小節のミファソラファミレドの上昇〜下降型、 18小節第1&2声部の旋律を予兆として 殊に26〜28小節(縮小形として)、また54小節〜(縮小形として)の第3声部の動き (59〜61〜)62〜68小節辺りの3・4声部の動きは非常に如実な、あの未完フーガ第2主題の暗示となっている。 あの第2主題は、第1第3、また来るべき第4主題との接着剤のために唐突に現れたのでも何でもなく、主要主題の遁走の進展と必然性によって着々と事前から頭をもたげていたものであるといえる。

 

2004年02月02日 (月)

※補記 そして、昨日Cp.6で述べたことは、そもそもCp.2でもすでに、当てはまることである(未完フーガ第2主題への前哨線)。 (他方、翌Cp.3では、今度は逆に未完フーガ第1主題・第3主題――ともに動きの緩やかで半音階性のつよい旋律――の方を、予告させている。 周到かつ有機的な下地作りである。それはまた別記するとして)

Cp.2で、未完フーガ第2主題へと向けて、どういう点が予告的であるのかといえば、 ここでもCp.6と同様、付点リズムが特徴的ではある――この付点の躍動感・推進力(近代自我的・ベートーヴェン的音楽性)を、バッハは当然あのCp.9へと、最も的確な形で至らせている。そしてこれが未完フーガ第2主題へと及ぶと同時に、第2主題と、来るべき第4主題(冒頭主題でもある)の自発的遁走を十分に得心させる形を生み出す親と、せしめていく訳であるが、こうした旋律の躍動性にとって有効な付点を効果的に用いてバッハは、(未完フーガ第2主題にとっての)key旋律の基を幾つか作り上げる。

・第4〜5小節(ファ--ソファミレミレド-レドシ-) →未完f第2主題:ファソファミレ#ドの下地

・第6小節(ラシドレミファレミファミレドシラ#ソ)→未完f第2主題:レラレミファミレファミラミファソファミファソラ...=(4度下)ラミラシドシラドシミシドレドシドレミ...に同じ、の下地 また高音部(第1声部の)

・第64〜65小節(♭シラソファミレド#レ「レミファソ」--「ファミファラ」)→未完f第2主題:レラレミファミレファミラミファソファミファソラ...

・第76〜78小節(♭シラソ-ラソファ-ソファミ-ファミレ-シ#ド#ミラ)」)→未完f第2主題:ファソファミレド#〜ラソファソラ--ソファソラシ--の下地。

 

2004年02月03日 (火) 〜 02月04日 (水)

(他方、翌Cp.3では、今度は逆に未完フーガ第1主題・第3主題――ともに動きの緩やかで半音階性のつよい旋律――の方を、予告させている。 周到かつ有機的な下地作りである。それはまた別記するとして) ------ これに就て。 いつかもざっと書いたことだが、次Cp4が「真」の転回形で有るのに対し、こちらは「調的」転回形である。 調的転回形の後にまたCp.4(真)が、ここに置かれ補強されることで、なるほどCp.9への自然必然性が高まり、また未完フーガ第2主題と、あるべき第4主題(冒頭主題再現)との絡みを意図しやすくさせている。 *未完フーガ第2主題との差異は、前進力と躍動性にみちた未完f2との絡みを演じる未完f第4主題が、転回以前(原型)なままであるのに対し、Cp4の方は転回形との絡みである点である。

さて今日のテーマの方に戻るが、 調的転回形であるCp.3であるが、何故これが未完フーガの半音階性際だつ第3主題と、上下動緩やかで荘厳なな第1主題を喚起させる、と直観されるのだろうか。 いつかも触れたように、最初の「調的」転回、つまり 第4小節――#ド--ラシ#ド(レ)(;本来ド--シドレ(ミ)で有る所)――の処理を契機に、 第5〜6小節――ド-シ♭シラ#ソラシド#ド、 13小節――レミ#ファソファミレ#ドレ、 など、ド(=C)・シ(=B)など同じ音の#乃至♭の脱着を開始している点である。 (これは勿論、未完フーガ第2主題でも頻繁に脱着される所の音である) もうひとつ、未完フーガ第1主題をも彷彿させると感じるのは、何故か。

ところで元々、未完f第1主題とは、来るべき第4主題(冒頭主題再来)の変奏曲であるにすぎない。 だが何を目的とした――どこを志向した――変奏なのか。冒頭主題(第4)のほうが、躍動的な同第2主題との競演にマッチした個性であるのに対し、これの拡大的変形である第1主題の個性は、その中間――第2主題とも半音階性濃厚な第3主題とも呼応する、という性質を帯びている。

ところでCp.3に於る第1〜4声部の諸旋律の動きは巧妙にファジーで、お互いの可塑性を尊重しながら未完フーガ第1〜4主題のどれもに成り代わりうる、乃至暗示するに十分な運動を、連携プレーの中でゆったりと役割交換しつつ展開していくように思われる。

 

2004年02月19日 (木)

01/17記 …Cp.11が、何故濃密に未完フーガと通じるか、に就てのさわり

Cp.11-第1主題…冒頭主題の第4次変奏(Cp.8の転回形) Cp.11-第2主題…Cp.8で最初に登場する別主題(B)#の転回形ダッシュ #…これは、Cp8に就て触れる際詳しく述べる

Cp.11-第3主題…Cp.8で最初に(第2主題として)登場する別主題(C――先日「落下の主題」と呼んだもの)##の転回形 ##…これも、Cp8に就て触れる際詳しく述べる

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この、#と##に就て。

Cp8は前半の集大成ともいうべきCp11が四声三重フーガであるのに対し、三声三重フーガで構成されている。非常に物理学的秩序を感じさせる楽章である。 最初に登場する半音階秩序の不可思議な主題は、一見何かの目的のために便宜的に持ち込まれた、一見無関係の主題のようであるが、これ自身もじつは*Cp5(4声反行フーガ)冒頭で出てくる基本主題の変形の転回形――これを4度あげたもの*――といえる形の応用である。もっと言えば、その付点をとり去ったものを、原型としたものの応用・変奏なのであって、その証拠に実際、ここCp8自身に於て91小節から、この付点を取り去った形のものが、第1拍目にシンコペーションを伴って登場する(91小節〜。)これが基本主題のCp3,4的転回)の再現である。

じつに論理的なつながりがあると私には思える。(それだけに、同時に演奏してもおそらくよく共鳴する)

*…それは、元はといえばCp3・4の基本主題の転回形――調的・及び真の――からおそらく生じているだろう... しかも、このCp8の最初に登場するこの主題は、何とも不可思議で効果的な半音階性を付与されていることによって、当然未完フーガ第2主題を暗示させてもいる。 この半音階性の濃い主題は、ミュンヒンガーCD添付解説では、第一副主題とされている。ところでこの半音階的主題は、39小節以降に現れる、私の言う落下の主題と、非常に呼応する。(ミュンヒンガーCDの添付解説では第2副主題とされている) 何故、この二つは呼応するのか。 また何故、落下の主題は、出現しうるのだろうか。 落下の主題は――ちょうど紙を、高い建物から落としたような線を描いて聞こえるので仮にそう名付けたが、面白いことにバッハの対位法の工夫により、他声部、主に低音部の援助によって、この主題は、まるで紙を投げ落とした窓から落ちていくものを見るようにも、逆に建物の下から落ちてくるものを見上げるようにも聞こえる――そもそも何処から生じたものなのか。これも、けして唐突に現れたものではないと私には思われる。 一番近しいところでは、この発想のもとになっているのはCp5(4声反行フーガ)の基本主題変形(同冒頭)及びその転回形(4小節〜)が、基礎であると思われる。この適度の躍動感は、落下主題の小刻みなリズムに移行しやすく、呼応もしやすい。 そしてまた、これらは先ほど述べた基本主題のCp3,4的転回の再現とも、呼応する(148小節以降) すると、このCp8を構成している3つの主題は、――副主題とされる、無関係で便宜的な挿入と思われるものも含め――みな同じ親(A及びその転回形∀の系列)から生じているにすぎないことがありありと浮かび上がって来るのである。

 

2004年02月20日 (金)

フーガの技法を毎日毎日聴くのは、実のところ平均律を聴くより余程厳しいものがある。平均律の時は――記すことは少しは大変であったけれど――毎日が楽しかった。しかしフーガの技法にとことん付き合うのはまだシンドい面がある。 音楽それ自身の巨大な重みと、一瞬たりとも気を抜けぬ精巧度の問題だけでもなかろう。あの長大かつ凄絶な世界観、あの精神世界である。 それとバッハ自身の音楽性が、たとえば平均律第一巻などと較べて二巻の世界がそうである以上に、いよいよ人生の終局フーガの技法にあっては、純-音楽的な自発性というよりはむしろ合理的・物理学的・思弁的自発性(生命秩序といってもいい)ともいうべきものが、彼の音楽の本質を担っており、そのおそるべき科学的有機性が「すなわち音楽的」自発性となっている、という桁外れたたくましさと厳しさに貫通されているために、それと長い時間対峙しているのは、さすがにしんどいのである。 しかし勇気もわく。バッハの音楽は、つねに生み出せ、構築せよ・構築せよと言っている(もし近年の、構築性という言葉に対する世界的アレルギー現象を考慮して言いかえれば、変容(的構築性)と言ってもよいが)。結局は何らかの構築「的作業」をすること以外に、ひとが救われないことを証明している。 逆説的に響くかもしれないが、或意味で、半音階性の極意とも言えるバッハの音楽性ほど、懐疑性を露わにしたとも云うべき表現もこの世に他に無いほどだが、それは言い換えればこういうことにほかならない。 懐疑するにしろ、徹底的に構築せよ。構築し、解体し、再編し再構築する、そうしてただひだすら構築する以外には、懐疑すら成り立たないのだ、そう言うかのようなメサージュに充ちている。懐疑もまた、じつは徹底的構築作業をまぬかれないのである。 そうやって不可知論にも、安易な相対主義にもうち勝つように、バッハの音楽は、フーガの技法は、言っている。 どんな哲学者よりも社会学者よりも、宗教家よりも真正な、弁証法的摂理――「真に」弁証法的思考と「生産的に対話的」なる精神とは何かを、彼自身の音楽を以て全身全霊、体現してくれているのだ。

ほんとうに貴重な宝物をのこしてくれたのである。

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明日から第一曲目からの分析に入りたい。

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グレン・グールド――27歳の記憶 をめぐって
2003年11月にHPに記載したものを転記

2003年11月10日(月)

ドキュメンタリー映画「グレン・グールド――27歳の記憶」の中で、若きグールドが弾いている、バッハ「フーガの技法-コントラクンプトゥス1番」のじつに貴重な録音がある。無論古いフィルムなのであまり音は良くないが、そんなことはもうすっかり飛び去ってひたすら聞き入ってしまえる稀な音楽に、出会うことが出来た。 それは勿論、スタジオ録音の際のあのハミング混じりのとはちがった類の、彼の「素の」音楽で、他者の視線や耳といったものを(“ 殆ど ”、と言っておこう)意識していない、彼特有の自意識の自由即呪縛世界――*非主題的なものが唐突に主題化(出来事化)されないための延々たる緊張状態の持続運動;偶有性拒絶状態の保持;起伏の隠蔽――とは殆ど無縁といえる程に虚心な自我、宙吊りからの解放、**彼の通常のバッハ演奏に於るのとは一見正反対、否逆説的とも思える窮極的ロマンティシズムの地平への自己肯定による、VORT-DA(退隠-現前)の襞了承(*/**付記11.01.02)――から生ずる演奏であったろう。

彼は他者と彼自身の緊張から解き放たれた時、やはりあのようにゆったりとしたテンポの内省的な音楽を奏することが出来るのであった。こうした折の彼から生ずる、奇跡的に純度の高い、と同時に20代後半にしてはあまりに成熟した、意味深長な音楽をきくことが出来るのはじつに一興である。思えばこの成熟度と純粋度は、この映画の録られる翌年後位に演奏された「ブラームス間奏曲集」、ブラームスの最晩年作品でみせた世界にそのまま通じる所のあるものであろう。

その演奏に就てはまた別の日に述べるとして、今日はこのドキュメンタリー映画の中で、彼が知人の音楽家と自宅の居間で雑談をするなかで交わした、興味深い発言について、これを観ながら私自身つらつら想ったことを綴っておきたい。

彼はウェーベルンと同じ学校に通っていた音楽家の知人と、こんな会話をする。

「彼は内向的な性格だった」
頷くグールド。
「彼の音楽もかなり内向的だ」

それを聞くと、突然くるりと椅子を回し鍵盤に向かって言う、
「これが内向的な音楽?」
そうして大胆な身振り手振りと跳梁的指遣いで、ウェーベルンの前衛音楽を奏で出すグールド。 「彼は寡黙な人間だった...寡黙な音楽だ」と知人。
「内向的な音楽というのはこういうんだ」
グールドは言ってシューベルトの交響曲第5番のさわりを弾き始める。その演奏はしかしかなり陽気でたくましく(笑)、いつものハミングよりずっとまともで太い歌声――殆ど声楽家の発声なみにたっぷりとした大声――を発しながら弾かれた。それはお世辞にも内向的、に弾かれてはいなかった。

しかも交響曲第5番の開始(変ロ長調)は、シューベルトの音楽の中でも特別内向性の際だつ音楽とも云えないどころか、寧ろシューベルト自身としてはかなり陽気なtoneで書かれたもののはずである。たとえばピアノソナタop960とか、より端的に内向性を呈する音楽が他にもあったはずであるが、グールドはこの交響曲を、思い付いて弾くのである...

が、聞けばその陽気さ、おおらかさこそは、"内向的人間の"それであるのが、パラドキシカルにわかるのである。

突然ピアノを止めて振り返ると言う。
「もし、一歳半の子供をさらってきて、人っ気の全くない、音楽のない、森の中の隠れ家で育てたとしよう。 そしてその子に、ウェーベルンでもシェーンベルクでもいいがとにかく透徹した12音音階の音楽ばかりを厳選して聞かせるようにする。その子が6〜7歳くらいになった時、彼自身の中にこういう童謡風の音楽が醸し出されるかも知れない。
(purely,と言いつつ ラーラーラー、と唄う)
そしてやがては、こういうふうな旋律が、生まれてくると思う?」
こう言って、「チャーチャーチャー、チャーチャーチャー、チャッ!チャチャ・チャッ!チャ...」不自然にかつ一定の調子で音の跳ぶ旋律を歌ってみせ、
「そうは思わないよ!」とグールド。

「それはわからない。彼自身の個性的な音楽が生まれてくるのじゃないかな?」と知人。

「ところで、きみは作曲を続けているのか」知人が訪ねる。「新しい音楽を生みだす努力を」

「それに関しては悲観的だな」とぼやくグールド。
「今日、調性音楽はすでに役割を終えているんだ。…おおかたの意見はそういうことに、なっている。 だが、ぼくが書こうとする音楽は、今から50〜70年位前のスタイルなんだ。」
そして無調音楽を書くための必然性を自分は感じることが出来ない、というようなことを、彼は呟く。

すぐれた前衛音楽演奏家から、意外な言葉を聞いたという顔をする知人。

「正直を言って行き詰まっている。すでにある形式を使ってはいけないのかな」とグールドが訊く。

もう過ぎ去った、役割を終えたとされる、しかし自分にとっては(※少なくとも今のこの自分にとって)自然-必然的であるスタイルで、音楽を書いてはいけないんだろうか?と彼は問うのである。

※註釈を付けておくと、グールド自身は、十代の頃そうだったように、人生の後半にはふたたびシェーンベルクやウェーベルンの十二音音階に自己自身の表現の座標を見い出している。実際人生の後半には彼自身の作曲のスタイルもそうなっている。無論バッハを積極的に自分のものとして継承していることともつながるが(グレン・グールド「永遠のピアニズム」から。付記2010.07.14)

 

2003年11月11日 (火)

表現行為とは何か、芸術のもたらす意味とは何か。 芸術にとって必然性とは何か。

大方はバッハの構築的合理的でありつつ同時に宗教的で神秘的な音楽に就て、或いはロベルト・シューマンに就て述べつつ、私はこれに関し幾たびかこの日記(HP)にも記してきたが、あらためてこのことを問う時、 芸術の本質は、結局の所

  1. 自然-必然性の成就(自発性と必然性の一致)
  2. 必然性と合理性の一致

    (この合理性とは所謂合理主義的、という意味でなく自然・生命・宇宙の秩序と律動に即した・orそれらを反映した、世界のことだと思ってよい。もしくは自己と他者―世界―の可能な限りの合致とも云える)

  3. 最も高度に純粋な自発性の貫通
  4. 内的必然性の貫通(或る種の普遍性=個性の形象化)

(畢竟、同じことの言い換えにすぎぬ、述べる位相の差異に過ぎぬことかも知れぬが、箇条書きにすれば。)

これら以外のどういうものであるだろうか?(非常に長いスパンで鑑みて、[他者にとっても]意味のある表現=芸術とは。)

という所に、結局考えが至ってしまうのだ。

絵画を含めた前衛芸術、また前衛音楽に触れる時、中には心打たれるものもあるが、だいたいに於て正直な所、その不自然さと同時に耳が慣れてくるに連れ次の音が容易に想起されてしまうあの一定の調子のことを思う。と同時にこれらの音符の連鎖を覚えたり譜面を忠実に追ったりする演奏家の根気強さへの限りない敬意が生じる。

彼ら前衛音楽家たちは、ちょうど当時既に優れた前衛音楽演奏家であったグールドに対し例の知人が問うたように、「新しい音楽、これから役割を担うであろう音楽を、生み出すこと」に心血を注いだ。

もし、それが彼ら自身のかぎりなくpureで自然必然的な作用,或る種のどうしようも無さから生み出された場合、その作品は画期的であると同時におのずから心打たれる音楽となるであろう。

が、新しい音楽、新しい形式の音楽を生み出すために、彼らは某かを「抑え込んで」はいないのだろうか。多くの前衛音楽に共通する、或る種の〜不自然さ〜のなかに、それまでの旋律やハーモニーをわざわざ封殺し封印する用意周到な構築作業、ないし心的作用を感じ取る――***全ての転調可能性や不協和音の解放、対位法駆使の極地化という事自身と、十二音音階への移行とは、おそらくかならずしも「=(equal)」ではないと思われる、たとえばベートーヴェンの大フーガとその後継路線への予測可能性を考えても(***…11.01.04)――。

意表をつく音楽。罠に掛からない音楽。不断に何にも・何処にも当てはまらないよう、己自身に緊張を強い、聞き手をもこの世界に連行する音楽。これらを貫くものを新しい?法則性と捉えるべきなのか、諷刺(軽侮・諧謔)を帯びた<回避性>の強調と捉えるべきなのか…。

それは、かつての、いかに自然発生的であろうともすでに使い古されてしまった旋律、ないし和声といったものを厳密に超脱するために、つまり自然-必然性へと填り込まぬために、<偶有性>というものにすっかり身を任せているかのような形、もしくは<偶有性>の連鎖にこそ至高の意味を見い出しえたかのような形をとりながら、じつは或るどうしようもなく狭く堅苦しい形式、Pattern(形骸)へと、みづから填まり込まざるをえなくなった、そういう種類の営為、恣意的作業の積み重ねではないのだろうか。

何ものかへと当てはまらないようにする努力。

まったく純一に発生した「結果」、何にも当てはまっていない音楽、というよりはむしろ、既存のXへと当てはまらぬよう努力した結果、まさしく「全く自然に聞こえない」音楽、「全く自然発生的に生成しなかった」音楽となることに、成功した音楽。

そこにこそ、この形式へと否応なしに駆られるに十分な苦渋を伴う理由を、どうしようもなさを、見出しうると言うべきなのか...

(※ただ、大戦やホロコーストを経て、一切の言葉を喪失した精神世界を現出させざるを得なかった表現であると同時に、音楽「という土俵を借りた実験・方法論」としても聞こえがちな作品の多いシェーンベルクやベルク、ウェーベルン――とはいえ、本当のところ自発性にとっての問題の本質は、彼ら自身のセリエのパターンそれ自身以上に、むしろその音楽性産出時の切実ささえ欠いた同スタイル踏襲者たち;亜流による続々たる類型産出とその態度のほうであると思われるが――に比し、ヒンデミットやバルトークの作品などは、その徹底した計算にもかかわらずあるパターンへの陥没をも同時に免れ得た尊厳的な何ものか(後期ロマン派以降という逼塞した時代状況にも拘わらずこの辺の不自然さを感じさせぬ、或る至純さ、知性により総監されつくしてもなお変わらぬ生成における自発性)、単純に言って「音楽」を――騒音性の強いとされる曲に於てすら――私にとっては見出しやすく、バッハ(〜ベートーヴェン後期)からよりナチュラルに繋がるセリー音楽へと近づけることに成功していると思われるのだが。ちなみにグールドにもヒンデミットのピアノ曲録音があるし、再評価されるべきとする論文もあるらしい。付記:2010.07.15/2011.01.06)

 

2003年11月12日 (水)

多くの前衛音楽が一様に帯びる刻印...

◇それ以前の音楽に比し、多くの前衛音楽に顕著なもの(端的に表現されているもの)

  1. 偶有性;必然性を阻害・遮断する存在としての偶有性
  2. 必然性を阻害・遮断する偶有性の作用を免れ得ない実存の、或る種の苦悩

    (打ちひしがれた○○,より好意的に言えば?be in progress unwillingly――不本意なる受動性 の映現)

◇それ以前の音楽に比し、多くの前衛音楽に欠如するもの

  1. 自発性;「自然」-必然性;自由

必然性とは、これを遂行する実存,もしくは表現者にとって、一見「=」不自由さ、のようであるが、成功した表現(すなわち芸術作品)に於ては、むしろ逆である(=自由の「獲得」)

芸術作品にとって、必然性とは「自由」である。必然性の獲得とは、自由の獲得である。それは還元すれば、個に内在する生命秩序(自発性)と合理性としての生命秩序の<可能な限りの>合一である――存在の理想郷――

この合一の充溢は 表現のリアリティであり、信憑性であり、作品の奥行きと深みである

だが多くの前衛音楽の中にある、多分に途絶的で唐突な跳躍や、‘内発’的に生成的というよりはむしろ人為的-外的要請と動機にもとづく数理学的秩序、それらが端的に表現乃至反映させているところのものは、がんじがらめさであると思われる...

それ以前の音楽に比し、多くの前衛音楽が最も喪ったものは、云うまでもなく 自由な呼吸、もしくは呼吸する意志である。

 

2003年11月13日 (木)

多くの前衛音楽に顕著なもの

  1. 偶有性;必然性を阻害・遮断する存在としての偶有性
  2. 必然性を阻害・遮断する偶有性の作用を免れ得ない実存の、或る種の苦悩

こうした印象がもし、間違いでなければ、こういうことが出来るだろう。

前衛芸術作品の表現するところのものは、実際、それである。それを表現するものが前衛音楽なのであり、それが存在意義であると。

ところで、不思議なことに、音楽の演奏の際には過去の音楽を今尚尊び、奏でられることが当然とされている割には、作曲の際には、――いみじくもグールドが40年以上前に悩んでいたように――昨今ですらなお、いわゆる<前衛的>とされるスタイルで創作することのできる者が選ばれるという傾向があるように思う。表現の「伝達」者にはその選ぶべき時代が限定されないが、表現の「創作」者には、担うべき(とする)時代とスタイルを、現今を代表するものと限定する、という傾向――この点に、この問題が示唆するものがよく見い出されるような気がする。

だが創作の位相に於ても、当座の時代と形式の枠にとらわれない自由さと視野の拡がりが、保って置かれるべきではないだろうか。新しい表現形式(とされるもの)が確立・発展、ないし踏襲される前に、私たちが充分に過去の表現たちからその神髄を「吸収しつくした」かどうか、そのうえでそれを乗り越える形式として、本当にこの新しい表現形式とされるものが生まれた、のかどうかわからない、ということがつねに保留され問われつづけなければならないし、またこの新しい形式とされるものが流行している同時代に、これとはもっと違う形で未来の形式の確立を志向し(かけ)ているものが、それと判られずに生まれているかも知れない。ひょっとするとそちらの方こそが、過去の遺産から吸収すべきものをより地道に吸収し、もっと別な形で蘇生発展させうる力を持っている、という可能性も、つねに配慮されなければならないだろうと、思われるからである。

絵画でもよく思うのだが、或るひとつのスタイルが天才的人間によって獲得されると、猫も杓子もこぞってそのスタイルのもとに集まり、またそのスタイルを踏襲できることが何より求められる(すなわち才能のある者と見なされる)。後世から見て或るひとくくりに出来る「時代」――長い時間――を通り過ぎないと、その中で、そうした時流とは別の志向性を保ちその個性を孤独に追求しようとする才能の持ち主たちも居たことが、評価されることなく過ぎていくのではないだろうか。その時流に当てはまらない逸材が、評価の枠の外へ追いやられ日の目を見ぬまま時が過ぎ、後世の私たちにも知られずに放擲されている、などというじつに勿体ない例というのが、どれくらいあるものだろうか。

これは前衛芸術の時代に限らず、遙か昔からあったことではないか、と云われればそうであろう。一人の天才によって或るスタイルが獲得された時、これを確立させるのに彼ひとりでは十分でないことがしばしばである、複数の個性を通してそのスタイルが形造られて行きうるというのもわかる。しかし、つねに別の可能性への猶予 は、また過去?のものへの敬意とその再来可能性への猶予 は 保持されておくべきである。

もうひとつ、私が殊に現今の時代――前衛芸術の時代とそれ以降の展開――をいぶかり、この形式が時代を支配してしまうことにこだわるのは、こういった点と不可分に、以下のような事情が孕まれているからである。

前衛芸術は、それ自身、本質的に創造的行為(必然性志向)を否定するイデオロギーを伴いがちのものではあると思うが、前衛芸術の発展した形のうち、一部のものは自覚的に「芸術」を破壊する――人間の創造行為そのものを唾棄すべきものとして扱うに至っている(謂わば、逆ギレのようなものであるが)――し、全体的に見ても、前衛芸術とはやはり人間の素朴でピュアな能動性・創造性に対する諦観を抱き(それ自身はよいが)、これに対し――云ってみれば(表現者としても)自覚的に、背中を向ける傾向から生まれるもの、この傾向に少なくとも暗黙的同意をした所から生まれるスタイルであると思われるだけに、人間存在とその自発性にもとづく創造行為に対してもおのずと(悲観的、はもちろん)否定的、犬儒的にならざるをえない志向性を持つものであると思われる。

そうしたものの形勢と時流によって押し流されてしまった、他の志向性をもつものたちのことを思えば尚更に無念であるし、またいつまでもこのアイロニカルな姿勢を脱することなく非(反)-構築的に生きつづけること、構築的スタンスに冷や水を浴びせ、質の悪いものではテロリズムのようにたんなる破壊主義に終始する、だけでいいのか、ことに「表現者」たちは自問すべきであると思うからである。

人間存在とは、脱(絶?)-構築性が(慎重に、或いは時として突如)余儀なくされる、ものであるということは理解出来る。また、現今とは、不幸にも 外即内、情況対自己、情況対実存etc..に於るそうした否定性を、苦いほど自覚・経験させられざるをえなくなった時代であるというのもわかる。また、これらの問題自身が表現されなければならなさ(主題化の必要性)、も理解出来る(私としては、真に弁証法的な運動こそは、そうした脱(絶)-構築性を必ず内に含む、構築性――或いはこの言葉にまだアレルギーがあるなら変容的構築性と云おうか――を帯びると理解したいが。というのはつまり、この意味での最終的な構築性を、私たちは免れない存在/相対者である、という意味に於いて 付記110206)。問題はそのことの、表現のありよう・質・向きであろう。

であれば尚更芸術によって、表現行為によってこそそれが克服されるよう願い、働きかけられるべきであろうし、本来 芸術;すべての表現行為の意義と精髄とは、「生きること」、この ‘ 被-能動性としての受難の能動性 ’ を、肯きつつ<生きる>ためのもの、これをポジティブにするためのもの、であったはずである。(勇気づけ動機づける=生きられる、ようにするためのものであったはずである。)あるいはまた、こうした能動性を持って生きることが、いかに難しいものか、ということ、生きる苦しみと厳粛な悲しみを、存在の奥深い所で共鳴させられることによって、ようやく癒され再生させられる、そういうもののはずである。また、元来おのずとそうした本質と力を「帯びた」もののはずであると思っている(****ベートーヴェン自身の後期――生成の境域が全的にではないがかなり個我へと移行する――と、ベートーヴェンの後の、シューベルトやシューマンの仕事とその質。 ****…バッハに於いては神と人間の関係が、ベートーヴェンに於いては通常、人間存在・人間社会・世界が、そのまま表現の磁場(したがって目的論的・類的)であった。シューベルト以降は、それが自己(偶発的存在としての実存)の磁場になる。がゆえに、バッハ或いはベートーヴェン的生成秩序の生きた弁証法のダイナミズムが、語る位相の転移とともに、奇矯的変容や異他的転回を伴うそれへと変わるのは、必当然的である。が、にもかかわらず彼らはその生成の質の担保について細心かつ最善の注意を払った、謂わば過去からの<人間的な>歴史に対して敬意を払ったのであり、その意味でもベートーヴェンの遺産を、類的よりはむしろ、より個的-実存的なフェーズに移して、ではあるが、誠実に受け継いだと私には思われる。ベートーヴェンの弁証法的世界は、自らこそが弁証法である、と名乗った(=以てイデオロギー化した)そのことにより非弁証法的;反弁証法的世界になりさがるような質と法則性の元にない。実はこのことを他ならぬシューベルトやシューマンがだれよりも理解していたはずなのであり、この点を見誤ると、その分だけ、結局はいずれより高い評価を得るに至るであろうシューベルトやシューマン自身の音楽の意味性や畏怖と苦悩の質についても見損なう(一定期間、必要以上に迂回する)ことになりもするし、当然解釈が表面的になるのでないかとも懸念される…付記110102)。

もし現代が、一切の表現行為を成立させられぬほどの不幸な時代――私としては、もっとよく考えればまだ余地があるはずという気もするが――であるなら、表現者がそれに同意するなら、それはそれとして、であらばいっそのこと表現者は表現行為(成り立たないもの)を、(*****中途半端な介入すらせず、環境科学的、環境生理学的分析などでなく他ならぬ「芸術/生成・表現」という分野に於いては *****…付記110102)寧ろ辞めるべきである。これ以上表現することは、芸術自身の可能性にとって或る種自殺行為になり、行き場を無くするものであるということを自覚しなければならない、ということになる。ましてやその憤懣のはけぐちを芸術そのものへの破壊行為になど求めぬようにすべきであろう。己のすることは、Art;「表現行為」であるどころか、たんなる自我の発散にすぎぬことを自認するべきであるとも云える。

そうして、一切の表現行為はもはや成立させられぬ、とは諦め切れぬ者たち、何らかの能動的で生産的な対話と構築作業を再生する意思とその形式を模索しうる人々に、次の時代、新しい表現の時代をゆだねるべきなのではないだろうか...

 

2003年11月14日 (金)

昨日の一文について

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一人の天才によって或るスタイルが獲得された時、これを確立させるのに彼ひとりでは十分でないことがしばしばである、複数の個性を通してそのスタイルが形造られて行きうるというのもわかる

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そのスタイル(ものの見方・考え方・表し方)が、一時代を代表し制覇するに足るものである場合には、というべきかも知れぬ。

だがそのスタイルが、一天才の一個性;興味深いある一つの視座、として存在すれば充分である、という場合もあり得る

が、これまでにはしばしば、後者のような存在が時代そのものを支配しすぎていた、という場合があったかも知れない

絵画に置きかえて云えば 例えばキュビズムのような場合、あのような異次元同居の発想と一定の認識論的面白み、空間と時間の処理や存在に対する視線の興味深さ、等々といったものは、ピカソとブラックが居れば充分という感じがする。そうした発想は、ある種未だ舌足らずであったセザンヌの表現――彼はいわゆる「絵画的美」の側面に於いて<巧い>画家であった訳ではない。絵画に於て複数の視点を以て見る者のまなざしを宙吊り的に交換する絶妙さを保持しつづけながらも同時に一つの平面におさまっている、ということを実現するに於ても、その絵画技術そのものの巧みさに於て卓越していた訳ではおそらくない――を経て必然的に生じたともいえようが、この洗練の或る方向性を決定的に確立(!?)した、たとえばピカソの、天才的な形や面を捉える力、描線の過不足なさ、空間に於る明-彩度の絶妙な取得、グラデーションの選定と空間への配置の的確さ、またブラックの、抜群の画面構成力、錯綜する傾斜と間隔の妙、渋い補色関係、セザンヌ的メサージュ伝達の端的さ、等々...らの能弁さを思えば、(☆非-現象学的には)彼らによってすでに語り尽くされた感もあるというのが正直な所感である。(☆…現象学的にはしかし、十全な表現でなかったどころか、かえって著しく漏洩させたものがある――それらを別の方途で丹念にすくい取ったのがたとえばクレーであるといえようが――とするならばなおのこと、そのキュビズム的方法を、ただ単に続々と踏襲するものが現れたところで、「この問題」が解決される訳でもない 11.01.06)

マルクやシャガールの一部の作品がキュビズムを取り込むのは殆ど無意味な面も多く、彼らは彼らで、それぞれの生きとし生けるものへの無償の愛情だとか奇特な夢幻性を追求しつつけるだけでその存在価値は充分だったように思われて仕方ない。 またこうした発想(キュビズム、また脱-具象)の延長が、案の定、ダダのような安易な※芸術否定性、たんなる※※イデオロギーへと移行していくのを見るのは、また或る種の自滅性(自殺性)へと向かって行くのは――至当といえば至当なことながら――残念なことである。

※…彼らの絵画のmessage性を思うとき、それらは単に表現の題材(宗教的テーマとそれにこじつけた裸婦像への偏り云々)、という観点から過去の芸術を否定している、というにとどまらない。何らかの意味で<創造行為そのものの否定>を含む

※※…政治的に反体制的であることはよい。が反体制的、が同時に芸術否定、創造行為否定とも癒着しやすいことには疑問を覚える。過去の芸術には、その題材、テーマの範囲や因習云々の問題を越えておのづから達成された所の、安易に一掃されざるべき創造性と自発性・合理性の追求、その次元の高さがあるからである。

 

2003年11月15日 (土)

一昨日の一文に就て

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前衛芸術とはやはり人間の素朴でピュアな能動性・創造性に対する諦観を抱き(それ自身はよいが)、これに対し――云ってみれば(表現者としても)自覚的に、背中を向ける傾向から生まれるもの、この傾向に少なくとも暗黙的同意をした所から生まれるスタイルであると思われるだけに、

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何故か。

  1. 人生とは偶有性を免れぬものである
  2. 芸術とは必然性を貫徹しようとする自己とそれを阻止する力との葛藤が、おのずと表現映現されるものである
こういわれる時、それらは正しい。

いかに前衛音楽以前の精神性すぐれた音楽、必然性の濃厚な音楽――それは謂わば摂理そのものの如き合理性の貫徹に見える音楽・或いは不屈の意思の貫徹に見える音楽――であろうと、それらにも偶然性の影が宿らざるをえなかったし、これを引き受ける自己の存在が現れてもいるのである。

だから前衛音楽の方法、また表現するものが、それ以前の音楽に比し安易であるとか、創造性を減退させたものであると言うことは出来ない...

だろうか?

それはバッハの音楽をどう捉えるか、またべートーヴェンの音楽をどう捉えるかという問題にも、なる。またベートーヴェン以降の(個の実人生という表現領野にかなり的を絞った、ロマン派の)音楽家たちの仕事(の質)をどう捉えるかという問題にもなる。

それを通じ、彼らの音楽的自然=合理性(不条理;異和感の表現を含む)と、前衛音楽の合理性の差異、が語られなければならないだろうし、つまり彼らの音楽的必然から逆説的ににじみ出る不条理性と、前衛音楽の不条理性との差異が語られなければならないだろう。

このことはつまり、バッハとベートーヴェン以降から前衛音楽以前、に生きていた音楽家が、これらの巨人の出現と圧倒的功績以後、如何に生きにくかったであろうとも、何とか音楽自身の尊厳、またこれを通して自己の尊厳を守ったと言ってあげられるか、の問題とも、なってくる。そしてこれを語ることを通じ、彼ら無調音楽への足がかりを与えた、また無調への過渡期を生きた音楽家たちの音楽に見い出しうる曖昧性・両義性の狭間に於る実存の真率な生きざまと、前衛音楽に於る可塑性のなかに自覚的に居ずまいを変えた実存(無秩序、或いは不条理を表記する形式の中に形骸化された存在)との差異、などが語られなければならない。

 

2003年11月18日 (火) (蛇足)

絵画に於て

脱-現実、ことに脱-具象の試みが、しばしば 「反」-具象、 の意味性を 帯びる/or癒着し易いという志向性…。(殊に、運動として展開される時)
また、その精神構造。

ところで、――これはデ・スティル、シュプレマティズムなどの方法論にもつながるのかも知れないが――

絵画に於て、具象――これは、つまり処遇の記述(己を状況づけているものの書き込み;状況づけられ方の痕跡記述)である(11.01.02)――を捨て去ることは、もともと抽象芸術・時間性芸術であった音楽が元来内包している所の暗示性を生かした表現行為としての抽象性とは、おのずから、「=(equal)」の意味を持たないように思われる。

絵画が具象を完全に捨て去ること( ‘ 芸術 ’ として ※※※これが成り立つ、のだとして)は、音楽がそうであるのと同様に自発的、でありうるだろうか

そうでないとすれば、それはもともと具象の空間から出発したもの、視覚芸術として出発した表現のもつ、条件と宿命のようなものがどの程度左右しうるかの問題

また、自発的におこなわれていった、というよりは寧ろ運動として・主義として、実験的,解体的に行われる場合に帯びがちな挑発性と恣意性(一部、存在への嘲笑性)の問題

完全な抽象主義、には、真摯な運動に於ても――私自身の好き嫌いを越えて――或る種の観念主義への陥穽を見い出す...。

それは考え続けなければならないだろう

※※※…

  1. 形態、色彩、空間、運動、質量の、具象からの独立可能性
  2.  
  3. 上記の、表現としての意味性(乃至、可能性)と 芸術としての意味性の間に生ずる差異

 

2003年11月19日 (水)

昨日の一文に加筆

※※※…
  1. 形態、色彩、空間、運動、質量の、具象からの独立可能性
  2.  
  3. 上記の、表現としての意味性(乃至、可能性)と 芸術としての意味性の間に生ずる差異

これに加え、

  1. 具象そのものがもつ尊厳

表現の方法やレベルによってそれが最大限に発揮された時の、尊厳の大きさ。「状況づけられている、ということ自身が語りうる存在としての意味性」(11.01.06。シェーンベルクら無調派に比しヒンデミットの音楽により顕著に温存されていると感じるのはこうした点かも知れない…)

これらはたんに古びた様式とか因習の問題に還元しえないものを包含するだろう

-----------------

14日の一文に就て

彼らによってすでに語り尽くされた感もあるというのが正直な所感である。

これに就て。
ピカソからは、どちらかというと、ここからさらに運動性を強調した未来派、ダダイスム、また立体派(彫刻界)などに派生-延長し易かったであろう

ブラックからはモンドリアンやマレーェヴィチらの運動へと通じていく要素がより強かったであろう

何れにせよキュビズムに代表される脱写実,脱具象の発想は(フォーヴから形而上絵画、幾何学抽象様式などの幅を持ちながら)全く以てこの時代を制覇したのであるが、これと同時期になお具象にもとづく表現者、芸術家が出現しつづけ、才能があれば認められつづける、という土壌、自由な空気があるべきであったし、そのようなキャパシティが時代に無いという不安、過去のものとされつつある様式で自己にとって意味のある表現をし自己実現しようという自由と自発性にプレッシャーをかけ、危機感を与えるような風潮――音楽界に於て或時点(27歳当時)のグールドがそれを感じていたように――が、やはりあるべきではないと思われる。

その問題は、当時もさることながら、現今に於ても相変わらず当てはまる所があるだろう

------------------

前述のこれらの一文に就て
  1. 芸術否定性
  2. 他意性――挑発性・恣意性(一部、存在への嘲笑性)の問題
etc.etc.
| Rei八ヶ岳高原2 | 15:19 | comments(0) | trackbacks(0) | twitter-reiのHOME | - | - |
暗黙的なものの生去
世界でもっともなじみ深かったはずの( )=沈黙せるもの こそが、途方もない迂遠さをまといつつ突如襲来する この 余所ものであること。その根源的絡繰りが ときに、ひとを狂わせもする。けれどもその此=差、肯即禁、永遠の合一しえなさなくしては、多くの哲学も芸術もまた、何も語り始めはしなかったろう。

経験から言えるたしかなことは、携えたまま世界であろうとする意識は、(自己自身はおろか)他者によって罰される。おそらくその居心地の悪さを、他者にあずけてしまうからだ。したがって参与とは同時に消去-喪失なのだ。ありのままとはそういう出来事である。
| Rei八ヶ岳高原2 | 15:42 | comments(0) | trackbacks(0) | twitter-reiのHOME | - | - |
粗忽長屋(古今亭志ん生の落語)
2004年12月11日にHPに記載したものを、志ん生の台詞回しなどをじっさいに近い形になおし、一部変更付加して掲載。

 

死体とは<他者>の物なのだ。————サルトル『家の馬鹿息子』

 

 

不眠症、中途覚醒で夜中目覚める癖のある私には、志ん生の落語が手放せない。もちろん昼間も時おりリラクゼーションの為に聞いている。名人落語でポンポンポンと切れもよくテンポも速い落語も楽しいが、私の場合それでは余計に神経が冴えてしまうので、やはり志ん生の、のほほんと幾らかいい加減な語り口調が、無性に癒される。なにより人情の機微が細かく、滑稽な中にも昔の人の微笑ましさがにじみ出ていて愉しい。 また「まくら」も含め、落語の噺の空間自体が、現代生活の、時間がありさえすれば仕事・仕事、空き時間にも勉強、といった余裕の無さとはおよそうらはらに、「ついでに生きてる」ような人間をも社会が受け容れ、ほのぼのと支えてやっているような空気も背後に流れているのだが、それが志ん生自身の放埒で滑舌のわるい、天然無垢なしゃべりとひとつになると、もうなんとも身体の底から癒される。

 

CDで聞いているのだが、彼ひとりの声の展開だけで、まるで古い映画かナマの人間同士のやりとりでも見ているように情景が思い浮かぶのがいい。

夫婦ならではな、丁々発止の会話が何とも云えぬ「火焔太鼓」に「替り目」、滑稽な中にも太鼓持ちの哀愁が漂う「鰻の幇間」、一人で何役もこなす「五人廻し」「三枚起請」「文違い」、晩年の志ん生の名盤「らくだ」、等々お気に入りの噺はたくさんあるが、それはまた別の機会に記すとして、今日は噺のテーマそのものが一寸風変わりで可笑しいなぁと思うひとつに就て、記したい。

 

「粗忽長屋」。或る長屋のそそっかしい仲間のひとりが浅草にお参りの帰り、人混みに合う。大通りにむらがる野次馬連中のなかを割ってはいり、野タレ死んでいる見知らぬ誰かの死体の所までたどり着くと、<行き倒れ>なる言葉もろくろく知らぬその登場人物は、死体を自分の相棒のだと思い込み、長屋まで慌てて戻って、引き取りに「本人を」連れて戻ってくる、という馬鹿げた噺である。

「死骸の本人を知っている。相棒に朝会った時は風邪をひいていたが、浅草に出かけたんだ。それが最後になっちまった」と説くと、とりまきの一人に「それはお前さん違う。お前さんは、今朝、相棒にあったんだろう?このひと(死体)は夕べっからここにあるんだ」と言われても「あの慌てものめ。ここで夕べ倒れて、死んだのを忘れて(長屋へ)帰ってきた」んだなどと呆れ返ってみせ、「死体の本人を連れてくる」と、取り囲んでいる人々に向かって言う。「この人の言ってるこたぁ訳がわからねえ」と言いかえされる程、尚更ムキになって自分の正しさを証してみせようという気になる。そして長屋へ帰ると相棒を説得しにかかる。 相棒も相棒で、「自分の死体くれえ、てめえで始末しなくてどうする」という理屈に、「あそりゃそうだ!」と思い立ち、半ば首を傾げながらも結局人混みにまで連れられやって来て、死骸をしょいこむという噺である。

 

最初から最後まで失笑もののストーリーだが、聞いている内に、死というものの中の「在・不在」、自分(とされるもの)を見ている{自分}に気づきにくいという自己認識、自己-他者感覚の一寸した落とし穴、そうしたものがどことなく禅問答を聞いているような気もするし、やや現代哲学版と化したデカルトのコギトなどもふと思い浮かんだりして何か愉快なのである。

 

この、噺の端々に出てくる(死の)本人、当人という言葉には、何やら無性に惹きつけられて仕方がない。大学ノートの最終章にも記したのだが、私の大学時代の聖歌隊の親友が亡くなった時、亡くなるって何?と、葬儀中に何度も自問したのを覚えている。彼女自身のお葬式なのに、私たちと、ここに居る方々は皆、彼女のために集まっているのに、その主人公自身は、式の間ぢゅう(そしてそれ以後もなのだが)けして姿を現さないというあの何とも云えぬ、はぐらかされたような不在の感覚に、嗚咽する自分の声を聞きながらもずっと、憑かれていた。
死とは、死者とは、死を捉えるとは、何なのだろうか。群衆であふれかえる中、棺に直面させられていても、身近な者なだけに納得が行かないと、死とその本人とを一つに結びつけられぬまま、長い間が過ごされてしまうのである。

 

だがこの噺は、いわばその逆を突いており、見知らぬ人間の死体を、相棒「の」だ、と思い込む。それは相棒『だ』、と言うよりもむしろ相棒『の死体』だと思い込む、といった風である。こんなストーリーだ。以下、できるだけ志ん生の台詞回しを忠実に生かした形で紹介しつつ、つらつら思うことを綴ってみたい。

 

(放送1956年3/3、NHKラジオ? しゃべり出し【エエ、おなじみ様ばかりでございまして、落語のほうは…】CD/日本音楽教育センターOCD 43006)

 

「そこに立ってる人!何があんの中に?」(押し合いへし合い立ってる人びとにも解らない)
「前に出なきゃね。」(人の股をくぐって先頭に出る。)
「おまえさん、なんでここへ入って来たの?」(問われ、見せ物かと思うが、説明をうけ、何とか<行き倒れ>があると解る)
「おまえさん行き倒れ知らないの?…おまえさんの前に、あ、あるだろうよ!」
「前に?ああ、よく寝てますね」
「寝てんじゃないの。死んでんの」(人がどかない中、むりに死人の顔を見たがり、覗いてみる)
「ずいぶん汚いねぁどぅも…おや。ちょっと待っておくんなはいよ、どっかで見たような野郎ですから」
「おお見たんならいいね。え、手がかりンなっていい。よく見ておくれ」
「よく見ます。あ。そうだ、そうだ!おぅっ。どしたどした、やぃっ。起きろ!」
「起きやしないよ。死んでんだから」
「てめぇ、、ねぇ兄弟分ですよ。ね、お前と俺ぁ生まれるときには別々だけども、死ぬときには別々だと…そういうことを言い合った仲ですよ。その兄弟分がこんなんなっちゃって、見てられませんあたしぁ。なさけねぇことになった-ことんなったなおめえは。え、どうもよわっちゃったなぁー。えぇ…今しょうがありませんから、このぉ…倒れてるやつをーですねぇ、ここへ連れて来ますからぁ。ひとつぅ、そいでぇ、当人に死骸を渡してやっつくださいな」
「……その人の、親類の人かい?」
「親類の人じゃねぇんだぇ。本人を、此処ぃ連れて来てやるから!えぇ。もぅ…変なんだよ。あぁもぅこの野郎はそそっかしい野郎で。ケツが痒いって人のケツ痒いたりする野郎なんだから。だから、今朝ね、コイツが変な顔してぃやがるから、てめぇどうしたんだ?え?ったら、風邪らしいってぇーから、風邪は気をつけないといけねえぞ。風邪てぇやつはひどくなってくると大風邪ンなっちゃうから。大風邪です。大風邪で倒れたんですよ…倒れてる野郎なんですから」
「それぁ、、お前さんちがう!」
「どしてちがうんで?」
「この人ぁ夕べ倒れたんだから…お前さんは、その、兄弟分てのに今朝、会ったんだろ?んじゃしょうがないじゃねぇか、この人は夕べ此処ぃ来て倒れたんだから」
「それぁ夕べ、浅草ぇ行ってくるぜって、威勢よく、ぅー之がこの世の、別れとなるとは、ゆめつゆ知らずに出かけたんですょこいつは。でぇ、帰りにトーンと倒れやがったんだ。倒れておいてですね、コン畜生そそっかしいから、倒れたのを忘れてかいって来ちゃった…ね。だから実に弱るんですよこの野郎には。ちょいと、本人連れて来ますから」
「おいおいおい、、おい!」…

――こうして、あわてて引き留める声をあとに、群衆を離れ、帰り道――


「やぁぁどうも驚いたこれや。俺が通りかかったからいいが、大変なことになっちゃったなぁどうも。しょうがねぇなぁ……(家でくつろいでいる相棒を見て)あんなことして煙草吸ってぃやがって…あぁいう野郎なんだからねぇ…おぅっ!おうっ!!」
「なんだぇぃ?――へへへ。また、そそっかしいー事ぉすると、承知しねぇぞ」
「何言ってやんでぇ、てめえがそそっかしいんでぇ」
「下駄履いて上がって来やがって。そそっかしいのはやめろ!」
「てめぇは。そんなそそっかしさと、…そそっかしさが違うんだ!…今おれが言うことを聞いてみろ、てめぇなんぞぁ。もぅ、ワァーーーッと、泣くことんなるから。え?人というものは覚悟が肝心だよ。いいか?明日あると思う心のカッパの屁ってこった…」
「どしたの?」
「どしたってもぅ、おらぁねぇ…(と言って顛末を話し出す)大勢人が立ってやんのよぉ…艱難辛苦いかばかりかって…前のほうに出てった、(ほぅ。)するってぇとおめえ、…行き倒れだ」
「へぇーー!…(行き倒れの意味を説明される)」
「死んじゃってやんのそいつがよぉ」
「へぇーーぇ!?で、そいつをてめぇ、眺めていたのか?」
「居たよぉー…こうやって見てたら、きたねぇツラしてたんだけども、、『面影』てぇものはしょうがないもんだ。見てるうちに…あぁ!こいつぁ、、兄弟分だぁーっ!…おめぇだ」
「へ?……おれが?」
「うん。おめぇなんだょ」
「…ほぉぉ。倒れてた?」
「倒れてた。どうだ?驚いたろ?」
「どして倒れた?」
「あーどして倒れたか知らねぇ。これぁ俺の、兄弟分だぁーって、おらそう言ってやったらね、向こうじゃホントにしやがんねぇ。そんなこと、あなた嘘でしょぅと、いうような顔してやがったから、よし!…そぃじゃ今本人連れてきてやろうって」
「…本人て?誰。だれの本人だ?」
「おめぇをよ。な?…むこうのやつもね、<本人>て言葉を聞きやがってね、もう、何にも口が効けなくなりやがった」
「ほぅ!」
「…こっちの潔白をよく向こうに解らせてやんねぇと…ざまぁ見やがれてぇんだ今本人連れて来て赤っ恥かかしてやるからって。おれぁ飛んできたんだから…おめぇこれから行って、これぁ私の死骸ですよって。おめぇが、言わなきゃダメだよ?」
「これがアタシの死骸ですよって、俺が向こう行って、い、言うのかぃ?」
「そう」
「じゃ俺がぁー…死んでるぅー…死んでるようだな?」
「死んでるようだじゃない、てめぇ死んでんだよ!」
「…だって死んでるっておめぇ何じゃねえか、ん〜俺死んでるぅような心持ちンなってねぇじゃねえか」
「死んでるような心持ちって、てめぇ知ってるかよ?…死んでることなんてものはな、もぅ死んじゃってぇーたってぇも解るもんじゃねぇんだぞほんとに。てめぇが今朝寒気がするって言ってた時に、もぅてめぇは、死んでたんだ。どうだ?」
「はぁーー!んじゃぁー…そういう、おらぁ事ンなって倒れてたのか…。おめぇ、…見たんだな?」
「見たんだよ。…俺が其処を通りかかったからいいけども、通りかからなきゃてめぇは、、今頃何処へなに、行ってるかわかんねぇぞほんとに。どっか流されちゃうからもう……てめぇの死体、てめぇで始末しなきゃ、しょうがねぇじゃねーか!」
「…あー、それぁそうだい!」


だから俺と一緒に来い、と相棒を現場まで連れ出す。<行き倒れの当人を連れて来た>と言って、ちょいとちょいとと人混みをかき分けかき分け、行き倒れの傍に着く。


「本人連れてきたんだから。ね?で、本人に死骸渡してやっつくださいな」
「――あにさん?(さっきも話しをしたひとりが訊く)」
「あにさんじゃない本人だよ。ここに居ますよ!…ここに居ますよ見てごらんなさい本人だから」…(略)…
「へへぇ、こんちわ!」
「お前さんは何なの?」
「…あたし。あたしが、倒れたんです。えぇ倒れたのを、我を忘れて、家ぃかいって来た。そいで今、兄弟分にお前があすこに倒れてるぞって言われた時の、あたしの驚きというもなぁ、もぅ、悲しかったでしたよ。だけどもしょうがないですよ。そうなっちゃったもなぁ。へぇ。せめて死骸だけでも受けとってかなゃぁ、あっしぁ、すいませんからね、へ…自分の死骸に対して、申し訳がない。どうか死骸を渡してくださいよ?死骸は。…ね?あなたぁ、渡さないてのかい?渡さなきゃぁあたしゃぁ出るとこへ出て取るよ。自分のものぉ自分が取るの、何がわるい?なぁおい?」
「そうだともー。おめえのって、かまわねぇから、はやく、出てけ」
「出てくとも!じょうだん言っちゃいけねぇや…んとに、なぁ。おうっ!(と言って死骸を担ぎ始める)さぁ!さぁ俺と一緒に行くんだ。おいっしょ、俺と。きたねぇツラしやがってコン畜生。俺がなぁ、俺がだよ、ンー、俺が…俺がそいってぇ、これが俺なんだね。これぁ俺だね?」
「おまいだよ!」
「俺だね。。はぁ俺だ!」

 

それから相棒は、この死体を抱きあげながら、さいごにこう言う。

「死んでるのは俺だ、死んでるのは俺だ。死んでるのは俺だけれども、死んでいる俺を、抱いてる俺は、…何処のだれだろうなぁー?」

この失笑もののきめ台詞で、噺は締められる。

 

粗忽者――。かれは死体(客体=物;res)と、“ 死んだ ” 本人とを同一視しつつ、奇妙に区別してもいる。その区別の仕方が、何とも<分別知>の滑稽味を帯びていて、やや理屈ぽくいうなら認識論とその陥穽、という点からも味わい深い。こんな分かり易い話だから、慌て者の勘違いだといって済まされるが、もう少し高尚な次元では、わりと我々の多くが――教授や学者たち、私自身だって――この種のわなに填っていることがあるやなしや。

おっとりしたこれまた天然ぼけの相棒のほうも、あまり執拗に説得されるのと、死体の顔がじっさい自分に似て居ることから、これは自分(の死体)だと思い込もうと努力する。噺を聞いている間、また眺めている間は、そう思い込めるのだが、実際重い死体を引きずり負うと、その重みを感じている自分の身体に沿った、出自のほうを意識せざるを得ないのである。

昨今、コギトは意識とともにこの身体で実感する我に戻る。此処というものはおそらくそうした発見である。

| Rei八ヶ岳高原2 | 19:52 | comments(0) | trackbacks(0) | twitter-reiのHOME | - | - |
マーク・ロスコと自滅の去就

以前マーク・ロスコの絵を見た時、このやり方はずるいと思ったが、その意味が自分にも――抽象表現主義の手法「だから」という簡便な偏見と*少し違う処から来ているような気もした――まだよく解らなかったので放っておいた。けれども最近シューベルトのあの “ 親密な ” 死への手なづけ方を学ぶうち(この種の親密さは、その絶対的な孤独と全然矛盾しない)何となく感じ始めたものがある。

そういえば少し前に何とかいう作家がロスコの絵を見ると自殺したくなる、と言ったとかいう文章を見た気がするが、その作家はおそらく良心的か、そうでなければロスコとは<別の>死を企てるだけの勇気もしくはそれに足る動機があるのかも知れない。

私にはロスコの絵は自殺というより自滅に近いと思えるが、それではその自滅に同乗できるかといえば、そうもいかない。あそこには予め孤高のLet it be――「これは私の自滅であってあなたのではない」――があるが、その意味の由来の多くは彼がシューベルトのようにナルシシズムと死への恐怖を同時に昇華して行った(昇華のプロセスを私たちと共有した)のとは違って、ナルシシズムの所在、もしくは何らかの無条件な自己肯定とか過剰な自己否定とかの問題を、前以て棚上げしたことにあるだろう。とちょうどそのぶんだけ不可解な恐怖が、あの入念な禁欲的安息と絶妙な色彩の交換作用のさなかにあって恐怖だけが、濾過されぬままタブローの背面を漂うことになる。したがってあれらの絵の前に立たされたものは、<同乗>出来ずにその自滅を手をこまねいて見ているか、目を・身体を背ける(見なかったことにする/関心がない)かの選択を迫られる。それなのに――意味を了った場合――その、死が親密にならない、誰でもあり誰でもないものにならないまま猶予されていた分の、謂わば放置された自滅の恐怖もしくは深さを<こちらが>(引き込まれ追放されつつ)引き受けなければならなくなるのだ。

 

 Favourite:Mark Rothko,Orange and Yellow 1956

(こうした世界はたとえば東洋的滅却;生の極限としての空滅、というよりはやはり自-滅=死、へと至るだろう、作品の全てではないにせよ)

 

*…まったくではなく、少しと言っておきたい。というのも、逆説めくかも知れないが 具象性/個々が被っている処遇というものを語りつつこの克服(顔のなさにまで至る過程)を公開することを、予めかなりの程度棄てた次元から出発するのをゆるされている抽象表現主義というスタイルのもつ特権状態とこの問題とが全く無関係で有りうるのか――それはちょうど、意味が蘇生するまでの一定の内的時間(運動)を費やさずに意味が出現したことを一方的に通告する音楽作品と似た意味を持たないだろうか、勿論それ程にまで専政的ではないにせよ――今でも解らずにいるのである。或いはたんに絵画という対象世界に於ける時間軸の引き受け(させ)方の問題なのだろうか。
| Rei八ヶ岳高原2 | 18:43 | comments(0) | trackbacks(0) | twitter-reiのHOME | - | - |
フェルメールとヴェラスケスにおける外界示唆(窓・鏡)
2003年03月30日にHPに記載したものを転記

フェルメールとヴェラスケスに於る比較(前記事との関連から)――鑑賞者と 鏡・窓(乃至 額縁)の関係
(このような比較もあろうかと思い、図として記しておくことにした)

 

窓や、額縁、鏡、などといった存在が、フェルメール作品にもヴェラスケス作品にも示唆的な役割を持つものとして登場する。それらは単独で配置される場合もあるし、並んで配置、もしくはほぼ同一次元に配置、される場合もある。

フェルメールの場合は、主に単独で登場し、配置されるのは「窓」である。ヴェラスケスの場合、単独で登場・配置されるものとして他者性への開けを喚起させるものは「鏡」であり(「ラス・メニーナス」及び「鏡の前のヴィーナス」の場合)、また扉である(ラス・メニーナス)。

この際、ヴェラスケスの鏡とフェルメールの鏡(窓)に、次のようなことが云える。

フェルメールはいつも、

 

窓―――モデル
\鑑賞者/

 

という構図で、窓or鏡に<モデルを>そのまま直面させる。窓・鏡(他者性)はあくまでもモデルにとっての、またモデルの居る空間にとっての他者性である。(絵画中の別の登場人物はともかく)われわれ鑑賞者は、つねにじかにこの間に割って入ることはなく、それ故に徹頭徹尾 影の存在、絵画空間に対しては傍観者として、姿を隠したままに立ち会わされる。

他方ヴェラスケスの場合は、「ヴィーナス」の場合(また、以下で触れるが「ラス・メニーナス」の場合も)

 


|(モデル)
鑑賞者

 

<鑑賞者に>、いきなり鏡を直面させ、モデルはその脇の媒介者や一種の喚起体=我々(鑑賞者の身体)の化身、または立場の代理のようなものであるところが、面白いし、ヴェラスケスらしい。

 

ここに、もうひとつの道具が配置される場合も同様である。

フェルメールの場合もヴェラスケスの場合も、「鏡」と「窓」(または「扉」など<もうひとつの世界>を示唆する道具)は、ほぼ‘並んで’置かれることにより、その効果と役割とを発揮することがあった。

フェルメールの場合、「鏡や額縁」がつねに“モデルに対して”正面か・ほぼ正面であるのに対し、ヴェラスケスの場合、これらはむしろ直接私たち“鑑賞者に対して”正面、乃至ほぼ正面であるところが興味深い。

ヴェラスケスでは「ラス・メニーナス」中、 「鏡」と「扉」(「扉」…それは半ば開けられた、もうひとつの世界としての存在として配置)とは、並んで置かれていた。

他方、フェルメールの一部の作品中にある、「窓」と「鏡」(※さらに、額縁の絵・地図など,ここには図像学などの解析余地がある、付記10/09/30)は時折、並んでいる。もしくは、ほぼ同一次元(もっとも奥まった層)に配置される。

 

フェルメールでは、(首飾り天秤音楽の稽古
図1
フェルメール構図01

または
図2
フェルメール構図02

 

ヴェラスケスでは、(ラス・メニーナス)
図3
ヴェラスケス構図03 となるのである。

 

たしかにこの比較は、彼らの“主題”とその際の道具の扱いと配置、役割の持たせ方…etcetc.、それゆえ至当に帯びる構図性といったものを、それぞれ端的に示唆しているように思われる。

注1) ことにフェルメールの場合、窓・(半ば)開いた窓、などが、殆ど鏡と同じような効果をすでに持つ面が多くあると思われる。

  1. 1)閉じた窓:全き自己同一性=鏡1
  2. 2)他者にむかって幾分か開きかけた窓≒鏡2(地図などが最も奥手の層にあったりする)

というような具合…

注2) 尚、ヴェラスケスの場合、「ヴィナス」に於る「鏡」がほぼ中央ながら、向きとしては斜めである。

「ヴィナス」に於るトリックは、本来画家の立つべき視座を、画家自身の気配を空無化したまま鑑賞者にあけわたした格好で、画家のかわりに特権的闖入者である私たちが、絶対不可侵領域でにいるはずのモデルに見られる、というものであるが、ラス・メニーナスに於る「見られる者の交換」が4重構造になっている、――つまり扉を開け放って傍観する紳士、鏡に投影された国王夫妻(ともに、あちら側-彼岸とこちら側-此岸の交換)、また本来ここに立つべき画家自身、身体のない国王夫妻、また鑑賞者(絵によって存在を暴かれ視線としては絵画空間の中を侵入しうるも、身体として永遠に参与できぬ自由で不自由な鑑賞者)、の間で――のと較べれば、画家と鑑賞者との間で生じる、まだ単純で原初的なものである。

また鏡に写っているのが、「ヴィーナス」ではモデルであるヴィーナス自身(此岸と彼岸の中間地帯――純粋「絵画空間」に在る者)に過ぎぬのに対し、「ラス・メニーナス」では国王夫妻(画内に受肉しないモデル;鏡像として示唆されるモデル;此岸であり彼岸)、という重層トリックであるという面からの比較でも、「ヴィーナス」に於るそれはまだまだ素朴な現象学である。

が、ヴィーナスの「鏡」がほぼ中央ながら、向きとしては斜めである、この効果は、モデルと画家の位置づけ上当然のことながら、見方を変えればそのままおそらくちょうど「ラス・メニーナス」に於て、画家ヴェラスケスの姿と、私たち鑑賞者の間に立っていた“カンヴァスの背中”の役割と同様であって、画中のモデル乃至登場人物たちが<視線>をぶつける対象であるとともに、そこで「くの字」に曲がった彼らの視線を、私たち鑑賞者の視線と交換させる為の喚起体である。 (2003'04/05:附記/2004'03/06一部施:訂正)

 

2003年03月31日 (月)

ディエゴ・ヴェラスケスの画を丹念に見て行くのは、ラス・メニナスがきっかけとなったつい昨日からのことで、まだよく解らないし、正直 生まも見たことがない(来日したスペイン王宮絵画展を見ておくべきだった)。

しかし、こうして時を追って彼の画を見ていくと、時間の流れとともに彼の芸術の多面性を、垣間見ることが出来る…。

カラヴァッジョ的明暗法から生じるスルバランなどと共通する、ことに静物に於る写実主義にはじまり、1630〜40年代の比較的動性ゆたかな画風。筆致にはある種の省略法のようなもの見受けられる。

=====

  1. Three Musicians, Gemaldegalerie, Berlin(年代不詳?)
    カラッチ(豆を食べる男)→ドメニキーノなどとともにボローニャ派の特色ももつが、その中にあるカラヴァッジョ的。

    以下は皆ヴェラスケス自身の画。
  2. An Old Woman Cooking Eggs, approx. 1618
    多分にカラヴァッジョ的。。。
    下の画に較べ、カラヴァッジョ-シャルダン的な静物に於る奥行の圧縮率もまだ働きはじめない…。奥行きを出すのに効果的な上からの角度を保持。
    ※(カラヴァッジョ-シャルダン的な静物に於る奥行の圧縮率…カラヴァッジョの徹底したリアリズムの中で唯一置き去りにされているものがあるとすれば画面の奥行であろう。これが満たされるには詩性を帯びる画風を待たなければならない。たとえば17Cオランダ絵画 cf)カメラ・オブスキュラの登場。シャルダンに関しては故意であろう。)
  3. Christ in the House of Martha & Mary(年代不詳?たぶん10年代後半ではないだろうか)
    オランダのアールスト的な徹底的写実主義が、物の描き方に見出されるが、それに比し人物のほうは、幾らか実在感を省略されている感があるのはおもしろい。静物に較べた時の人物描写のこの実在感のなさは、写実主義の未成熟というよりは寧ろ近代主義の先駈けだろう…。
    ここにはカラヴァッジョ的明暗法から生じるスルバランなどと共通する静物に於る写実主義と、同時にシャルダンと近代絵画に共通の、奥行(z軸)の圧殺も見出される気がする。 が、右手の断片はすでに17Cオランダ絵画同様の素描的省略法(シャルダンにも見られる)が。
  4. Joseph's Bloody Coat Brought to Jacob, 1630
    プッサン→‘カラヴァッジョ周辺画家’的 人物描写とその動性…。色彩はバロック(プサン〜リュベンス)/新古典主義アングル・ダヴィッド
  5. The Adoration of the Magi, 1619
    カラヴァッジョ的、でも微かにティエポロ的なものの予感が(?)。。
  6. The Needlewoman, 1640
    ここには、フェルメール的<没入>――他者非介入が見出される。
  7. The Coronation of the Virgin, 1641-44
    ここにはムリーリョが。(動性、また色彩)
    cf1)ドラクロワ
    cf2)↑リュベンス?×ヨルダーンス;同時代バロック
  8. A Woman as a Sibyl, 1644-48
    ここにはロココの予兆。
  9. The Feast of Bacchus (Los Borrachos), 1628-29
  10. Don Sebastian de Morra, 1645
    庶民を描く。リアリズムと省略法の同居。こうした庶民的粗野さ・伏在する動性は、17c初期オランダ絵画ハルス、フランスのル・ナンの人物画が彷彿する。またはヴェラスケスよりやや後のボルフ(17Cオランダ)へ?こうした省略はロココへ通じるのではないだろうか。
  11. Juan de Pareja, 1650, oil on canvas
    ここには、はやくも写実主義の或る種の頂点がある。何故ならこれ以降(ヴェラスケス自身を含め)、写実主義は新古典主義的形式主義を帯びはじめるからだ。他方、ロココやオランダ絵画は、すでに印象派にも通じる主観(主義)的動性を帯びてくる。がこの絵には、未だ静性→動性の可変的両義性、瞬間の抽出におけるごく自然で適切なバランスがある。
  12. そして昨日のラス・メニナスの中の、幾人かの人物や、同年のこうした王女の絵
    The Infanta Margarita, 1656
    には、ダヴィッドを典型とする奇妙な新古典主義的「停止性」が、すでに伏在する。
    もっともこの宮廷風な凝結感は王女のドレスなど当時の形式的な文化から生じるのであろう。逆に庶民を描く際は生き生きと動的である。宮廷の人物には、動きの瞬間・時間の断片がひとつの空間に奇妙に持続させられるかの強制力をともなった停止を強調する。
  13. The Medici Gardens in Rome, 1650
    これなどに見受けられる或る種の省略法(<ものの厚みのリアリティを確保した>詩的省略法)は、グァルディなど18世紀ヴェネチア派を想わせる!(或いは英自然主義ボニントンの海岸の絵)。カナレットのような写実主義にはこの点=厚みが欠けていた――ことに壁面、大地の描き方――。
    が同時に樹木などの幾分かよどんだような暗い省略法には、すでにテオドア・ルッソーのようなバルビゾン派〜英・仏ロマン派の予兆が混在してみえる…(そしてそれらは印象派に通じるだろう)。
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生の根源:無・空・滅と、理知性(の介在余地)を巡って。その際の自我の位置づけ

メモ。http://bit.ly/dxqcL9
(参考文献。偶然見つけた非常に有意義な上記Blog記事をきっかけに、以下、二・三日つらつら考えたことです。どうもありがとうございました)

これは、シューベルト――郵便的/事事無碍に限りなく近い表現のスタンス――とシューマン――本来的意味における(と私は捉えている)解釈学的/理事無碍に限りなく近い表現のスタンス――の関係と距離について考え続けているためでもある。

 

上記Blogから引用

[西谷啓治の『宗教と無』はジャン・ポール・サルトルの『存在と無』批判であったという。西谷/ブライソンによれば、サルトルのニヒリズムは中途半端なものであり、対象世界の虚無化はかえって主体の強化を結果しているという。西谷/ブライソンがここで持ち出すのがいわずもがな「空」であり、「無」であり、そして「場」の論理である。「場」の論理はサルトルにはまだ残っていたいわば「〈象徴形式としての〉遠近法」を完全に抹消するものとしてあり、「空」はこの場における二重否定としてある。西谷の二重否定はもともとヘーゲルからきているが、禅的な「非ず非ず」の論理とも言える。=以上、引用]

 

こういった事を巡ってのつらつら。

 

まず[サルトルのニヒリズムは中途半端なものであり、対象世界の虚無化はかえって主体の強化を結果]、この点は解る気がする。

たとえば西田幾多郎は後期以前では、(現象学が意識を対象化して見る主体を自我に置くのに対し)知の主体は自我をどこまでも主体方向に超えてゆくと捉え、「於いてある場所」の窮極は超越的述語面(見る私を超えてこれを包むもので「私」はその働きをセルフのうちに映す)という形だったようだが――もちろん後期は自<覚>の成り立つ地平=場の構造として把捉――、現象学(この場合フッサル?)と同様、サルトルも知=意識対象化の主体をセルフにくるまれない直かな自我の地平に置いている、ということへの批判と捉えてよいのかと思うし、たしかにそれだと主体を強化するにすぎなくなる、そうなりやすいと、実際思う。

 

ただ、以下の点、[「場」の論理はサルトルにはまだ残っていたいわば「〈象徴形式としての〉遠近法」を完全に抹消するものとしてあり、「空」はこの場における二重否定…]に関して、こうした西谷/ブライソンによる理解仕様には、疑問が残る。禅的な立場からはやはりつねにそう捉えるだろうが、いつもそれ「しか」ありえない・ゆるされないのだろうか?(とくに空じられた後、覚の後。すなわち 覚の覚 における問題)

場の論理だと直接的生に還帰した主体は空じられ(=あえて仏教用語でいえば事事無碍)、リアライズされる際、極(いわば「脱中心化」の極限)となるゆえ、知 とくに反省 は生じないのだろうが、人間はそこ(直接的生の体験、また体験をした極)から、この超-個矛盾的同一の、把捉とある種の伝達願望を半ば織り交ぜた表現を発する際(=理事無碍へ。)、その体験したリアライズ=覚→覚の覚について、理知でその出来事とその事-事の関係性とを捉えるにあたり、極としてのセルフ、その中にくるまれる舵取り役としての自我という構造のもとに在るまま表現しうる(成功することがある)ので、その場合には、その関係性を踏み外さなければ主体を強化してしまうということはない、という把捉が成り立ちうるのではないのだろうか? (認知が複雑になる為主体がかさばることはあっても、それは所謂<自我が強まる>という*罪の意味とは少し別の観点から扱いうる地平および浄化的魂の性質がありうるという問題である。)

 

と、その際、そのまっとうな!?自我、本来的位置づけに還帰しえた自我にしてみても、リアライズの出来事を理知で感知=把捉し、「語る」際、やはり〈象徴形式としての〉遠近法、他者との距離把捉を使う必要の生じる局面があるのではないか? つねに<これ=象徴としての遠近法、を使っているか否か>という観点のみを以て、その自我を、またその自己-自我があつかう理知を、(空滅の不十全として、無碍の働きと「力」の場としての不徹底として、またありうべからざる主体の状態として)ただちに罰するべき、なのだろうか?それとも(もしそうだとすると)理知を以て表現すること自体を一切無効としなければならないのだろうか――表現のスタイルとしても?――とすると、表現として唯一認められるべきは、or成立可能なのは、やはり隠喩的方法しかないと、、、? (またしても 郵便的、の時と同じ結論になってしまうのか?)

 

すると上( http://bit.ly/dxqcL9 )文献上部でいわれている「審級」(意味作用の可動的モザイク、動的テッセラであるところのネットワーク=文化的構築物=了解可能性)を組み入れた表現のうち、その伝達・啓蒙性により重きを置いた分野や性質のもの――教育・(一部の)芸術・哲学――などの問題は一体どうなるのか。。

 

つまり私が思っているのは、(ブライソン/西谷的思考によって)サルトルが不十分だと言われなければならないのは、「〈象徴形式としての〉遠近法」を<用いていること>、に由るのではなく、その用いる<当体>、自我の在りようの問題、つまり極としてのセルフに包まれた舵取り役の自我でなく、極化/脱中心化し切れていないままの自我であること、セルフによって包摂されていない自我の(残っている)ままであること、そのものに由ってでなければならないのではないだろうか?、ということである。

 

自我が本来の在るべき座に戻っているという<条件付き>で、無→リアライズされた「後の」働き方としての理と知を、その質によってはもう一度復権させる必要を考えている(多分そのような時代がじき到来するはずと思う。ポストモダニズム以降、カントやデカルト、ライプニッツの捉え直しなどなされる流れもあるらしい今日であるだけに、己が寡聞なだけでひょっとするともう到来しているのかも知れないが)私としては――いつもこの点がネックになってしまうのだが――メタファの価値の尊重とともに、**(存在論的限定条件付きの)自己-自我に於ける理知の評価しなおし・捉え直しという面も、きちんと考える必要のある観点であることが世の中でもっと主張されるべきであり、そういう時期に来ていると思っている。

 

マーカー部分、*および**について

 

ちなみに、このことにも関わるであろうTwitterでの茂木健一郎さんのツイート(2010/09/16)を二つ程紹介列挙しておきたい。

 

  1. 無記(11)諦念と慈愛を絵に描いたような老父の中に、冷たい刃のような気持ちが隠れている。人間というものは、複雑で、重層的である。見えるものが全てではない。しかし一方で、すべてを外に顕す必要もない。
  2. 無記(12)フロイトが明らかにしたように、どんな人の無意識の中にもどろどろとした感情がある。自分の気持ちのうち、何を外に出し、何を出さないか。ここに人間の聖なる選別があり、魂の尊厳がある。小津安二郎はそのことをわかっていた。

 

私はこうした位相に関する理知性の作用はまさにシューマン的 理事無碍(もしくはベートーヴェン的といってもいい。音楽的に言えば内声部の充実・思考の錯綜-重層化ないし、時に省略)の非凡さにも関係する事柄だと思っている。つまりここにまさしく<人格>-自我の問題、(無意識→潜在意識→意識への)「審級」のクオリティの問題が関わると思っているのである。

キリスト教においてイエスは、「右手にしていることを左手に教えるな」(自意識の問題・意識の直接性と純粋度の問題)と説いている。たしかに非常に鋭く、また尊いリアリティを突いている(この考えはおそらく禅にも通じる)。実際、この直接性と匿名性の世界にのみ現出可能な、まぎれもない価値を持つ表現というものがたしかにある。また右手のしていることを左手に教えることによって傲慢=主体の強化につながり、またこれにより同時に失うものもたしかにある。

そのことを、見込んだ上であえて言うのだが、それは多角-多元的な問題のうちの核心的な一面ではあるが――宗教にはしばしばこのうち「傲慢・不純・失うもの」をばかり、ともすると強調しすぎるきらいがある――その他の側面、つまりこの窮極の深い位相に於いてすら、ともすると関わってきてしまうことのある他者連関。この問題にも一考を要すべきではないだろうか。つまりここで人格・精神の尊厳として表出すべきリアリティとすべきでないリアリティを峻別しようとする、理知性の作用の問題である。その最も浄化された形は、直接性と匿名性、すなわち融通無碍を殆ど浸蝕しない(かにみえる)性質のものとなるであろう。日常的な会話等ではその理知による瞬時の判断が、芸術表現のレベルでは熟達した判断が、それぞれ要求されるということになると思われる(その表現者の資質と感性との協力関係により、殆ど無意識レベルのままなされるか(事事無碍)、潜在意識や意識レベルでなされるか(理事無碍)の違いはあれ)。

 

そうした、直接的生の「覚」と表現とに伴う理知性の「質」について、もっと宗教も、出来ればもう少し、教育や芸術、哲学などと共に(無粋だとはいわずに…)考え対話してほしいと、思っている。

というのも、<直接性>の生命力に根ざしている場合、そのアクロバティクな凄絶さに他者を巻き込む、もしくは悪酔いさせる種類の生のリアリティ表出が――つまり共生感覚を ともすると欠いたままの表現・自己表出が――あり得ないわけではないからである。(虚無・ニヒリズム・エゴイズムを克服し切れていない直接性の場合。この際、そこへの理知性の介在なり存在を全否定すると、その生のリアリティを共生可能性の方向へと修正し難い面が生じてくる)

尤も、ニヒリズムや絶望の表現に関しては、むしろその吐露、社会への告発そのものこそを表現目的・問題提起とする場合は別であり、それ自身の質が高ければ「表現の力量」「スタイル」として<全面的に認められるべき>であるし、その営為により自己救済されるべきでもあるが、そのアトモスフェールが人間社会の「倫理」と「時代的気分」をも担う――ニィチェがあまりに強力に支配したように――べきであるかどうかは、慎重に考えなければならないと思う昨今である。

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